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一回戦 第七試合 スーパー・ストロング・パンツマシーン (SSP) VS 鎌田之博

作者 ◆sspKmtNy/I

 歓声。歓声。歓声。
 地下闘技場を埋め尽くす観客達が揃って叫ぶ。
 黒山の人だかりと形容したい所だが、東京にありながらもそこに並ぶ色は多種多様。
 老若男女どころではない。人種にはじまり生物の種、果てはそれすらも超えた存在までもが一同に介しているのだ。
 だがどうだ。先の通り彼らは今、あらゆる壁を突き抜け同じ言葉を口にしているではないか。
 この光景を政治家か何かが目の当たりにしたならば「ひょっとしてコレで世界が治められちゃうんじゃないか」等と考えてしまうかもしれない。
 もっともこの場に置かれれば、そのような思考も放り出し彼らの一員として叫ぶのであろう。
 それだけの熱狂がこの場にあった。

「完全にアウェーだなあ」
 リングまでの短い通路、当事者である選手鎌田は額から伸びる触覚揺らし、一人ごちる。
 この声援は彼に向けられたものではない。
 いや、中にはそういったものも含まれているだろう。
 しかし連鎖し巨大化し、一点に収束していくボルテージはその他のあらゆる音を飲みこみ、会場を一色に塗り潰してしまう。

「SSP!」「SSP!」

 今満を持して入場せんとするカリスマの存在を、鎌田は会場の誰よりも早く視界に納める。
 開け放たれた扉の奥からでさえ触覚に響く、自信に満ちた歩み。
 暗闇にうっすらと浮かぶ逆三角形の輪郭は百戦錬磨の修羅である証。

『さあ間もなく始まります一回戦第七試合ッ! 会場は既にヒートアップ、
試合前からこれほどまでに観客を魅了するスーパー・ストロング・パンツマシーン――SSP選手とは一体何者なのでしょう!』
『端的に言うならば彼は普通の人だね。ちょっとエンターテイナー気質のある』
『よく分かりませんが……』
『細かい事を気にしていてはこの大会の実況は務まらないよ。
闘いは理性だけで楽しむものじゃない。ほら一緒にSSP! SSP!』
『SSP! SSP!』
 実況席。どうみてもノリの違う柏木までもが便乗している。
 中立の立場である解説者がそれでいいのかという実況アンテナさんの心配を他所に、
いつの間にかあんてなたんまでもがノッている。

――と突然、歓声を押しのけて鳴り響く高速ドラミング&ギターリフ。
 Man on a Mission。疾走感溢れるメタルのメロディーを背に、SSPがリング中央へと一気に飛び込んだ。

「SSP!」「SSP!」

 登場とともに一層の盛り上がりを見せる会場。そのコールはもはや絶叫の域に達している。
 その声に対し、無言で右手を突き上げる動作で応えるSSP。
「I am the strongest!!!」
 人差し指が天に向かい真っ直ぐ立てられた時、ボルテージは最高潮に達する。
 喩えるならば、それは火山の噴火。
 集まる声の振動は今にも会場を揺らし、破壊してしまう程の勢いを感じさせた。

「鎌田さん大丈夫かな……」
 観客席の一角で、大量に流れ込む"人の生の声"に気圧されながら一人の少女、晶が呟く。
「いくら相手が大衆の支持を味方につけようと関係ない、それが異端、異形のものさ」
「はいはい」
 相方である陽太のいつもの厨二コメントを流している所、曲のフェードアウトと共にもう一つの影――それは正しく異形――がリングに飛び込んだ。
 ハイジャンプからの空中前転というSSPに対抗するようなパフォーマンスだが、恐らく本人にその意図はないだろう。
 鎌田は単にヒロイックな格好をつけたかったのだ。
 しかしそれが幸いしたのか、会場は続けて沸きあがる。

 人外として分かりやすすぎる姿と、対峙する人という構図はこの大会の真理を体現していた。
 薄緑の外骨格に覆われた逆三角形の頭部。長く伸びた触角に、大きな複眼――


「――バッタか」
「違う!」
 中央にて向かい合うSSPと鎌田。
 緊迫した空気を打ち破るように放たれた第一声はこれであった。
「ジョークだジョーク。アレだろ、カ……kam……」

「kamen rider(仮面ライダ)」
「カマキリ!!」

 微妙に期待していただけに激しくツッコむ鎌田。
 SSPの回答は的外れというわけでもなく、内心では少し嬉しいのだが。
「なんだ、カマキリの仮面ライダじゃないのか。
マスクマン同士で覆面はぎデスマッチでもやろうかと思ってたんだが……」

「何をしているSSP、さっさと試合を始めんか!」
 SSPの後ろから浴びせられる声。
 その位置はセコンドのみ立つことを許された場所だ。
「なんだ?あのむさくるしい男は……」
「詳しい事は知りませんがSSPのマネージャーMr.鯵クーダを名乗ってます……けど……」
 これまた観客席の一角、そこから倉刀が男の頭部形状を見つめ。
「アジョ中さんですよね」
「アジョ中さんだね」
「アジョ中だな」

「……始めろと言われても俺はゴングを持ってないんだが」
 視線は目の前の対戦相手を捉えたままに返すSSP。
 その言葉に慌てて指示を送る係員。マイクを握りなおすアンテナさん。
『お待たせしました! スーパー・ストロング・パンツマシーン選手対鎌田之博選手――』
 二人に規定の距離を取らせ、審判であるよし子が合図を上げる。
「いいぞーっ!」
『――試合開始ですっ!!』
 ゴングと共に会場が、再び噴火する。

――相手はレスラー、至近距離では分が悪い。
 足運びに細心の注意を払いながら、鎌田は思考する。
 対するSSPもいきなり不用意には近づいてはこない。
 相手の出方を伺っているのか、それとも既にベストな間合いの見当をつけているのか。
 両者円を描くようにして、距離を――
「――速っ」
 先に沈黙を破ったのはSSPだった。
 正確に言えば、沈黙に至る瞬間――互いの歩みが間合いの取り合いへと変化する寸前、
踏み込むべく身体の角度を変える寸前、消費するための酸素を取り込もうとする寸前――その一瞬にSSPは跳んだ。
 飛んだと言ってもいいだろう、120キロの巨体が、ほとんどの予備動作なしでだ。
 絶妙なタイミングで予想外のレンジから迫るジャンピング・ニー。
 鎌田完全に虚を突かれ判断が遅れる。

「けど、見えない動きじゃない!」
 あらゆる位置を捉える眼と、光速の反射神経。鎌田はその細い身体をしならせるようにして回避した。
 だが。
「ぬぅん!!」
 鎌田の判断は間違いなく遅れていた。そのしわ寄せがやってくる。
 着地の前にというよりも攻撃の命中が予想される地点で既に、SSPは体勢を変えていた。
 もっと言えば、始めからこれを狙っていたのだ。
 着地から膝を伸ばし半歩飛び込むと、後ろに反った鎌田の姿勢が立て直される所を見計らい、ヘッドバッドを合わせる。
『ああッ! これはいきなりのクリーンヒット!』
 アンテナさんがマイクを握る手にも自然と力が入る。
「フフ……反射と思考とは相容れない。故に前者が優れるほど、動きが単純で騙しやすくなるという訳だ」
 鯵クーダが口を開く。


「あの人なんかキャラ違ってません?」
「さあ、頭でもやられたんじゃないか?」
 甘ったるい香りを漂わせながら、専用巨大サーバーからMAXコーヒーを補充するハルトシュラー。
 全大会における自身の所業が原因の可能性もあるのだが、彼女はまるで気にも留めていない。
『……しかし、効いているとは限らないよ』
 鯵クーダに先を越されてしまった柏木が一言放つ。

「硬ェな、まるで金属だ」
 攻め手に回ったはずであるが身を引いたのはSSPのほうであった。
 体勢を立て直す鎌田。二人の動きが会場をどよめかせる。
「だからといってやる事ァ変わらねえがなッ!」
 先の動きは退避ではない。新たな攻撃のためのもの。
 踏み込むSSP、突撃開始。

「そらそらそらッ」
 掌打、手刀、貫手。ボクサー顔負けの高速ラッシュが展開される。
 鎌田もそれらを上手く回避しつつローを当てて応戦するが、SSP勢い止まることを知らず。
 徐々に壁際へと追い込まれていく。
「Daッ!!」ここでSSPが大きく振りかぶる。
 ラリアットか。流れる風を感じた鎌田は攻撃の直前であるこの隙に付け込む。
「はあぁっ!」
 溜め込んだフラストレーションを爆発させるように、前蹴りが炸裂する。

 その瞬間だけを見せ付けられれば、勝敗は決したようにさえ思えるだろう。
 しかしSSPは鎌田の蹴りを食らい、そして消化した。
 その巨体は倒れない。その豪腕は止まらない。
 衝撃によってラリアットとしての速度を失うも、SSPは意に介せず、そのまま鎌田の首へ押し込んだ。
 そこから器用に腕を回し。
「がぁっ!」
『相手の体勢を崩して強引にヘッドロックへ持って行ったァーッ!』
『鎌田選手の体重は割と軽めだからね。それでも彼の馬鹿力なくしてはこんな真似はできないだろう。
でもこれは大丈夫なのかな』
『?』
 アンテナさんが頭に疑問符を浮かべていると、会場がまたしても沸く。
 ヘッドロックの体勢から、SSPが背後に回りこんだのだ。
 誰もがそこからの連携技を予測した。
 ところが。
「なんだこりあ……ッ」真っ先に驚愕したのはSSP。
――見られている。バック奪ってもしっかりと。しかもこいつ、恐ろしく器用!! ――

 次の瞬間、SSP引き剥がされ宙に舞う。
 鎌田は極められたはずのホールドをずらすと、細長い身体を梃子のように使い、大男を放り投げたのであった。
 その様子はさながら古代の投石器。
 文字通り人間離れした首の筋力なくしては出来ない芸当であろう。

『やはり外されてしまったか』
『やはり、とおっしゃいますと?』
『プロレスラーの身体というのは、他の格闘家に比べて結構硬いんだよ。
だからそういう身体に対して開発された締め技というのは、他の者に対しては完璧でない』
 体勢を立て直し、再び睨みあう両者を見つめながら、柏木が語る。
『しかし硬いという意味では鎌田選手も同じでは……』
『確かにその通り。けれど太すぎるSSP選手の腕に対し鎌田選手の骨格は非常に細く捉え難い。
それ以前に内と外という点で根本的に骨格が違うからね』
『……つまりSSP選手のヘッドロックは鎌田選手に通用しない、と?』
『それどころか締め技の殆どが通用しないと見ていいでしょう。技として想定している相手がまるで違うのだから』


「……それじゃあやっぱ打撃かね」
 SSPが腰を僅かに落とし、にぎり拳を作る。
 初めは己を殴りつけるためのものかと疑った鎌田だが、それがまったく違うものであることを冷静に見極める。
「Say my name(俺の名前を言ってみろ)!!」
 SSPが拳掲げ天に吠える。
 それは会場を埋める人々と対等に渡り合う――いや、従えるだけの覇気が込められている。
 この男は決して楽しませるためだけに、パフォーマンスを行っているのではない。
 観客を、会場を味方につける。それがスーパー・ストロング・パンツマシーン最大の武器。
 物理的な壁すら感じかねない圧倒的プレッシャー。
 対戦者からしてみれば最早彼の体内で闘っているようなものである。

「S!」会場が声を揃えコールすると、そこにSSPが続く。
「Speedy――」
 何の小細工もなく最短距離だけを駆け抜ける、超加速のスピアが鎌田を襲う。
「S!」
「Smart――」
 壁との距離からガードを選択した鎌田だが、その隙間をスーパーキックが的確に突く。
「P!」
「and……Powerful!!!」
 強烈な一撃にたまらず前へよろめく鎌田に覆いかぶさると、逆さに持ち上げそして叩き落す。
 炸裂、パワーボム。
「Iam Super-Strong-Pants mchine!!」
「Woooooo!!!」
 観客とSSPとが一体になり雄叫びを上げる。

『まさに地獄のフルコース、鎌田選手ついにダウンッ!
SSP選手圧倒的な破壊力を見せ付けるッ! 強い! まさにスーパーストロング!!』
『またも強引に繋いだね。しかしこのコンビネーションはあくまでパフォーマンス重視、
一つ一つの精度が落ちている分決定打にはならないはずだ』
 柏木の言葉通り、よろめきながらも鎌田が立ち上がる。

 しかしここで誰もが予期せぬ事態が、二つ起こった。
 一つ。地下闘技場の照明が鎌田の頭上より落下。
 一つ。そこへSSP飛び込み、彼を押し出した。

「助けた……!?」
 砂の上、音を立てて砕ける照明。
『これは……なんという事でしょうSSP選手、身を挺して敵であるはずの鎌田選手を庇いましたっ!
紳士です! その名に違わぬ力強さと機械が如き技の精密さを持ちながらも、
そこに宿す心はフェアプレイの精神に満ち溢れているッ!!』
「いいぞSSPーっ!」「あんたになら掘られてもイイッ!」

「ほらよ」
 SSPが手を差し出す。
「何故こんな……」
 呟く鎌田だが、答えはもう出ている。だからこそ警戒なしにその手に応じているのだ。
――この男は形だけの決着を望んでいない。
 大衆の前で全てを出し切り、肉体的にも、精神的にも勝利する。
 それは鎌田が描く理想のヒーロー像にもどこか通じるものがあった。


「……余裕ぶってくれるね」
 再び構える鎌田は、わざと憎まれ口を叩いてみせた。
 このままでは飲まれてしまう。
 限界を知らない会場の熱気に、身が震える。
「余裕ぶってるのはお前のほうだぜ、カマキリライダ」
「!?」
 それは鎌田にとって予想だにしない一言。
「手ェ抜いてるってんだよ。全力でかかってこい、全力で」
「何をっ!」
「自覚なしか? だったら無理矢理――出させるしかねェな!!」

 SSPがバックステップ。
 そこから移行するアクションに、会場がどよめいた。
『これは砂! どういう事でしょうSSP選手砂を巻き上げました!
いわゆる目潰し、砂の煙幕です!!』
 完全に裏を突かれた。鎌田にとって視界に対する影響はあまり深刻ではないが、
それでも一瞬の隙を生み出した。
 その一瞬を、ドロップキックがこじ開ける。
「くうっ!」
 組み付きを嫌って鎌田がストッピングキックを放つ。
 ところがその一撃は"なにか"によって止められる。
「Strong pantsは良いパンツ。百ぺん蹴っても破けないッ!!」
『なんだこの技はーっ! SSP選手の伸ばしたパンツマスクが攻撃を防いだっ!!』
 間に入れた手を抜くと、パンツ勢いよく収縮。
 鎌田の二撃目が飛び出る前に滑り込み、そこから腹を蹴り上げた。
 会場に呻き声が響く。

『これは急所に入ったのでしょうか!? 先ほどの紳士的行為から一変SSP選手ラフファイトを繰り広げる!
……当大会のルール上はいずれも問題ありませんが一体どういう事なのでしょうか! 声援を送っていた観客達もこれには驚きを隠せません!』
『ひょっとすると鎌田選手を試しているのかもしれないね。彼に眠る獣性、あるいは他の何かを……』

「……奴め余計な真似をする」
 鯵クーダが冷たい視線を送る先、クリーンヒットを受けた鎌田は崩れなかった。
「ぐうっ……せいッ!!」
 上がる足を肘打ち気味に叩き落とすと、同時に斜めにステップ。
 突き進む相手をいなすと、抜け際に膝を叩き込む。

「まだだぜ」
 攻撃の反動を利用して距離を取る鎌田。そこにSSPの狂気が迫る。
『ああっ! SSP選手が掴んでいるのは先ほど落下した照明です!』
 あるものは目を塞ぐ。金属同士がぶつかりあい、砕けるような音がした。

「……なんだやっぱりちゃんと使えるんじゃねえか、ソレ」
 両断。
 両断された照明が壁にぶつかり砕け散る。
 。
 無論それは鎌田によるもの。
 水平に払った二本の腕――その先の刃が煌いた。
 観客が驚きの声をあげる。
 一方で当の鎌田自身もハッとする。


「お前さんの動きにはおかしな所があった。
無意識にやってるのか知らないが、攻めようとする上半身を無理に抑えこんでるような所がある……」
 SSPがパラパラとガラス片を払いながら、ゆっくりと立ち上がる。
「お前、良い奴だろ」

「悪は絶対に許しちゃおけねーが、ぶっ殺してやろうだなんて思っちゃいねえ。そんなタイプ。
だから他人を必要以上に傷つけるその"腕"はなるだけ使いたくない、そんな所か」
――言われてみればそうかもしれない。
 いや、本当は最初から気付いていたのか。
 闘いの熱に身を任せ、己の迷いを見据えようとしなかったのだ。

 パキパキと指を折るSSP。放つ闘気は会場の観客全てを沈黙させる。
「全力の攻撃をもらって、全力の攻撃で叩き潰すのがプロのレスラーだ。
お前がそれを愚弄するってんなら、力ずくでこの流儀、押し付けさせてもらうぜ」

――傷つける事を恐れている? 違う。それによって自分の心が傷つくのを恐れているのだ。
これは戦いではない、闘いだ。最後の一瞬まで己の全てを出し尽くす。
それが闘う男の流儀。
それが闘うヒーローの姿!!

「目が覚めましたSSPさん。僕も全力で……」
 会場の空気が変わったように感じた。
「僕の誇り、貫かせてもらいます!」
「good. それじゃあ試合再開と行こうか、ブラザー!!」

 SSPが跳ぶ。鎌田も跳ぶ。
 手が、脚が、肉体が交錯する。
 次々と流れる動きに、華やかさや美しさはない。
 しかし血の一滴までを燃やす魂のぶつかり合いに観客達、
ひいては実況のアンテナさん達までが思わず息を飲む。

「……自らがヒールに回ることで、あいつの中のヒーロー魂に火を付けたって訳か」
 陽太が口を開いた。
「なんでそんな事するのさ」
「それが男ってモンなんだよ」
 珍しく真面目な発言をするかと思えばなんじゃそりゃ。
 変な所で鎌田と通じ合う陽太の思考は、雫にとってはやはり理解しがたい。

「もらった!」「踏み込みが足りないッ!」
 再び迫るスピアーを鎌田が切り払う。
 これはまずいと踏んだのか受身をとりながら今度はSSPが距離を置く。
 鎌田の腕が空を裂いた。

 こと闘うという一点において昆虫はプロ中のプロ、
特にカマキリの戦闘能力は天敵であるはずの鳥すら捕食する事があるほどだという。
 打撃、抑え込み、凶暴性。なにをやらせても超一流の完全格闘家。
 ましてやこのカマキリは思考を備えている。
 鎌田はSSPの攻め手を的確に分析し、必殺の一撃を打たせない。

「カ・マ・タ!」
 誰が初めに言い出したのか、若いファイターの名を呼ぶ声が聞こえる。
 決して屈することのない彼の闘志は、会場全体へと響き渡っていたのだ。
「カ・マ・タ!」「カ・マ・タ!」
 「SSP!」「SSP!」
 一色だった声援はいつしか、二人を称えるものに変化していた。


「PRAYING MANTIS(祈り虫)とはよく言ったもんだ」
 中国拳法にも取り入れられた独特の構えに対し、腕から垂れる血擦りながらSSPが呟いた。
 あれを潜り抜けて一発ぶちこむのは至難の業。

「……それじゃあこっちはIRON MAIDENで行くとするか!」
 SSPが地面を勢いよく蹴った。
 今度は一直線ではない。緩急をつけ、相手の得物を左右に大きく振らせる。
 しかし鎌田とてただ誘われるままに動きはしない。
 小刻みに体勢を変えながら牽制を続け、決定打を放つチャンスを狙う。
「オオオッ!!」
 薙ぎの刃がSSPを掠める。
 鮮血が宙に舞うが気に留めない。止まらない。
 SSPはここで一気に加速し、描かれる半円軌道の内側へと。
 だが――
「二度も同じ手はッ……!」
 鎌田軸足を変えることで身体を大きく倒し、二本目の刃を振り下ろした。

『ま……まともに入ったのでしょうか……』
 遠くからでも血が滴り落ちるのが分かる。
 SSPの動きが止まる。
「いや、待てこれは――」
 そう、止まっているのはSSPだけではない、鎌田もなのだ。
 正しく言えば、"SSPが鎌田を止めている"という事。
「確かにお前の武器……その鋭い鎌だか爪だかは厄介極まりねェ。
だがこっちにはよ、代わりになんでもガッシリ掴んじまう……五本の指っつう武器があるんだよォ!」
 受けきったと言うにはあまりに不恰好、事実その刃は皮膚を貫き五本の指を赤く染め上げている。
 しかしSSPはそれを強く握りしめ動きを止め、さらにはもう一方の腕をも絡め取る。
「全力を受けると言っただろう……滅茶苦茶痛ェが、これなら……お前さんも簡単には逃れられんぜ」
 。
 IRON MAIDENの宣言通り、鍛え上げられた鋼の肉体が食い込むように密着し鎌田を捕らえる。

「串刺しになってるのはアンタの方だろーっ! っていうかそれ以前に乙女要素0じゃねーか!!」

 そこから巨体と腕力にものを言わせ、下へと押し込みがぶりの体勢に持ち込む。
 鎌田の腕が軋み小さく音を立てた。

「ふふふ……やるのかい? フェイヴァリット・ホールド、SSPドライブを!」
 プリン妖精が興奮にプルプルと頭部を震わせる。
 彼ほど極端に現れないにせよ、観客達も同じ心境でその時を待った。
 しかし鎌田も粘る。
 粘り、そして――
『なんとッ! 抑え込まれた状態から放たれたのは膝!!
至近距離からの膝蹴りがSSP選手の顎を打ち上げるーッ』
 ギリギリまで堪えてから、一気に下へと姿勢を落としての一撃。
 鎌田の脚が持つ特異的な関節位置なくしては不可能な技であった。

――そうだ、攻撃を受けている時点で気付くべきだった。
鎌はあくまで相手を抑え込むための武器。
カマキリが狩りを行う時、トドメを刺すのは鎌ではなく、牙――
 SSPは少なからずそれを意識してホールドに臨んでいたはずだった。

「腕に……気をとられすぎちまったなあ……」
 大きくぐらつくSSP。


「確かに大きいだけのカマキリなら……間違いなくやられていたでしょうね。
……だけど僕はカマキリでも、人間でもない」

 我々が人と闘う時、その代わりとして猿を相手に想定するだろうか。
 否。
 そう、彼はカマキリから独自の進化を遂げたまったく異なる存在――蟷螂人・鎌田之博。
 そして彼の必殺武器こそ、頭脳を支えるべく強靭なものに発達した脚であり、
今日まで磨き鍛え上げてきた上げてきた蹴技なのだ。

――偉そうに説教を垂れていたが、自分は自分で寝惚けていたという訳だ。
 SSPは倒れそうな身体に喝を入れ、四股を踏むように地面を強く踏みしめた。
「……相手がなんだろうと関係ねえんだ、今更だがよ、俺は俺の……プロレスをやるせてもらうぜ!!」
 何度目だろうか、SSPが再び前進し、組み付いた。
 先の通り鎌田には何度となく締め技を破られている。
 だがSSP、マスク下の瞳には未だ闘志の炎が燃えている。

 派手な投げ技やパフォーマンスでのし上がってきた彼だが、その本分は締め技にあるのだ。
 だからこそ、それで負けるわけにはいかない。
 残る体力を振り絞り、抑え込む。
 蹴り放しを試みる鎌田だが、今度のSSPはまるで重みが違った。
 それはいかなる攻撃をも受けきるといった覚悟の重み。

「全力をもらって全力で潰す、そう言っただろう!」
 たとえ肢体が切り裂かれようと、たとえ顎を砕かれようと、絶対に耐え抜く。
 プロレスラーの、チャンプの――そして己自身の誇りにかけて。

「This is the my professional wrestling(これが俺のプロレスだッ)!!」
 鎌田の腕にならぶ無数の棘に、SSPは自ら肉を食い込ませホールドをより強固なものとする。
 体重を一気にかけ前のめりになった所で足同士を絡ませ、一気に崩しにかかる。
 しかしそれは地面に落とすためのものではない。
 堪えた鎌田の反発する力に手ごたえを感じたSSP、
かけた足と掴んだ腕を回して自分の体勢を大きく変化させた。
 まるでポールダンスのような動きで鎌田の胴を軸にぐるり、
一気に背後に回ると同時に両腕をひねり。
『なんだこの動き、この技はッッ……柏木さん、何が起こっているんでしょうか!』
『柔術的な流れだったが……この技は私も見たことがない。あえて言うなら……』
「パロ・スペシャル……リバース式のパロ・スペシャルを変形させたか!」
 驚嘆の声があげる。
 つまりこの技は、マネージャーである鯵クーダすら知らない、まったくのオリジナル。
 脇から入り腿節脛節を束ねて巻きつき、手首を逆向きに返しY字に絞める。
 後方に伸びる腹に馬乗り気味にしてかかるボディシザース。
 乗せられた体重が連動し、技をより強固なものにしていく。
 確かに鎌田に対人間の技は通用しない。だが――

「んだがあいづ、この試合だけで完成させたつうのか。史上初、対蟷螂人専用のフィニッシュ・ホールドば……」
 その様子を別室からモニター越しに眺めていた男が呟く。

「さしずめPallo Special Saddling――P・S・Sとでも呼ぶべきか。
あれほどまで完璧に相手を捉えた技はないだろう。この勝負、決まったな……」
 マスクの下で鯵クーダが笑みを浮かべる。
 反対に苦痛の声をあげるのは鎌田。
 完全に極められた事により、衝撃が内側に逃げ場を求め大きく負荷をかける。


「さあ……ギブアップしたらどうだ」
 SSPが声を荒げる。
「ッッ……僕も……全力で貫くって……言ったでしょうッ……」
 鎌田が抵抗する。
 直に触れるSSPにはその言葉はハッタリでもヤケクソでもないことが判った。
 何か策があるのか。自身にまで伴う痛みを受けながら、SSPは思考する。
――だが例え何が来ようと、俺は全てを出し尽くすまで。
 意識を搾り出すように集中させ、SSPは今一度覚悟を決めた。
 それは鎌田も同じ。
 勝負は一瞬。しくじれば後はない。

 PSSの完成に一度は大きく盛り上がっていた会場だが、今は嘘のように静まり返り、結末を見守っている。
 聞こえるのは自分達の心音のみ。
 そして観客のシンクロニシティは次の瞬間にまで及んでいた。
 ごくり。
 全員が固唾を呑みこんだ。
 まったくの同時、それが合図であるかのように――

 SSPが感じていた硬く冷たい感触が、一瞬の内に失われた。
 矛先を失った運動エネルギー、そして彼自身の体勢が雪崩れのように崩れる。
「消えた!? いや――」

――変身。

 次の瞬間、観客達は目を疑った。
 鎌田が視界から消えたのだ。

 以前の彼に、このような技は――いや、このような"能力"はなかった。
 実寸大のカマキリへの変身および解除。
 まるで魔法のような超自然的能力は、鎌田が異世界にて得たものであった。
 音もなく、光もなく。

 再び元の姿に戻った鎌田は渾身の下段蹴りを放つ。
 SSPは強く飛ばされ、リングの外壁へと叩きつけられた。

 だが、観客の驚きはそれだけではなかった。
 攻防はそれだけで終わっていなかった。

 鎌田が飛び込む瞬間にSSPは腕を突き出していた。
 互いの勢いが上乗せされたブローは、攻撃の反動と併せて鎌田を弾き飛ばす。
 両者は相打ちの形で崩れていた。

 観客からすればなにが起こったのかはまったく分からない。
 しかし誰一人その疑問を口に出すことはなかった。
 ついに決着が訪れる。
 それを皆が察した。

 SSPがフラフラと立ち上がる。あの瞬間、彼は見逃さなかった。
 鎌田の姿ではない、その闘気を。
「まったく……とんだ隠し玉を持っていやがる……」
 彼の身体を動かしていたのは、ファイターとしての直感だけではない。
 これまでの試合、そしてあの日年端も行かぬ少女から感じた"なにか"が、
彼の第六感を覚醒させていたのだ。


――しかし因果なものだ。
 つい先ほどまでこのリングで闘っていた少女の顔を思い出した。
「まあそこら辺は今はどうでもいい」
 SSPが腕を突き上げ、どっしりと構える。
 それと時を同じくして、鎌田も立ち上がり構えていた。

 まともに打ち合える体力はもう残っていない。
 2、3発でうまくカタをつける必要がある。

「だが、プロのレスラーなら」

「ヒーローなら」


――――こ の 一 撃 に 全 て を 賭 け る ッ ッ ! !――――

「ライダァーキィック!!」
飛び足刀蹴りが空を裂く。

「uoooooooooooooooo!!!!!!」
マシーンラリアットが風を切る。

 そして二つが、二つの全力が、激しくぶつかった。

「……」
「……」

「……ぐっ」
 まるで居合いの決闘ように、切り抜けた両者。
 先に膝を突き崩れかかったのは鎌田であったが。

「……強ェな。やっぱ……kamen riderじゃあ……ねえか」
 砂埃を巻き上げ、SSPの巨体がリングに倒れ伏した。

『……決着……決着です! 長時間に及んだ漢の肉弾戦、激闘の末勝利を制したのは――』

『――鎌田之博選手ですッッ!!』

 歓声が――この試合で一番の歓声があがる。
「カ・マ・タ!」「カ・マ・タ!」
 「SSP!」「SSP!」
「カ・マ・タ!」「カ・マ・タ!」
 「SSP!」「SSP!」
 会場の人々は、両者の健闘を讃え続けた。

「……調子いい奴らだと思わないか?」
 SSPがうつ伏せの状態から鎌田に語りかける。
「俺の分まで……あいつらの面倒見てやれよ……」
「ええ、約束します……ヒーローの名にかけて」


一回戦第七試合 スーパー・ストロング・パンツマシーン 対 鎌田之博

ライダーキック(飛び足刀蹴り)により 鎌田之博 勝利



「どこ行くんだよ塚本、お前補習中だろ!!」
「じっとしてられるかよ! ひょっとしたらあの鎌田かも知れねえんだぞ!」
「ひょっとして今から行くのか!?」
「今俺たちが行かねえでどうするんだ、早くしねえと試合が終わっちまう!」
 とある所、とある学校。
 二人の少年が走りながらに言い合っている。
 そして二人が裏門を抜けたところ、彼らの足が急に止まる。
「コラお前らァ! こんな所で何やってんだ!」
「し……獅子宮先生っ!」
 二輪に跨る女性は、この学校の教師であった。
 あらら、不味い相手に見つかっちゃったよ。俺付き添いだから知らね。
「――ってあれ?」
 来栖の手に特殊な形状のヘルメットが投げ渡される。
「グズグズするな、さっさと乗れ!」
 そう言いながら獅子宮が愛車のアクセルを吹かす。
「先生!」

「先生……俺は?」
「お前は自分の足があるだろ」

to be continued……

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