総括所見:イラク(第1回・1998年)


CRC/C/15/Add.94(1998年10月26日)
原文:英語(平野裕二仮訳)

1.委員会は、1998年9月23日および24日に開かれた第482回~第484回会合(CRC/C/SR.482-484) においてイラクの第1回報告書(CRC/C/41/Add.3) を検討し、以下の総括所見を採択した(注)。
  • (注)1998年10月9日に開かれた第505回会合において。

A.序

2.委員会は、締約国の第1回報告書および事前質問事項(CRC/C/Q/IRAQ/1) への文書回答の提出を歓迎する。委員会は、にもかかわらず、報告書が委員会によって定められたガイドラインにしたがっていないことを遺憾に思うものである。委員会は、締約国代表団との間に持った建設的対話および議論の過程で代表団から受け取った回答に留意する。

B.積極的な側面

3.委員会は、条約が締約国において自動執行力を有しており、かつその規定が裁判所において援用できることに留意する。
4.委員会は、子どものための国家的行動計画が作成されたことに留意するとともに、家族計画連盟および保健省によってリプロダクティブヘルスのためのプログラムが実施されていること、および、中央統計局内に母子部が設置されたことを歓迎する。委員会はまた、締約国において義務教育が導入されていることおよび非識字と闘うプログラムが開発されたことも歓迎するものである。

C.条約の実施を阻害する要因および困難

5.経済的、社会的および文化的権利に関する委員会が採択した一般的意見8号(1997年)および差別防止および少数者保護に関する小委員会の決定1998/114に照らし、委員会は、安全保障理事会が科している禁輸措置によって経済および日常生活の多くの側面に悪影響が生じており、したがって締約国の住民、とくに子どもによる、生存、保健および教育に対する権利の全面的享受が阻害されていることに留意する。委員会はまた、現在、北部の領域が締約国当局の統治下にないことにも留意するものである。その結果、当該地域における子どもの権利条約の実施についての情報が存在しないことは、委員会の懸念の対象である。

D.主要な懸念事項および委員会の勧告

6.委員会は、締約国が条約の批准時に第14条1項に留保を付したことに、懸念とともに留意する。ウィーン宣言および行動計画(1993年)に照らし、委員会は、締約国に対し、留保を撤回の方向で見直す可能性を検討するよう奨励するものである。
7.締約国が立法上の枠組みを相当に発展させてきていることには留意しながらも、委員会は、条約の規定および原則が全面的に法律に反映されていないことをなお懸念する。委員会は、締約国が、たとえば条約との全面的両立性を確保する目的で子ども法を制定することにより、必要な場合に法改正プロセスに携わるためのあらゆる適切な措置をとるよう勧告するものである。
8.委員会は、条約が対象とするあらゆる領域において法執行を強化する必要があることを懸念する。委員会は、締約国が、十分なサービス、救済およびリハビリテーション・プログラムを通じて現行法の執行および実施を保障するような多くの政策およびプログラムを、適切な場合には国際協力の枠組みにおいて導入することを検討するよう、提案するものである。
9.条約の実施を担当する機関である子ども福祉庁が政府の最高レベルで支持を得ておりかつ大統領府に設置されていることには留意しながらも、委員会は、その権限が限られていることを依然として懸念する。委員会は、締約国が、同庁の予算配分額ならびに条約を実施するためのその権限および権威を増大させることにより、子ども福祉庁の強化に努めるよう勧告するものである。
10.プログラムおよび政策の調整に関して、委員会は、子どもとともにおよび子どものために活動しているさまざまな機関のあいだの調整が不十分であることを懸念する。委員会は、国および地域のレベルの双方で子どもの権利に関与しているさまざまな政府機関間の調整を強化するため締約国がさらなる措置をとること、および、子どもの権利の分野で活動している非政府組織とのより緊密な協力を確保するためさらなる努力を行なうことを、勧告するものである。
11.委員会は、条約に基づく権利の侵害に関する子どもからの苦情を登録しかつそれに対応する独立した機構が存在しないことに懸念を証明する。委員会は、その権利の侵害の苦情を処理しかつそのような侵害に対する救済を提供する独立した機構に子どもがアクセスできるようにすることを勧告するものである。
12.中央統計局内に母子部が設置されかつ拡大されたことには留意しながらも、委員会は、子どもに関わって達成された進展を監視しおよび評価しならびに子どもに関わってとられた政策の影響を評価することを目的として、あらゆる集団の子どもとの関連で、条約が対象とする領域に関する指標を発展させかつ細分化された量的および質的データを体系的に収集するための十分な措置がとられていないことを、なお懸念する。委員会は、条約が対象とするすべての領域を編入することを目的として、データ収集システムを見直すよう勧告するものである。そのようなシステムは、あらゆる子どもをその対象としつつ、虐待または不当な取扱いの被害を受けた子ども、働いている子ども、少年司法の運営の対象となった子ども、女子、ひとり親家庭の子どもおよび婚外子、遺棄されかつ(または)施設措置された子どもならびに障害のある子どもを含む、脆弱な立場に置かれた子どもをとくに重視するようなものであるべきである。委員会は、締約国が、そのようなデータ収集システムの発展に際してとくにユニセフの技術的援助を求めることを検討するよう、勧告する。
13.条約第4条に照らし、委員会は、子どものための予算資源を「利用可能な資源を最大限に用いて、かつ必要な場合には国際協力の枠組みのなかで」配分することに対して向けられた注意が不十分であることを懸念する。委員会は、締約国に対し、とくに条約第2条、第3条および第4条を考慮にいれて、子どもの経済的、社会的および文化的権利の保護を確保するための予算配分を優先するよう勧告するものである。これとの関連で、委員会はまた、締約国が都市部と農村部との間および諸県間の格差を解消するよう努めることも勧告する。
14.委員会は、専門家集団、子どもおよび公衆一般が条約およびその原則について十分に認識していないことに留意する。委員会は、条約の原則および規定がおとなおよび子どもの間で同様に広く知られかつ理解されることを確保するため、さらなる努力を行なうよう勧告するものである。これとの関連で、条約をあらゆるマイノリティの言語に翻訳するよう努力を行なうことが勧告される。委員会はまた、裁判官、弁護士、法執行官、軍の士官および兵員、教職員、学校管理者、心理学者を含む保健従事者、ソーシャルワーカー、中央または地方の行政職員ならびに子どもをケアする施設の職員のような、子どもとともにおよび子どものために働く専門家集団を対象として、子どもの権利に関する、かつ国際人権法および国際人道法の領域における、体系的な研修および再研修プログラムを組織することも勧告するものである。非政府組織、マスメディアおよび子ども自身を含む公衆一般を対象とした条約の原則および規定の体系的普及が強化されるべきである。委員会は、締約国が条約を学校および大学のカリキュラムに編入するよう提案する。これとの関連で、委員会はまた、締約国が、とくに国連人権高等弁務官事務所、国際赤十字委員会およびユニセフの技術的援助を求めることを検討するようにも、提案するものである。
15.条約の規定および原則、とくに子どもの最善の利益(第3条)ならびに生命、生存および発達に対する権利(第6条)の両原則に照らし、委員会は、軍隊への志願入隊に関する法定最低年齢が低いことを深く懸念する。委員会は、締約国が、国際人権法および国際人道法に照らし、軍隊への志願入隊に関する法定最低年齢を引き上げるよう勧告するものである。
16.委員会は、締約国が、子どもに関わる立法、行政上および司法上の決定または政策およびプログラムにおいて、条約の規定、とくに第2条(差別の禁止)、第3条(子どもの最善の利益)、第6条(生命、生存および発達への権利)および第12条(子どもの意見の尊重)に反映された一般原則を全面的に考慮にいれていないように思えることに、懸念を表明したい。条約の一般原則が、政策および意思決定の指針となり、かつ、あらゆる法改正ならびに司法上および行政上の決定、ならびに、子どもに影響を与えるあらゆる事業およびプログラムの開発および実施において適切に反映されることを確保するため、さらなる努力が行なわれなければならないというのが委員会の見解である。
17.委員会は、締約国で主流となっている福祉政策および福祉実務が、条約に掲げられた権利基盤アプローチを十分に反映していないことを懸念する。これとの関連で、委員会はまた、差別の禁止の原則(第2条)が憲法その他の国内法に反映されていることに留意するものである。しかしながら委員会は、国民的または民族的出身、政治的その他の意見および障害に基づく差別が国内法において明示的に禁じられていないことを懸念する。イラクの立法は性別に基づく差別を禁じているが、委員会は、実際には、とくに相続権および教育への権利に関して男女間になお格差があることを懸念するものである。委員会は、締約国に対し、社会のあらゆるレベルで差別の禁止を確保しかつ男女平等を奨励するため、立法措置を含むあらゆる適切な措置をとるよう奨励する。これとの関連で、委員会はさらに、とくに農村部における女子の就学を確保し、かつとくに義務教育期間における女子の脱落率を減少させるため、追加的な措置をとるよう勧告するものである。
18.委員会は、子どもの参加権に関して懸念を表明する。委員会は、締約国に対し、条約の促進および実施において積極的な役割を果たすことを子どもに奨励するよう、促すものである。委員会は、イラク学生青年全国連盟のような非政府組織が条約の促進においてより重要な役割を与えられるよう提案する。
19.委員会はさらに、市民権に関する締約国の立法に照らし、子どもは父が知れない場合または無国籍である場合を除いてイラク人である父の国籍しか取得できないことを、懸念する。委員会は、イラク国籍の取得が条約の規定および原則、とくに第2条、第3条および第7条に照らして決定されることを保障するため、国内法を改正するよう勧告するものである。
20.条約第19条に照らし、委員会は、体罰が国内法で明示的に禁じられていないことに懸念を表明する。委員会は、締約国が、社会のあらゆるレベルで体罰を禁止することを目的として、立法措置も含むあらゆる適切な措置をとるよう勧告するものである。委員会はまた、代替的形態のしつけおよび規律の維持が、子どもの人間の尊厳に一致する方法で、かつ条約、とくに第28条2項にしたがって行なわれることを確保するため、意識啓発キャンペーンを行なうことも提案する。
21.委員会は、家庭の内外における不当な取扱いおよび虐待(性的虐待を含む)について意識が不十分であり、情報が欠如しておりかつ社会の態度に問題があること、法的保護措置が不十分であること、適切な資源が財政的にも人的にも不十分であること、および、そのような虐待を防止しかつそれと闘うための十分な訓練を受けた人材が存在しないことを、懸念する。条約第19条に照らし、委員会は、締約国が、不当な取扱いおよび虐待に関する研究を行ない、かつ、とくに伝統的な態度を変えることを目的として十分な措置および政策を採択するよう勧告するものである。また、家庭内の性的虐待を含む子どもの虐待および不当な取扱いの事件が適切に調査され、加害者に対して制裁が科され、かつ、子どものプライバシーへの権利の保護を正当に考慮しつつそのような事件において行なわれた決定を広報することも、勧告されるところである。法的手続において子どもに支援サービスを提供すること、条約第39条にしたがい、強姦、虐待、ネグレクト、不当な取扱い、暴力または搾取の被害者が身体的および心理的に回復しかつ社会的に再統合できるようにすること、および、被害者が犯罪者として取り扱われかつスティグマ(烙印)を付与されることを防止することを確保するため、さらなる措置がとられるべきである。
22.委員会は、子どもの健康状況が悪化していること、とくに乳幼児死亡率が高くかつ上昇していることおよび栄養不良が長期的かつ深刻であることに、重大な懸念とともに留意する。このような状況は、母乳育児の貧弱な実践および共通小児疾病によってさらに悪化している。委員会は、締約国に対し、母乳育児の実践を促進しかつ向上させるための包括的政策およびプログラムを発展させること、とくに脆弱なおよび不利な立場に置かれた子どもの栄養不良を防止しかつこれと闘うこと、ならびに、小児疾病統合管理および子どもの健康の向上のためのその他の措置に関してとくにユニセフおよびWHOから技術的援助を受けることを検討するよう、奨励するものである。
23.委員会は、10代の妊娠、中絶、自殺、暴力および有害物質の濫用に関するものも含め、青少年の健康に関するデータが存在しないことをとくに懸念する。委員会は、締約国が、青少年の健康に関する政策ならびにリプロダクティブヘルスに関する教育およびカウンセリング・サービスの強化を促進するよう勧告するものである。委員会はさらに、青少年の健康上の問題に関して包括的かつ学際的な研究を行なうよう提案する。委員会はまた、青少年のための、子どもにやさしい予防、ケアおよびリハビリテーションの便益を発展させるため、財政的にも人的にもさらなる努力を行なうようにも勧告するものである。
24.委員会は、子どもも含む障害者のための施設およびサービスの利用可能性に関して懸念を表明する。障害者の機会均等化に関する基準規則(総会決議48/96)に照らし、委員会は、締約国が、障害を予防するための早期発見プログラムを発展させ、障害児の施設措置に代わる措置を実施し、障害児に対する差別を減少させるための意識啓発キャンペーンを構想し、障害児のための特別教育プログラムを確立し、かつ、普通学校制度および社会へのそのインクルージョンを奨励するよう、勧告するものである。委員会はさらに、締約国が、親ならびに子どもとともにおよび子どものために働く専門職員の訓練のための技術的協力を求めるよう勧告する。この目的のため、とくにユニセフおよびWHOからの国際協力を求めることも可能である。
25.締約国における最近の経済状況に照らし、委員会はまた、労働に従事するため時期尚早にも関わらず退学する子ども、とくに女子の人数が多いことも懸念する。委員会は、教育へのアクセスを平等にし、子ども、とくに女子に対して学校に留まるよう奨励し、かつ早期に労働力に加わることを抑制するため、あらゆる適切な措置をとるよう勧告するものである。
26.委員会は、子どもの経済的搾取がここ数年で劇的に増加したこと、および、自分自身および家族を支える目的で働くためにときには幼くして退学する子どもの数が増えていることに、懸念とともに留意する。これとの関連で、委員会はまた、義務教育が修了する年齢(12歳)と就業に関する法定最低年齢(15歳)との間に乖離が存在することも懸念するものである。委員会は、問題の原因および規模を特定するため、締約国における児童労働(危険な労働への子どもの参加も含む)に関わる状況について調査を行なうよう勧告する。子どもを経済的搾取から保護する立法は、インフォーマル労働部門も対象とすべきである。委員会はさらに、締約国が、義務教育が修了する年齢を引き上げて法定最低就業年齢と一致させることを検討するよう提案する。
27.委員会は、路上で暮らしかつ(または)働いている子どもの状況に、とくにそれが経済的および性的搾取に関わるがゆえに、懸念とともに留意する。これとの関連で、委員会は、締約国に対し、防止措置ならびにこのような子どものリハビリテーションおよび再統合を確保するための努力を増大させるよう奨励するものである。
28.締約国が行なっている努力は考慮にいれながらも、委員会は、地雷に関わる状況および地雷が子どもの生存および発達に対してもたらしている脅威に、懸念とともに留意する。委員会は、地雷の危険性について親、子どもおよび公衆一般を教育すること、および、地雷の被害者のためのリハビリテーション・プログラムを実施することの重要性を強調するものである。委員会は、締約国が、国連諸機関からのものも含む国際協力の枠組みのなかで、地雷に関わる状況を再検討するよう勧告する。委員会はさらに、締約国が、対人地雷の使用、貯蔵、生産および移譲の禁止ならびに廃棄に関する条約(1997年)に加盟するよう提案するものである。
29.委員会は、少年司法の運営に関わる状況について、かつ、とくにそれが条約および他の関連の国連基準と両立しないことについて、懸念する。委員会は、締約国が、条約、とくに第37条、第40条および第39条、ならびに少年司法の運営に関する国連最低基準規則(北京規則)、少年非行の防止に関する国連指針(リャド・ガイドライン)および自由を奪われた少年の保護のための国連規則のようなこの分野の他の国連基準の精神にのっとり、少年司法制度を改革するために追加的な措置をとることを検討するよう勧告するものである。自由の剥奪は最後の手段としてかつ可能なもっとも短い期間でのみ考慮すること、自由を奪われた子どもの権利を保護すること、法の適正手続ならびに司法の完全な独立および公平性に対し、特段の注意を払うことが求められる。少年司法制度に関与する専門家を対象として、関連の国際基準に関する研修プログラムが組織されるべきである。委員会は、締約国が、少年司法における技術的助言および援助に関する調整委員会を通じ、とくに国連人権高等弁務官事務所、国際犯罪防止センター、少年司法国際ネットワークおよびユニセフの技術的援助を求めることを検討するよう、提案する。
30.最後に、委員会は、条約第44条6項に照らし、締約国が提出した第1回報告書および文書回答を公衆一般が広く利用できるようにし、かつ、関連の議事要録および委員会が採択した総括所見とともに報告書を刊行することを検討するよう勧告する。そのような文書は、政府および関心のある非政府組織を含む公衆一般のあいだで条約ならびにその実施および監視に関する議論および意識を喚起するため、広く配布されるべきである。


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最終更新:2012年05月28日 15:37