氷と炎の歌・乱鴉の饗宴改訂問題って?

簡単にまとめると、海外長編ファンタジー小説「氷と炎の歌」の翻訳者が途中で交代して、新翻訳者が引き継ぎなのに名詞を大量に変えまくって読者が難儀しているという問題です。


氷の炎の歌ってどんな本?


舞台は季節が不規則にめぐる世界。統一国家“七王国”では、かつて絶対的支配を誇った古代王朝が駆逐されて以来、新王の不安定な統治のもと玉座を狙う貴族たちが蠢いている。北の地で静かに暮らすスターク家もまた、争いの渦を避けることはできなかった。父エダードが王の補佐役に任じられてから、6人の子供らまでが次第に覇権をめぐる陰謀に巻きこまれてゆく…怒涛の運命に翻弄される人人を描いた壮大な群像劇、開幕。 (「BOOK」データベースより)
まあ何はともあれ読んでみてください。絶対に損はしないです。


氷と炎の歌の邦訳版第四部「乱鴉の饗宴」で何が起こったのか?

氷と炎の歌の第四部・乱鴉の饗宴の邦訳版は英語版に遅れること3年、2008年7月24日に発売されました。
既刊の翻訳者・岡部宏之氏が高齢のためシリーズ降板というアクシデントもありましたが、新翻訳者はベテランの酒井昭伸氏。
ハイペリオンなどの大作ハードSFの翻訳にも定評があり、何より「タフの箱船」シリーズの翻訳を手がけ、作者であるマーティン氏と氷と炎の歌の大ファンであると公言している方です。下手な事はあるまいと邦訳版読者は安堵し、発売を今か今かと待っていました。

しかし、問題は発売日も迫る七月になって判明しました。
ハヤカワweb上の氷と炎の歌特設ページ上において、主要登場人物であるケイトリン、ブリエンヌ等のキャラクター名がそれぞれ「キャトリン」「ブライエニー」等に変更が発表されたのです。


この時点でのハヤカワwebでの説明は

「『乱鴉の饗宴』における訳語の変更について
 7月24日発売の〈氷と炎の歌〉第4部『乱鴉の饗宴』において、組織名・用語および人物名などの訳語に関して、第1部『七王国の玉座』から第3部『剣嵐の大地』までに使用したものから変更したものがあります。
 基本的には、組織名・用語に関しては原語の意味に近づけ、人物名表記に関しては、著者であるジョージ・R・R・マーティン氏と連絡を取りつつ、マーティン氏の想定する発音に近い日本語表記に変更しています。」
といったものでした。
落胆した読者もいましたがそれでも原物を読むまでは、と殆どの方は判断を保留していたように思います。しかし──。

実際に発売された「乱鴉の饗宴」は想像を絶する物でした。「夜警団」が「冥夜の守り人」、「近衛騎士団」が「王の盾」に変更されていたのを皮切りに、数百に及ぶ夥しい人名・地名・組織名が変更されていたのです。しかも、既刊との対応表など一切用意されていない不親切ぶり。巻末に索引はありますが、変更後の名詞しかカバーされていないというあまり意味のない物でした。

シリーズの完結後、時を待ち新たに訳し直されるならともかく、途中でこれほどの改訂を行うのは前代未聞です。なお、発売日の数日前からMIXIというSNSサービス内にて酒井氏がこの改訂に際しての解説と、不安を感じる読者への説明を行いましたが、いずれも納得のいく内容ではありませんでした。(→別項・酒井昭伸氏について参照)


「読み流す」ことの恐さ

まずハッキリさせておくと、筆者は岡部訳が最高の邦訳版・氷の炎の歌だとは思っていません。乱鴉の饗宴後書きで酒井氏が指摘した通りのミス(サーセイ・ジェイムの順序は回避不能ですが)もあります。
しかし、今回の改訳は許し難い物があります。
酒井氏・ハヤカワ社がどんな意図を持って今回の改訳を断行したのかは測りがたいものがありますが、数百もの地名・人名・組織名が変更された結果、四部の内容を理解する上で目に見える支障がありました。

たとえば、「血みどろ劇団」の「キバン」が「クァイバーン」に変更されていることに初見で気がつく読者はどれほどいるのでしょう。本文を注視していれば彼の登場場面で「ジェイム(ジェイミー)の腕を治したマイスター(メイスター)」という情報は頭に入って来ますが、この数行だけでも数々の名詞変更についていくのが精一杯の読者が「ああ、そんな奴がいたかも? キバンをそういう名前に変更したんだな」と気がつくでしょうか。
発音的にはたしかにクァイバーンの方が正しいのかもしれません。
しかし、読者の頭の中で「キバン」と「クァイバーン」が一致しないまま読まれるのは「マーティンの意志を尊重した」メリットを軽く超えるデメリットがあります。

また、発音の違いなどで類推しやすい人物名よりも、さらに悲惨な状態なのが地名です。「あざらしの入江」と「<海豹の入江>」はまだわかりやすい部類ですが、「丘陵地帯」と「古墳地帯」は相当厳しいものがあると思います。
まぎらわしい二種類の地名を即座に処理できるほど、人間の脳は上等にできておりません。二種類の地名が混在する頭でブリエンヌやサムの旅路を追うのは実に難儀なものがありました。地図に載っていない名前まで地味に変更されているので、確認すらおぼつきません。

こういった苦行を強いられた結果、読者はついに「解らないけど別にいいか」状態になります。
覚えのない人物名だけど、別にいいか。どうせ解らないから。
覚えのない地名だけど、初出かな?別にいいか。
何もかもがどうでもよくなってくる。なじみ深い場所で起きた数々の事件、数々の伏線、そういったものが一端途切れ、作者の狙った演出や物語の機微、そういったものが全て台無しになってしまうのです。
これが読み流す、という状態です。



五部以降も、この状態が続くかと思うと心底恐ろしいです。作中屈指の人気キャラであるティリオンやデーナリス、ジョンの視点が中心になると解っていれば、尚更です。


(続く)




当wikiの編集方針

  • 編集人は全て氷と炎の歌の一~三部および四部「乱鴉の饗宴」においての事実の指摘に努める。虚偽、ソースの怪しい(もしくは無い)情報を書き込まない。
  • 「乱鴉の饗宴」翻訳者である酒井昭伸氏、及びハヤカワ社に対して礼を失した発言を禁じる。


以上の文責は当wiki管理人「迷訳の守り人」が有します。
最終更新:2008年09月09日 02:23
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