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「蜘蛛の糸」、「海水浴」、「インク」③

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「蜘蛛の糸」、「海水浴」、「インク」③


336 名前:くもの糸、海水浴、インク○1/4[sage] 投稿日:2008/11/23(日) 00:19:38 ID:rWoSlYVc [1/5]

相変わらず古い家だ。俺の家も決して新しくはないけれど、こんなに伝統のある建物ではない。
柱や壁、それに調度類のひとつひとつが長い歴史を感じさせる。
ここは幼馴染みの麻里絵の家。互いに家を行き来するような仲だけど、それは別に付き合ってるとかそういうのじゃない。
小さい頃からの関係が高校生になった今でも惰性で続いているという感じだ。
「あ、それでね」
麻里絵は、こたつの真ん中に置かれたみかんに手を伸ばしながら口を開いた。
「この間、おじいちゃんが亡くなったっていう話、したよね?」
「ああ、残念だったな。まだ元気そうだったのに……」
「あ、そんな悲しそうな顔しないでよ」
麻里絵が笑って言う。
「確かに淋しいけど、畳の上でみんなに見守られながら最後を迎えたんだし……幸せだったと思うよ」
この間教えてくれたときは泣きそうな顔だったのに。場を暗くさせないように気を遣ってくれているんだろう。
麻里絵のじいちゃんは、麻里絵のことをすごく可愛がっているようだった。
悲しくないはずはないのだ。
麻里絵がみかんの皮を剥きながら、言葉を続ける。
「おじいちゃん亡くなる前に変なことを言ってたの」
「変なこと?」
「うん……」俺が聞き返すと麻里絵は思案顔になって
「えーっと……『麻里絵にクモの糸の中に入っているインクをあげるよ。クモの糸から“つ”を抜いてごらん』だったかな」
「なんだそれ?」
「わかんない。おじいちゃん、頭はしっかりしてたから、たぶん暗号みたいなものだとは思うんだけど」
確かにそうだ。齢八十を越えているとは思えないくらいしっかりした人だった。
俺はこの手のモノはあまり得意ではないけれど、恐らく麻里絵でも解けるように作られた暗号だ。
難解なものではないだろう。
「紙とペン貸してくれるか?」
「うん。ちょっと待ってて」
そう言って、麻里絵はこたつを抜けると、素早くペンと紙を持ってきた。
「わかりそう?」
ペンを受け取った俺はとりあえず『クモの糸、インク、“つ”を抜く』と、わけのわからないまま殴り書きをした。
クモノ……イト?“つ”を抜く?
“つ”なんて 初めから『くものいと』に入ってないじゃないか。
俺は頭を抱えたまま、ひたすらペンを走らせる。麻里絵は黙ってその様を見つめている。
「無理かな?」
「いや、もうちょっと待って」
別に麻里絵のことが好きだとかいうことはないが、女の子の前で良いところを見せたいというのは男の性だろう。
それが可愛い女の子であればなおさら、だ。


337 名前:くもの糸、海水浴、インク○2/4[sage] 投稿日:2008/11/23(日) 00:21:16 ID:rWoSlYVc [2/5]

「そうか……『クモの糸』から“つ”を抜く意味がわかったぞ」
「ホント?」麻里絵が幼い少女のような笑顔を見せた。
「たぶんだけどな。『KUMONOITO』から“TU”を抜くんだ。そして並び替えると……」
「並び替えると?」
この先はわからない。でもあと少しで解ける気がする。
麻里絵が目を輝かせてこっちを見てくる。投げ出したくはない。
と、そのとき閃光が頭の中を駆け抜けた。わかった。クモの糸、そしてインクの意味が。
「麻里絵!お蔵の鍵を借りてきてくれ!」
俺はこたつから身を乗り出した。
「ちょ、ちょっとどうしたのよ急に……。暗号が解けたの?」
「ああ、ばっちりだ。早くしてくれ」
「うちの物置……鍵かかってないよ」
麻里絵が言った。俺はその言葉を聞くや否や、こたつを飛び出し麻里絵の手を握って駆け出していた。
「う、うわっ……待ってよ。物置に何かあるの?」
俺に手を引かれたまま後方で麻里絵が言う。
だが俺の耳には届いていなかった。
麻里絵のじいちゃんは、とんでもないプレゼントを残していったのかもしれないのだ。




俺達は庭にたたずむ蔵の前まで来た。麻里絵の家にはけっこうな大きさの蔵がある。
壁の所々が欠けていて、剥き出しの土壁を晒しているところが悠久の歴史を物語っている。
「入るぜ?」
「……うん」
俺は興奮を抑えながら入り口の扉に手をかけた。
「でも、何で物置に来たの?クモの糸がここを指すっていうこと?」
「ああ、そうだよ。『クモの糸』から“つ”に含まれる母音と子音を抜いて並び替えると『物置』になるんだ。」
俺は蔵の中に足を踏み入れながら答えた。
「え……」麻里絵は小さな声を漏らした。今、麻里絵の頭の中では
『KMONOIO』の七字がめまぐるしく動いていることだろう。
俺は蔵の中を見回した。少し暗いけど天窓から差し込む光で、物の輪郭は、はっきりとわかる。
綺麗に片づけられた家の中とは対照的に、雑多な物が割と無造作に置かれている。
「ねぇ、それじゃ『インク』は何を指すの?」
さっそく捜索にかかった俺の背後から麻里絵の声が響いてきた。
俺は麻里絵に背を向けたまま、逆に問い返した。
「なぁ、『インク』のスペルわかるか?」
「え?えーっとI、N、Q、U……」麻里絵がどぎまぎと答える。
「違うよ。『INK』だ。そしてそれを並び替えると……」
俺はしゃがんだまま振り返り麻里絵の顔を仰いだ。
「『KIN』。つまり『金』だよ」

338 名前:創る名無しに見る名無し[sage] 投稿日:2008/11/23(日) 00:21:34 ID:a5n7oBnl [1/8]
おお、推理物か

339 名前:くもの糸、海水浴、インク○3/4[sage] 投稿日:2008/11/23(日) 00:24:04 ID:rWoSlYVc [3/5]

「金……!で、でもそんな高い物を、こんな鍵もかかってないような所に……。あ、そうか、だから……」
麻里絵は何かにハッと気が付いたような表情を見せた。
「どうした?」
「おじいちゃん、言ってたの。『なるべく早く“インク”を探しなさい』って……」
俺は背筋にゾクッとするものを感じた。間違いない。盗まれるのを恐れていたんだ。
「よし、本気で探そうぜ。金塊なんかだったらスゴいな。南の海に行って優雅に海水浴でもするか?」
麻里絵は笑いながら俺の腕を叩いてきた。
「なんでおじいちゃんのお金で、あんたを海外旅行に連れてかなきゃなんないのよ」麻里絵はニヤリと笑って
「っていうか、もしかして……私の水着姿が見たいだけだったりして……?」と俺の顔を覗きこみながら言ってきた。
「いや、アッキーナばりの小さい膨らみを拝んでも、悲しくなるだけのような気が……」
俺がそう言うと麻里絵は素早くローキックを放った。痛い。
麻里絵は、バカ、と言って俺に背を向けると奥の方の捜索を始めた。
「冗談通じないんだもんな……」俺はぼやきながら、右足の痛みをこらえて捜索活動を再開した。




十分くらい経ち、俺が自分の推理に疑念を抱き始めたときだった。
「ねぇ、ちょっと来て!」麻里絵の声が蔵の中に響き渡った。
俺は持ち上げた物を放り出すと、急いで麻里絵の元に駆け寄った。
「見つかったのか?」
麻里絵の手には小さめの箱が抱かれていた。
「わかんない。でも、見て。小さな紙が貼られてて、これに『麻里絵へ』って書いてあるの。見たところ、けっこう新しい箱みたいだし……」
「きっとそれだよ。外に出て明るいところで開けてみよう」
「う、うん」




「一、二、の三で一緒に開けようぜ」
「う、うん」
冷え込んではいるけれど気にならなかった。期待に心臓が波打っている。
頭上では煌めく真夏のような太陽が周囲を明るく照らしていた。
「いい……?一、二の……三!」
遂に箱の中身が白昼の下に照らされる。そこには、まばゆいばかりの黄金が!……なかった。
「なんだこれ?」
俺は箱の中の白い布でくるまっていた物体を取り出す。
「それ、もしかして……」麻里絵が言った。思い当たるフシがあるのか。
俺はすっかり拍子抜けしてしまったが、とりあえず何でもいい。ある程度価値のあるものが出てきて欲しい。


340 名前:創る名無しに見る名無し[sage] 投稿日:2008/11/23(日) 00:24:25 ID:vQk4is2I [1/3]
よくこの短時間でここまで練り込めたなと思う
すげー


341 名前:くもの糸、海水浴、インク○4/4[sage] 投稿日:2008/11/23(日) 00:25:18 ID:rWoSlYVc [4/5]

「これ、お肉だ。燻製のお肉。おじいちゃんと私の大好物……」中身を確認して麻里絵が言った。
俺は軽い目眩がした。『金』だと思ってたのに……よりによって『肉』?
「でも、何でだよ……。インクだろ?I、N、Kだぜ?」
「それ、私思ったんだけどさ」
麻里絵は大事そうに肉の燻製を抱きかかえている。どうやら麻里絵にとっては満更でもないらしい。
「おじいちゃん、英語の綴りなんて知らないと思うんだよね。だから『INKU』で考えてみると『NIKU』、『肉』になるよ」
あ……。なんだか金属の塊で頭を殴られたような気がした。勝手に勘違いして、舞い上がって……俺はバカだ。
「どうすんだ、その肉?」俺は憮然として尋ねた。
「もちろん、食べるわよ。大切に、味わってね。こんなに手のこんだプレゼントの渡し方をするなんて、なんかおじいちゃんらしい」
麻里絵は本当に嬉しそうだ。どうやら、じいちゃんの人生最後のサプライズは成功したらしい。でも……
「はぁー……」思わず溜め息をついてしまう。
「なに?がっかりしちゃった?」
「そりゃ、まあな。期待が大きかっただけに……さ。」
「一緒に食べる?」
「いや、遠慮しとくよ」
なにしろ麻里絵のじいちゃんの形見だ。喉を通りそうにない。
「でもお礼が何もないんじゃ悪いよね。暗号の謎解きしてくれたし、探すの手伝ってくれたし……」
「いや、お礼ならもらったよ」
「え……?」
「何てな、“嘘”だ。何ももらっちゃいないさ。まぁいいよ、ツケにしとくから、そのうち百倍くらいで返してくれ」
「何よそれー」
麻里絵が季節外れの向日葵のような笑みを見せた。

本当は“嘘”じゃない。このくらいの労力に見合うモノならもう受け取った。
それは、じいちゃんが亡くなってから麻里絵が見せたことのない、心からの笑顔。
なんでだろう……。麻里絵のことが好きなわけじゃないのに、俺は麻里絵の笑顔が……。
「なぁ、麻里絵」
「なに?」
「肉が好きなのは構わんが豚みたいにブクブク太ったりすんなよ」
「バカ、言われなくてもわかってるわよ―」
本当かよ?という言葉は呑み込んでおく。またローキックを浴びせられたらKOさせられるかもしれない。
それより、大きな胸欲しさに太ったりしないんだろうか。
心配だ。麻里絵はひょっとしたら俺の、将来の……。
いや、バカな。
俺は空を仰いだ。空には俺達を見守るように雲間から太陽がのぞいていた。

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