プロローグ(鬼隠し編)

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集

プロローグ(鬼隠し編)



昭和58年 初夏

どうせ引き裂かれるなら、身を引き裂かされる方がはるかにマシだと思った。

信じてた。
……いや、信じてる。
今この瞬間だって、信じてる。

でも……薄々は気付いてる。
信じたいのは、認めたくないだけだからだ。
自分に言い聞かせるような、そんな涙声が…もうたまらなく馬鹿馬鹿しくて……。
さらなる涙が…顔をもっとぐしゃぐしゃにする…。

機械的に繰り返されていたそれはようやく収まり、とても静かになった。

ひぐらしの声だけが…いやに騒がしい。
なのに、…彼女のそれはまだ聞こえる気がする。
…聞こえるはずはない。
彼女はもう、言うのをやめているのだから。

泣いているのは俺だけだった。
彼女は泣きもしなかった。

彼女がそれを繰り返し口にしていた時も、表情どころか感情もなかった。
彼女に、俺のために流す涙がないのなら、俺にだって。
…彼女らのために流す涙はいらないはずなのだ。

それなのに……痛み、目を潤ませてしまうのは……どうして?
それでも引き裂かれてないと、……信じていたいから。

もう充分だろ?
内なる、もうひとりの自分がやさしく語りかける…。

俺はもう充分に心を痛めたさ。
…そして何度も、その痛む心を捨てるべきかどうか迷ったんだ。
だけど俺は…頑なに、捨てることを拒んだんじゃないか。

捨てれば…もっと心が楽になれる…。
それを知りながらも、俺は信じることを選んだんじゃないか。
その辛かった苦労は、きっと俺にしかわからないし、俺にしかねぎらえない。

なぁ俺。
…俺は充分に頑張った。
……俺がそれを認めてやる。
だから。
……もう楽になってもいいんじゃないか……?

それに………捨てるんじゃない。
彼女と一緒に、置いていくんだ。
…花を手向けるように。

さぁ。
……心を落ち着けて…。
もう右腕が痺れているだろうけど。
……頑張って振り上げよう。
ひとつ振る度に忘れるんだ。

親切が、うれしかった。
愛らしい笑顔がうれしかった。
頭を撫でるのが、好きだった。
そんな君がはにかむのが、好きだった。

これで最後だから。
これを振り下ろせば忘れてしまうのだから。
君に贈る、……………俺からの、最初で最後の花束。

ひょっとすると、…俺は君の事が、…………………………………好きだった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー