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ガンダム総合スレ「images of you 2」

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 「 images of you」 2

  2

 その日のルークの目覚めはおよそ彼が経験した中で最悪の朝だった。頭を抱えるように
二段ベットから這い出て、洗面所に向かう。頭が割れるように痛んだ。洗面所には同じよ
うに青い顔をしているハリソンの姿があった。
「……よぉ、調子……どうだ?」
「……おかげさまで最悪だよ」
「あー……だろうな。顔に書いてある」
「ハリソンの顔にもね……」
 彼ら二人、いや、今や503中隊の面々の幾人もが彼らと同じ症状――二日酔いに襲わ
れていた。せめてもの息抜きとしてクリスマスパーティが精一杯盛大に敢行されたのであ
る。18時には全ての訓練が終了され、全ての仕事が後回しにされた――そして酒保は開
け放たれた。
 そこからはパーティ、いや、宴会。宴会。大宴会であった。あっちで乾杯こっちで合唱、
呑めや歌えの大宴会である。今宵は無礼講という宣言がなされ、中隊は大いに羽目を外し
た。彼ら二人ももちろんその渦中であった。いささかヤケクソ気味の宴会だった――ルー
クの予感と同じようなものを中隊の面々も感じていたのかもしれない。
「おい、ルーク、聞きたいか?」
 ハリソンは笑みを浮かべてルークへ顔を向けてそう言った。二日酔いの酷い顔を無理や
り笑顔の形に持っていったため、まったく不気味と言うほかない。
「な、なんだよ……」
「俺な、サエカ大尉に、キスしてもらったぞ」
 胸を張ってそう言うハリソンの姿は最高にかっこ悪かった。感触を思い出しているのか、
ニヤニヤと顔を歪めているのが心底気持ち悪い。
 ルークはそんな事を思いながら、言い出すべきか否か迷っていた。なぜなら彼もまたサ
エカ大尉に熱烈な接吻を見舞われた一人だからである。そもそも彼ら二人が例外というわ
けではなく、サエカ大尉は手当たりしだいにその美しい唇を振りまいていた筈である。
 彼女はスコッチ・ウィスキーと書かれた瓶を、ぶつぶつと文句を言いながらもしきりに
煽り、そして不埒な振る舞い――受ける側からしたら幸福だが――をした後、最終的には
ユリウス中尉に介抱されながら部屋を出て行った。
「……残念ながら、ハリソン。君だけじゃないんだ」
「え、な……」
「少なくとも学徒兵連中は全員……」
 ルークは最後まで言葉を続ける事が出来なかった。ただでさえ悪いハリソンの顔色がど
んどんと青ざめていったからである。最早彼の顔色は土気色で、表情はこの世の終わりと
いった様相である。
 一応慰めの言葉をかけた方が良いのだろうかと、ルークが思案しているとスピーカーか
ら件の中隊長の美しい声が流れ始めた。
『503中隊各員に告ぐ、中隊員は全員第一ブリーフィングルームへ至急集合せよ。繰り
返す――』
 突如として集合を告げる放送が基地全体に鳴り響いた。ハリソンと顔を見合す。お互い
酷い顔だと思い、大慌てて顔を洗い、身なりを整えた。
「一体なんなんだろうな」
「ま、大方今日の訓練プランの変更だとか、お偉いさんが視察にきたとか、そんなんじゃ
ねぇの?」
「いやいや、二日酔いを覚ます良い薬でもくれるのかもしれない」
「そりゃいいな。こんなんじゃ今日の訓練、身がはいんねぇ」
 第一ブリーフィングルームへ向かう通路を駆けながら、二人とも勝手な想像を巡らす。
ブリーフィングルームへ入ったのが最後ではなかったので、二人はほっとしたが、すぐに
ただならぬ緊張感が漂っている事に気付き、身を強張らせた。
「……薬は出してもらえなさそうだな、こりゃ」
 声を潜めてハリソンが言う。
 すぐにこの集会は始まった。サエカ大尉と副官であるユリウス中尉が前に出る。二人と
もどことなく青ざめた表情をしていたが、昨夜の影響というわけではなさそうだった。二
人はいつになく真剣な表情を、いや、鬼気迫る表情をしていた。
 号令がかかり、敬礼。二人の答礼。そして大尉は口を開き、良く通る声で耳を覆いたく
なるような事を喋り始めた。
「おはよう、諸君。君たちに二つのお知らせがある。残念ながら――どちらも悪い知らせ
だ」
 中隊長は一旦そこで言葉を区切った。ブリーフィングルームは水を打ったような静けさ
だった。
「まず一つ目、24日夜、連邦艦隊がソロモンに来寇、同日中に陥落――司令官、ドズ
ル・ザビ中将も戦死なされた」
 ソロモン陥落、ドズル・ザビ中将戦死――。淡々と告げた事実は余りにも衝撃的だった。
不安げなざわめきがさざなみのように広がっていた。
「静かに、落ち着いて聞け。二つ目もそれに関係するところだが――。我々503中隊に
も命令が下された。我々は訓練を終了し、宇宙要塞ア・バオア・クーへ移動、同宙域守備
隊に編入。連邦艦隊来寇に備える。訓練は未だ途上であるが、防衛戦闘に必要充分な練度
に達していると判断が下された」
 辺りを見回したサエカは、一転して明るい口調に、発破をかけるような調子で続けた。
「なに、心配は要らない。ソロモン奪還に最精鋭の部隊が動いていると聞くし、連邦にも
年内に攻略を行える余力は残されていないはずだ。つまりは訓練地が変わるとだけ思って
くれれば良い。私物を整理し、移動に備えよ。
 ああ、それと――遺書を書いておけ。以上。なにか質問はあるか?」
 なんの声も上がらなかった。沈黙が圧し掛かっていた。
 ルークの予感は的中したわけである。
 ちらほらと手が挙がり、細部について質問がなされた。それらは全て士官か下士官によ
るもので、兵卒、特にルークやハリソンのような学徒兵らはただただ呆然としていた。
 公国軍としては、宇宙において連邦軍の攻勢は年内は無いと踏んでいた。いくら公国が
劣勢とは言え、戦力だけを見れば宇宙では未だ互角と言えたし、なにより連邦軍に焦って
攻勢に出る必要はないはずである。モビルスーツ部隊を用いた大規模な空間戦闘は未だ連
邦軍は経験しておらず、練度も高いとは言えない。
 そしてその見通し――願望と呼んでも差し支えはないだろう――に基づいて503中隊
のような、学徒兵の多い訓練未了の部隊の訓練も行われていた。
 しかしそんな予想は裏切られた。12月24日、連邦軍はチェンバロ作戦を発動。連邦
艦隊ソロモン来寇。ソロモン守備隊は連邦軍の量産型モビルスーツ、ジムやボールによる
熾烈な攻撃や、新兵器ソーラ・システムにより甚大な被害を受け、劣勢に追い込まれたの
だ。
 同日21時前にはソロモン破棄が決定――占領されたソロモンは連邦軍によってコンペ
イトウと名を改めていた。公国にとってのさらなる不幸は、ソロモンで直接指揮を執って
いたドズル・ザビ中将――ジオン公国軍宇宙攻撃軍司令の壮絶な戦死である。
 ソロモン陥落は公国中を駆け巡り、すぐさまア・バオア・クーとグラナダを結んだ最終
防衛ラインが制定され、幾つもの部隊にア・バオア・クー、もしくはグラナダへの移動命
令が下った。訓練未了の部隊――第503防空中隊のような部隊もその例外ではなかった。

  全ての訓練が打ち切られ、急ピッチで準備が進められた。とは言っても、ルークらに
下された命令は荷物を整理することと、遺書を書くことだけだったが。
 宇宙世紀になっても変わらないものは幾つかある。最前線へ移動する前に書く遺書もそ
の一つである。宇宙世紀になり、電子メールが一般的になってからも戦場で書かれる遺書
は紙にペンで書くスタイルのものだ。
 もっとも、書面は電子データに形を変えてバックアップが取られるのだが、紙に書くと
いう行為自体に意味があるとされて、未だに――遥か前世紀の戦場から変わらぬこの方式
が取られている。
 そしてルークは真っ白の便箋を前に頭を抱えていた。家族に宛てた手紙は既に書き終え
たものの、エーリカへ宛てられる便箋には未だ「エーリカへ」としか書かれていなかった。
 便箋を前にして彼は自然と様々な事を思い出していた。エーリカとの日々を――ルーク
がモビルスーツパイロットではなく、絵描きを目指す青年だった頃の日々を。僅かに一月
と少し前――あの日々が、彼には随分遠い日のように思えた。
 自然と、筆が動いていた。しかしそこに書かれたのは文字ではなく、彼の愛する人の姿
であった。彼は何も見ず、ただ一心に彼女の姿を、心に現れては掻き消える恋人の様々な
姿を、表情を、声を、空気を、その全てを便箋に描写していった。
 描き終えた彼の表情には満足げな笑みが――いや、描いている時から自然と顔は綻んで
いた。最後に数行だけ文章を書き、封をした。出発の時間が迫っていた。
「どれだけあっても足りないな。エーリカを描く時間は」
 懐かしい感覚に、ルークは思わず一人笑い、そう呟いた。彼は既にまとめておいた荷物
を手にし、歩き始めた。その歩みの先には戦場が待っている――人類史上最大の決戦場が。

 503中隊は一隻のパプワ級補給艦――AS-032<チャップ>に文字通り押し込ま
れ、ア・バオア・クーへと向かう事になった。護衛には一個戦隊がついたものの、明らか
に護衛艦艇は不足していた。このア・バオア・クーへ向かう艦隊、SA-106と名づけ
られたこの艦隊は――いや、船団と呼んだ方が正しいだろう――総数21隻と数だけを見
れば大規模に見えるが、その中で戦闘が可能なのは僅かに8隻――ムサイ級巡洋艦2隻と、
旧式の駆逐艦が6隻のみである。
 護衛の戦隊の8隻を除けば戦闘艦以外で軍艦なのは<チャップ>ともう一隻のパプワ級
のみであり、その他の船はその全てが戦時徴用船である。
 <チャップ>での暮らしはお世辞にも快適とは言いづらかった。SA-106艦隊にと
って中隊は明らかにイレギュラーな荷物だったようで、彼らに与えられたスペースはごく
僅かなものだった。物質的にも、精神的にもだ。<チャップ>の乗組員の大半は不快感を
隠そうとはしなかったのだ。彼らモビルスーツ隊が艦隊防空の大半を担うというのに。
 この寄せ集めの船団は様々なものを満載、あるいは過積載して宇宙要塞へと向かってい
た――人員、モビルスーツ、兵器に武器弾薬、それに燃料、物資に食料。しかし、前段が
持つまとまったモビルスーツ部隊は503中隊だけであり、連邦軍が攻撃を仕掛けてきた
場合は中隊が迎撃に当たらねばならなかった。護衛戦隊には2隻のムサイを合わせても4
機のモビルスーツしか残されていなかったのだ。
 中隊は言うまでもなく哨戒任務にも充てられ、さらに一個小隊は艦隊防空のアラート任
務に就いていたので、503中隊を構成する三個小隊の内二個小隊は常に緊張を強いられ
ることになった。
 連邦艦隊の攻撃は必至と考えられたので、いざというときのために発着艦(カタパルト
を用いないので離艦と称した方が正しいかもしれない)の訓練が繰り返し行われ、中隊は
移動中も訓練に明け暮れる事になった。
 哨戒飛行は一日に三度に限定された。勿論、この数は余りにも少なく、危険だった――
推進剤を節約する必要があったからだ。そのため、中隊員の一番の仕事は快適とは言えな
いコックピットか、狭苦しい格納庫横の待機室で気を張りながら過ごす事になった。
 コックピット内のディジタル時計が60分を指し示すと、ルークはすぐさまコックピッ
ト・ハッチを開き、0Gの中で体を泳がせながら思い切り節々を伸ばした。彼はコンデシ
ション・レッド(機内待機)からコンデシション・イエロー(待機室待機)へと移行した
のだ。コックピットは居住性など考えられおらず、戦闘に備えて何も持ち込む事が出来な
い。その中で延々と一人待機し、緊急発進に備えるコンデシション・レッドは言うまでも
なく退屈である。機内待機は1時間が限度とされ、乗員は1時間置きに機外で待機するコ
ンデシション・イエロー要員と交代し、コンディション・イエローに移行する必要があっ
た。
 ルークはエア・ロックを抜けると直ぐにヘルメットを外した。これでやっと開放された
という気分にはなる。
「交代の時間です。中尉」
 格納庫横の待機室に入ったルークは、次のコンデシション・レッド要員であるユリウス
中尉に呼びかけた。
「おーもうそんな時間か……っと」
「ただ座っているだけというのは退屈ですね。コックピット内には何にも持ち込めないし」
「06の時はもっと大変だったぜ。14のコックピットは06に比べりゃ寝室みたいに快適さ」
 ユリウスはヘルメットを小脇に抱えて出ていった。待機室と言っても特別何かがある部
屋というわけではなく、申し訳程度に雑誌などが置いてあるだけの小さな部屋だが、それ
でもモビルスーツのコックピットに比べれば随分マシだ。少なくとも、手足は思う存分伸
ばせる。
「連邦軍、この調子で来なければいんだけど」
「明後日にはア・バオ・ア・クーに着くんだ。頼むからすんなり行かしてほしいもんだな」
 ハリソンは退屈そうに読んでいた軍の広報雑誌――日付は9月の物だった――から顔を
上げ、大儀そうにそう答えた。
 艦隊の航行は細かいところを除けば順調に進んでいた。すでに行程の半分ほどに何事も
なく差しかかっていた。
 ルークが雑誌に手を伸ばしたちょうどその時、耳をつんざくような、恐怖の本能をくす
ぐるかのような警報が――敵の来襲を告げる警報がけたたましく鳴り響き、緊迫した艦内
放送がそれを煽った。
『総員戦闘配置、対空、対艦戦闘用意!』
 待機室の彼ら二人は顔を見合わせた。一瞬だけ。すぐに二人は雑誌を放り投げ、弾かれ
たように立ち上がり、格納庫へと向かった。
 <チャップ>の乗組員は迅速に反応した。ヘルメットのバイザーが下ろされ、通路を走
りぬけ、ラッタルを昇降する音が交錯する。命令と復唱が叫び交わされ、戦闘配置が完了
する。
「くそっ、冗談じゃないぜ」
 格納庫へと急ぎながら、ハリソンが毒づく。
「そっとしといてほしいよ、まったく――!」
 やけに息苦しいとヘルメットのバイザーを下げたルークは思った。手早くお互いの気密
チェックを行い、エアロックに入った二人はヘルメットとヘルメットをつき合わせる。
「死ぬんじゃねぇぞ」
「そっちこそ」
 二人は不敵な笑みを浮かべた。エアロックが開く。
 
 既に格納庫は蜂の巣をつついたような状態だった。しかし、格納庫は真空に保たれてい
るので喧騒は感じられない。それでも整備員の慌しい動きを見れば、彼らのインカムから
は怒号が流れているのが分かった。
 コンデシション・レッドに就いていたユリウス中尉のゲルググは今まさに発進せんとす
るところだった。パプワ級補給艦にモビルスーツ・デッキや、カタパルトなどという大層
なものはない。モビルスーツは格納庫の隔壁を開け、直接宇宙へと泳ぎ出なければならな
い。ユリウス機は蹴りだすように宇宙へと乗り出していった。
 お互い軽く手を振り、ハリソンと別れたルークは自分の乗機へと急ぐ。色とりどりのペ
イント弾によって汚されていた機体は、訓練基地を出発前に大慌てでライトグレーと濃緑
色の制式塗装にリペイントされていた。
 しかし茶目っ気溢れた整備員達は、忙しくさせられたお返しとばかりにとわざわざ右肩
に一本のラインを残していた。彼のゲルググには赤のラインが一本残されていた。よく目
立ちそうだ、いつでも中隊長に見つけてもらえるな、と整備員に笑われた。
 整備員に敬礼を送り、ついさっきまで座っていたコックピットに滑り込んだルークは、
チェックリストをパネルに表示させ、計器やら何やらに目を素早く走らせて、一つ一つを
消化していく。既に核融合炉には火が入れられていた。核融合炉をアイドリングからコン
バットへ。
 火を灯したメイン・ディスプレイの隅にコールのグリーンランプが瞬いた。ルークは通
信回線を開くと、先行したユリウス中尉からの通信だった。
『ルーク、ハリソン、聞こえるか?』
「はい、感度良好です、中尉」
『聞こえますぜ、中尉』
『よし、それじゃあ時間がない。手短に説明するぞ。艦隊のピケットラインを張っていた
駆逐艦<Z24>から敵艦隊発見との報告だ。今のところ8隻の艦が確認されている。艦
種は不明だ。会敵予想はおよそ600秒後。
 第一小隊は先行して艦隊外郭部に移動。中隊本隊の到着を待ち、敵艦隊を迎撃する。分
かったな? 復唱は要らない。以上』
「分かりました」
『り、了解です。中尉』
『ハッハ、二人とも声が上ずってるぞ。ビビってんじゃねぇぞ、金玉あるか確認しとけ!』
「す、すいません!」
『……小隊長、ジョニーが、息子のジョニーが家出しました。金玉、確認できません!』
 ハリソンはこんな時でも冗談が言えるらしい。心臓がビス止めされているのかと思った
が、ハリソンの声には緊張の色が伺える。やはり、誰だって怖いのだ。そう思ったルーク
は少し安心できたような気がした。
『馬鹿野郎、引きずり出せ!』
 笑いの混じったユリウスの声が入る。ユリウスはユリウスなりに、ハリソンも彼なりに
緊張をほぐそうと努力しているらしい。
『……はぁ、私は呆れたぞ。出撃前に一声掛けとこうと思ったが、やはり止める事にしよう』
 通信は中隊長に聞かれていたらしい。声は心底呆れたという感じだ。彼女もやはり緊張
をほぐしてやろうと通信を入れたのだろう。
『ちょ、ちょっとサエカ大尉、そりゃねースよ!』
『冗談だ、冗談。ま、なんにせよルーク、ハリソン両二等兵、しっかりやれよとは言わん。
敵機を撃墜しようなんて色気は出すなよ。お前らは生きて戻ってくることだけを考えてれ
ばいい』
「分かりました、大尉」
『了解であります! 大尉殿!』
『おいおいサエカ、俺にもなんか言ってくれよ。寂しいだろ』
『お前にはもう何度も言っとるじゃないか。もう聞き飽きたのかと思ってな』
『ああ、確かに。こないだのベッドでも随分聞いたからな。それに、お守りもあるし大丈
夫だな』
『……お前は戻ってこなくて良い。もう知らんからな!』
 ルークは笑った。ハリソンも、ユリウスも笑った。サエカ大尉は、きっと顔を真っ赤に
していることだろう。ルークにはそれが可笑しくてたまらなかった。笑いが止まらない。
出撃前に笑い転げられるとは、彼には自分でも不思議だった。
『フッフ……その分なら大丈夫だろう。私達もすぐに行く。それまで無茶をするなよ。以上』
 出撃準備は全て整った。核融合炉は戦闘出力で安定。プロペラントは満タン。兵装はフ
ル・ロード――ビームライフルが不足しているらしく、彼の得物はジャイアント・バズだ
ったが。イエローの重ノーマルスーツがOKサイン。
「システム・オールグリーン」
 ルークは短くそう宣言する。隔壁は既に開け放たれ、モノアイを通じて無限の宇宙がメ
インディスプレイに描写されていたが、そこには様々な情報が書き加えられ、漆黒とは程
遠い。
 イエロースーツがきびきびとした動作でGOサインを送る。ルークはもう一度だけ深呼
吸をし、軽く機体を蹴りだした。彼の機は宇宙へ――初めての戦場へと滑り出た。

『全艦、密集陣形。攻撃に備えよ。対空、対艦戦闘用意!』
『<スターリング>から<サイラス>ヘ 船団の前に出る 我に続け、我に続け』
『<サイラス>了解 船団には指一本触れさせない』
『<PQ17>から<サイラス>へ 貴艦の御武運を!』

 連邦軍の目的が輸送船団の撃滅とすれば、公国軍の必死の抵抗により輸送船団の損害は
軽微なものであったため、公国軍の勝利と言えよう。連邦軍は形勢不利と見るやすぐさま
撤退していった。
 だが、勝ったと言っても手放しに喜べる勝利ではなかった。勝利の代償は決して小さい
物ではなかったのだ。
 輸送船こそ2隻が小破するに留まったものの、2隻で連邦艦隊を迎え撃った、ムサイ級
<スターリング>、同<サイラス>は両艦とも大損害を負い、未だ浮かんでいるのが不思
議なほどだった。駆逐艦隊は<Z24>が大破した他、どの艦も少なからず損害を負った。
 そして何より、実戦の洗礼を受けた503中隊は、10機が出撃した内4機が未帰還と
なった。生き残った機にも損傷の無い機体は無く、あちこちに弾痕が刻まれ、装甲は歪み、
煤けていた。腕や脚が無い機も多かった。4機のザクは3機が未帰還となり、歴戦のパイ
ロットがまた減った事となった。
 モビルスーツの収容と生存者の捜索が終わると、二列縦隊が組みなおされ船団は粛々と
ア・バオア・クーへと進み始めた。

 日付が変わり、戦死者を弔う葬儀が行われた。中隊は一応は未だ任務中という扱いのた
め、簡易葬儀である。中隊長の訓示と、敬礼、弔砲。粛々と葬儀は進んだ。誰も彼も幽鬼
のような青白い顔をしていた。どの遺体も見つけられなかったため、公国旗の巻かれた空
の棺桶が宇宙へと送り出され、それで葬儀はあっさりと終了した。誰も涙を流すものはい
なかった。
 中隊に休息は与えられなかった。再度連邦軍の襲撃に備え、哨戒とアラート任務が再開
された。もっとも、そのような努力を重ねたところで再度攻撃を受ければ船団は為す術も
なく壊滅するだろうが。
 ルークは第二小隊に編入された。今後は第二小隊が第一小隊と呼ばれる事になる。彼は
休息が与えられなかったことを喜んだ。何かしら体を動かしていれば、自然と時が解決し
てくれるのではないかと思ったからだ――色々な事が一度に起こりすぎたのだ。
 彼、ルークが殺した彼は夢に出てきた。ユリウスも、ハリソンも。誰も怒ったような、
恨みのこもった視線で彼を睨みつけるだけだった。一過性のものだと悪夢と共に目覚めた
彼は自分に言い聞かせた。
 哨戒任務を終え、帰還した彼は一人食堂へと向かった。艦は戦闘配置をとっているため
にメニューはパック食のみである。緑パックを一つ手に取り、席に着く。ただ機械的にス
プーンを動かし、口に運ぶ。食欲はなかったし、味も感じなかった。
 彼は自分が任務に忠実な戦闘機械になった気がした。何も考えられなかった――いや、
考えなかった。一度考え始めれば、自責の念や後悔や悔恨、様々な感情が入り混じり、制
御不能になり、押しつぶされてしまうと思ったからだ。だから、彼は考えることを放棄し
た――エーリカのことさえも。それがベストだ。兵士にとって、それが最善なのだと自分
に言い聞かせながら。
 いつの間に立っていたのか、サエカ大尉が目の前に現れていた。トレーにはレーション
が乗っていた。
「ここ、いいか?」
 向かいの席を指し示しながら、サエカはそう尋ねた。ルークは慌てて口の中の物を飲み
込み、顔を上げた。
「どうぞ、大尉」
「ありがとう」
 特にお互い会話は無く、ただ食器と食器の触れ合う音だけが響いていた。
「――時間が経てば、と思っているだろう」
 唐突に、サエカは口を開いた。心を読み透かしたかのような言葉にルークは目を見開き、
呆然と彼女を見つめる。悠然と彼女は続ける。
「時間は何も解決しちゃくれない。蓋をして奥底にしまったつもりでも、そん中でどんど
ん膨れ上がってくだけだ……しまいには内圧が高まって爆発するんだ」
「何が、言いたいのですか、大尉」
 ルークは切れ切れにそれだけ言うのが精一杯だった。
「考えろ、ということだ。たった今から。目を逸らすな、見据えろ。飲み込むんだ」
 頭がぐるぐると音を立てて回り始め、堰を切って様々な映像や声が流れ始める。ユリウ
スの最後、名も知らぬ彼の声、ハリソンの不敵な笑み――。止めようとしても止まらなか
った。
「自分の所為だ、とお前は言ったな。笑わせるなよルーク。曲がりなりにも私が愛した男
が、お前に、お前ごときに殺される筈がなかろう。ユリウスも、ハリソンも、誰の所為で
も無いんだ。誰かの責任だとすれば、責任は無限大に拡散していく。
 ただ、彼らを忘れるな。それが彼らにとって一番の救いだ」
「――彼は、僕は彼を殺した」
「やらなければ、君がやられていた」
「だけど」
「ジョンだよ。ジョン・ドゥ。名無しのジョン・ドゥ。忘れるな。ユリウスやハリソンと
同じようにな。辛いだろうが、彼のことも忘れてはならない」
 自分が涙を流している事に彼は気付いた。サエカは続ける。
「戦争はもうすぐ終わる。きっと私達の負けで。死ぬんじゃないぞ、ルーク。ここで死ぬ
のはつまらないことだ。死んだら、きっとユリウスが許さない。いや、その前に私が許さ
ない」
「……大尉は、なぜ自分にこんなことを?」
「なに、中隊長としての仕事の一つだ。新兵のカウンセリングといったところだな。それに私
の家は貧乏でな――戦場にいた期間はかなりのもんなんだよ」
 そう言い、彼女は薄く笑った。自嘲気味に笑い、話を続ける。
「初めての戦場経験には少し重過ぎると思ってな。初陣から三日後にピストル自殺したや
つも居る――そうなっては困るんでな」
 彼女は、どれほどの死に直面したのか。どれだけの別れを経験したのか。そして何人の
命を背負っているのだろうか。彼女は薄く笑って続ける。
「それに、可愛らしくないだろう? 少なくとも私の部下に、戦闘マシーンなんて必要じ
ゃないんだ」
 彼はサエカのコーヒーが差し出したコーヒーを一口口に含んだ。
 まったく、代用コーヒーは酷い味がする。


 

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