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「ネトゲ」、「チョココロネ」、「保険金殺人」

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「ネトゲ」、「チョココロネ」、「保険金殺人」

281 名前:1/2 ◆wT37mzglpY [sage] 投稿日:2008/11/16(日) 05:07:57 ID:W00Gissi

 チョコとコロネ、そしてピッツァは夫婦だった。というと奇妙に聞こえるが、むろん本名ではないし、
三人ひと組で家庭を作っていたというわけでもない。要するにこういうことである。
 某県某市にある若い夫婦がいた。二人には幾年も子供がなく、互いに少し焦りを感じはじめて
いた。二人がもっとも恐れたのは夫婦仲が冷えることだ。ある日、妻がネットで面白そうなものを
見つけた。ネットゲーム。若いカップルがひとつのチョココロネを半分こして食べるように、仲良く、
いつまでも……そんな希望を込めて、ふたりはそれぞれ自分のキャラクターに、チョコとコロネと
名づけて遊んだ。
 最初は上手くいった。仕事で毎日帰りが遅く、妻との共通の話題がなかった夫も、夜の三十分で
素敵なデートを楽しむことができた。まるで学生時代の二人のように、いや、そのころ夢見た
想像上の二人のように。夫は頼りになる青年で、妻は可愛らしい娘だった。オンラインの世界は、
まるで夢みる仮面舞踏会だったのだ。
 だがそれも長くは続かない。レベルが上がると、なにをするにも時間がかかるようになった。夫の
生活サイクルでは、なかなかゲームにログインする時間がとれない。その反対に、専業主婦である
妻は、より長い時間をネットの世界で消費するようになった。
 コロネに友達ができた。毎日昼間からログインしている青年で、まだ学生だという話だった。彼は
強力なキャラクターを持っており、二人はゲーム内でつねに一緒に行動するようになった。その話を
すると、夫はあからさまに不快そうな顔をした。ほどなく妻は夫の嫉妬に気づいて、それが面白く
なった。何年も忘れていた感覚だ。彼女は青年、ゲーム内ではピッツァ、に既婚者であることを
告げずに、毎朝夫が出勤したあと、若い頃に渋谷や原宿で結婚前の夫とデートしたような感覚で、
毎日のようにピッツァと遊ぶようになった。ピッツァはいつもそこにいてくれた。そして夜は生き生きと
した顔で、生涯の伴侶を誓う前のお転婆な娘のように、夫の心の微妙なささめきを楽しんだのだ。
 だが妻も馬鹿ではなかった。これでは夫婦仲を温めるために始めたネットゲームが、逆にそれを
冷やしてしまうことには気がついた。しかし彼女が冷静な判断力を保っていたかというと疑問だ。
なにせ彼女は夫の嫉妬を和らげるために、青年を彼女の『お友達』として夫に紹介するという愚を
犯したのだ。


282 名前:2/2 ◆wT37mzglpY [sage] 投稿日:2008/11/16(日) 05:08:48 ID:W00Gissi

 ある日曜日の朝、三人は森の中で顔を合わせた。コロネとピッツァがいつも遊んでいる場所だ。
だがそこは夫のレベルに見合っていなかった。コロネとピッツァは、チョコの知らないこの楽しい
狩り場を『案内してあげる』といった。ピッツァは前面に立って闘い、コロネはそれを支援し、チョコは
ただその光景を眺めることしかできなかった。その夜、夫はネットゲームをやめようと提案した。
 この反応は妻には予想外だった。『素敵な場所』を『案内してあげた』のに、『嫉妬に狂って』、
自分にまで引退を迫る『身勝手で器の小さい男』、それに比べて、ピッツァは。またピッツァに自分が
既婚者だとばれたことは、彼女にとって取り返しのつかない損失だった。すべては夫のせい。
 結局、チョコだけが引退することになった。妻は彼女にとっての最大限の譲歩、つまり夫が帰って
きたらゲームを中断するという条件で、なんとか引退を回避した。夫は妻がオンラインで何をして
いるか、把握する手段を失った。そして妻は夫の知らぬ間に、ゲーム内でピッツァと結婚式を挙げた
のである。またゲーム内で冗談めかして、旦那がいつまでも帰ってこなければいいのになどと
言うようになった。コロネとピッツァは新居を建て、内装を相談し、庭の手入れをし、ペットを飼った。
ネットゲームの世界にないのはただ一つ、性生活だけ。妻はそれだけは空想で補うしかなかった。
夫の体に、会ったこともない青年の肉体を重ねて。
 だが、女の反応が今までと変われば、男も敏感に気づくものなのだ。
 ある夜、セックスの最中に、夫は冗談めかして妻の首を絞める振りをした。警告だった。だが妻は
これを別な意味に取った。彼女が無意識に目を塞ぎ、ある意味楽しんでもいた巨大な背徳感は、
夫の行為を本気混じりのものと解釈させたのだ。妻は身を守る必要を感じた。夫の凶悪な行為を
ピッツァに話し、助けを求めた。だがこの二人も、自分たちの関係が反社会的であり、夫を現実世界で
糾弾しても不利なことを十分に理解していた。この価値観の二重性は、ネットゲーム廃人と呼ばれる
人種には珍しいものではない。
 二人は冷静に計画を練った。夫とふたりでトレッキングに行き、山中で夫だけ沢に落ちる。青年の
協力があれば、そんな『状況』を演出することはわけもなく思えた。保険金が出るのよ、そしたら
暮らしには困らないし、またずっと一緒に遊べるわ。分け前だって。
 青年がこの話に乗ったのは、金よりも生身の女の体を求めてのことだと、のちの尋問で明らかに
なっている。
 そして夫は死んだ。だが二人の予想に反して、ゲームログからコロネとピッツァの陰謀は容易に
暴かれた。夫の変死を捜査した警察は、彼の同僚から、夫が生前、妻のネットゲーム中毒にかなりの
苦言を吐いていたことを聞き取っていたのである。『ネット夫婦』はあっというまに逮捕され、それぞれ
相応の刑罰を受けた。
 妻と青年は、現実世界の『恋人』が想像していたような異性とは違ったことに、やり場のない空しさを
感じながら服役した。逮捕前に彼らは一度だけ寝たが、それは完全に見知らぬ誰かとのセックスだった。
二人が会ったのはそれが最後である。
 そしてオンラインの世界には、管理する者のないコロネとピッツァの家だけが残された。それは花で
可愛らしく飾られ、正確に五日サイクルで少しずつ老朽化していった。

おわり


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