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一回戦 第十六試合 やまなし VS 無限桃花

作者 ◆SWkIug3/56

 桃花は戸惑っていた。
 突如身を包んだ光、抜け出した先に広がった光景。傍に居たはずの仲間の姿はなく、いつの間にか握っていた己宛の手紙。
 それは噂に聞く大会への誘い。戦うさだめに生まれた彼女にとっては、終生縁のないものとは決して言えないそれ。
 しかし――

「……なんで?」


「……なんで?」

 選手控え室。
 突如掛けられた言葉を理解できず、やまなしは相手を見た。声の主は優しげで穏やかで、そしてちょっと頼りなさげな隣人だ。
「……なんでって。僕らは元々こんなことには向いてないよ」
「確かにそうね」
「それに相手は侍らしいよ。絶対怪我する、棄権しようよ」

 そう言い募る彼の鼻先に、ぴたりと黒い軍配が止まる。
「為せば成る。為さねば、成らぬ」

 己よりずっと背の高いしずおかをきりりとした目が見据える。言葉に詰まった彼を見て、やまなしは軍配を下ろし微笑んだ。
「――成る業を成らぬと捨つる人のはかなさ。信玄公の言葉よ。現代風に言えば――《諦めたらそこで試合終了だよ》!」
「違う人になってるよ!」
「意味は一緒でしょ。私は『山梨』だもの、信玄公に顔向けできないことはしたくない」
「でも」
「――何をイチャついておるかこのイケメンめええええ!」

 なおも食い下がる彼を止めたのは青い影。咄嗟に身を引いたやまなしのピアスが揺れて頬を叩く。影はその横をすり抜けてしずおかにデコピン一発。
「痛っ! え、何?」
 鼻息荒く宙に浮くそれはまるでハサミに人形の半身を乗せたようで。

 そのハサミ人形――御馴染み元祖アイドルはさみさん――は、しずおかに一瞥を残してくるりと振りかえり、
「やまなっちゃん、時間です。闘技場へどうぞ」
「ああ……なんだ、呼び出し係の子ね。じゃあ行ってくるわね」
「子供ではありませんが」
「待って、止めようって……まったく! ねえ、セコンドは入ってもいいんだよね」
「まだイチャつく気かこのイケメンめ。……いいですよ、どうぞ」

「桃花さん、お時間ですー」
 扉を翅を振るわせながら全身で押し開けて、頭巾の少女が声をかける。部屋にははたして、目当ての少女が一人静かに待機していた。
 扉に背を向けている為、顔より先に結い上げた艶やかな黒髪が便利頭巾の視界に入る。灯りを弾く硬質ですべらかなそれはまるで。
(私たちの鞘翅みたいですーって言っちゃだめですか。だめですね!)
 こっそり一人ボケツッコミ。

 そんな一人漫才に気づかないのか、桃花は応じずぼんやりと壁を見つめている。想いを馳せているのか、その表情はどこか寂しげ。
「桃花さーん大丈夫ですかーお腹痛いですかー」
「……大丈夫。でも置いてきた妹や仲間が心配で」
「お仲間さんですかー。……えっと、でも無限彼方さんはーこの大会に参加してますよー」
「……彼方、も?」
 その言葉に意識を引き戻されたか、桃花の目に光が宿る。
「行きましょ」
 確りとした動きで立ち上がり、黒いプリーツスカートを翻して部屋を出る。慌てて便利頭巾が飛び従う。

「ねえ」
「なんですかー?」
「何で、私だったのかな」
「何でって言われましてもー。貴女が無限桃花さんだから、じゃないでしょうかー」
「それは、そうだけど」

 それきり無言でほの暗い廊下を行く。響いていた足音と羽音が次第に明かりと喧騒に飲まれていく。選手入場を彩る軽快なマーチのリズムが否応無く気持ちを高揚させる。
 桃花はひとつ息を吐き、背筋を伸ばしてゲートをくぐった。

『――そして対するは、無限桃花選手。入場です!』

 アナウンスが名前を告げると、ひときわ大きな歓声が会場を揺らした。先に入場したやまなしはその衝撃に苦笑い、持ち込んだ軍配をかたく握り相手を見やる。
 リングに上ったのは黒いセーラー服のすらりとした少女だった。武器持ち込み禁止の試合ゆえ手は空だ。

『今試合はセーラー服姿での参戦となります桃花選手。柏木さん、どう見ますか?』
『彼女には色々な設定があるから一概には言えないね。ただどの設定であってもある程度は戦闘慣れしているだろう』
『なるほど、データ上は前歴の無いやまなし選手不利、ということでしょうか。なにやら赤い房の付いたうちわを持っているようですが』
『軍配団扇だね。武将が指揮を執る際に振るったものだ。殺傷能力は皆無なので武器にはあたらない』
『ステッキや呪符と同じ扱いというわけですね』

 歓声と解説にBGMが混ざり溶ける中、対峙した二人の間に審判よし子が立ち、事前説明をてきぱきと進める。
「よし子かわいいよよし子!」
「五月蝿いぞ裏方ーっ! 邪魔するなよーっ!」
 茶々いれにも忘れずツッコミ。しずおかに付いてちゃっかりとセコンド席にいる裏方はさみさん、これにはしょんぼり。周囲の緊張感がほんの少しほぐれる。

「……セコンドの男の人、彼氏?」
「だっちもねえ……っじゃなくって! 冗談言わないで。隣人よ、り・ん・じ・ん」
「そうなの? でもいいなぁ付いてきてくれる人がいて。私は妹とはぐれちゃって」
「確か妹さんも参加者だったかしら。……あなた案外普通の子なのね。もっと時代がかった子だと思ってた」
「いろいろ、居るんですよ」
「えーと、そろそろいいかー?」

 きりの良いところでよし子が声を上げる。実況席に合図を送り――
「――ファイッ!」
『試合開始です!』

 やまなしが動く。一気に距離を詰め、左手の軍配で桃花の視界を遮りその陰から掌底を打ち込む。
 胸元に吸い込まれそうな一撃を、桃花は左腕を絡めるように払いあげ、続けて右腕で軍配を払いのける。互いに両手を伸ばした状態、桃花が続けざまに足払いをかけるとやまなしはあっさりとバランスを崩し片膝をついた。

『これは予想外と言っていいのでしょうか! 序盤からスピーディな攻防!』
『桃花選手はやはり慣れているね。やまなし選手がどう切り抜けるかが……おや』

 屈みこんだやまなしに向かって桃花が再び足技を仕掛ける。しかし距離をつめたその瞬間、振り上げられた軍配が桃花のスカートを引っ掛ける。
 会場内の声援が若干野太さを増した。桃花は慌てて裾を押さえ、数歩下がる。その隙にやまなしは体勢を立て直した。

「きゃあっ!? ちょっと!」
「あら可愛い下着。試合にスカートだなんて事故起こすの目に見えてるじゃない」

『えー……なんと言いますか。やまなし選手、奇策で危機を脱しました!』
『まあ、若いお嬢さんを心理的に揺さぶるには手軽な作戦かな。先の試合を見た観客には物足りないかもしれないが』
『そ、そーですね……っ』
 思い出してちょっと赤面するアンテナさん。顔を出さないお仕事でよかった。


「ありえなーい! オトナのクセにこんな子供じみたことするなんてっ」
「大丈夫よ、後ろの観客からは見えてないから」
「……やまなっちゃん、実は結構悪戯好きだよね」
「五月蝿いわよしぞーか!」
「素人さんには手加減しようと思ったけどやめた! ひきょーものはさっさと倒して彼方に会いに行くんだから!」
 そう吐き出すと桃花はさらに後退り距離をとる。そして。


 休憩中に用を済ませようとした水野晶は、女性特有の混雑に巻き込まれ遅れて観客席に戻った。しかし慣れぬ建物ゆえか通路を間違えてしまったらしい。連れの陽太の姿はおろか、周りの観客にすら見覚えが無い。
 きょろきょろと周囲を見回して、晶は見慣れぬ光景をいくつか目撃した。

 一つはジャージ姿の男女。蒼い髪の少女には見覚えがあった。陽太が(無事に二回戦に進めば)対戦する相手、クリーシェ。隣の無精ひげの男性には覚えが無い。何事かをクリーシェに頼み込んでいるようだが内容は聞こえなかった。
 しかし晶の注意を引いたのは会話の内容ではなかった。
 男の指先に黄色い光が灯るや、そこにみかんが出現している。クリーシェが丸ごと食べればすぐにまたみかんが現れる。
(陽太みたいな能力の人、他にも居るんだ)

 いま一つは観客席の最前列。そこに居たのは和装の少女。彼女にも見覚えがある、先んじて戦い、同名の相手を下した少女。
 無限彼方が晶の気を引いた理由は単純明快。リングへ向かって叫んでいたからである。

「私はあんたの妹の彼方じゃなーーーーーーい!」

「ピーチ・プリズムパワー・メーイク・アーップ!」


『な、なんということでしょう! 桃花選手が……! 桃花選手が、変身、いたしました!』
 アンテナさんが叫ぶ。歓声がざわめきに変わる。よし子とやまなしはぽかんと口をあけていた。セコンドの二人も同様だ。

 目の前にいるのは間違いなく無限桃花。しかし平凡だった黒セーラー服はカラフルな色合いと妙に短いスカート丈、ボディラインの際立つタイトな上着に変化していた。
「愛と正義のセーラー魔法少女、ももか! 夕鶴さんに代わって御っ仕置きよ!」
「……って、お前かーっ!」
 そのツッコミは、果たしてよし子一人のものであっただろうか。

『……な、なるほどそういうことか』
『知っているのか柏木っ!』
『魔法少女ももか……数多いる無限桃花のうちの一人で、確認されている中では数少ない、あるいは唯一の魔法少女……。まさか彼女が参加していたとはっ』
『な、なんだってー!』
 もはや定着気味のやり取りである。

「……そりゃ、時代がかってないわけよね、侍じゃないんだもの」
 漫才解説を聞いてようやくリアクション。こめかみに手を当てる。ああ頭痛がする気が抜ける。信玄公ごめんなさいこの試合捨てていいですか。
「な、何よそんな呆れた顔して! 呼ばれちゃったものは仕方がないじゃない。折角妹と一緒にクラスの男の子助けに行こうとしてたのに! えーい、ももかキーック!」

 戦意を失いつつあるやまなしに問答無用のジャンピングキック。とっさに軍配を盾にするも身構えてすらいない彼女を、体重のかかった一撃が容赦なく突き飛ばし、石畳に叩き付ける。


「……イロモノかと思いきや、案外やりますね」
 着地した桃花の耳に、観客席からの声が届く。はっとして視線を巡らせれば、記憶とは若干姿や印象は違えど愛おしい相手。なにより聞き間違えることなどない、この声は。
「彼方! 見ててくれたのね!」
「……ちょっと、名指ししないでよ……」
「見ててね彼方! お姉ちゃん頑張るから! 終わったらすぐそこへ行くからね!」
 そして熱烈な投げキッス。観客席の無限彼方は思わず鳥肌。
「私はあんたの妹の彼方じゃなーーーーーーい!」


「……ったあ……」
 カウント半ばで立ち上がる。蹴られた左肩をさすり、観客席に向かって――正確にはただ一人に対して――パフォーマンスをしている桃花を見据える。
「やっぱり正面からじゃ無理よね。そうすると……」
 服の埃を払いながら独りごちる。今までの桃花の言動を思い返す。

「まだ続けるかー?」
「……やるわ」
「オッケー。……こらそこ色気飛ばしてんなーっ! 試合続行だーっ!」
「えー、まだ続けるの? もう降参してくれません?」
「だっちもねえこんいっちょし!」
「日本語でおkーっ! ――ファイッ!」


 軍配をエプロンの紐に差し、やまなしが両の手でパンチを繰り出す。突き、あるいは払い。しかし桃花はそれを難なくかわし、受け止める。
『やまなし選手ラッシュ! ラッシュ! しかし桃花選手余裕の表情!』
『メイクアップ……つまり変身したことで身体能力が上昇している可能性があるね』

「寄生獣に比べたらワイン屋さんの攻撃なんて!」
「五月蝿いっ! あんたさっきの蹴りでピンクのギンガムだって完全にバレたわよっ!」
「っきゃー!?」
 ぱっと頬に朱が差し、桃花の動きが鈍る。そこへ防御を潜り抜けた一撃。腹部に響く鈍痛に思わずよろめく。

「パンツじゃないからっ……恥ずかしくないもん!」
「その割に真っ赤よあなた」
「違うったら違うの!」
「じゃあなんなのよ、あのピンクのギンガムチェック白レース付き! 魔法少女も大変なのね、フ・ァ・ン・サ・ー・ビ・ス♪」
「そんなんじゃないわ!」
「大体ね、……その歳で魔法少女は、恥ずかしくない?」
「……! 信じらんない! バカにしないで! 彼方! 愛するお姉ちゃんに力を貸して!」
 内心思っていたことを突かれて顔が熱くなる。桃花が両腕を突き上げると手首の周りに黒い靄が漂い、丸く輪を描く。程なくして現れたのは二枚の黒い円月輪。


『やまなし選手、挑発でしょうか! 桃花選手、円月輪を召喚しました!』
『武器は持ち込み不可だが召喚は可。あれは妹さん、つまり魔法少女かなたの武器・マルだね』
「そう、普段は彼方の武器。でも私が使えば――」
 その一枚を掌に載せ脇に抱きこみ、背筋をバネに解き放つ。

「――ピーチ・ティアラ・アクショーーーーン!」

「ティアラじゃねーっ!」
 よし子のツッコミを他所に、黒円月輪がやまなしに襲い掛かる。回避を試みるもかわしきれず、二の腕が切り裂かれ、白いシャツが赤く染まる。
「くっ……!」
「もう一発いくよ!」
 痛みにひるむやまなしの正面に、二枚目の円月輪が襲い掛かる。
『これは避けられない! 万事休すかーっ!』

ギャリギャリギャリッ!
「!?」

 誰もが感じた惨劇の予感は赤い光と異質な音によって否定される。
 残像がちらつく目を擦れば、黒円月輪はやまなしの目の前で輝く壁によって弾かれ、転がり落ち、靄と消えるところであった。
『なんと! 突如やまなし選手の目の前に白い壁が出現しました!』

「な、何……これ、氷?」
 白い壁のように見えるそれは、傍に居るものにははっきりと一つ一つを視認できる。大きさは小石から握りこぶし大、透明なものから色づいたもの、凹凸のあるものから研いだように鋭いもの――それらが彼女を護るように宙を漂い、照明を弾きながらなだらかな稜線を持つ三角形の板を形成している。

『まるで雪化粧した富士山のような壁です! 柏木さん、これは一体!?』
『……どうやら水晶のようだね』
「水晶!? どこから!?」
「――動かざること、山の如し。……危ないあぶない。真っ二つになるところだったわ」
 必勝の一撃を防がれて動揺する桃花に、水晶富士の裏からやまなしの声が返る。


「何が起こったんだイケメン!」
「……いい加減その呼び方止めてくれないかなあ」
 頭上でぴしぴし手刀を繰り返すはさみさんにしずおかがぼやく。
「僕ら、地元ゆかりのモノなら割と自由に呼び出せるんだよ。やまなっちゃんは昔から水晶細工が得意でさ」
「な、なんだってー!」
 このはさみさんも大概ノリノリである。


「し、所詮砂利の山よっ! 謝らないならぼんがぼんがにしちゃうんだから!」
 一枚になった黒円月輪を放つ桃花。でもちょっと勿体無いな、などと思いつつ。
 軌道を変えて幾度も襲い掛かる刃を水晶富士が阻み続ける。円月輪の刃はさながらグラインダー。水晶は割れ、弾かれ、徐々にではあるがその身を薄くしていく。

『桃花選手の猛攻ーっ! やまなし選手手も足も出ない!』
「……くっ」
 やまなしは動かない。挑発は意図したものだったが刃物を持ち出されたのは予定外だった。咄嗟に水晶を生むことで助かりはしたが、手の内を披露してしまった。
 桃花がいかに興奮しているとはいえ、うかつに動けば狙われるのは目に見えている。
 欠け行く富士の裏で鋭い視線を周囲に向ける。時間との勝負だ。

 しかしやまなしが動くより早く、再びその身に痛みが走る。
『崩れた! 崩れました! 桃花選手の一念、水晶をも通しました!』
 黒円月輪がついに水晶富士を突破した。浅く、ではあるがふくらはぎを裂き、小さなうめき声が上げる。
 なおも攻め来る黒い刃を、急ぎ握った軍配で払いのける。力を込める度、腕から脚から、じわじわと血が流れ出る。


「やまなっちゃん! もう無理だよ!」
 これ以上続けさせるわけにはいかない。しずおかがその手に白いタオルを呼び出した。しかし投げようと翻したその裾を、銀の刃が地面に繋ぎとめる。
「まったく過保護なイケメンだ」
「はさみさん! どうして邪魔を」

 それには答えず小さな手が指し示すやまなしの横顔。刃をかわしつつ忙しなく周囲に視線を送るその姿は一見逃げ道を求めているようにも見える。
 しかし、目の端に小さな赤い光が灯っては消える。同族であるしずおかにも馴染みの現象。
「止めるのは彼女の気が済んでからでも良いのではないですか」


 あまりの鳥肌に一度は姉の姿の見知らぬ他人を拒絶した無限彼方だったが、観戦は続けていた。
 姉と当たるまで負けるつもりは無かった。勿論、いずれ対戦するであろう姉にも負けるつもりは無かった。予想外にがっかりな姉っぽい他人ではあったが、相手の情報を得ておくことは彼方にはごく当然のことだった。

「……バカ」
 観客の熱狂や悲鳴を他所に冷静に試合を分析していた。だからこそ本人より先に気づく。

 ぐらり、とやまなしの身が傾いだ。慌てて踏ん張れば傷口がうずき、へたり込む。
「ダウン! カウント取るぞーっ!」
 審判よし子の宣告。制止を受けとまる桃花の攻撃。
「はあ、はあ……っ! そろそろ、謝る気になった!?」

「……あなた、生まれはどちら?」
「何よ!?」
「出身地、よ。設定上の。……西日本かしら?」

「3! 4!」
「そ、そんなこと聞いてどうするのよ? 私が聞きたいのは!」
「忠告。しておこうと思って」

 目を伏せて、開く。意思の強そうな茜色の瞳がきっと桃花を見据える。
 視線に応じるように赤い光が灯り、拳よりやや大きな桃色の球体が二人の間に浮き上がった。
「うちの桃は西のよりも、かたいわよ」

 ばっと、軍配を水平にかざす。


「――動くこと雷霆の如し!」

『なっ! なんでしょう! リングを幾重にも縁取るようにピンク色の球体が!』
『桃だね。しかしとんでもない数だ』

 そう。殺風景で無骨な石畳のリングは突如現れた無数の桃に縁取られ、飾り立てられていた。満足そうにやまなしが立ち上がる。対する桃花は気勢を失う。この量、先程の水晶の比ではない。
「ちょっと……なんなのこれ!」
「桃よ。私の特産品なの」
「そうじゃなくって! いつの間にこんなに……っ」
「ずーっと作ってたんだけど? 興奮しすぎて気づかなかったかしら? ……何の変哲もない桃だけど、逃げ場はないわよ?」
 にこり。
 ピンクのポニーテールを翻し大人びた微笑。しかし細められた目にもあがった口角にも、いい知れぬ凄みが宿っている。

「子供じみてる? 卑怯者? 結構ね。私は格闘家でも魔法少女でもないもの、反則しない限り使えるものは使うわよ。……下着を暴露したことは謝ってあげるわ」

 すい、と軍配が天を指す。ようやく冷静さを取り戻した桃花が黒円月輪を構えようとするが、目の前に一つだけ浮いていた桃が飛来し弾く。

 軍配が振り下ろされ、まっすぐに桃花を示す。
「ちょっ、待っ……」
「審判、伏せなさい! 全軍、突撃!」
「きゃーっ!? きゃーっ!?!?!?」

「……お、終わった、か……っ」
 さながら弾幕シューティングのような頭上の光景が治まったのを認め、そろりとよし子が頭を上げる。
「うわっ……甘ったるい」
 視界より先に鼻が状況を把握する。周囲は甘い桃の香りで満たされていた。石畳はさほど汚れてはいない――一箇所を除いては。
 大量の桃が山と積まれている一角。その山の麓では艶やかな黒髪を果肉と果汁でベタベタにした桃花がクルクルと目をまわしていた。

「カウントいらないなーっ! 無限桃花、ノックアウトー!」
 宣言に会場が揺れる。歓声に混じる悲鳴は彼女のファンのものだろうか。
 痛んだ軍配で肩を叩きながらやまなしは振り返る。複雑そうに見つめるしずおかと目が合った。
「ね、成る業だったでしょ?」


『やまなし選手の勝利です! なんと一瞬の形勢逆転劇でした!』
『いや、どうだろう。メンタル面を見れば桃花選手が劣勢だったようにも思えるね』
『なるほど、そうかもしれません! それでは早速、次の試合に参りたいと――』
 興奮冷めやらぬ口調で進行を続けるアンテナさん。
 しかしその熱心な仕事に申し訳なさそうに邪魔が入る。

『先輩~会場のあんてなです~。リングが桃でべったべたです~掃除するまで待ってください~』



「挑発に乗って負けるだなんて、あなたそれでも無限桃花なの?」
 医務室を訪れた彼方は、桃花の意識があることを見るや労いより先に辛らつな言葉を投げかける。
「あ、彼方! 来てくれたのねお姉ちゃんうれしー」
「だから私はあなたの妹の彼方ではないと!」
 痣だらけ果汁だらけの身体でハグを求めるも、彼方はするりと避けて距離を置く。しょんぼりとかわいらしくしょげる桃花の姿に呆れたようなため息ひとつ。

「格好つけて『対戦相手に挨拶してこい』なんて言ってたくせに。すっかり騙されたわ」
「え? そんなことしてないよー」
「……え?」
「だって私、いきなり変な光につつまれてここに連れてこられてから、ずっと一人だったもの。控え室に居ておトイレ以外出歩いてないし、彼方が居ることも案内係の子に聞くまで知らなかったよ」
 きょとんとした顔で説明する桃花。

「で、でもさっきは……それに他の選手も桃花らしい侍を見てるって」
「あ! もしかしたらトウカさんかもしれない! あのね、私たち、ここに来る前は寄生獣のアジトに乗り込むところだったの。その時一緒に居たトウカさんって人がお侍さんっぽい格好した女の子でね」
「……それが私が話した桃花だったかもしれない、わけか」

 一応、合点はいった。しかしなんとも、釈然としない彼方であった。





【一回戦 第16試合 やまなし VS 無限桃花】
  《勝者 やまなし》

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