義を愛した外国人たち ~ジェフ


全文転記をお許しください>デイリーさま
松下雄一郎の タテジマ見聞録
■日本の心、『義』を愛したジェフ
 リビングの隅にスーツケース。テーブルの上に手帳を広げ、左手でペンを握った。
日本を離れる前に、どうしても覚えておきたい”カンジ”があった。

 「口にすれば一瞬なのに、カンジにすると10秒も掛かる言葉がある。ニホンゴって本当に不思議な言葉だよ」

 たった一瞬を表現するために、どんな手間ひまも惜しまない。まるでカネモトやキュウジのようだと言っていた。
そんな日本の心が好きだと、ジェフは言っていた。

 「僕は来年もこのユニホームを着られると思うかい?」。
2度目の登録抹消となった直後の7月下旬。
鳴尾浜球場のウエートルーム横の階段に腰を掛けながら、ジェフがこんなことを言い出した。
とがった背中が痛々しかった。
悔しそうな表情はこの7年間で何度も見てきた。
でも寂しそうな表情を見たのは、これが初めてだった。

 「野球に一番大切なのは”キモチ”なんだ。どんなに技術があっても、それはピンチをはね返してくれない。ピンチにのまれない心の強さが大切なんだ」。
不振に陥った若手投手を食事に誘っては、親身になってアドバイスを送る。
そして仲間が理にかなわぬ登板を強いられた時には、烈火の如く怒り狂った。
自分のことよりも仲間のことに熱くなる…そんな男だ。

 残された野球人生のすべてを捧げると誓ったタテジマ。
しかし、責任をまっとうしたいと願う一方で、この痛みを取り除かない限りチームの力になることができないという思いがあった。
オフを待って手術となれば、その後のリハビリ期間を考えると来季の半分以上を棒に振る可能性がある。
ならば来季に向けて1日も早く治療の方向性を打ち出すことが、最善の方策ではないか。ジェフはそう考えた。

 タテジマへの愛着が、ジェフに途中帰国を決断させた。
球団が来季も自分を必要としてくれるのか、それは分からない。
今季限りとなる可能性は百も承知。
その上でジェフは自らの”生命力”にすべてをかけた。
 ――利害を捨てて条理に従い、人道、公共のために尽くすこと(広辞苑)

 帰国前夜。最も愛する「義」の文字を、何度も何度も手帳に書いた。
日本語の中で最も愛したこの言葉を、どうしても覚えたかった。
心と体に刻み込みたかった。

 「モノやお金のためじゃないんだ。僕は契約のために投げたことは一度もない。タイガースというチームや仲間に対して『義』を尽くしたい。それだけなんだ…」

 手帳をスーツケースに大切にしまい込み、帰国の途に就いた。
日本を愛している。何よりも義を重んじるこの国を、ジェフは愛している。
最終更新:2010年10月01日 09:46