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ガンダム総合スレ「蒼の残光 第三章」

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 「 蒼の残光」 第3章

3.忘れられたステーション

 帰投したルロワは広報官のケイタと共に情報の管制に奔走した。艦隊襲撃の様子はディ
レイ中継の効果が発揮され、公共の電波に乗る事はなかったが、フリーのジャーナリスト
の映像が軍の目をすり抜けネットワークから流出し、中央の情報部はもぐら叩きのように
流出映像を削除する作業に追われ続けた。一方で、マスコミ向けの会見の原稿を起草し、
今後の報道機関への協力を約束しつつ、独自取材の成果を軍に連絡するよう協力を要請し
た。
「全く、マスコミって奴は欲しがるだけで何もよこそうともしない」
 愚痴をこぼしているのは広報部のケイタ中佐である。黒檀の肌を持つ温和な人物で、普
段はまず愚痴など耳にする事はない。
 ユウは、と言えば、こちらは戦闘の専門家で、こう言った問題には無縁である。エース
パイロットと言ってもアムロ・レイのようにプロパガンダに利用されるわけでもなく、精
神的に消耗する事がないのは幸いだった。
 とは言え、やるべき事は多かった。マスコミに公表する事実とは別に、事態の背景を正
確に把握する事、補充戦力を含めた部隊の再編、今後の哨戒体制の強化計画、などだ。
 ユウはドックに向かった。ジャクリーン・ファン・バイク少尉他の整備クルーが総出で
小破、中破MSの修理に当たっていた。
「状況はどうだ、ジャッキー」
「全体の話?それともあなたの機体の事?」
「全体から聞こうか」
「……持ち帰る事が出来たMSは全て再生できるわ。もっとも、完全に失われた二十二機
をカバーできるようなパワーアップなんてして上げられないけど。補充の要請は出したん
でしょ?」
「もうしてある。だが、果たして何機よこしてもらえるか」
 ジャクリーンは溜息を吐いた。
「予備パーツさえあればここで組み上げる事だって出来るから、駄目元で申請してみるわ。
今回だけで相当減らしたからストックは必要だし」
「書類はこっちに回せ。最優先の判を押しておく」
「ありがとう。それと、BD-4だけど、破損箇所は軽微だから心配ないわ。装甲の換装
だけで済むわよ」
「そうか」
「……ねえ」
 ジャクリーンは真面目な顔になって訊いた。
「NTと戦り合ったの、初めてよね」
「ああ」
「また戦う事になるんでしょ?」
「恐らく」
「その……勝てる?」
 単刀直入に訊いてきた。ユウは一瞬苦笑しかけ、すぐに真剣な顔で答えた。
「わからん。だが今日俺は生きて帰ってきた」
「だから次も生きて帰ってこれる?」
「少なくとも敵の武装と、戦い方はわかった。それがわかれば対処のしようもあるさ」
「でも、対処がわかれば勝てるの?NTってそういうのまでばれちゃうんじゃないの?」
「その瞬間になれば判るだろうな」
 ユウは率直に認めた。
「だが、それまではどんな対処法を講じているかまでは判らないはずだ。ぎりぎりまで手
の内を明かさずにいれば、裏をかくことは可能だと思う」
 NTの反応を以ってしても躱しきれない瞬間まで引き付けられるか、が問題である事は
あえて口にはせず、ユウは言った。
「俺の見たところだが、NTというものはババ抜きで誰がジョーカーを持っているかは判
っても、ポーカーでこちらの手がワンペアかフルハウスかはわからないようだ。なら、ハ
ッタリ(ブラフ)の余地はあるだろう」
 ジャクリーンはじっとユウを見つめていた。ユウがあえて言葉にしなかった事に気付い
ているかもしれない。否、気付いているだろう。聡明な女で、ユウとの付き合いも長い。
無口すぎるこの男の、言葉の外の意味を知る術を身に着けていた。
「……そう。で、その対処法として、私にどんな仕掛けを細工して欲しいの?」
 明るい声になってジャクリーンは言った。戦いが不可避である以上、せめて少しでも生
存率を上げるよう機体を調整する事がメカニックとして出来る最大の事だ。
「バイオセンサーの感度を上げて欲しい。出来れば任意に感度を変えるボリュームのよう
なものが欲しいんだが」
「バイオセンサーを?ユウ、前にテストした時、ストレスがかかりすぎるからあまり干渉
されたくないって言ってなかった?」
「ああ、言った。だが、機体の追従性を上げるにはそうも言ってられん。だから、戦況に
よって感度を変えられるようにしたいんだ。出来るか?」
 つまりはNT相手には、そこまでしなければ戦えないという事である。ジャクリーンは
暫く考えていたが、やがて
「感度をボリュームで変えられるようにするのは、無理ね。バイオセンサーの状態によっ
てフィッティングも少しづつ変えないといけないでしょうから」
「そうか」
「その代わり、完全にオン・オフを切り替えるようには出来るかも。OK、ユウ、二十四
時間以内に作るわ。明日もう一度来て、フィッティングも実戦データ加えて修正するつも
りだったし、まとめてやっちゃいましょう」
「よろしく頼む。ありがとう」
 ユウはジャクリーンに頭を下げた。

 

 ジオン共和国、即ちサイド3から遠く離れた宙域。ここに、今は使用されていない宇宙
ステーションが放置されていた。
 居住ブロック、工場ブロックを備え、太陽光発電ユニットを持つそこは、コロニー建設
ラッシュの頃に設置され、サイド3に運ばれるコロニーの最終調整や不具合箇所の修理な
どで大いに活躍していた。しかし、コロニー建造が一段落するとその役目もなくなり、ス
テーション自体の設備も老朽化もあって以後省みられなくなり、今では忘れ去られたよう
に放置されていた。宇宙船団の航路にもかからず、近寄る者もいなくなった今では時折不
法投棄の業者が廃船や廃機材を捨てる暗礁宙域となっていた。
 そのはずであった。
 しかし、今廃墟のはずのステーションには確かに明かりが灯っていた。とっくに停止し
たはずの工場ブロックが稼動しているのはどういうわけか。そしてここに、ジオン残党に
強奪されたとされる輸送船「テュポーン」が係留されているのは何を意味しているのか。
 そしてここにもう一隻の一見商船が到着した。
 アラン・コンラッド、オリバー・メッツがルロワ艦隊襲撃に使用した偽装艦「ハーメル
ン」である。「ハーメルン」はドックに係留されると、アラン、オリバーらが降り立った。
「お帰りなさいませ、コンラッド隊長」
 出迎えた整備兵が敬礼する。アランは敬礼を返しながら訊ねた。
「ご苦労。ギドはどこにいる?」
「フリーマン副長ですか?副長なら――」
「遅かったな、アラン」
 整備兵の後ろからオレンジ色の髪を短く刈り込んだ、長身痩躯の男が声をかけてきた。
年齢はアランと同じ位であろうか。洗練された物腰のアランに対し、やや野性的な雰囲気
を持つ美丈夫である。
「ギド、首尾はどうだ?」
「全く問題なし。拍子抜けしたくらいだ」
「『テュポーン』のクルーは全員素直に従ったのか?」
「呆れた事に、な」
 すると「テュポーン」のクルー全員がこの計画を知った上で航行してきたと言うことか。
よくも秘密を保持できたものだ。
「で、艦長――マオと言ったか、彼は?」
「今我等が司令官閣下と謁見中だ」
 ギドの言葉には若干以上の皮肉が込められていた。ギデオン・フリーマンにとって、今
大将として仕える相手は彼がこれまでそうしてきた歴代の誰と比べても、人格、カリスマ
性において不足していると考えている事は確実だった。
「で、そっちはどうだったんだ?伝え聞く所じゃ芳しくない成果だったようだが」
「俺の読みが外れた。増援に備えてオリバーを温存したことが裏目に出たんだ」
「で?手合わせしたんだって、『戦慄の蒼』と。どうだ、強かったか?」
「大したことはないよ。ただちょっと、雑魚よりはましなMSを持ってるってだけさ」
 アランが答える前にオリバーが返答した。それでギドには大体の所が判ったようだった。
「ま、相手は歴戦のベテランだ。NTでなくたって自分が受けたくない攻撃パターンと対
処法くらいはしっかり頭に入ってるもんよ。あまり気を落とすな」
「別に僕は気落ちなんて!」
「やめておけ、オリバー。ギド、お前もあまりからかうな」
 アランが間に割って入る。不毛な事に割く時間はない。
「スティーブ・マオに挨拶してこよう。オリバー、ギド、一緒に来るんだ」
「俺もかよ。さっき会ったばかりだぜ」
「お前はよくても、リトマネン閣下から改めて紹介してもらう必要がある。いいから来い」
 そう言ってアランは先を歩いた。オリバーは無表情に、ギドは肩をすくめ、後に従った。

 

 会談の場は殺風景な会議室であった。
 ここは本来作業用の宇宙ステーションであり、華美な調度品など初めからないのだから
無理はない。それでも多少なりとも威厳を保ちたいのか、テーブルだけは相応の重厚な物
が置かれていた。もっとも、部屋の飾り気のなさに対してのアンバランスさは滑稽でもあ
る。
 そのテーブルを挟んで二人の人物が対座していた。どちらも年齢は五十代初め、一人は大
仰な口髭を蓄え、ジオンの軍服を着た尊大な印象の男。もう一人は白くなりかけた頭髪を
きれいに撫で付けた東洋系の外見の男だった。
「閣下、アラン・コンラッド以下、連邦艦隊襲撃作戦部隊、帰投致しました」
 アランは軍服の男に敬礼した。閣下、と呼ばれた男は軽く手を上げて応じ、アラン達を
正面の男に紹介した。
「ヘル・マオ、これが私の幕僚にしてMS隊隊長、アラン・コンラッドだ。そしてその部
下のギデオン・フリーマンとオリバー・メッツ。アラン、彼がスティーブ・マオ。我々に
賛同し、協力を申し出てくれた人物だ」
「いやいや、協力と呼べるほどの事はしておりませんよ。宇宙市民としてジオニズムの理
念を掲げる閣下に感銘を受けて微力をお貸ししただけです」
 アランは眉一つ動かさず、ギドは目を宙に彷徨わせ、オリバーはサングラスの奥で眉間
を寄せた。オリバー等は言葉に一片の誠意も真意も感じさせないのは、才能ではないかと
思ったほどである。
「時に、オリバー君、失礼だが、もしや目が……?」
「はい、サングラスを掛けたままでいる事をお許し下さい」
「いやいや、もちろんそれは構わんよ。しかし、そのハンデを乗り越えてMSパイロット
として素晴らしい素養を持っているとか。それがNTと言うものですかな?」
「視覚は失いましたが、それに代わるだけの感覚を私は得ています。それがNTとしての
力ならば、私は今のこの身をハンデとは考えておりません」
「あ、いやいや、これは失礼。ハンデという言葉は撤回しよう」
 そう言って声を出して笑うマオ。その目が笑っていない事をアランとギドは自分の目で、
オリバーは感覚で確認した。
「ヘル・マオは今回『テュポーン』一隻分の重ヘリウムの他にも、色々と土産を持ってき
てくれた。いずれも我々の為さんとすべき事に大いに役立つであろう物ばかりだ」
 そう言ってリトマネンは手許のリストをアランに渡す。アランはリストに目を通した。
「…………こんな物まで」
「いやいや、お役に立てばよろしいのですが」
「木星の技術と言うのは恐ろしいだろう?」
 リトマネンがアランに言った。アランはリストから目を離すと、
「この技術をここで量産できないことが口惜しいです」
 と返答した。横にいたギドの口の端が僅かに上がったが、それに気付いた者はいない。
「閣下、今一度ズムシティに潜入したいのですが」
「またか?この前にも行ったばかりであろう」
「今回の作戦により敵も大規模な戦闘が近い事を予測していると思われます。戦力を拡充
させている可能性を考え、今一度情報収集を行いたいのですが」
「……ふむ、判った、許可しよう。ただし、貴官は残れ。次の作戦に向け軍議を開かねば
ならん」
「ギデオンとオリバーに部下を付けて向かわせます。人選は任せていただいてよろしいで
しょうか?」
「任せよう。貴官の信頼する人物を選んでくれ」
「ありがとうございます。それではすぐに編成を行いますので、これにて失礼させていた
だきます」
 敬礼を残して三人はその場を後にした。

 

 その頃、ユウはブリーフィングルームにて「テュポーン背信事件」の調査報告を受けて
いた。
 通常は佐官以上の者が参加するのだが、今回は特別にアイゼンベルグ、イノウエといっ
た中隊長レベルにも参加を命じている。
 ルロワが口を開いた。
「つまり、そのスティーブ・マオなる人物がヘリウム横領の犯人である、と?」
「はい」
 本部より派遣された諜報部の士官は簡潔に答えた。三十代後半の東洋系の男で、リーフ
ェイと名乗っていた。
「横領の内定が進んで、自分の身が危なくなった所で大量のヘリウムを土産に持って横流
し先へ逃走か。馬鹿な事をしたものだ」
 マシュー中佐が正直な感想を述べた。ホワイト准将がその言葉を訂正する。
「その男の行いは馬鹿かもしれないが、結果を見ればサイド3の半年分のヘリウムが一度
に敵の手に渡った事になる。敵の規模がどれほどか知らんが、少なくともエネルギー問題
は一挙に解決したはずだ」
「それで、肝心の逃走先は?何か手がかりはないのですか?」
 ケイタ中佐の質問はある意味で核心だった。まず敵の正体がわからなければ戦いようが
ない。
リーフェイ大尉はレポートを確認した。
「マオが士官学校生だった時代、もう三十年も前の話ですが、その時の友人にミカ・リト
マネンという人物がいます。サイド3出身で、後にジオン公国で宇宙攻撃軍大佐となった
男ですが、これが一年戦争での戦死が確認されておりません」
「MIA(戦闘中行方不明)か。つまりその男が生きている可能性が高いと言うことなの
だな?」
 ルロワの言葉は確認ではない。戦闘中の行方不明者が地下に潜って再起の時を待つなど
珍しいことではない。デラーズフリートもアクシズもそうだった。今また書類上の死亡者
が一人生き返っただけの話である。
「はい。信頼すべき筋からアクシズの幕僚の中に彼の姿を見たとの情報を得ています」
「なるほど、アクシズのエネルギー供給源であったというわけか」
「そしてこのリトマネンという男、ハマーン・カーンがネオジオンを名乗る頃アクシズよ
り姿を消しています」
 ホワイトが肩をすくめた。
「悪運の強い男だな。宇宙攻撃軍なら星一号作戦の際にはソロモンにいただろうに、そこ
でも続くア・バオア・クーでも生き延びて、ネオジオンでも内紛で自滅する前に姿を消す
とは」
「……まさか、内紛を陰で操っていたなんて事は?」
 不安を感じたマシューがリーフェイに訊ねたが、リーフェイは即座にこれを否定した。
「リトマネンにそれほどの才覚があるとも思えません。もしあらゆる場で昼行灯を装って
いたのなら恐るべき敵と言えますが」
「そんな切れ者じゃないことを祈りたいねえ」
 小声でアイゼンベルグが呟いたが、これは近くにいた者にしか聞こえない。
「その他の構成員について何か判っている事は?幹部でも、前線指揮官でもいいのだが」
 ユウが発言した。少なくともNT、あるいは強化人間が一人と、ドーベンウルフに乗っ
ていたパイロットも間違いなくエースの実力だった。もし名のある人物ならばデータベー
ス上で戦闘記録を探せるかもしれない。
「現在調査中です。中佐の報告からNTパイロットが含まれているとの事でしたが、NT
についてはアクシズでもかなりの機密事項だったらしく、名の判明している者は数えるほ
どですので」
「そうか」
 期待はしていない。名も無きエースなどいつの時代にもいるものだ。一年戦争から生き
残っているとすれば、それだけで相当な猛者であることは疑いない。
「判っている事をまとめよう。敵の首謀者、もしくはそれに近い幹部にミカ・リトマネン
なるジオン軍人がいる事、それに協力していたのが木星船団のスティーブ・マオである事、
マオは十分に過ぎるほどのヘリウムと、恐らくは木星の独自技術を敵に渡している事、敵
パイロットにNTがいる事、それだけだな」
「はい、それだけです」
 リーフェイは言った。実際、判った事などそれだけなのだ。敵の戦力は結局把握出来ず、
狙いが散発的なテロ活動なのか、それともなんらかの作戦を実行に移そうとしているのか
も判らない。ただ敵がいる事を再確認しただけだ。
「ありがとう、リーフェイ大尉。新たに判明した事があればまた報告してくれ。今は解散
とする。全員レベル3で警戒態勢を敷いてほしい。それでは解散する」

 

 ブリーフィングが終わるとすぐに昼食だった。
「お、今日は福袋の日だったか」
 食堂に入ったアイゼンベルグが言った。
 福袋というのは俗称で、不透明な袋の中に昼食メニューがランダムに詰め込まれたもの
である。なぜ福袋と言うのかは誰も知らない。
 元は作戦行動中、バリエーションに乏しい携行食を少しでも楽しんで食すために、缶詰
やビスケット、チョコレートなどをランダムにパッケージ化して運んだものである。その
日何が食べられるかは開けてのお楽しみ、と言うわけだ。ルロワ隊では水曜日に行われ、
中将のルロワから一兵卒に至るまで全員が平等に同じ条件で袋を選ぶことになる。
「正月なんだから少しはいいもん入ってるんだろうな?」
 アイゼンベルグが食堂のコックに訊ねる。コックは意味ありげに笑いながら
「当りならな」
 と答えた。
 アイゼンベルグが適当に袋を掴み、座る席を探して周囲を見回すと、ある席を目指して
歩き出した。そこには整備班のジャクリーンがいた。
「ようジャッキー、合席させてもらえるかな?」
「どうぞ、こっちは食べ終わったらすぐ戻るけどね」
 アイゼンベルグはジャクリーンの前に座り、袋を破いて中を覗き込んだ。呻き声を上げ
る。
「ポークチョップかよ。正月から」
「ご愁傷様」
「……なあ、そのローストチキン、くれ」
「いや」
「レーズン入りソフトビスケットやるから」
「四枚」
 アイゼンベルグは四枚のビスケットを差し出した。ジャクリーンからローストチキンを
受け取る。
「整備はどうなってる?」
「中破機体があと二機。ユウの機体は再調整が必要ね」
「再調整?何か改造したのか?」
「改造って言うか、バイオセンサーを有効にしたの。それで、それに合わせてフィッティ
ングを午後からやり直す事になってるわ」
「バイオセンサーを使うのか。……隊長、あれ嫌ってなかったか」
「それでも、使わないと勝てない相手って事でしょ。NTが」
 アイゼンベルグは考える仕草をした。
「バイオセンサーを使えば勝てると思っているのか?」
 ジャクリーンが睨んだ。
「あなたの上官を疑うの?」
「そうじゃない。中佐の実力はお前さんよりよっぽど知っているつもりだ。メイルシュト
ローム作戦の時、俺はエウーゴのパイロットだったが、ユウ・カジマが敵でないことを本
気で感謝したもんだ。『戦慄の蒼』の異名に何の誇張も虚構もなかった。背中を冷たい汗
が流れたよ。しかしな、同じように戦場で見たからこそ、ファンネルを使うNTにNT以
外が戦えるとは思えないんだよ。あれは全く違うルールで戦ってる。俺達がどれだけ背伸
びしたって、届くもんじゃねえよ」
「……そうね、戦場を知っている大尉の見方は正しいのかもしれない」
 ジャクリーンは言葉を選んでいた。自分の言葉が正しく言葉通りに伝わるよう、注意を
払っているようだった。
「でも、ユウは――中佐は、私に勝てる、と言ったわ」
 逆に言えば、それは言葉の外の意味を相手に気取られたくない、との防衛本能でもある。
「メカニックに出来る事は機体を万全の状態に整備する事だけだわ。パイロットが撃墜数
を誇りにするように、メカニックは送り出した機体がパイロットの生命を守る事、パイロ
ットが生きて帰って来る事が一番の誇りなの。ユウはバイオセンサーを付ければ戦える、
と言った。ならば私は言われた通りにするわ。それで彼が生きて戻ってくれるなら」
 それから、こう付け加えた。
「中佐は今まで必ず生きて帰って来たわ」
 ジャクリーンの細心の注意にもかかわらず、アイゼンベルグはその言葉を聞きながら、
この整備主任の言葉の外の声に気付いてしまった。しかし、この一見不良軍人は気づかな
いふりをするだけの分別を持っていた。
「……まあ、俺達も死ぬために戦場に出るわけじゃないからな」
 そう言って、ユウの生還に関する疑問を撤回した。
「それより頼むぜ、整備主任。ユウの機体に手間掛けすぎて俺の機体にミサイル付け忘れ
た、何てのだけは勘弁だぜ」
「ご心配なく。私もプロですから」
 ジャクリーンはそう返答した。

 

 ユウは袋から出てきたポークチョップを恨めしげに睨み付けていた。
「あの……中佐、よろしければ私のカツレツと交換しても」
 サンドリーヌ・シェルー少尉が控えめに提案する。それをユウは
「いや、いい。これはこれで味がある」
 シェルーが退室すると、ため息を吐いてから固い骨付き肉に噛り付いた。コーヒーで流
し込み、野菜をパンで挟んで平らげると、通信回線を開いてサイド6の士官学校を呼び出
した。
「MS戦指導主任のフィリス大尉を」
 五分ほど待つと、モニターに懐かしい顔が映された。
「ユウさん、お久し振りです」
「元気そうだな、サマナ」
「式典での戦闘の件、聞きました。よくご無事で」
「……そうだな」
「敵について何か判ったことはありますか?情報統制が厳しくてあまりニュースが入って
こないんです」
「まあ、ぼちぼちだ。大規模な戦闘があればそちらにも情報が入るだろうし、こちらで対
処できればそれに越した事はない」
「それはそうですけどね……それで、今日はどんな用件です?」
「……ただ懐かしい顔を見ておきたくなっただけだ」
「それだけですか?」
「不服か?」
「薄気味悪いです」
 ユウは苦笑した。
「酷い言われようだ」
「女の人に言われれば嬉しいですが男に言われても全く嬉しくありません」
 サマナはそう言った後、思い出したようにこう訊いた。
「そう言えば、奥さんはお元気ですか?」
「マリーか?ああ、元気だ」
「そろそろお子さんなんて話はないんですか?別に作らないわけではないんでしょ?」
「作らないわけじゃないが、出来なくても焦る事はないと思っている」
 今は不妊でなくとも、計画的な人生設計のために人工授精を行う事は普通に行われてい
る。ユウは年齢的にも、経済的にも子供を授かるのに問題はないはずだった。
「自然に任せるよ。それでいい」
「まあ、僕もそういう考えなんですけどね」
「…………サマナ」
「?何です、ユウさん」
「お前はもし生徒に、『ファンネルを使う敵に会ったらどう戦うか』と訊かれたら、どう
答える?」
 唐突な問いにサマナは困惑したが、暫く考えた後、答えた。
「逃げろ、と教えますね」
「軍人としては最低の答えだな」
「でも、正解でしょ?」
 サマナの答えは明快だった。
「戦術的に見ても、ファンネルを使うNT専用機は一個大隊に匹敵すると言われてるんで
すよ。そんなのまともに相手してたら戦力がいくらあっても足りません。逆に、相手の数
が少ない事を幸いに無視して戦略レベルで無力化する方が現実的です」
「……なるほどな。だが、この十年間、NTとの戦いは一度としてお前の言うような展開
にはならなかった。何故だ?」
「一年戦争のエルメスはただのテロリズムで戦況になんら影響を与えていません。もちろ
ん、ガンダムが相手をしたために本格的な戦場に投入出来なかった事は事実でしょうが、
仮にア・バオア・クーで使われても大局を変えることは出来なかったでしょう。キュベレ
イやジ・Oはパイロットが即ち総司令官であり、戦闘の意味する所は通常のパイロットと
全く違います」
「……なるほど、そうだな、その通りだ」
「ユウさん?」
「すまなかったな、サマナ。無駄話に付き合わせてしまった。だが、久々に気分が晴れた」
「いえ、こんな事でいいなら、いつでも歓迎しますよ」
 今度フィリップも交えて飲み明かそうと言って回線を切った。回線を切るとユウは難し
い顔をして、天井を見上げた。
 彼は今まさに、戦略的理由からNTとの戦いが不可避となっているのだ。
「逃げるわけに行かない時は、どうすればいいんだ?」
 その答えはわかりきっていた。

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