魔理沙20



新ろだ768



「ハハッ、いみわかんねえー」
 室内には相変わらず散乱する本とかゴミとかゴミとか。その中から本を一冊拾い上げ、
床に寝っ転がってなんとなく内容を眺めている昼下がり。ちなみにゴミって言うと魔理沙
がえらい怒るので言わない。口に出すときは収集物。これお約束。
 読む、のではなく眺める。である。一応活字を読んではいるが、本を読むってのは内容
を飲み込めて初めて成立する気がするし。だから眺めて、相変わらず何書いてあんのかわ
かんないなーと思いながらその作業を繰り返す。
 まあ要するに暇な訳である。
 魔理沙は机に座って何かやっている。時折唸り声やら椅子のぎしぎし鳴る音がするのだ
からなんかの研究なんだろう。邪魔するのは不本意なので、こうして意味不明な書物を眺
めつつ暇をつぶすのである。
 年頃の男女……というか恋人同士が一つ屋根の下に揃って互いにほぼ不干渉という現状。
一般的には結構おかしな光景なのだろうか。けれども普段というか成就する前からこんな
感じである。
 無論会話が無い訳じゃなく、たまにふと思い出した事を呟いたり、それから会話に発展
したり。どっちかが茶を入れたり、外出したり。動きは少ないがある。
 淡白ではあるが、俺はこの空気が気にいっているのでそれでよし。まあ甘えて欲しいっ
て思いが無いと言えば嘘になるのだけれども、あんまり攻勢されると俺の心臓が持ちませ
ん。だから現状不満なし。魔理沙の傍に居る事を許可されているだけで基本満たされるの
である。我ながら安い。
「んー……」
 魔理沙の唸り声が聞こえる。研究とかで詰まった時にはよく聞こえてくるが、微妙にイ
ントネーションが違う。気になったので首をぐいんと向けてみた。
 なるほど様子もいつもと違う。普段は椅子に身体を預けてぎいぎい揺らしたり、そのま
ませもたれにどっぷり倒れ込んだり、またはペンを齧ったりが魔理沙のパターンである。
日頃からひそかに観察しているのでほぼすべてのパターンは把握している。
 だが今日は首と一緒にその金髪をぐらんぐらん左右に揺らしていらっしゃる。
「何をされているので?」
「んー。何かな、耳の中がちょっと」
「虫でも入ったんじゃねいかね。例えばゴ、」
 凄い速度で分厚い本が飛んで来た。寝っ転がった上に力を抜いて弛緩した状態だったの
で避けられる筈もない。頭の付近にドゴッとか音を立てて本が着地。直撃したらどうなっ
ていたか考えると普通に怖い。
「それ以上言ったら今度は当てるぜ」
「マジごめんなさい。でもこれ実話なんですがね。前に俺の友達が」
 魔理沙が投擲モーションに入っている。ヤバイ目が本気だ。
 普通の羽虫ならば光を当てれば寄ってくるが、奴さんの場合光を当てると奥に逃げ込ん
じゃうという重要情報を伝えようとしたのに。
「はい止めます。白旗。降伏。当方に抗戦の意思無し」
 そう言って読んでいた本を放り出して地面に大の字。犬の如く完全なる無防備状態にな
ってみる。溜息混じりに本が下ろされたのを見てこちらも安堵のため息である。というか
さっき投げたのも今投げようとしてたのも紅魔館のじゃないんですか魔理沙さん。
 呟きは心中だけにとどめておいて。起き上がり、傍らのソファに身を預ける。このソフ
ァ、廃品の山に埋もれていたのを俺が引っ張り出した。マーガトロイド邸で出た廃品を頂
いて来たとは魔理沙の談。出自の所為か普通にいいもので、俺が持ってたのより多分高級
品だコレ。
「それで、結局どうしたのでしょうね」
 目線が大体同じになったところで、改めて聞き直す。そうすると魔理沙も思い出したの
か再度首を揺らしながら小さく唸る。
「何か耳の調子が悪いんだ。こう中で音がするような……何か転がっているような……」
「本当に何か入ったんじゃねえの? 見せてみ見せてみ」
 ちょいちょいと手招きをする。魔理沙がん、と小さく頷いて椅子から立ち上がっててく
てく寄って来る。そんでそのまま俺の左横に座った。さてどんな様子かと魔理沙の耳を見
ようとする訳だが、魔理沙がもうワンアクション。身体を90度倒した。魔理沙の頭の先に
は俺の膝である。ぼすんと音がした。

 ……あれ?

 いや、普通横に座らね? そんで耳だけ出すんじゃね? 何で自然に膝枕の体勢になっ
てんの? つうかポピュラーな認識とは男女の位置逆じゃね?
 脳内でビーコンビーコン警鐘が鳴っているというか思考が速過ぎるような凍り付いたよ
うな。ともかくそのまま完全に固まった。
「……どうかしたか?」
「――――ああ、ハイ。何でもないですよ、エエ」
「何だ? 見せろっていったのお前だろ?」
「アー、ソウデスネ。ジャアシツレイシマスネー」
 情けない話ではあるが、恋人になった現在でも手をつなぐ程度の接触ですら事前に心で
相当の覚悟が居る俺である。だっていうのにいきなりこんなガッツリ接触したらどうなる
かってオーバーフローである。いや嬉しいけどね。
 ともかく固まっている訳にもいくまい。首を下げる、俺の膝の上に魔理沙の頭があった。
しかも体重の掛かり具合からしてこのお嬢さん完全に預けていらっしゃる。ああやわらか
い。あったかい。のうがとけりゅ。
 興奮すればいいのか赤面すればいいのか硬直すればいいのか歓喜すればいいのか、どれ
かわからん。というか俺は今どんな顔をしているんだろう。
 とか無駄なこと考えつつも、魔理沙の耳へのろのろと手を伸ばした。耳たぶをつまんだ
手の先が体温を捉えた事で背筋が何かぞくぞくするのを感じつつ、くいくいと軽く耳たぶ
を引っ張る。光が入りやすい位置を探して耳の中を覗き込んだ。
「ふん、ほうほう」
「どうだ?」
「魔理沙、耳掃除する方?」
「それなりに、だな。思いだしたらやる程度か」
「はー。ぽつぽつへばりついてるのがあるやね、入口付近はそこまでじゃないが。とい
うか押し込んだのかなコレ」
 太ももら辺ががっつり好きな女の子の体温を捉えている。その事実は未だ俺の脳を何か
変な感じに侵してくれるのだが。慣れ親しんだ作業の兆しが見えた所為かちょっと冷静に
なれたのは幸いか。そうでなくこんな接触状態続けてたら理性が本当に持たん。えろい事
に突入するまでもなく恥死する。
「違和感あんのは両方で?」
「いやこっちだけ」
「そーかい。じゃあ取っちまいましょう」
「いや取るってお前」
 ソファの上に放り投げてあった自前の鞄を引っ張り寄せて、中を漁る。布で巻いた包み
を取り出して、鞄をどける。あとちり紙も数枚用意。包み、というより道具入れを広げた。
中には数本の竹の棒……というか何て事は無い。ただの耳かきである。
「おお、用意が良いな」
「ちなみに自前の削り出し」
「マジかよ」
「マジです。好きもんの実力を教えてやろう。ついでにほかのも取っちまうかねー」
 開いた道具入れから数本耳かきを引き抜いて傍らに置く。耳たぶをくいくい、次いで耳
全体をほぐす。加減はいつもより弱めで。反応を窺いつつ続行する、手でつかんでいる部
分がほんの少し暖かくなってきた気がする。頃合いだろうか。
「……むう。上手いもんだな」
「好きもんだと言ったでしょうよ」
「で、気持ちいいのはいいんだが、なんかすっごくむずむずしてきた」
「まあ辛抱しなさいな、直ぐに解消して差し上げますからさ」
 もういいだろう。
 という事で耳を揉むのは終了。横から耳かきを一本取り上げる。普段自分で使うものよ
りも先が細いヤツ。改めて間近でまじまじと見た魔理沙の耳は思いのほか小さかった。だ
からこれでちょうどいいだろう。
「一応気を付けるけど、魔理沙さんのお耳の加減はわからないので。異常の際はただちに
訴えるよう」
「わ、わかったから……速くしてくれ……お、奥のむずむずが何か半端無い……」
「へいへい。とりあえず動くなよ」
 若干震えがちな返答が可愛らしくて思わず口元が綻んだ。とはいえ指先は緩める訳にい
くまい。下手をしたら大惨事であるのだから。
 そこらを心中で再確認しつつ、魔理沙の耳に耳かきを差し入れた。力加減は少し弱めで、
手近なのに薄く湾曲した匙の先端を向かわせる。
「……っ、く、くすぐったいな……」
 耳壁にかるく匙を押し当てて、匙の先端を垢に引っ掛けて、軽く力を入れて剥がす。剥
がれたら匙の上に垢をキープしつつ引き寄せて耳の外へ出して、ちり紙の上へ。
 匙が空になったみみかきを再度耳の中へ。次の獲物に向かう前に、さっき取った付近へ
匙を向けて。耳垢がへばりついていた周囲を軽くさりさりと撫でるように掻く。でかいの
を取っても細かいカスはまだ残っているので、それを掻き集めるように。
「…………ん……ぅ……あー、これ、いいかも……」
 欲張り過ぎるとよくないので、匙の状況を見計らって耳かきを引き上げる。カスを捨て
たらもう一回中へ、さりさり撫でて、綺麗になった事を確認して次の垢へ。作業自体は同
様だ。ただ耳の穴ってのは平坦では無いので、場所場所で掻き方に注意する。曲がりくね
ったところは死角が多いので慎重に。でも掻き残しが無いように丹念に。
 指先に伝わるカリカリした感触を頼りに掘り進める。俺の感として、敏感――迂闊に触
ったら痛みを伴う深度まではもう少しくらいか。そこら辺注意しつつ、耳かいの匙で垢を
カリカリ剥がして、壁をさりさり撫で続ける。
「……ぁ、ぅ……ふぁ」
 指先に違和感と引っかかり。なかなか頑固にくっついているのがいらっしゃる様だ。固
まっている奴を軽く掻いてみる。それまえと違ってカリカリとした感じが強い。
 頑固さんは個人的に濡らしてから攻めたいところではあるが、ローションとかまでは流
石に用意して無い。というかコンビニとか薬局とか無いから用意のしようがない。
 ……いや待て。そういえば永遠亭があった。今度頼んでみようか。とすると綿棒代わり
の物も用意せねばなるまい。さて綿棒は自作か委託かどちらが安上がりかつ高性能だろう
かとか考えつつ、指先の作業を続行する。
 何にせよ今は現状の装備で打破するしかあるまい。具体的に言うと耳かき三本。とはい
えそれらはあくまで自分用に作ったものなので、このお嬢さんの耳を責め……じゃなかっ
た。攻めるのに都合がいいのはいちばん細い一本のみである。
 強さが一定を超えないように注意しつつ、かしかしかしと、連続断続的に耳かきをぐら
いんど。要は引っかかりさえあればいい。端っこを目安に何度も何度も。
「……ぁー」
 勝った。垢の端に匙の先端が食い込んだ。一気に剥ぐと痛いかもしれないので慎重に剥
がす。剥がし終え、耳かきをそろそろりと取り出す。飴色の塊をちり紙の上に投下。なか
なか手ごわかった。ぺり、なんて音とかしてたかもしれない。
「魔理沙ー」
「………………んー……?」
 これから奥やるから動くなよと注意しようと思い、声をかける。が、いやに返事が鈍い。
何事かと見たら瞼が既に半開きだった。眼もとろんとしていてどう見ても寝る前である。
耳の穴ばっか見ていたので全然気がつかなかった。思いのほかお気に召してくれたらしい。
「あらら。まあいいか、うごくなよー」
 その様子に苦笑しつつ、一応声だけかけておいた。んーい、と生返事が返ってきたとこ
ろで改めて作業再開といきましょうか。
 さて、奥地である。妖怪は知らんが、人間は基本痛みに臆病なので痛いところは本能が
避ける。なもんで耳掃除しても一定以上奥はやらなかったりするものだ。つっても耳には
自浄作用があるんで、耳垢ってぶっちゃけほっといても問題ない。
 とはいえ何事にも例外はある。明らかに自浄作用の域を超えるまで育ってしまった輩は
人力で排除せねばなるまい。それにかゆいもんはかゆいのだ。そういう輩にもご退出願お
う。それに飴耳の人は固まったのが詰まったりして聞こえにくくなったりする事もあるら
しいし。何、上手くかつやりすぎなければ問題ない。たぶんだけど。
 さてここら辺からだろうか。さっきよりも柔らかく、匙の先端を耳壁に沿わせる。ほと
んど触れるか触れないか位の感じだ。瞬間、膝の上にある魔理沙の身体がぴくんと反応し
た。思ったとおりここら辺から敏感になっているらしい。
 さて、こっから先は本当に注意しないと快感どころかトラウマレベルの激痛である。何
故解るかって俺は既に二桁を超えるトラウマを経験しているからだ。恋人にそんなトラウ
マ負わせてしまったらその事自体が俺のトラウマになってしまう。
 なのであくまでそーっとそーっと。さっきまでがほじほじかりかりならば、今度からそ
りそりすいすいである。やばい、俺今相当バカっぽいこと考えてる。
「ぁ……ぁ、ぁ……ぅ…………」
 奥になると慎重にやらんととまずいってのに、それにしては意外と頑固者が多い。厄介
な事である。垢の表面をさわさわ、かつしつこく撫でて、そして引っかかっても焦らない。
そこから更にゆっくりゆっくり、何度も何度も匙を引いて少しずつ少しずつ剥がす。元々
細い耳かきを使っているので、必然匙も小さくなる。だから欲張らずにこまめに回収物を
投棄に戻る。そんな感じでじっくりじっくり掘り進める。
 いい加減視界も利かない深度である。なので頼りになるのは指先の感覚だ。垢に到達し
たら、周囲を撫でて形状と状況を把握して的確に攻め剥がす。そんな風に続けていく。
「…………んっ」
 魔理沙が声を上げたのと、指先の手応えが今までと違うので手を止めた。なにや格が違
う感じがする。コイツが元凶だろう。たぶん。軽く周囲を探ってみる。思ったとおり、他
に比べて大きい。おまけに形も奇異ときたもんだ。
 さてどうするかって、別に今までどおりである。匙から伝わる感覚で全容を把握して、
とっかかりを探して垢の上を匙で撫でるように這い回らせる。
「ぅ……っ……ぅぁ」
 ここらかな、と辺りと覚悟を付けて、そろりそろりと匙を引き寄せ始める。ひっかかり
の反応は無い。なのであるまで続ける。数十回ほど続けて、ようやく良い反応があった。
この機を逃すまいと攻略開始である。つっても焦ったら負けるのであくまで慎重にだが。
 そんな風に数か所ほど同様にへばりついている部分を剥がし終えて、安定する場所を探
す。確保。さてゆっくりゆっくり……引き寄せる、何か今までより大きいものが動いてい
る感覚。
「ぅぁー………………」
 ざらっとした感覚と共に、今までよりははるかに大きい飴色の塊が引っ張り出された。
光を受けて微妙に煌めいている。しげしげ眺めつつ、こりゃ自然発生というより掃除の時
に奥に押しやられたのが月日を経て固まったりでもしたのだろうか。とか推測だしてみる。
 もう一度耳かきを入れて、大物の周囲の残りカスを撫で取った。ここで耳かきを持ち返
る。でも匙の方は使わない。今まで使っていた奴には梵天が付いていないのである。梵天
付きをくるんと逆手に持ち替えて、耳にそっと差し入れた。くるくると緩急を付けながら
回して、奥へ入れて、回して、引き戻す。
 最後に耳の中をもう一度じっくり眺める。やり遂げた事を確認して自己満足げにうむ、
とか言ってみたりする。
「魔理沙ー、違和感は消えましたかねー?」
「…………」
 反応が無い。
「反対どうするよー?」
 ハイ反応なし。微かに上下する身体と、こぼれる小さな吐息。何時の間にか寝入ってら
っしゃる。若干散らばった金色の髪に手を当ててくしゃくしゃ撫でてみたりする。
 漏れる吐息に僅かな変調はあったが、それでも起きる気配はまるで無し。しょうがない
のでそのままにする事にした。それにしても、何というか、ずいぶん間の抜けた寝顔であ
る。あえていうならすやすやでなくすかーである。放心しきっているとでも言おうか。ち
なみに魔理沙の口元からよだれがでろーんとなっているが、これはご褒美だから問題ない。
 頭を撫で続ける。さらさらした手触りが心地いい。これくらいはやらせてもらっても文
句あるまい。魔理沙がちょっとくすぐったそうに身を捩った。動物じみたその挙動が思い
のほか可愛くて口元が自然と緩む。

 さて暇だから子守唄でも歌ってやろうかとか考えて、一曲も知らない事に気が付いた。







 数日後。
 ソファーに座っていたら魔理沙がスライディング気味に膝の上に飛び込んできた。何事
かと見下ろして、膝の上に乗った魔理沙と目がバッチリ合った。金色の瞳がくりくり動い
てこちらに期待の眼差しを向けている。
「…………ダメー」
「えー!」
「両方この前やったばっかでしょうが。やりすぎると酷い事になるのです。だから当分耳
掃除はなーし」
「なんだよぉ……ケチなやつだぜ」
「はいはい」
 口を尖らせてぶーぶー文句を言うお嬢さんに、一度やりすぎがどういう惨状を招くのか
じっくり講義してあげたい衝動に駆られる。大変なんだぞ、汁とか血とか。おまけに凄ま
じく痒いのに掻いたら目に見えて悪化するというあの地獄のようなジレンマ。
「ちなみに我慢できずに自分でやる子にはしてあげません」
「な、そんな横暴な!!」
「だって頻繁にやるんなら俺が改めてやる意味無いでしょう」
「そりゃまあそうだがー、いいじゃないかちょっとくらいー」
 膝の上でぐりぐり頭を押しつけるように転がる。どうにもくすぐったい。しばらくそん
な風に抗議を続けていたが、やがて諦めたのか動きを止める。
「ちぇ……わかったよ。じゃあこれだけでいいや」
 ぐいぐいと頭を動かした後、満足いく位置を見つけたのか。かかる重さが増した。
「ちょ、寝る気かよ」
「これを拒む理由はないはずだぜー」
「まあそうだけども」
「んー」
 髪を撫でると目を細めて声を上げる魔理沙。デレに入った猫っぽい仕草である。それか
ら特に会話も無く、時間が流れていった。しばらく頭を撫で続けていたら寝息が聞こえて
きた。寝入ったらしい。寝顔を眺めてやわらかな頬をつんつん突いたりして見る。
 さて、まあ確かにあまり間を置かずにやると耳によろしくないというのも立派な理由な
のだが。
 もうちょい言うと道具が揃っていないのである。今持っている掻き棒は自分用なのだ。
魔理沙にやるならもうちょい細いのが数本欲しい。そっちは今ナイフを動かして試行錯誤
中なのだ。依頼したローションとかもまだ手元に無い。
 無防備というか可愛らしさを覚える間抜けっぷりで眠る魔理沙を見下ろしつつ、笑う。
たぶん今俺はにやーとかそんな感じで笑っているに違いない。

 集め終えたら改めて、徹底的にやってやろう。










――――――――――――――――――――――

私もやってやると意気揚々耳かきを振り下ろした魔理沙に鼓膜を貫かれたりもしましたが、
俺は元気です。


新ろだ830




「めっきり寒くなってきたな」
「そうでございますね」
「全く、外出するのが億劫になるぜ」
「その割に昨日無かった筈の本の山が増えているのでせうが」
「あっはっはっは」

 たぶん誤魔化しているつもりなのだろう。魔理沙がからからと笑っている。紅魔館の図
書館から”借りて”きた本の山を見やりつつ、それでもその行動に魔理沙らしさを感じて
少々口元が緩む。魔理沙は見てて楽しいから困る。眼が放せやしない。
「時に魔理沙さん」
「ん?」
「この家ってさ。暖房器具とか無いのでしょうか」
「炬燵とストーブは多分あの辺に埋まってると思うぜ」
「……そんなんでよく冬が越せたあねえ」
「何を言ってるんだ。そんなもの使わなくても私にはミニ八卦炉がある」
「ですよねー。じゃあ何でミニ八卦炉を使わないんでしょう」
「そりゃあ勿論使う必要が無いからだろう」
「いや気温的に今こそ働くべきじゃねーでしょーか」
「馬鹿だなあ寒かったら使わなきゃいけないが、現に寒くないんだから使う必要は無いだろう?」
「えー……うん…………ソウナノカナー……?」
 何か妙な口調になってしまった。魔理沙の方はこっちを論破したと思ったのだろう、ふ
ふんと何やら得意げな呟きが聞こえてくる。
 見えないが多分得意げに笑っているのだろう。今の体勢では魔理沙の後ろ頭しか見えな
いので表情までは窺い知れないのだ。
 前――脚の間に魔理沙が座っていて、それをまるで後ろから抱くというか囲む感じ。そ
して毛布に二人まとめてくるまっている状態である。そりゃあ寒くは無い。人間二人が密
着してるんだから。毛布もあるし。
「でもこれ分離したら寒くなるんじゃありません?」
「ん? ずっとこうしていればいいだけだろ?」
 軽く振り向いた魔理沙が、金の瞳をくりくりさせながら当たり前のことを的に言ってく
る。思わずそうですねーと返事してしまう。しまった、こんな筈じゃなかったのに。
 それからしばらくそのまま無音で時間が経過する。魔理沙の方は手元の魔導書を読んで
いるらしい。しかしながらこっちはする事が無い。
 魔理沙の髪でも弄ろうかと思ったが、手を上げかけて止めた。ただでさえ体温とか匂い
とか、こっちの脳を刺激してくる要素が普段より増し増しな現状、それは色々と拙い。
 とりあえず円周率を黙々と数え続ける事にした。去れマーラよ。俺は悟りを開く。
「…………お前は普段から色々と奇天烈な事を私に言ったり要求してくるよな」
「紳士的と言ってください」
「でも実際に行動には移さない」
「……………………あー」
「アリスに聞いたぞ」


「お前みたいなのをヘタレと言うらしいな」


 あのマーガトロイド、俺の魔理沙になんてワードを吹き込んでくれたんだ。と憤慨しつ
つも何かこう胸の中心にブロートソードを突き刺された感じになる。マンガだったら間違
いなくガフッとか言って口から血を吐いているだろう。
 どう返答したものかとただでさえ処理速度に何のある脳みそをギュインギュイン回して
思考を働かせる。ふいに魔理沙がさっきよりも身を寄せてくる。髪の毛が顔や首筋に触れ
てちょっとくすぐったい、同時に匂いが強くなって脳が一瞬処理落ち仕掛けた。
「こ、ここまでやって、反応なしってのは、な。どうかと思うんだ私は……!」
 よく見たら耳が真っ赤だった。顔も赤いんだろうなあ。
「もしかして恥ずかしかったのですかい」
「……あ、ああっ、当たり前、だろう」
 これはあれか。いわゆる据え膳食わぬは何とやらなのでしょうか。
「えーと、つまるところ、何だろうな、やっちゃっていいの?」
「………………」
 沈黙は肯定。まさか文章でしか見た事の無い光景にでくわそうとは。ともあれもう駄目
だ。これは完全に退けやしない。ならば前進あるのみか。脳――というか理性さんはとう
の昔にご臨終ですが何か。
 持て余していた両手を魔理沙の脇を通して前に出す。こっちの手が身体に触れた途端に、
えらく大げさに魔理沙の身体がびくんと跳ねた。何だかんだ言って緊張しているらしい。
 前に持って行った手をそのまま閉じて、抱き締める。ちょっと強め。それから髪に思い
っきり顔を埋める。ばさって音はたぶん魔導書を取り落とした音だろうか。
 そのまま腕に込めた力をもうちょっとだけ強める。腕の中にある温もりを更に強く確か
に実感できるように。
 そして――

「ご馳走様でした」

 体勢はそのままに、それだけ言って腕の力を緩めて、身体の力を抜いてへにゃりと弛緩
する。魔理沙にもたれかかる格好だ。
「…………………………え、ちょっと待て!? それだけか! 普段あれこれ言っておい
てそれだけか!?」
「うん」
「爽やかに答えるなあ――!!」
 があーと吠えながら勢いよく魔理沙が立ち上がる。当然こっちは体勢を崩して後ろにぶ
っ倒れた。
「このっ! このへたれ! ドへたれ!! 私がどんだけ、このこのこの――!!」
 何時の間にか持ってきた箒でバッシンバッシン殴って来るので床をごろごろ転がって回
避する。まあそんな物が続く筈もないので、適当な所で本格的に逃走する事にした。
 まあ相手が八卦炉出してきたら、そら本気になるよね。そんな訳で最愛の人の温もりと
さようならして冬の寒空へと飛び出して行った、とある昼下がり。







「ふぇ――――っぷし!!!!」
「風邪だな。見事に風邪だ」
「さすがに冬季に滝業はマズかったか……」
「何をしてるんだこのバカ」
「最大の敵って、自分の中に居るよね」
「意味が解らん……まあいい、魔理沙さんは優しいからな、すでに薬を調達済みだぜ」
「おお永遠亭印。それならば直ぐ………………あのー」
「ん?」
「それ、」
「残念ながら飲み薬の類は品切れだったらしくてなー? これしかなかったらしくて
なー? いやー遺憾何だがなー?」
「ちょっとタンマタンマ待ていや待って下さいお願いします! それどうみても座、」
「乙女の怒りを思い知れー!!!」














危なかった。



新ろだ836



 11月11日。ポッキー&プリッツの日。何故そうかと問われれば。それは1がポッキーっぽ
く見え、かつそれが四つも並んでいるという至極単純な理由である。
 一見すると普通のお菓子の日であるが、ポッキーというモノにはちょいとしたゲーム的
な食い方がある。
 ポッキーゲーム。二人が向かい合った状態でポッキーのそれぞれの端を口にし、互いに
食べ進んでいくというお前ほんとうにゲームかというくらいシンプルなゲームである。
 ちなみに先に口を離した方が負け。つっても途中で口を離すような相手とは罰ゲームで
もない限りやらんだろう。まあ要するにそういうイチャ系のゲームである。
 とまあそういう風なモンがあるので、ポッキーの日となるとそういう流れに発展しやす
いのである。
 というかこれ外の記念日なのに何で幻想郷でこうも広まってるんだろう。まあいいか。
幻想郷は突拍子の無さに定評があるし。深く考えたらキリが無い。あとめんどい。

 とまあ色々置いといて、11月11日。
 霧雨邸。
 スパァァァン! と甲高い音を立ててテーブルの上に箱が二つ叩きつけられる。二つと
も件のポッキーの箱である。種類は違うが。顔だけ上げて前を見やると、魔理沙も腕を振
り下ろした姿勢のまま顔を上げていた。魔理沙の目は完全に据わっている。本気と書いて
マジと読むとか言いだしそうな雰囲気だった。
「やってきてしまいました」
「そう、今日は11月11日だ」
「――ふ、覚悟はよろしいので」
「当然だぜ」
「では」

「「いざ尋常に、勝負ッッッ!!!!」」

 キュバッとか音を立てつつ、俺と魔理沙はそれぞれ一歩後退。右手を後ろに引いて左手
で右手を相手が見えないように覆い隠す。

「私が勝ったら! ポッキーゲームとやらを普通にやってもらう!! それも今日の宴会の席でな!!!」

「馬鹿な!? そんな事をすれば自分も相当恥ずかしいんだぞ!? わかっているのか!?」
「はっはっは! いい加減やられっぱなしは御免なのだぜ!!」
「自らのダメージも度外視した捨て身の特攻も辞さぬとは……霧雨魔理沙嬢、本当に本気
の様だな……!」
 魔理沙の覚悟を目の当たりにした事で、不覚にも身体がぐらついた。衆人監修の中でポ
ッキーゲームなんて恥ずかしいとかそういうレベルじゃない。思わず額から汗が一筋伝う。
向かいでは魔理沙が不敵に笑っている――様に見えるが、魔理沙もまた一筋滴を垂らして
いた。あと顔はまだほんのり赤い程度だが、耳は既に臨界レベルの赤っぷりである。もう
想定しているだけで恥ずかしいらしい。
「ふっふっふ。私は何時だって本気だぜ……? さあ、羞恥に打ち震えて縮こまるがいい。
普段私の乙女心を弄んだ償いをする時が来たようだな……!!」
「一見完璧に見えるその作戦だが、最大にして決定的な穴がある。それは俺が勝てば何も
問題は無いという事だッ!!」
「くっ……!」

「という訳で! 俺が勝ったらこの『つぶつぶりんごヨーグルトポッキー』を食べてもら
う! ただし噛む事は許可しない! 延々と舐めてふやかしてべちょべちょになって困り
顔とかそういう方向でお願いします!!!」

「相変わらずわからん! お前の感性は本当にさっぱりわからん! わからんが何か変態
的だという事はわかる!! やってたまるかそんなもの――っ!!」
「フゥハァーハハハ!! 紳士的と言いたまえよ!!」
 魔理沙が腕はそのままにそれでも身体だけをぐわーっと捻って天を仰ぎながら絶叫した。
その隙にこちらは体勢を整え直し、呼吸を落ち着ける。ちなみに俺は別に『つぶつぶりん
ごヨーグルトポッキー』が好きな訳じゃない。選んだ理由はただ一つ。色が白いから。
「だがこっちもまた私が勝てばいいだけの話……! さあ、いくぜ……!!」
「ああ、そうだな、此処から先は――この拳で決めるのみ」
 互いに右拳を後ろへ引き絞る様に回し、そして踏みしめている足に力を込める。じりじ
りと間合いとタイミングをはかりつつ、そして二人ほぼ同時に腹の底から声を出して絶叫
する。
「うおおおおお!!!!」
「いくぞおおおおおお!!!」
 身体だけではなく心も前へと出るような勢いで、限界まで引き絞った右の拳をいざ相手
へと突き出す!

「「さいしょーはグーッッッ!!!」」

 ビシィィィと出された手は互いに堅く堅く握ったグーの拳。そして突き出したのと同時
――いやそれ以上の速度で再度右拳を後方へと引き絞る。
「じゃああああん――――!!」
「けえええええん――――!!」
 魔理沙の活動的な性格からして最初はチョキかいや強かな魔理沙の事だ俺がそれを読ん
だことを想定しているかもしれないならばこちらはチョキを出すのか!? いやそれすら
読まれている可能性もある――しかし時は既に勝負の瞬間、決着まではもう一瞬あるかな
いかだ。ええいままよ! 俺は自分を信じるぜ!! 三通りの手の中から、咄嗟に脳裏に
浮かんだモノを指で形作り、いざ決着ッ。

「「ぽんッ!!!!!」」










どっちが勝ったかはご想像にお任せします。



新ろだ882


 毎度お馴染み博麗神社での宴会。
 俺は酒は結構いけるほうだが、妖怪連中にはかなうはずも無い。所詮人間である。
 だがどうやら愛しのお姫様はそんなこと気にもせず(考えもせず、か?)煽られるまま……いや、寧ろ煽りながらぐびぐび飲んでいらっしゃった。
 今日も酩酊して俺がおんぶして帰ることになるのだろう。まぁ、役得である。 そんな訳で俺は際限なく飲みまくる訳にはいかない。
 別にベロベロに酔うこと自体は構わないのだが、そうなると魔理沙を持って帰れない。ただでさえ会場として負担をかけている霊夢に泥酔者二名の世話を押しつけるのは如何なものか。
 ……まぁ、放置される気もするが、それはそれで情けない。
 ――大広間に酒気が満ちてきた。臭いというのは不思議な物で、自身が匂っていれば全く気にならないのに、そうでなければ妙に気になるのだ。
 即ち、自分も飲みたくなってきた。
 だが酔う訳にはいかない。俺は酒気から逃れるように自分用のお猪口を持って縁側に移動した。


「……寒っ」
 秋も終わりかけ、冬に差し掛かった夜の風は酔いを覚ますのに丁度いいという温度を軽くオーバーしていた。
 まぁ、あの酒気空間とどっちがいいかと聞かれると微妙なあたりだが。
「おや、○○君じゃないか」
 縁側には先客がいた。俺はその先客の右手に腰掛けた。
「霖之助さん、あなたもあの酒気から逃げてきましたか」
「はは、まぁそんなとこだよ。僕は、あの集団から逃れる為に先手を打ったんだけどね」
「あぁ、あの集団」
 少しだけ後ろを振り返り、『あの集団』を確認する。
 既に空の瓶が死屍累々と転がり……あ、魔理沙が蹴躓いた。
 些細な事であるにも関わらず、会場大爆笑。完全に出来上がっているらしい。
「確かに、霖之助さんはアレに巻き込まれるのは嫌いそうですね」
「おや、その言い方。君は構わないのかな?」
「騒ぐことは好きですし。ただ、あれに巻き込まれたら死体を持って帰れないでしょう?」
「確かにね。君も死体の仲間入りする訳だし」
 そう言って、霖之助さんは柔らかく目を細めた。
 外見的に言えば、俺と年齢はそう変わらないはずなのにやたら大人びて見える。重ねた月日が違うと言うことか。
「……どうだい、○○君。たまには男二人で飲まないかい?」
 そういいながら霖之助さんは脇の辺りにあった一升瓶を軽く持ち上げた。
 霖之助さんは常識人に見える変人ではあるが、節度はちゃんとある。
 こちらの事情もわきまえてくれているし、酩酊状態になるほど飲む気は無いだろう。
 というより、あの集団を嫌ってこっちに出てきたのに、あの集団みたいな事をしてきたらいろいろとおかしいだろう。
「いいですよ、あんな感じにならない程度なら」
 親指を後ろに向けて、どんな感じを示しているのか具体的に示しておく。念の為の確認だ。
「もとよりそのつもりだよ……あぁ、何か容器は」
「持ってます」
「なら、いいね」
 俺はお猪口を霖之助さんに差し出し、酒を注いでもらう。
 そのまま酒をすっ、と飲む。冷たい風も手伝ったのか、とても澄んだ酒に感じた。
 ふぅ、と息を吐く。息は白くなり、夜風に流され霧散した。
「……寒いですね」
「これからもっと寒くなるさ。幻想郷の冬は初めてじゃ無いだろう?」
「わかってますよ。もう二回体験してます」
「二回? そうか、君が来て二年もたったのか」
 少し霖之助さんは驚いたように言った。
「厳密には、更に半年ですがね」
「そういえば、そうだったかな。随分たったものだな」
 今度はこっちが少し驚いた。
「あれ?妖(あやかし)にとっては、二年なんて短いものじゃあ無いんですか? あぁ、霖之助さんは半分ですが」
「それは、妖怪の数百、数千といった長い寿命で考えた時の話だよ。別に、人と妖で時の流れが違うわけでは無いから、長いものは長いのさ」
 そういう考え方もあるか。
 それから、今回の冬の越し方とか、今度外界から流れ着いたと思わしき道具の鑑定をお願いしたいだとか、ツケをどうにかして欲しいだとかそんな感じの話を中途中途に酒を交わしながらしていた。




 ――夜は深まり、月の輝きが増していく。
 後方の馬鹿騒ぎもなりを潜めていき、少しずつお開きに向かいだした。事実、頭数が大分少なくなっている。
 霊夢のまた派手に荒らして、というため息混じりの声が聞こえた。
 このあとは霊夢と共に片付けを行った後、魔理沙を背負って帰路につくのがお約束だ。
 霖之助さんは既に酒を飲み終え、黙って境内をゆっくり見回していた。
 ――俺の酒も目の前の一杯が最後だ。俺は一気に残りを飲み干した。
 そして深く息を吐き出し、夜空を仰ぐ。星が綺麗な夜空だった。
「――ごちそうさまでした。片付け手伝ってきますね」
 そういって縁側を立とうとした時、霖之助さんが口を動かした。
「……魔理沙はねぇ」
「……?」
 声が軽く上ずっている。少しだけ、酔っているのだろうか。
「僕にとっては、妹というか、娘というか、そんなんなんだよ」
 だからだろうか、脈絡も無く突然そんなことを言い始めた。
「――知ってますよ。霖之助さんのこと話すとき、魔理沙楽しそうですし」
 俺は事実で返した。
「そうか、嬉しいね」
 霖之助さんは本当に嬉しそうにして少しの間をあけてからまた話しだした。
 ――霖之助さんの表情が、一変した。
「だからさ、うん。君のことが好きだって相談受けたときは、かなり驚いた」
「……はい」
 その時見た霖之助さんの表情は、酔っていたことが演技に見える程、真剣だった。
「まぁ、本人がそうしたいといったから、僕は止めなかった」
「……」
「○○君、彼女の行こうとした道を、否定してやるのだけはやめてあげて欲しい。わかっているとは思うけど、魔理沙は愚直で、無鉄砲で、その癖いつも何しようか、何が正しいかで迷い続けてる」
「……えぇ」
「彼女が仮に、無謀だと思える選択をしても、君はそれに付き添ってやってくれ。彼女が悩みぬいて、選んだ事なのだから。○○君なら、それが出来ると信じてる」
「……はい」
「……もし、魔理沙に、また、独りを与えたなら、その時は、比喩でなく君を殺すからね」
「……」
「――あの子を、魔理沙を頼む」
「……任されました」
「うん。確かに聞いたよ。……あぁ、今日は僕が片付けを手伝うから。君は魔理沙を連れて帰りなさい」
「――ありがとうございます」
 今度こそ俺は縁側を立った。
 今は、無性に、魔理沙の顔が見たかった。

 ――その感情は、強烈な酒気と、死屍累々の会場と、泥酔した魔理沙で、少し萎えた。





 帰路。
「んふふ~、○○の背中広いだぜ~」
「俺はやせ形なんだがな」
「○○以外は全部狭くて○○だと広いんだぜ」
「なんだそりゃ」
 俺はいつも通り、泥酔した魔理沙を背負って魔法の森へ向かっていた。
 凛とした冷たい空気と、背後から漂う酒気とのコラボレーションが妙だ。
「……任されましたよ」
 思わず、そう呟いた。
 霖之助さんの言葉の一言一句が頭の中に染み付いている。多分、一生忘れられない言葉だった。
「んぁ? 何が?」
「何でもないんだぜ」
「あーあー! 私の口癖とるなぁー!」
「わかったわかった……なぁ、魔理沙」
「んー?」
「……ずっと、一緒だからな」
「へ? あ、うん。一緒だぜ? なんでそんな当たり前なこと」
「当たり前……うん、そうだな。そうだよな」
 あと魔理沙、わかっちゃいるが、かなり酔ってるな。ああいう事いうと、いつもなら恥ずかしがって固まるのに。
「失礼な。酔って言っちゃいないぜ」
「あれ、口に出てたか。……ちなみに、酔ってない根拠は」
「まだ飲めるからだぜ」
「……そうかい」
 何となく、空を見上げた。
 明るい月と沢山の星の瞬きは、そのうち森の枯れ木の群れに覆われて見えなくなって、酒気だけが残った。


新ろだ924


「………魔理沙、何してるんだ」


「見て分からないか?」


「抱きしめられてる」


「抱きしめてるぜ」


「何で」


「今は冬だ」


「冬だな」


「寒いだろ?」


「あんまり」


「私は寒いぜ」


「そうか」


「それにほら、お前だって嬉しいだろ?」


「悲しくは無いけど」


「けど?」


「胸元が寂しいな」


「………」


「ひたひ、はなへ、ひゅねるな」


「……まだ発展途上なんだ、そのうち高度成長するぜ」


「バブル崩壊しなきゃいいけど」


「………」


「ひたひ、はなへ、ひゅねるな」


「……キスしてくれたらその分増えるぜ」


「初耳だ」


「増えるぜ」


「………」


「………」


「―――増えたか?」


「……もっと」


「………」


「………」


「―――増えた?」


「………もっ、と………」


「………」


「………」


「………」


「………」




「あんたらイチャつくなら家に帰れ」








とある神社の日常風景。



最終更新:2010年08月06日 21:08