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「カラス」、「加湿器」、「ラベンダー」①

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shoyu

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「カラス」、「加湿器」、「ラベンダー」①


376 名前:カラスの仮面 1/3 ◆phHQ0dmfn2 [sage] 投稿日:2008/11/24(月) 00:37:56 ID:zrR6IL1R

「アヤ……おそろしい子……」
 私の演技を見た憑影先生は、思わずそうつぶやいた。そりゃそうよ、だってわたしは天
才ですもの。
 他のライバルたちは、嫉妬と羨望の入り交じった目で見つめる。わたしみたいな新入り
の小娘に主演を奪われて、さぞ悔しいんでしょうね。
「先生、ちょっとお手洗いに行ってもよろしいかしら?」
 そう言って、わたしは部屋を出た。もう……こんなに動いたから、頭の皿が乾いちゃっ
た。

 わたしは妖(アヤ)、劇団『つきかげ』に来て一年になるわ。
 この山奥の古寺には、日本中の妖怪の中から選び抜かれたエリートが集まってるの。人
をだますための変化と演技は、妖怪にとっては欠かせない技能。それを磨くために、夜な
夜な練習を続けているってわけ。

「河童なんかに、変化ができるのかしら?」
 わたしに対する風当たりは厳しかった。まあ当然よね、劇団メンバーは猫また、妖狐、
化け狸、いずれも人を化かすプロの家系に育ったお嬢様ばかりですもの。遠野の淵で育っ
た田舎娘が、スカウトされて入団するなんて、認めるわけにはいかないんでしょうね。

377 名前:カラスの仮面 2/3 ◆phHQ0dmfn2 [sage] 投稿日:2008/11/24(月) 00:40:21 ID:zrR6IL1R

 でもこれが現実、先生はわたしを選んだ。
 かつて伝説の女妖と呼ばれたカラス天狗、それが憑影先生。先生はわたしの才能を見出
し、後継者として育ててくれている。そして明日はいよいよ本番。人間に化け、人間たち
の前で磨きあげた演技を披露しなくちゃいけない。
 緊張する……でも大丈夫、わたしならきっとやれる。頭の皿を濡らしながら、そう自分
に言い聞かせる。


「アヤ……あなたなら出来るわ。『紅天狗』を完成させてちょうだい」
 いよいよ本番、控え室で先生がわたしをはげましてくれる。
「はい、必ず成功させてみせます」
 先生以外には演じることは不可能とまで言われた、幻の舞台『紅天狗』。きっと、演じ
きってみせる。
「そうそう、あなた宛にこんなものが届いていたわよ」
 そう言って、紫の花束と小包を手渡された。
「これは……紫のラベンダーの人?」
 誰かは分からないが、いつもわたしを陰で支えてくれている人だ。

378 名前:カラスの仮面 3/3 ◆phHQ0dmfn2 [sage] 投稿日:2008/11/24(月) 00:42:07 ID:zrR6IL1R

 小包を開けると、四角い装置が入っていた。
「まあ……最新型の加湿器だわ。あなたのことを考えてプレゼントしてくれたのね」
 うれしくて、思わず涙が出た。
 さっそく使ってみる。心地よい湿り気が楽屋に広がり、わたしの皿を、体を、心を潤し
てくれた。さっきまでの緊張も、どこかに飛んでいった。
 ありがとう、紫のラベンダーの人。


 本番直前の舞台袖で、わたしはじっと目を閉じた。これまでの出来事が走馬燈のように
頭に浮かぶ。つらく厳しい練習だったが、今ではいい思い出だ。
 さあ、ここからわたしの伝説は始まるんだわ。
 舞台袖からステージに躍り出る。目の前には大勢の観客、そして目映いスポットライト
がわたしを照らす。
 ……ん? スポットライト?
 だ、だめよ……そんなに強く照らされちゃ、頭の……皿が……乾いちゃ……

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