「擦り傷」、「狼」、「豆腐」①
308 名前:「擦り傷」「狼」「豆腐」 1/2[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 22:28:25 ID:I6qAj6zT [1/3]
てくてく、とことこ。
通学路を小さな女の子がひとり、元気に帰ってゆきます。
女の子のお気にいりは真っ赤な防災ずきん。
おかあさんが縫ってくれたそれを、女の子はとても大切にしていました。
クラスメートのいじわるな男の子によごされないように、毎日頭にかぶって学校にゆき、
家にも防災ずきんをかぶって帰ります。だから、女の子についたあだ名は「赤ずきん」でした。
かわいいおかっぱをふわふわゆらし。赤い防災ずきんをきょろきょろ。
そんな赤ずきんちゃんは、おとなの人にも人気者です。
今日は、お豆腐売りのおじさんが赤ずきんちゃんに目をつけました。
やあお嬢ちゃん、学校がえりかい。ふひひ。
赤ずきんちゃんは笑顔でごあいさつをします。こんにちは、ちんどんやのおじさん。
お豆腐売りのおじさんはチャルメラをぱーふーと吹き鳴らしました。
そうそう、駅前パチンコ開店よろしくねってちがうわ、ぼけ。
冷たい空気がながれて、赤ずきんちゃんとおじさんの心をさむくしました。
標準語をしゃべってばけていますが、おじさんは、かんさいじんという種類のいきものなのです。
おじさんの鼻息があらいので、赤ずきんちゃんにはふしぎです。
お嬢ちゃん、いい子だから。おじさんは目をちばしらせて言います。
お豆腐、買っていかないか。まだ今日いっこも売れてないんだ。
すると赤ずきんちゃんは、おおきくてつぶらな目からぼろりと涙をこぼしました。
おじさんはびっくりしました。こんなところをだれかに見られたら逮捕されてしまいます。
まって、お嬢ちゃんまって。どうしたの。まだなにも痛いことしてないよ。
赤ずきんちゃんは泣きながら言いました。かわいそうなおばあさん!
え、かわいそうなのはおじさんだよ。お豆腐売れてないんだよ。ていうかだれ、おばあさんって。
おじさんは当惑を隠せません。
309 名前:「擦り傷」「狼」「豆腐」 2/2[sage] 投稿日:2008/11/20(木) 22:28:49 ID:I6qAj6zT [2/3]
お豆腐売りのおじさんはおいおいと泣いていました。かわいそうな赤ずきんちゃんのおばあさん!
癌で高血圧で戦争神経症のPTSDで、おまけに梅毒とHIVと低血圧と、あと癌なのです。不幸すぎます。
赤ずきんちゃんは言いました。でもおとうふがあれば、おばあさんの病気はなおるかもしれないの。
そして、赤ずきんちゃんはさびしく笑います。
でもわたし、おかね持ってないから。おじさんのおとうふ買えないから。
なにを言うとるんや、みなまでいわすな。持ってかんかいどろぼうっ。
やさしいお豆腐売りのおじさんは、ボウルにいっぱいのお豆腐を赤ずきんに持たせてくれました。
てくてく、とことこ。
おじさんからお豆腐を巻き上げた赤ずきんちゃんは、元気に帰ってゆきます。
てくてく、とことこ。……べしゃっ。
赤ずきんちゃんは、ころんでしまいました。
あああああん。
赤ずきんちゃん、今度はほんとうに泣いてしまいました。てのひら、ひじ、ひざが真っ赤です。
お洋服もよごれてしまいました。
大切な、とてもたいせつな真っ赤な防災ずきんまで、白いどろどろによごされてしまいました。
赤ずきんちゃんは、泣きながら歩いていってしまいました。
ここまでの都合のわるい一部だけを、近所のおばさんが目撃していました。
一週間後、お豆腐売りのおじさんのおうちに警察の人がやってきました。
おじさんは、おばあさんが、おばあさんがと意味不明の供述をくりかえしました。
そうそう、そういえば赤ずきんちゃんのおばあさんは去年の冬に亡くなっていましたっけ。
おしまい。