国連・表現の自由に関する特別報告者(Frank La Rue氏)による報告書:表現の自由に対する子どもの権利


意見および表現の自由に対する権利の促進および保護に関する特別報告者の報告書
A/69/335(2014年8月21日)
配布:一般
原文:英語
日本語訳:平野裕二〔日本語訳PDF

目次
  • I.はじめに
  • II.特別報告者の活動
  • III.表現の自由に対する子どもの権利
    • A.国際人権法上の表現の自由に対する権利
    • B.第13条:表現の自由に対する子どもの権利
    • C.第12条:自己の意見を自由に表明し、かつその意見を正当に重視される子どもたちの権利
    • D.第17条:情報にアクセスする子どもの権利
  • IV.表現の自由に対する子どもの権利の制限
  • V.表現の自由に対する比例性を欠いた制限の正当化事由として利用される子どもの保護
  • VI.子どもの表現の自由の促進
    • A.団体を作り、かつ政治に参加する子どもたちの自由の奨励
    • B.子ども主導型アドボカシーの奨励
    • C.さまざまな情報源からの情報へのアクセスの確保
    • D.メディアの自主規制の促進
  • VII.子どもたちによるインターネットへのアクセス
    • A.比例性を欠いた制限が採用されることについての懸念
    • B.インターネットの利用に関する子どもたちのエンパワーメント
    • C.調査研究の拡大
  • VIII.結論および勧告

I.はじめに

1.特別報告者は、人権理事会決議25/2にしたがって提出される本報告書において、表現の自由に対する子どもの権利に焦点を当てる。
2.子どもの権利条約では、子どもを権利の全面的主体として認識することが強調されている。条約にしたがい、子どもが未成熟であることを、子どもから権利を剥奪して当該権利を成人のみが享有するようにすることの正当化事由として利用することは受け入れられない。子どもは、ミニチュアサイズの人権を認められたミニチュアサイズの人間ではないのである。それどころか、条約は子どもの市民的および政治的権利の保護を拡大するとともに、すべての子どもがその人格を可能なかぎり最大限に発達させることを確保するための具体的措置をいくつか掲げている。また、条約にしたがい、表現の自由に対する権利は子どもの成熟にともなって漸進的に行使されるべきである。
3.子どもを害から保護することおよびおとなが子どもを指導する義務の重要性について疑義を唱える者は誰もいない。しかしながら、年齢が低いことおよび相対的に未成熟であることの結果として子どもが直面する可能性のあるリスクが過剰に言いたてられ、表現の自由に対するおとなおよび子ども双方の権利を不当に制限することの弁明として利用されることがあまりにも多すぎる。このような不当な制限は、何が有害情報であるかについての定義の曖昧さおよび幅広さから生じることもあれば、単に学校、家庭および社会一般における権威主義的態度が暗黙のうちに受け入れられていることによって固定化されることもある。
4.インターネットが開発と人権を促進するための不可欠な手段として広く認められるのであれば、インターネットが子どもにとって不可欠な手段であることも理の当然である。しかし、暴力または虐待の目的でこれらの手段を利用することについての懸念が生じている。デジタル・コミュニケーションの利用を広範に制限することおよび検閲を行なうことは、単に受け入れられないのみならず、これらの懸念の解決策としても実効性を持たない。人権規範が求めているのは、コミュニケーションに対する制限が必要性および比例性の厳格な基準に一致する形で行なわれる、バランスのとれたアプローチである。
5.特別報告者は、本報告書で、表現の自由に対する子どもの権利が国際人権条約でどのように規定されているか、子どもの権利条約にとくに注意を払いながら明らかにする。続いて、この権利の実現を妨げている重要な障壁(表現の自由および情報へのアクセスに対する子どもの権利の直接の制限、ならびに、表向きは子どもの保護を目的としているものの実質的に表現の自由に対するおとなの権利も制限している全般的制限を含む)について詳述する。また、表現の自由に対する子どもの権利の保護および促進に関わる若干の経験についても述べる。インターネットが現代社会に与えている未曾有の影響に鑑み、特別報告者は、子どもの権利の促進にとっての新たなテクノロジーの重要性と、この分野で浮かび上がりつつあるいくつかの具体的懸念についても取り上げる。最後に、国際人権法が定める関連の基準に国内法および国内実務を適合させることに関する勧告を行なう。

II.特別報告者の活動

6.(略)
7.(略)
8.本報告書の作成にあたり、特別報告者は、表現の自由に対する子どもの権利に関する関連の研究の検討および専門家との協議を行なった。また、Child Rights International Networkが蓄積した情報も活用している。加えて、特別報告者は、リオデジャネイロ(ブラジル)、フィレンツェ(イタリア)、メキシコシティおよびヨハネスブルグ(南アフリカ)でこの問題に関する専門家協議を開催した。

III.表現の自由に対する子どもの権利

A.国際人権法上の表現の自由に対する権利

9.表現の自由は、市民的および政治的権利に関するすべての国際・地域人権文書に掲げられている [1]。市民的および政治的権利に関する国際規約第19条では、表現の自由に対するすべての者の権利(国境にかかわりなく、あらゆる種類の情報および考えを求め、受けかつ伝える権利を含む)が承認されている。同条に基づき、あらゆる形態の表現およびその普及手段が保護の対象となる(第2項参照)。この権利には、規約第19条第3項および第20条に掲げられた制限に服することを条件として、他者に伝達しうるあらゆる種類の考えおよび意見の通信を行ないかつ受けることも含まれる。
[1] 世界人権宣言第19条、市民的および政治的権利に関する国際規約第19条、欧州人権条約第10条、米州人権条約第13条および人および人民の権利に関するアフリカ憲章第9条参照。
10.子どもも規約に定められたすべての市民的権利から個人として利益を得る [2] にもかかわらず、従来、表現の自由に対する権利は子どもたちと関連づけられてこなかった。ジュネーブ子どもの権利宣言(1924年)および〔国連・〕子どもの権利宣言(総会決議1386 (XIV))など、子どもについて取り上げた従前の国際文書では、子どもは未成熟さゆえに意味のある選択を行なうことはできないという憶測に基づき、この権利に関するいかなる言及もなかった。子どもの権利条約は、子どもの権利および固有の尊厳の保護における分水嶺である。従前の国際法文書とは異なり、条約は、子どもに対するおとなの義務を基盤とするアプローチ(子どもの権利宣言参照)から権利の保有者としての子どもに焦点を当てるアプローチへの、重点の劇的な転換を促している。
[2] Official Records of the General Assembly, Forty-fourth Session, Supplement No. 40 (A/44/40), annex VI, para. 2.

B.第13条:表現の自由に対する子どもの権利

11.子どもの権利条約は、表現の自由に対する子どもの権利を宣明した最初の国際法文書である [3]。第13条の文言は、市民的および政治的権利に関する国際規約第19条第2項および第3項の文言を緊密になぞっている。一部の論者によれば、第13条は規約第19条の規定を、子どもに適用するための試みをほとんど行なうことなく「剽窃」したものにすぎないため、それ自体ではほとんど価値がない [4]。しかし、意見を聴かれる権利および情報にアクセスする権利を保護する条約第12条および第17条に掲げられた規定とあわせて読めば、第13条は、表現の自由に対する子どもの権利について、規約第19条による保護よりも優れているとまではいかなくとも、同等の水準の保護を与えているということができる。
[3] 子どもの権利および福祉に関するアフリカ憲章(1999年発効)第7条も参照。
[4] Sylvie Langlaude, "On how to build a positive understanding of the child's right to freedom of expression", Human Rights Law Review, vol. 10, No. 1 (2010), pp. 33-66.
12.第13条では子どもの発達しつつある能力について言及されておらず、また表現の自由に対する権利を行使するための最低年齢もしくは一定の成熟度も定められていない。この意味で、表現の自由には発達の側面があると捉えられてきた。表現の自由の目的は、子どもたちが、社会において他者とともに精神および自分自身を発達させ、かつ公的生活に参加する市民へと成長していけるようにするところにあるからである [5]。子どもの表現の自由は、子どもが自律的に意見を表明する能力を身につけたときまたは子どもがティーンエイジャーになったときから始まるのではないし、そのようなことはありえない。子どもが、事前に機会を与えられることもなく発達し、18歳という魔法の年齢に達した途端に自律的な存在として社会に参加するようになるなどと期待することはできないのである [4]。
[5] Herdis Thorgeirsdottir, A Commentary on the United Nations Convention on the Rights of the Child: Article 13 - The Right to Freedom of Expression (Martinus Nijhoff Publishers, 2006).
13.とはいえ、子どもはおとなではなく、子どもが発達しつつある能力を有しているという事実を回避することもできない。子どもの権利条約第5条に掲げられたこの原則は、単純に、子どもの「子どもらしさ」を考慮する必要性と、子どもの発達および権利行使のあり方はおとなのそれとは異なるという事実を反映したものにすぎない。条約第5条に基づいて親および子どもに責任を負う他の者に付与されている役割が示唆するのは、子どもが表現の自由に対する権利を享有する度合いは、実際上、子どもに特化したものではない国際人権文書において同様の文言で表されている権利をおとなが享有する度合いほど幅広くはないということである [6]。表現の自由に対する権利の行使は子どもの成熟とともに拡大する一方、第5条に基づいて親が行なう適切な指示および指導はそれにしたがって後退していく [4]。
[6] Aoife Nolan, Human Rights Law in Perspective: Children's Socio-Economic Rights, Democracy and the Courts (Oxford, Hart Publishing, 2011).
14.条約第13条の文言は全体として規約第19条の文言をなぞっているが、一部の規定は省略されている。第一に、第13条には、干渉されることなく意見を持つ権利(規約第19条第1項)が含まれていない。ただしこの権利は、第13条第1項に黙示的に含まれているか、または条約第12条もしくは第14条に包含されていると推論することもできよう [7]。第2に、第13条には規約第19条第3項の第1文(「2の権利の行使には、特別の義務および責任をともなう」)が含まれていない。現代的表現媒体の強力な影響力ゆえに規約に導入されたこの1文を含めることは、子どもの表現の自由との関連では必要ないと判断されたものと思われる [7]。
[7] Sharon Detrick, A Commentary on the United Nations Convention on the Rights of the Child (Martinus Nijhoff Publishers, 1999).
15.表現の自由に対する権利の適用範囲はかなり広い。子どもの権利委員会によれば、条約第13条は、国家に対して行使できるだけではなく、家庭、コミュニティ、学校、公共政策の決定および社会においても行使できる権利を付与するものである [4]。
16.とくに、家庭は、表現の自由に対する子どもの権利の実現におけるもっとも重要な柱のひとつと考えられている。親が子どもの養育および発達について第一次的責任を負っており、かつ子どもの最善の利益を基本的関心事としていることは、広く認められているところである。委員会は、家庭の構造を、子どもが自由な意見表明を学び、それによって社会に参加するために必要なスキルを身につけられるような参加型のものにすることを奨励している。家族構成員の義務には、子どもの意見を聴き、かつそれを真剣に受けとめる義務や、条約上の権利の実現について子どもを支援する義務が含まれる(CRC/C/43/3, paras. 999-1,002〔訳者注/「意見を聴かれる子どもの権利」に関する委員会の一般的討議の勧告、パラ16-19〕参照)。
情報を求める権利
17.情報を求める権利(子どもの権利条約第13条第1項)は、情報、とくに公的機関が保有する情報にアクセスする権利としばしば関連づけられてきた。この権利は、子どもが国内外の多様な情報源からの情報および資料にアクセスできるようにすることを目指す、条約第17条の規定とも密接に関連している。
18.情報を求めることおよび情報にアクセスすることは、子どもの発達にとって必要不可欠であるとともに、社会生活への参加に欠かせない前提条件である。したがって、子どもの権利委員会はこの権利を、公的機関が保有する情報にアクセスできるようにする積極的義務を国に課すものと解釈してきた。自由権規約委員会の見解によれば、この権利を実効あらしめるために、国は、公益に関わる情報に容易に、迅速に、効果的かつ実際的にアクセスできることを確保するためにあらゆる努力を行ない、かつ、ある者が(情報の自由法などの手段により)情報にアクセスできる必要な手続を制定するべきである(CCPR/C/GC/34、パラ19参照)。
情報を受ける権利
19.子どもは、あらゆる種類の情報および考えを受ける権利も有している。子どもの権利委員会がその総括所見および勧告でこの規定に言及することは多くない。打ち立てられつつある原則は、子どもを異なる文化に親しませるための措置がとられなければならないこと、メディアは子どもが他の文明について学ぶのを援助しなければならないこと、および、すべての子どもを対象とした児童文学の刊行、普及および提供を奨励するための措置がとられるべきであることぐらいである [4]。
20.情報を受ける権利は、教育に対する子どもの権利を締約国が承認した第28条、および、子どもの教育においてはとくに子どもの人格、才能ならびに精神的および身体的能力を最大限可能なまで発達させることを目指すものとすると強調されている第29条と、密接に関連している。
情報を伝える権利
21.最後に、子どもは他者に情報を伝える権利を有する。情報を受ける権利の場合と同様、子どもの権利委員会の先例にはこの権利への言及がほとんど見られない。委員会は、たとえば、子どもには子どもの雑誌、テレビその他のメディアに寄与する権利、学校の内外で政治的活動に従事する権利およびインターネット上のチャットルームを開設する権利があると述べている [4]。
許容される制限
22.子どもの権利条約第13条第2項では、表現の自由に対する権利の行使には一定の制限を課することができると明示的に規定し、当該制限を掲げている。子どもの権利委員会は、この権利に対する制限として許容されるものについての包括的先例を発展させていない [4]。ただし、規約第19条第3項の解釈および適用について自由権規約委員会が行なった分析は、表現の自由に対する子どもの権利についても必要な修正を加えて当てはめることができる(CCPR/C/GC/34、パラ21参照)。
23.第1に、制限は公衆がアクセスできる法律によって定められ、かつ、個人が自己の行動をしかるべく規制できるよう十分に精確に定式化されていなければならない。第2に、制限は、第13条第2項(a)および(b)に掲げられた事由、すなわち他の者の権利または名誉の尊重および国の安全、公の秩序または公衆の健康もしくは道徳の保護に基づいてのみ課すことができる [8]。第3に、制限は必要性および比例性の厳格な基準に一致するものでなければならない。
[8] 子どもの権利条約の起草過程においては、制限の正当化事由に追加する形で「子どもの霊的および道徳的福祉」への言及を含めるという提案が、そのような制限を子どもにのみ課すのは不公正となること、および、その問題は情報へのアクセスに関する第17条ですでに扱われていることを理由に却下されている。Sharon Detrick, A Commentary on the United Nations Convention on the Rights of the Child参照。

C.第12条:自己の意見を自由に表明し、かつその意見を正当に重視される子どもたちの権利

24.子どもの権利条約第12条は、国際人権法において他に例を見ない規定である。これは子どもだけが有する権利であって、おとなが有する権利ではない。子どもは、市民的および政治的権利に関する国際規約に明示的に掲げられた、自己に関わるあらゆる状況について意見を表明する一般的権利を有していないためである [4]。子どもの意見に常に耳が傾けられるわけではないという事実が、意見を聴かれる一般的権利を条約に含めることの正当な理由となる。第12条の目的は、おとなが有する全面的自律権を有しない一方で権利の主体でもある子どもの法的・社会的地位に対応するところにある(CRC/C/GC/12、パラ1参照)。
25.同条第1項は、自己の意見をまとめる力のある子どもに対し、自己に影響を与えるすべての事柄に関して自由に意見を表明する権利と、その後、その子どもの年齢および成熟度にしたがって当該意見を正当に重視される権利を付与している。第2項は、自己に影響を与えるいかなる司法的および行政的手続においても意見を聴かれる子どもの権利を定めている。
26.意見を聴かれ、かつ真剣に受けとめられるすべての子どもの権利は、条約の基本的価値観のひとつを構成するものである。子どもの権利委員会は、第12条を条約の4つの一般原則のひとつに位置づけてきた。これは、同条はそれ自体でひとつの権利を定めているというのみならず、他のあらゆる権利の解釈および実施においても考慮されるべきであることを強調するものである(CRC/C/GC/12、パラ2参照)。
27.第12条にしたがい、締約国は、当該権利を自国の法体系において承認する義務、子どもに影響を与えるすべての行動および意思決定プロセスへの子どもの積極的関与を容易にするために適切な機構を整備する義務、および、表明されたこれらの意見を正当に重視する義務を履行する義務を負う。子どもの権利委員会は、子どもの意見に耳を傾けているように見せることは相対的に難しくないものの、子どもの意見を正当に重視するためには真の挑戦が必要であると指摘してきた。委員会によれば、子どもの意見に耳を傾けることは、それ自体が目的とされるべきではなく、むしろ、国が、子どもたちとの交流および子どもたちのための行動において、子どもの権利の実施にこれまで以上の配慮を払うようにするための手段として見なされなければならない(CRC/GC/2003/5参照〔パラ12〕)。
28.表現の自由に対する権利は、第12条に掲げられた、意見を聴かれる権利と混同されることが多い。子どもの権利委員会は、どちらの条文も強く関連し合っているとはいえ、これらの条項は異なる権利を定めたものであって混同されるべきではないと考えている。第12条は、子どもに影響を与える事柄について具体的に意見を表明する権利、および、子どもの生活に影響を及ぼす行動および決定に関与する権利に関連している。この規定が、締約国に対し、子どもに影響を与えるあらゆる行動および意思決定への子どもの積極的参加を容易にし、かつ表明されたこれらの意見を正当に重視する義務を履行するために必要な法的枠組みおよび機構を導入する義務を課している一方、表現の自由は、締約国によるこのような関与または反応を要求するものではない。ただし委員会は、子どもの自由な意見表明を可能とする環境をつくり出すことは表現の自由に対する権利を行使する子どもの能力の構築にも寄与すると考えている(CRC/C/GC/12、パラ81参照)。
29.表現の自由との関連で第12条が有するもうひとつの興味深い側面は、参加が重視されていることである。この文言は同条では用いられていないものの、子どもの権利委員会は、さまざまな機会に、子どもは社会に参加することによって意見を聴かれ、公共の問題に関する見聞を広め、かつ自国の生活において役割を果たせるようになると指摘してきた(たとえばCRC/C/SR.379、パラ55参照)。参加は、家庭、学校および社会一般において奨励されるべきであり、政治的、社会的、経済的および文化的生活に関わるものであるべきであり、かつ、既存の諸制度を通じておよび子どもに特化した機関の創設を通じて行なわれるべきである。子どもの参加権を奨励することの理論的根拠は、子どもの発達を促進するところにある。子どもが学校およびコミュニティの生活に参加する経験を持たなければ、長じて社会の全面的構成員になることは期待できないからである(たとえばCRC/C/SR.277、パラ50参照)。

D.第17条:情報にアクセスする子どもの権利

30.子どもの権利条約第17条は、情報にアクセスする子どもの権利を扱うとともに、そのような情報の提供をマスメディアに対して奨励する際の国の役割について取り上げている。この規定の目的は、子どもが国内外の多様な情報源からの情報および資料(とくに自己の福祉および健康の促進を目的とするもの)にアクセスできるようにすることである。同条は、マスメディアが果たす重要な機能も認めるとともに、第17条に基づく子どもの権利を実施するために締約国がとる必要のある多くの措置を列挙している。これらの権利には、とくに書籍、雑誌、新聞、テレビ、ラジオ番組および図書館を通じて情報を求めかつ情報にアクセスする積極的権利も含まれる。
31.締約国は、第17条(e)に基づき、子どもの福祉に有害な情報および資料から子どもを保護するための適切な指針を発展させるよう求められている。したがって、子どもは成熟にともなってますます広範囲の資料へのアクセスを認められるべきであるが、その発達しつつある能力次第で、発達にとって有害となる可能性がある資料から保護されるべきでもある。委員会の先例では、「有害な資料」の包括的定義は示されておらず、暴力的、人種主義的またはポルノグラフィー的資料への一般的言及が見られる程度である。
32.この権利は、条約第13条に掲げられた、情報を求める権利と密接に関連している。この権利の行使は、子どもが見聞を広め、よって社会生活に参加できるようにすることを目的とするものだからである。子どもの権利委員会は、この権利を充足することは意見を聴かれる権利(第12条)の効果的行使の前提条件であるとも指摘してきた。委員会は、子どもは自己に関わるすべての問題についての、子どもの年齢および能力にふさわしい形式による情報(たとえば子どもの権利、子どもに影響を与える手続、国内法令および国内政策、地元のサービスならびに不服および苦情の申立て手続に関連する情報)にアクセスできなければならないと説明してきた。
33.委員会はまた、メディアが、子どもの意見表明権に関する意識を促進することおよびそのような意見表明の機会を提供することのいずれにおいても重要な役割を果たすとも指摘してきた(CRC/C/GC/12、パラ83参照)。この規定に基づくメディアのその他の義務には、さまざまな情報源からの情報へのアクセスを提供すること、若者が社会に対して行なう前向きな貢献を描くこと、子どものためのサービス、施設および機会に関する情報を普及すること、平等主義的な原則および役割を促進すること、ならびに、ポルノグラフィー、薬物および暴力の描写水準を最低限に留めることが含まれる(総会決議45/112付属文書〔リャド・ガイドライン〕参照)。

IV.表現の自由に対する子どもの権利の制限

34.子どもたちは、子どもの自由なコミュニケーションを認めることのリスクを過剰に言い立て、かつ子どもの主体性を過小評価することの多いパターナリスティックな態度が確立されていることの結果として、表現の自由に対する権利の実現を妨げる特有のハードルに直面している。加えて、子どもたちの権利は、おとなの表現の自由を阻害するすべての障壁の影響も受ける。
35.子どもの権利委員会は、多数の国々に対し、家庭、学校および社会一般を含むあらゆる領域で子どもに対する伝統的態度が残っていることにより、自由な自己表現に対する子どもたちの権利の受容が引き続き遅れていると指摘してきた(たとえばCRC/C/SGP/CO/2-3〔シンガポール〕、パラ33およびCRC/C/ECU/CO/4〔エクアドル〕、パラ40参照)。子どもたちの表現の自由を妨げる障壁は、子どもに対するおとなの権力に疑問が呈されないままの環境においてとりわけ蔓延している。教育現場は、子どもは自分自身の権利、意見および気持ちを有する人間であるという認識と子どもに対するパターナリスティックな見方との間に存在する緊張の一部が、特段のわかりやすさをともなって浮き彫りになる環境である。
36.教育の目的に関する一般的意見1号のパラ8で、子どもの権利委員会は次のように述べている。
「子どもは校門をくぐることによって人権を失うわけではない。したがって、たとえば教育は子どもの固有の尊厳を尊重し、かつ第12条第1項にしたがった子どもの自由な意見表明および学校生活への参加を可能にするような方法で提供されなければならない」
37.しかしながら、多くの国では、教育とはおとなが子どもをあらかじめ定められた形に成型するための手段であるという考え方のゆえに、子どもたちが自由な自己表現の権利を否定されている。このことは、たとえば生徒に学校の運営方法についての意見表明をさせないことが多い、権威主義的な学校環境および教育手法の蔓延(CRC/C/KOR/CO/3-4〔韓国〕、パラ40参照)に明らかである。場所によっては、意見を発展させかつ表明するよう子どもに奨励する参加型の教育手法ではなく、暗記学習が引き続き標準とされているところもある(CRC/C/15/Add.148〔サウジアラビア〕、パラ39)。
38.生徒が団体を作ることおよび政治的意見または論争を招きかねない意見を表明することを認めていない学校は多い。1969年のティンカー対デモインズ独立コミュニティ学校区事件(Tinker v. Des Moines Independent Community School District)は、おそらく子どもの表現の自由の保護に関する最初の重要判例であろう。1965年12月、3人の生徒(13歳、15歳および16歳)が、ベトナム戦争に抗議するため、平和のシンボルをあしらった黒い腕章を着けて学校に行くことを計画した。その抗議の計画を耳にした地方学校当局は、学校における腕章の着用を禁止し、関与した生徒らを停学にした。生徒らはアメリカ自由人権協会の支援を得て裁判所に不服申立てを行ない、その申立ては、1969年、アメリカ合衆国最高裁判所によって認められた。
39.司法制度は、根深い権威主義的慣行を修正するうえでしばしば重要な役割を果たす。いまのところ、表現の自由および情報へのアクセスに対する子どもの権利を確認した裁判所の決定例はほとんどない。しかし、とくに米国では教育現場における実例が増えつつある。たとえば、フロリダのある高校生は、学校でゲイの権利を支持するいかなるシンボルも着用してはならないとされた。校長が、虹をあしらったいかなるシンボルも生徒にゲイの人々のセックスを連想させると考えたためである。連邦裁判所判事は、前述のティンカー事件判決を引用した決定で、学校は当該生徒の権利を侵害したと判示した [9]。
[9] American Civil Liberties Union, "Federal judge rules that students can't be barred from expressing support for gay people" (13 May 2008).
40.生徒が運営する刊行物は、生徒が意見を表明できるもうひとつの重要な手段である。これらの刊行物は、若者にとっての関心事であり、おとなが議論に居心地の悪さを覚えるかもしれない問題についての報告が掲載されることから、支援の供給源となる。しかし、生徒の記事は、ティーンエイジャーの妊娠や親の離婚の影響等の問題を取り上げているという理由で検閲の対象とされてきた。生徒によるソーシャルメディアへの投稿もますます監視の対象とされるようになっており、場合により、子どもが学校の批判を投稿したという理由で退学になることもある。
41.文化的活動への子どものアクセスも、正当な理由なく検閲の対象とされる場合がある。1993年のドゥンドゥズ・チシザ対ケイト・カインジャ大臣事件(Dunduzu Chisiza Jr. v. Minister Kate Kainja)で、マラウィの裁判官は、公立学校で独立系グループが行なうすべての劇その他のパフォーマンスを禁じるのは表現の自由の侵害であると異議を申立てた役者の申立てを認容した [10]。一部の学校が宗教的理由で音楽の自由を禁じているという報告もある。
[10] Article 19, "Kid's talk: freedom of expression and the UN Convention on the Rights of the Child" (1999)参照。
42.学校カリキュラムの内容の制限も、多様な情報源からの情報に対する子どものアクセスに影響を及ぼす場合がある。これとの関連で、学校管理者が支持する考えに逆行する考えを記載した書籍および教材が禁じられることも、もうひとつの懸念事項である。たとえば、1982年の教育委員会対ピコ事件(Board of Education v. Pico)で、米国の裁判所は、思想上の理由で書籍を学校図書館から取り除くことはできないと判示している。
43.情報を直接禁止することに加え、一部の学校カリキュラムでは、歴史に関する偏った見方または特定の集団(女子、セクシュアルマイノリティ、民族的マイノリティまたは障害のある子どもなど)に対する偏見のある見方が提示される場合もある。自分自身の意見を形成する子どもの自由に悪影響を与え、かつ逆に差別を固定化させることにつながる可能性があるこのような状況については、さまざまな国連条約機関が各国に対する勧告のなかで提起してきた。
44.この問題については欧州社会権委員会も取り上げている。同委員会は、2009年、性教育を取り上げたクロアチアの学校カリキュラムが性的指向を理由とする差別を行なっていると認定した。同委員会は、カリキュラムに掲げられた一部の説明は同性愛者にスティグマを付与するものであり、かつ否定的な、歪められた、非難されるべき、かつ品位を貶めるステレオタイプに基づいていると指摘している [11]。
[11] International Centre for the Legal Protection of Human Rights v. Croatia.
45.表現の自由に対する子どもの権利を制限することの影響は、校門の内側には留まらずに公的生活にも及ぶ。子どもたちは、おとなとまったく同様に、政治的意見を表明したことを理由に過度の暴力または恣意的拘禁の対象とされる可能性がある。たとえば、子どもの権利委員会は最近、シリア・アラブ共和国に対し、南部の街であるダルアで、校舎の壁にペンキで反政府的な落書きを行なったとして罪に問われた8~15歳の児童生徒の集団が逮捕および隔離拘禁の対象とされたこととの関連で、このような人権侵害があったことを強調した(CRC/C/SYR/CO/3-4、パラ46参照)。ベラルーシに対しても、2010年12月の大統領選挙との関連で行なわれたデモの際に青少年が拘禁されたことについて懸念を表明している(CRC/C/BLR/CO/3-4、パラ35参照)。
46.法律による比例性を欠いた制限は、おとなおよび子ども双方の権利への干渉となる。これには、たとえば表現の自由は「イスラムの原則」に照らして解釈しなければならないという要件を引用する曖昧な文言の制限条項を掲げた法律や、安全保障に対するリスクの過度に広範な解釈が含まれる。これは、子どもの権利条約第13条第2項および第15条に定められた制限を超える可能性がある(CRC/C/15/Add.254〔イラン〕、パラ40およびCRC/C/PRK/CO/4〔北朝鮮〕、パラ27-28参照)。
47.平和的集会に対する子どもの権利の不当な制限には、子どもの表現の自由を妨げる一般的な障壁の一部が反映されている。平和的集会および結社の自由に対する権利に関する特別報告者は、最近の報告書で次のように指摘している。
「若者が一部のデモに参加することについて安全上の懸念があることもあろう。しかし、……マレーシアの法律のような法律〔15歳未満の子どもはデモに参加できないとするもの〕は、そのような懸念に具体的に対応するのに十分なほど限定されたものとなっていない。むしろ、特定の年齢の個人を対象とする全面的禁止は、住民のある層全体について平和的な集会に参加する権利を例外なく消滅させるものであって、子どもの権利条約第15条に反している」(A/HRC/26/29、パラ24参照)

V.表現の自由に対する比例性を欠いた制限の正当化事由として利用される子どもの保護

48.分野によっては、一部のタイプの情報へのアクセスに関して子どもの安全および福祉を懸念すべき正当なかつ理解できる理由が存在する場合もある。たとえば、多くの国は、とくに子どもの保護を目的として放送(とくにテレビ)を規制している。国による規制にはたとえば何らかの年齢別放送制限システムが含まれ、かつそのシステムを執行するための独立機関が設置されていることが多い。子どもにはふさわしくないと一般的に考えられている内容には、性的に露骨な内容、暴力および攻撃的言葉が含まれる。ただし、規制はメディアの自由に相当の影響を与えかねない。そのうえ、何が有害な情報にあたるかの定義は主観的なものである。したがって、子どもの保護を目的とするあらゆる規制および当該規制を執行するために設けられた機構は、おとなおよび子ども双方の権利を縮小させる比例性を欠いたまたは恣意的な制限が課されることを防止する目的で、開かれた、かつ透明なやり方で定期的に再検討することが求められる。さらに、これらの規制の執行を委ねられた機関の独立性を確保することはきわめて重要である――たとえば当該機関の構成に関する規則は、とくに政治的勢力または経済的利害によるいかなる干渉からも保護されるような形で定めることが求められる。
49.たとえばインターネットのフィルターの設定方法の決定にあたって有害な情報を曖昧かつ広範に定義すれば、結果として、十分な情報に基づく決定を行なうための支えとなりうる情報(性教育および薬物の使用等の問題に関する誠実な、客観的なかつ年齢にふさわしい情報を含む)に子どもがアクセスできなくなりかねない。これは、リスクに対する子どもたちの脆弱性を軽減するのではなくむしろ悪化させてしまう可能性がある(さらに詳しくはインターネットについて取り上げた後掲VII参照)。
50.有害な資料から子どもを保護するために事前検閲を行なうことは、国際人権基準に逆行する比例性を欠いた制限の一例である。たとえば、『最後の誘惑』(オルメド・ブストスほか)対チリ事件(The Last Temptation of Christ (Olmedo Bustos et al) v. Chile)において、米州人権裁判所は、チリ政府が子どもの道徳を保護するためにマーティン・スコセッシの映画『最後の誘惑』を禁止したことは米州人権条約第13条(思想および表現の自由)の違反であったと判示した。同裁判所は、判決理由として、映画館への子どもの入場を規制することなど、事前検閲よりも制限度の低い措置をとることによって子どもを保護することは容易であったと述べている。
51.事前検閲に関するより最近の判例(南アフリカ印刷媒体連合ほか対内務大臣ほか〔Print Media South Africa and Another v. Minister of Home Affairs and Another〕事件)で、南アフリカ高等法院は、南アフリカ映画および出版物法(1996年法律第65号)の改正は表現の自由に対する憲法上の権利を侵害していると宣言した。同改正は、子どもが年齢にふさわしくない資料に接することを防止し、かつ児童ポルノを禁止する目的で、出版者に対し、出版物を提出して事前の承認を得るよう(若干の例外を除いて)要求するものであった。同決定は、事前抑制システムについての懸念ならびに出版物の分類に関する曖昧かつ過度に広範な基準についての懸念を指摘している。
52.子どもを保護しなければならないという主張は、情報への子どものアクセスのみならずおとなの権利に対する制限をも正当化するために子どもがますます利用されるようになってきているという、新たなパターンの一部となっている。多くの場合、制限は、子どもを有害な情報から保護したいという、真摯なかつ善意に基づく願いに根ざしたものであるが、子どもが差別および検閲を擁護するために利用される場合もある。
53.もっとも憂慮されるのは、子どもを保護しなければならないという主張が、たとえばレズビアン、ゲイ、バイセクシュアルおよびトランスジェンダーに関する問題についての情報へのアクセスを妨げるために、またそれによってセクシュアルマイノリティへの差別を正当化するために利用されていることである。ロシア連邦では、子どもを有害な情報から保護する行政法の改正が2013年7月に施行され、子どもたちの間で「伝統的ではない性的関係を宣伝すること」が違法化された [12]。平和的集会および結社の自由に対する権利に関する特別報告者は、他の委任受託者らとの合同声明で当該法についての懸念を公に表明した。子どもの保護を理由としてロシアの反同性愛者法を正当化しようとする論拠は、欧州人権裁判所によっても、2011年のアレクセイエフ対ロシア事件(Alekseyev v. Russia)において拒絶された。このような批判にもかかわらず、他の国々も追随している。ウクライナでは、2013年、子どもを対象とする「同性愛関係の宣伝」を禁止する法案を議会が検討するべきである旨の勧告が行なわれた [13]。同法案では、「宣伝」は、同性間の関係に関する情報の拡散を目的としたあらゆる公的な活動と定義されている。2014年6月には、キルギスタン議会の人権委員会が、「伝統的ではない性的関係に対する肯定的な態度の形成を目的とした」情報の普及を犯罪化する法案を承認した [14]。
[12] ロシア連邦法第135-F3号(2013年7月29日)参照。
[13] 子どもを対象とする同性愛関係の宣伝の禁止に関する法案第1155号(2011年6月)参照。
[14] 子どもの健康または発達にとって有害な情報からの子どもの保護に関する法案(2014年)参照)。

VI.子どもの表現の自由の促進

54.表現の自由に対する子どもの権利の保護することとは別に、国は子どもの表現の自由を促進する義務も負っている。子どもの表現の自由を保障するためにおとなが組織する音楽、芸術および演劇等の活動への子どもの参加を奨励するだけでは十分ではない。子どもたちは、処罰を恐れることなく、自分たちの意見を口頭またはその他の手段で詳しく述べる、満足に足る機会および空間を持てるべきであり、かつ多様な情報源からの情報に国境を越えてアクセスできるべきである――このことは、すべての子どもに対し、差別なく適用される。このような積極的義務は、公立図書館、音楽指導等の活動および遊び場等の施設のための資金が真っ先に削減されることの多い経済危機の際にも留意されるべきである。子どもたちの表現の自由を積極的に促進するために考えられる方法の若干例を以下に示す。

A.団体を作り、かつ政治に参加する子どもたちの自由の奨励

55.若者市長制から子ども議会に至るまで、子どもたちが政治に参加するための仕組みがますます用意されるようになりつつある。アイスランドでは、財政危機後の2008年、市民による憲法の書き換えを行なうことが合意された。この一環として、憲法改正プロセスで子どもおよび若者の意見も考慮されることを確保する目的で「若者憲法プロジェクト」が設置された。ドミニカ共和国では、学校における安全な飲料水の供給等の問題を扱う自治会評議会が創設され、若者による選挙でその構成員が選ばれている。
56.政治に新たな世代の子どもたちの関与を得ることは、政治文化を刷新し、かつ選挙への参加を増進させるために役立つ。最低投票年齢を16歳に引き下げた国もいくつかあるが、これは、子どもたちの意見の正当性を公的に認め、かつ子どもたちの政治参加を奨励することにつながる前向きな一歩である。あらゆる年齢の子どもたちが、自ら希望するのであれば、公共政策に関する政治的プロセスおよび協議に何らかの形で関与する機会を与えられるべきである。

B.子ども主導型アドボカシーの奨励

57.子どもたちが主導するキャンペーンは、重要な議論を喚起し、かつ社会全体に利益をもたらしてきた。子ども主導型アドボカシーの取り組みを展開する際には学生連合が中心的役割を果たすことが多い。たとえば2011年には、チリの高校生および大学生数千人が法外な教育費負担への抗議を行なった。これらの学生による動員の政治的影響は、チリの教育制度に関して続けられている議論のなかで引き続き感じられている。教育費負担に対する同様の学生による抗議はいくつもの国で行なわれてきた。
58.韓国では、教育制度内の権威主義的慣行に反対する大規模な社会的動員を高校生が進めてきた。生徒によって喚起された公的議論の結果、2012年、ソウル特別市議会は児童生徒権利条例を採択した。これは、とくに生徒の抗議権、体罰の禁止、宗教的活動への参加義務の撤廃ならびにレズビアン、ゲイ、トランスジェンダーである生徒ならびに妊娠した生徒の差別からの保護を確保するものである。この動員の流れで韓国の生徒により結成された韓国青少年権利行動は、引き続き生徒の積極的活動を推進している。
59.英国の13歳の少年は、自分が通う学校の差別的な服装規則(夏期に女子のスカート着用を認めながら男子の短パン着用は認めない)に反対して立ち上がった。クリス・ホワイトヘッドは、男子のスカート着用は禁じていないという、制服に関する学校方針の抜け穴を利用した。仲間の生徒約30名が抗議に加わり、これがきっかけとなって学校は政府に関する方針を見直した。一方、クリス・ホワイトヘッドは自由人権賞候補にノミネートされた [15]。
[15] Lucy Sherrif, "Chris Whitehead, schoolboy who wore skirt to school, up for human rights award", Huffington Post (21 November 2011).
60.インドでは、「児童婚に反対する女子クラブ」ネットワークのメンバーが、若年婚の有害な影響に関する啓発活動を行なうことにより、娘を幼くして婚姻のために手放すことがないよう家族を説得する支援をしている。このような活動は、家族の圧力に抵抗したいと考える女子だけではなく、ジェンダーを基盤とする期待にさからえば娘が排斥されたままになると恐れる親にとっても命綱となっている [16]。
[16] Melanie Kramers, "Indian girls persuade parents they are too young for marriage", Guardian, 29 June 2011.

C.さまざまな情報源からの情報へのアクセスの確保

61.子どもたちが自分自身の意見を形成し、かつ見識および責任のある市民になれるようにするためには、さまざまな情報源からの情報にもアクセスできなければならない。このようなアクセスは、多くの子どもたち、とくに孤立したコミュニティで暮らす子どもおよび自由を奪われた子どもにとっては限られたものとなっている。子どもの権利委員会も、マイノリティ集団にとっての情報のアクセス可能性(情報がこれらの集団のニーズに十分に関連しておらず、またはこれらの集団自身の言語でアクセスできるようになっていない可能性)および障害のある子どもにとっての情報のアクセス可能性の問題を提起してきた。
62.委員会は、「子どもとメディア」に関する一般的討議をもとにまとめられた勧告において、子ども向けの書物、雑誌、演劇その他の形態の表現の制作および普及を確保するための国による予算的支援の重要性および国際協力を通じた援助の重要性を確認している(CRC/C/15/Add.65、パラ256)。コミュニティ放送および公共放送への投資は、多様な情報源からの情報へのアクセスを促進するうえで、また子どもたちの声をメディアに反映させるうえで中心的役割を果たすことが多い。たとえばアルゼンチンでは、通信および視聴覚サービス法により、公共放送機関を対象として、子どもたちのための、および商業放送によって軽視されているその他の層のための番組を放送する時間を確保する義務が定められている。同法の実施の監督を委ねられている公的機関は、通信および視聴覚サービスについて議論するための公聴会(子どもたちを対象とするものを含む)を推進している。また、最近では、生徒が主導して自分たちの学校で行なうラジオ放送活動も支援してきた。さらに、アルゼンチン教育省は、コンテンツ制作への子どもの積極的参加を通じたものも含む、子どもに配慮した教育番組制作の促進を目的としたチャンネルの開設を支援している。

D.メディアの自主規制の促進

63.予算的支援を提供することに加え、国は、メディア団体に対し、子どもたちの取り上げ方および関与のさせ方に関する自主規制を奨励することができる。国際ジャーナリスト連盟は子どもに関連する問題についての報道に関する指針案および原則案を策定してきたが、これは70か国のジャーナリズム団体によって採用されている。これには、ステレオタイプの使用および子どもが登場する話のセンセーショナルな提示を回避することについての規定も含まれている。
64.子どもたちはメディアへの参加権も有しており、刊行物のなかには完全に子どもたちによって運営されているものもある。前述の一般的討議をもとにまとめられた勧告で、子どもの権利委員会は、メディアに対する子どもたちの参加権を促進しながら、生徒はメディアとの関わりおよびメディアの活用を参加型の方法で実践し、かつ広告を含むメディアのメッセージの解読方法を学習できるようにされるべきであると主張している(CRC/C/15/Add.65、パラ256)。

VII.子どもたちによるインターネットへのアクセス

65.インターネットは、世界のすべての地域に住む子どもたちおよびおとなの、迅速かつ安価にコミュニケーションをとる能力を劇的に向上させてきた。そのためインターネットは、子どもたちが表現の自由に対する権利を行使するための重要な手段のひとつであり、また子どもたちが他の権利(教育、結社の自由ならびに社会的、文化的および政治的生活への全面的参加に対する権利を含む)を主張するのに役立つツールになりうる。インターネットはまた、子どもたちを含むすべての市民の関与が必要とされる開かれた民主的社会の発展にとっても不可欠である。しかし、インターネットの規制をめぐる議論では、子どもによるインターネットへのアクセスと関連した潜在的リスクについても突出した形で取り上げられ、保護のための政策において、インターネットが有するリスクにもっぱら焦点が当てられて、インターネットが子どもたちのエンパワーメントにつながる潜在的可能性は見過ごされる傾向がある。さらに憂慮されるのは、子どもを保護したいという真の思いからか、または検閲の隠れみのとしてかにかかわらず、比例性および有効性を欠いた措置(すべての人を対象としてオンライン上のコミュニケーションを阻害する、広範で配慮を欠いたフィルタリングおよびブロッキングのシステムなど)を利用する国もあることである。
66.インターネットが広がったことにより、数百万人の人々が前例のない規模で学習、発信およびコミュニケーションをすることができるようになった。インターネットは、学校における双方向的利用の可能性およびそこで利用可能とされる広範囲の情報を通じ、大いなる教育的利益を提供しうる。たとえばウルグアイの「プラン・セイバル」(Plan Ceibal)は、教育制度を通じてインターネットへのアクセスを促進する注目すべき実例である。より具体的には、子どもの権利委員会が提案するように、インターネットは、通学することのできない子どもたちに対し、インターネットに依拠した移動学校プログラムを通じて教育を提供できることから、教育において重要な役割を果たす(CRC/C/GC/11、パラ61)。
67.インターネットはさらに、若者が公の議論に参加するための他に例のない経路となる。たとえば米国では、17歳の少年が、学校で同性愛について話し合うことを教師に禁ずる法案に抗議するためのツイッター・キャンペーンを組織したという [17]。
[17] Shira Lazar, "Is it okay to say gay? Devon Hicks protests Tennessee bill", Huffington Post, 25 May 2011.
68.ソーシャルネットワーキングサイトも、人間関係を育み、かつ情報交換および交流を容易にする手段として、子どもたちにとってますます重要なものとなっている [18]。子どもたちの報告によれば、ソーシャルネットワーキングは、創造性を助長し、仲間の好みを参考にした選択および意見形成を可能にし、議論を促進し、かつオフラインでは利用できない自己表現の場を提供してくれるものである [19]。これらのサイトは、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルおよびトランスジェンダーのコミュニティなど、このような場がなければ孤立感を覚えるかもしれないマイノリティ集団のメンバーにとってとりわけ重要な役割を果たす可能性がある [18]。
[18] UNICEF Innocenti Research Centre, Child Safety Online: Global Challenges and Strategies (May 2012).
[19] Child Exploitation and Online Protection Centre, Understanding Online Social Network Services and Risks to Youth: Stakeholder Perspectives (2006).
69.とはいえ、インターネットの利用には子どもたちにとって若干のリスクがともなうのも事実である。インターネットの利用に関連するリスクとして広く認知されているものには、ポルノグラフィ―的資料にさらされること、ネット上での性的勧誘およびネットいじめなどがある。
70.たとえば性的搾取の場合、テクノロジーの進歩(インターネット接続の高速化や、インターネットサービスプロバイダを迂回する新たな資料伝達方法を含む)により、児童虐待をともなう画像の共有が容易にされてきた。ネット上での性的勧誘にもインターネットが用いられているが、現在では、性的虐待を行なう目的で子どもまたは若者と「仲良く」なり、オンライン上で性的接触を図ることまたは実際に会うことがその目的となっている [18]。犯罪者は、このような目的で、チャットルーム、ソーシャルネットワーキングサイトおよびインスタントメッセージのようなオンライン上のフォーラムを利用することが多い。これにより「伝統的なプライバシーの境界が解体され」、子どもたちがリスクにさらされる結果が生じている [18]。最後に、最後に、ネットいじめとは、情報通信技術を通じておとなまたは他の子どもが行なう心理的いじめおよびいやがらせと理解されている。ネットいじめは、脅迫および威嚇、いやがらせ、ネットストーキング、中傷および名誉毀損、排除または仲間からの拒絶、なりすまし、私的な情報または画像の勝手な公表ならびに自分の思い通りに行動させようとすることなど、さまざまな形態をとりうる。これは、ただでさえ社会のなかで弱い立場にあると考えられている集団にとってはとりわけ問題である [18]。

A.比例性を欠いた制限が採用されることについての懸念

71.インターネットはすべての子どもにとって危険であるという一般的な恐怖心は誤解につながりやすく、インターネットは特定の状況下で有害にも有益にもなりうるという現実を過度に単純化している。オンライン上のリスクに対する子どもたちの脆弱性をより幅広い社会的・文化的視点から理解することにより、これらの懸念がどのような性質のものであり、かつそれをどのように捉えるべきかについて、より深い知見を得ることが可能である。子どもたちによるインターネットの利用状況、その行動およびリスクに対する脆弱性は年齢によって異なり、かつ個々の子どもによっても変わってくる。保護のための措置は、子どもおよびおとなに同様に悪影響を与える絶対的ブロックまたは検閲の措置を利用するのではなく、子どもたちの発達しつつある能力を認めようとするものでなければならない [18]。
72.平和的集会および結社の自由に対する権利に関する特別報告者はかつて、インターネットに対する制限が増えていることを懸念とともに指摘していた。たとえば、活動家および批判者を標的にして沈黙させ、かつ合法的表現を犯罪化する目的でオンライン上の活動のブロックおよび監視を行なうことなどである――一部には、政府がそのような措置を正当化するために制限的法律を制定したケースもある(A/HRC/17/27、パラ23参照)。このような制限は透明性を欠く形で課されることが多いため、検閲問題の報告が困難になる。さらに、たとえ若干の水準の制限は正当化される場合があるとしても、不法な内容以外の資料を一括して禁ずることは保護という目的との関係で比例性を欠く(前掲、パラ44)。それどころか、そのような措置は、表現の自由に対するおとなの権利を過度に制限してしまうことから、オンライン上のリスクに関する議論を抑止することで子どもたちをいっそう危険な状況に置いてしまうことに至るまでの、意図しない影響ももたらす。
73.特別報告者は、親および学校当局が、インターネットへの子どものアクセスを管理するためのソフトウェアを利用し、かつオンライン上の安全について子どもたちを指導することができる場合、国の関係機関による全面的禁止は必要とされないと指摘している(A/HRC/17/27、パラ27参照)。それどころか、国の関係機関がそのような広範な禁止を決定することは、インターネットへの子どものアクセスに関する判断権を親および養育者が行使することの妨げとなるので、子どもの権利条約第18条と両立しない。加えて、自主規制戦略に関してコンテンツ提供者を援助するためのプロジェクトもいくつか進行中である。
74.子どもたちによるインターネットの利用状況に関する理解が限られているために、子どもの保護を目的とした、より制限的なアプローチがしばしば採用される [20]。実のところ、子どもおよび若者の圧倒的多数は、オンライン上の自分たちの振舞いが被害または危害につながるとは考えていない。子どもたちはすでにインターネットから身を守るためのさまざまな戦略を活用しており、これにはオンラインまたはオフラインの友人に相談すること、望まないコンテンツをブロックしまたは無視すること、プライバシー設定を変更することなどが含まれる [18]。調査によれば、親および教師がインターネットのことをよく知らない場合に、子どもたちはオンライン上でよりリスクの高い振舞いをすることが明らかになっている [20]。逆に、親が十分な情報を得ており、積極的に関与しようという姿勢を有しており、かつインターネットおよび自分の経験について子どもたちと話し合うことこそ、より安全なオンライン経験を確保するためのもっとも強力な保護措置であることも、証拠により示唆されているところである [18]。このことは、親および養育者がとる措置のほうが、広範な制限を課すことに傾斜する現在の傾向よりも、子どもたちを保護するうえでより効果的であることを示唆していると思われる。
[20] Sonia Livingstone and Monica E. Bulger, "A global agenda for children's rights in the digital age: recommendations for developing UNICEF's research strategy" (September 2013).

B.インターネットの利用に関する子どもたちのエンパワーメント

75.インターネットを含む情報通信技術が、安全も促進しつつ子どもたちの権利および発達を促進するような方法でこれらの技術を活用できるように子どもたちのエンパワーメントを図るという観点から規制されかつ監視される環境をつくっていく必要がある(CRC/C/GC/13参照)。欧州委員会による「子どもたちのためのインターネットの改善に関する欧州戦略」は、オンラインにおける子どもたちの安全を向上させるための戦略の有益な実例である [21]。ただし、エンパワーメントとは、インターネットを子どもたちにとってより安全な空間にするというだけの話ではない。インターネットがどのように情報アクセスツールおよび子どもたちの批判的思考を支援するツールとなっているかという点に注意を向けることも必要である。
[21] Brian O'Neill, "Policy influences and country clusters: a comparative analysis of Internet safety policy implementation" (London School of Economics, 2014) も参照。
76.子どもたちのエンパワーメントには、子どもの発達しつつある能力を念頭に置きながら子どものインターネット利用を支援するための、親を対象とした訓練および子どもとともに働く専門家を対象とした訓練が含まれなければならない [18]。オンライン上の安全および子どもの発達にとって有益な情報を紹介する積極的方法のひとつは、情報通信技術に関する学校方針の策定に子どもたちの関与を得る等のやり方も含め、学校カリキュラムを通じてそれを行なうことである。非政府組織および公共通信(ラジオなど)は、学校に行っていない子どもたちに対して同様の支援を提供することができる [16]。子どもの安全を確保するための取り組みの例をいくつか挙げるとすれば、「セイファーネット・ブラジル」、「スロバキア・セイファーインターネット・センター」、ベネズエラ・ボリバル共和国の「マノス・ポル・ラ・ニニェス・イ・アドレッセンシア」(子ども・青少年のための手)などがある。
77.インターネット上の保護およびインターネット利用促進のための戦略を策定する際には、子どもたちのニーズを満たし、かつ子どもたちがすでに用いている多様な知的戦略および創造的戦略を活用するために子どもたちの関与を得ることが、とくに子どもおよび若者は最新技術にいっそう親しんでいる傾向があるだけに、重要である。このような関与戦略は、信頼関係の構築および開かれたコミュニケーションの奨励にも役立ちうる。子どもの権利委員会は、すべての国が、保護のための子どもにやさしいヘルプラインをともなった、アクセスしやすく子どもにやさしい通報制度を設置するよう勧告している(CRC/C/GC/12、パラ120参照)。

C.調査研究の拡大

78.子どもの権利の行使におけるインターネットの役割を明らかにするためには、とくに、子どもがインターネットをどのように利用しているか、子どもはインターネットの安全な利用法をどのように学習しうるか、および、どのようにすれば親、養育者および国はインターネットを破壊的なツールではなく肯定的なツールとしてとらえられるかということとの関連で、いっそうの調査研究が実施されなければならない。また、インターネットについて現在行なわれている利用制限を注意深くかつ批判的に検討することにより、子どもおよびおとなにとっての潜在的悪影響を明るみに出し、インターネット上の安全に関わる懸念の実際的解決策を奨励し、かつインターネットにおける子どもたちのための機会を最大化することも重要である。

VIII.結論および勧告

79.表現の自由に対する子どもの権利は、すべての子どもの権利の保護にとって画期をなした子どもの権利条約を含む国際人権条約によって十分に確立された権利である。実際上、子どもたちを権利の全面的主体として承認すること――条約に掲げられた理念――は、法律、政策および態度の転換を必要とする。表現の自由に対する子どもの権利を尊重し、保護しかつ促進することは、このような転換の中核である。
80.世界人権宣言と市民的および政治的権利に関する国際規約は、第19条で表現および意見の自由に対する権利を定めているが、この権利を享有するのはもっぱらおとなであるとは述べていない。それどころか、規約前文では、国際連合憲章において宣明された原則にしたがい、人類社会のすべての構成員の固有の尊厳および平等のかつ奪いえない権利を認めることが世界における自由、正義および平和の基礎をなすものであると定められている。前文ではまた、これらの権利がすべての者に固有の尊厳に由来するものであることも認められている。
81.子どもの権利条約が世界のほぼすべての国によって批准されたにもかかわらず、表現の自由に対する子どもの権利を実効あらしめるためにとられた措置はあまりにも少なく、子どもたちにとってのこの権利の実現を妨げる多くの障壁が依然として残っている。学校および家庭では、異議を申し立てられないままの権威主義的な態度がおとなと子どもとの関係を形づくっていることが多い。より憂慮されるのは、通信技術の進展とともに一部の国が表現の自由に対する比例性を欠いた制限を採用し、それを、実質的に子どもおよびおとなの権利を制限するものでありながら、子どもたちを危害から保護するための措置として打ち出していることである。
82.国が子どもたちを保護する基本的義務を負っていること、および、子どもに指導を行なうのがおとなの義務であることは明らかである。しかし、子どもの保護と表現の自由を対立する目標として扱ってはならない。逆に、子どもたちが優れたコミュニケーションスキルを発達させ、かつ新たなテクノロジーの積極的活用を学べるよう支援することによってこそ、危害から身を守る子どもたちの能力を増進させることができるのである。
83.子どもたちはおとなと同じ成熟度に達していないかもしれないが、子ども時代とは変化のプロセスであり、その過程で成熟が徐々に進んでいく。意見を発展させかつ明確に表現する能力は、人生の最初期の段階から開始される学習プロセスより生じるものであり、当該プロセスの完遂のためには適切な尊重および奨励が必要である。子どもを危害から保護する義務の懈怠が重大なリスクをもたらすとすれば、子どもたちがその精神、批判的思考および意見を発達させる余地を否定することも同様の結果につながる。特定の事柄に関する情報を奪い、かつ公的議論への参加を禁止することは、子どもたちの孤立および政治的疎外を強化させるだけになりかねない。子どもが意見を聴かれる権利を行使できるようにすることは、義務であるだけに留まらず、保護措置の有効性の増進にとってもきわめて重要なのである。
84.国は、あらゆる公共政策の最前線に子どもの最善の利益という目標を据え続けることをけっして忘れてはならない。これには、子どもたちを危害から保護するための規制の規範を確立することとともに、同時に、すべての規範において表現の自由に対する権利に関連する国際基準が遵守されるようにすることが含まれる。
85.特別報告者は、各国が次に掲げる措置をとるよう勧告する。
子どもの表現の自由に対する不当な制限を撤廃する目的で法令および政策を見直すこと
86.国は、国際人権基準との一致を図る目的で、子どもの自己表現の権利および情報へのアクセス権を制限する国内法令および国内政策を改正するべきである。おとなまたは子どもの表現自由を制限するいかなる法律においても、この権利の制限について確立されている3つの基準、すなわち曖昧さのない法律による規定、正当な目的の追求ならびに必要性および比例性の原則の尊重も遵守されなければならない。
87.国は、放送活動、インターネットおよび他のあらゆるメディアにおける子どもの保護についての法令を注意深く改正するべきである。たとえば、放送活動における子どもの保護のための番組類別制度は受け入れられるが、いかなる特定の表現についても、それが公表される前に事前検閲の対象とすることは受け入れられない。通信に関する規則の執行権限を与えられた機関の独立性は、政治的および経済的干渉から保護されるべきである。
88.国は、子どもの主体性の促進において学校が中心的位置を占めることに鑑み、教育制度における権威主義的な規範および実践を取り除くことに特段の注意を払うべきである。
表現の自由に対する子どもの権利を促進すること
89.国は、表現の自由に対する子どもの権利(情報へのアクセスを含む)をあらゆる場面で積極的に促進するべきである。家庭、学校および社会一般を含むあらゆる領域で見られる、子どもたちへの伝統的な権威主義的態度に異議を申し立ててもよい。とくに国は、子ども主導の活動のための回路の創設に注意を払うべきである。
90.国は、子どもたちが学校で多様なコミュニケーション形態(口頭、文書およびあらゆる形態の芸術を含む)を用いることを奨励するべきである。学校カリキュラムにおいて、社会的コミュニケーション、メディアおよびジャーナリズムについての知識を伝達することが求められる。
91.国は、異なる年齢層の子どもを対象とした教育的および娯楽的内容を有する番組づくりならびに内容を子どもたちが制作する番組づくりを促進するべきである。
インターネットへのアクセスおよびオンライン上の安全を促進すること
92.国は、あらゆる場面で子どもたちによるインターネットへのアクセスを促進するために積極的措置をとるべきである。教育制度において、子どもが有するすべての権利(とくに表現の自由に対する権利、公的生活に参加する権利および教育に対する権利)の促進におけるインターネットの中心的役割を考慮することが求められる。インターネットを、否定的なまたはその他の点で危険な媒体と見なすのではなく、肯定的な――個々の子どもおよび社会全体にとっての利益を有する――資源として捉え直すための努力が行なわれるべきである。たとえば、すべての社会的出身の子どもにとって、インターネットは書籍にアクセスするための優れた手段となる。
93.国は、子どもたちの安全を脅かすインターネットのリスクに対し、オンライン上の危害から身を守るための利用者の能力の増進を含むホリスティックな戦略を通じて対応するべきである。戦略には、親を対象とする訓練および子どもとともに働く専門家を対象とする訓練を含めることが求められる。オンライン上の安全の促進を目的とした取り組みの立案および実施には、子どもたちの積極的関与を得るべきである。インターネットが子どもたちの生活に及ぼす影響についても、さらなる調査研究が必要とされる。
表現の自由に対する子どもの権利への国際的関心を高める
94.表現の自由に対する子どもの権利の侵害に対し、すべての国際人権保護機構によって常に注意が払われるべきである。とくに子どもの権利委員会は、各国に対する勧告のなかで第13条および第17条を組織的に取り上げていくことができる。


  • 更新履歴:ページ作成(2015年4月10日)。