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術伝流一本鍼no.19 (術伝流・先急の一本鍼・内科系編(1))

内科系にも応用


(1)はじめに

 今まで、先急の一本鍼というテーマで、主に運動器系を中心
に応急処置を書いてきました。

 基本的には、「手足甲に引き鍼しながら運動鍼」と「動作鍼」
が中心です。手順で書くと、以下のようになります。

1.診察

2.準備
  手足の甲への引き鍼(+運動鍼)

3.患部の基本刺鍼

4.動作鍼など

5.後始末
  ⑴頭散鍼(陽のみのときは省略可)
  ⑵手足の甲への引き鍼

 この方法は、運動器系だけでなく、内科系の急性症状にも応
用できます。ただ、内科系の場合には、いくつか考慮する必要
のあることが入ってきます。その主なものを3つ挙げておきま
す。

1.上衝を治める

2.手足陰経に引く

3.陽に引く

 この3つについて、説明していきます。

(2)上衝を治める

 「上衝」というのは、漢方の用語で、腹の側から頭の方へ、
邪気が衝き上げる現象を言います。内科系の病変の急性期には、
必ず(と言ってもよいほど)見られる現象です。

 具体的には、熱が出たり、頭が痛くなったり、目眩がしたり
という、表位、つまり、肩甲骨・鎖骨から上の内科系の症状の
ことを総称しているというか、それらの原因となっている現象
のことです。

 上衝は、多くの場合、体の内部(特に腹部)の水毒や瘀血か
ら漏れ出した邪気が頭の方へ衝き上げることに因って起こりま
す(図1)。

図1

 また、虚火上逆といって、腹部が虚している反動として上衝
が起こる場合もあります。更年期障害に見られる逆上せ(ノボ
セ、ホットフラッシュ)などは、その典型例です。

 『重校薬徴』には、「桂枝、上衝を主治す」とあります。
『薬徴』には、「桂枝、衝逆を主治す」とあります。また、
『専門医のための漢方医学キスト』では、「桂枝」の項目に
『薬徴』の引用の後に「気が上衝して起こる、のぼせ、ヒステ
リー、頭痛、発熱、悪風などが使用目標になる」とあります。

 そして、桂枝が多くの漢方薬に使われているのを見ても分か
るように、上衝を治めることは、漢方治療の基本の一つです。

 そういう上衝という現象は、鍼灸で内科系の急性期を応急処
置する場合にも、考慮する必要があります。つまり、上衝を治
めるのが、内科系の応急処置の先ず初めの目標です。

 前に書いたように、運動器系の応急処置でも、陰経に鍼灸す
ると上衝が起こる可能性があるため、後始末では、頭の散鍼や
手甲への引き鍼をしたりしました。

 内科系の急性期には、鍼灸する前から上衝が起きていること
が多いので、それを前提にして、準備の段階から、上衝を考慮
する必要があります。

 そのために、先ず初めに、頭を触って熱い部分と経絡的に関
係する手甲に引き鍼をします(図2)。頭の中でもハチマキを
する辺りで、一番熱い所を探します。 具体的には、先ずは左か
右か、そして、その中で、前側なら手陽明、横なら手小陽、後
ろなら手太陽のという見当を付けます。そして、手甲を調べ、
出ているツボに引き鍼します。

図2

 こうすると、上衝を治めることができますし、治療中に動か
してしまった邪気も手甲の方へ流れて行きやすくなります。

(3)手足陰経に引く

 運動器系の応急処置では、肩腰など胴体やそれに近い部分の
症状を、経絡的に関係する手足のツボに引きました。内科系の
応急処置でも、その内科系症状を、症状が出ている部分や、そ
の原因となる邪毒がある部分と、経絡的に関係する手足に出て
いるツボに引きます。

 そういう点は、運動器系と同じですが、違う面もあります。

 内科系の症状は、運動器系の症状よりも、体の内側に関係し
ていることが多くなるので、運動器系よりも陰経を使うことが
多くなります。ご存知のように、体の内側の状態は、陰経に反
映することが多いからです。

 そういうわけで、内科系症状は、その症状を起こしている器
官のある場所や、その症状の原因となっている邪毒のある位置
と関係する手足陰経に出ているツボに引きます。

(4)陽に引く

 内科系の場合には、「手足に引く」だけでなく、「陽に引く」
こともよく使います。

 「陽に引く」というのは、体内部の症状を陽側のツボを使っ
て改善することです。

 症状の出ている部分に蠢(うごめ)いている邪気を、症状の
出ている部分より陽側に出ているツボから引き出すことによっ
て、改善していきます。また、症状の原因となっている邪毒の
ある部分の陽側に出ているツボに引くことで改善したりもしま
す。

 典型例は、兪穴治療など、症状の出ている部分の背中側に出
ているツボに引くことです。また、後頭部や後頸部も使います。
それ以外にもありますが、それは、症例を解説するときに詳し
く説明していきます。

(5)内科系の応急処置の手順

 今まで書いたことを考慮して、内科系の応急処置は、基本的
には、以下のような手順でしています。

1.診察

2.準備:上衝を治める
  ・手甲に引く

3.手足に引く
  (1) 手足陰経に引く
  (2) 必要があれば、陽経にも引く

4.陽に引く
  (1) 熱かったら散鍼
  (2) 陽側(背中側)に出ているツボに引く

5.後始末:上衝を治める
  (1) 頭の散鍼
  (2) 手甲に引く

 細かく書くと、色々出てきますが、大雑把にはこんな感じで、
やっています。

 また、簡単な症状だと、2.の準備だけ、あるいは、2.と
3.の「手足に引く」だけで、症状が治まってしまうこともあ
ります。

 「4.陽に引く」で、熱かった場合に、先ず散鍼するのは、
出ているツボの周辺が熱い場合に、いきなり刺鍼すると、痛み
を強く感じるなど、症状が酷くなることがあるからです。

(6)和方鍼灸の基礎理論を目指して

 少し脱線しますが、私は、和方鍼灸の共通点として、以下3
つが考えられるかなと思っています。

1.阿是穴治療

2.手足に引く

3.陽に引く

 この3つを組み合わせることで、先急、つまり、応急処置も
していますし、養生、すなわち、慢性期治療もしています。

 そして、この辺りと、筋肉の機能性病変という石川の加茂先
生たちの考え方や、杉山真伝流などの江戸時代に書かれた鍼灸
文献の考え方を組み合わせていくことで、和方鍼灸の基礎理論
ができていくのではないかなと考えています。

 阿是穴とは、筋肉が機能性病変を起こしている所だと思いま
すし、

「邪気ある時は何れの所にも鍼を用ゆ
   病なきは何れの穴にも鍼を禁ず」(葦原検校)

「鍼刺すに、心で刺すな、手で引くな、
      引くも引かぬも指にまかせよ」(杉山和一検校)

という言葉もありますし。

 また、和方鍼灸の色々な流派の先生達が、それぞれ基礎理論
と思うことを持ちよることで、共通の基礎理論を作っていけれ
ばよいなとも考えています。そうすることで、和方鍼灸が学び
やすく伝承されやすくなると思いますし。

 そして、将来的には、そうしてできた和方鍼灸の基礎理論が、
世界に和方鍼灸を広めていくために役に立つことを夢見ていま
す。

追記:ここに書いたことは、現在では、刺鍼中の姿勢も含めて、
和方鍼灸の基本」という形で書きまとめています。興味が
あったら読んでみてください。

(7)救急医療との連携

 さて、内科系の応急処置を鍼灸でする場合に注意して欲しい
ことがあります。

 鍼灸で応急処置できるのは、基本的には、機能性病変という
ことです。もちろん数ヶ月かけて養生していけば、組織の逆変
性が起きて、器質性病変も改善することも多いです。

 しかし、応急処置のような短時間で改善できるのは機能性病
変だけです。

 それで、鍼灸で応急処置しても、改善できなかったり、一度
改善しても同じ程度にまで症状が復活した場合には、器質性病
変を疑い、救急医療と連携することを考えてください。

 私は、現在、数時間以内に半分以上症状が復活した場合には、
器質性病変の可能性も考慮することにしています。鍼灸で機能
性病変を改善できた場合には、少なくとも半日程度は効果が続
くことが多いからです。

 今までに私が経験した例では、腹部大動脈瘤と急性膵炎があ
ります。どちらも2時間以内に同じ程度に痛みが復活したとい
うことで、救急医療にお任せしました。

 そういう病変の場合でも、患者さんが「お腹が少し痛い」と
しか言わず、しかも、鍼灸した直後は良くなってしまうことが
結構ありますので、注意するようにしてください。

(8)症例:3日前から咳がつづく

1.診察

 先ずは、症状について話してもらいました(写真1)。

写真1

 3日前から咳が続いているとのことでした。その後、咳の時
にツボが出ることが多い列缺と上尺沢を押してみました(写真
2、3)。

写真2

写真3

 まだ3日のせいか、列缺には圧痛がありましたが、上尺沢に
は圧痛がありませんでした。上尺沢は、咳が長引いたときにツ
ボが出ることが多い所です。

 そして、左右を比べると、左側の圧痛の方が強いことも確認
し、体の左側の状態が悪い可能性が高いなと思いました。

2.準備

 先ず、準備のために頭に触れてみました(写真4)。

写真4

 左側の額が熱かったので、額は前側なので陽明経だろうと見
当を付けました。合谷の辺りを探し、ツボが出ていたので、刺
鍼しました(写真5)。

写真5

 この場合、熱が出ていた辺りを見ながら刺鍼した方がよいで
す。目蓋(瞼、まぶた)が動く、つまり、瞬き(まばたき)を
したりすることが、鍼が効果を上げている目安になることが多
いこともあるし、額の変化が分かることもありますので。

3.手足に引く

 次に、もう一度、左列缺のツボを丁寧に取り、刺鍼しました
(写真6)。

写真6

 この場合も、この刺鍼が効果を及ぼすだろうし、咳に関係す
ると思われる、胸上部から喉にかけてを見ながら、刺鍼しまし
た。

 この刺鍼で、喉から胸にかけて、すっきりし、呼吸がラクに
できるようになったとのことでした。

4.陽に引く

 次に、咳に関係するノドや気管の背中側にもツボが出ていな
いか、大椎から胸椎3あたりを中心に調べていきました(写真
7,8)。

写真7

写真8

 そして、左側に出ていたツボに順に刺鍼しました(写真9)。

写真9

 この場合は、触って熱さを感じなかったので、散鍼は省略し
ています。

5.後始末

 頭を触って、熱さを感じた所に散鍼しました(写真10)。

写真10

 その後、手甲を調べ出ていたツボに刺鍼して仕上げました
(写真11)。

写真11

5.予測と違っていたら
 この症例では、初めに診察したときに列缺に出ているツボが
左側だったので、体の左側の症状が強い可能性があると予測し
ました。そして、2.の頭の熱い所も左側、3.の陽側の背中に
出ていたツボも左側でしたので、素直なツボの出方と言えると
思います。

 時には、場所によって、左右が異なって出ている場合もあり
ます。

 そういう場合は、他のことも原因となっている場合がありま
す。そういう場合には、患者さんに再度詳しく質問してみると、
聞けてなかったことを話してもらえることも多いです。新しい
情報をもらったら、それも考慮して治療するようにしてくださ
い。


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最終更新:2016年08月15日 15:09