やっと…やっと2月になる……
  会いたかった。夢に見て涙を流したこともあった。やっと…アイツに会える。
  アイツはあの口調でまた俺に叫ぶのだろうか?甘んじて受けよう。
  牡丹と別れるのも辛い…だがそれでも、胸の高鳴りを抑えることが出来なかった。
  けど、アイツに涙を見せたら駄目だ。最後まで泣いちゃダメだ……


「はぁ…如月様は良いですねぇ……」
  暖房器具の弱い上、隙間風の吹きつけるボロアパートの一室で、部屋の中でも水が凍りそうな寒さの中、ポツリと牡丹が漏らす。明らかにその寒さは、天井に開いた二つの大穴が原因だろう。
  別れまで後数分に控えた彼女は、お茶をすすって一息つく。交代のために下ろした髪をいじりつつ、こちらを見つめてきた。
「私だって……嫉妬しちゃいます」
  冗談ぽく告げて、またお茶をすすると次は無言で見つめてくる。大きな目と整った顔を見つめていると何か引き込まれそうで、少し目を逸らし、言い返す。
「俺だってお前と別れるのは辛いんだぜ?」
  その言葉に少し意外そうに眉を上げ、でもすぐに不満そうに言い返してきた。
「うそ…だって、星霜様、こんなにも落ち着きが無いじゃないですか…」
  彼女は、俺の手を…否、脈を採り、そのまま手を握られる。ッドキリと心拍数が跳ね上がり、顔が赤くなったのを笑うと…手を握ったまま、会話を続けた。
「……星霜様…あなた様は如月様だけでなく、皆に優しいです…ですが、お忘れなきよう、私たちは複数ですが一人なのですから…」
「それって…」
  その真意を正そうと口を開くが、人差し指を当てられ、続きを言う前に、彼女が笑いながら告げた言葉が、すべてを頭から吹き飛ばした。
「あと、少しでお別れです、来年があれば、よろしくお願いしますね…」
  奇妙なもの言いだったが、気にする前にあいつの事が頭から離れなくなっていた。
「では、お体をお大事に……」
  目を瞑り、次に開く瞬間。俺は彼女を抱きしめていた。
「ちょっとぉ苦しいよぉ…」
抱きしめる胸元から、声が零れる。その声は懐かしく、幾度も夢を見た声と重なった。彼女が見開く瞳は、他の誰にも無い不思議な輝きがあって、思わず魅入ってしまう
「ただいま、おやおや~もしかして泣いてるぅ?」
「あのなぁ…1年ぶりの再会なんだから、泣いたって良いだろうが……」
  答え、泣くのをギリギリの涙目で堪えながら、ちょっと体を離すと、頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
  その動きに身を任せてくれた彼女は、ゆっくりと俺を見上げ、抱き合う至近距離の中そっと口付けをした。


  次の日から、俺たちはいつも以上に一緒に居た。12ヶ月の中でも最も短い一月を少しでも多く一緒に居られるように努力した。
  だけど、バレンタインの日に事件は起きた……


  外は昨日の夜からついに降り出した大雪で白銀に覆われ、窓から見える柳桜も真っ白に雪化粧を施されていた。
  学校から帰ると、なぜか休んだスミレのために、俺は一人部屋で夕食を作り、持っていってやる。休んだということは、具合が悪いのだろう。
吸収の良いようにおかゆを作ると土鍋に入れたまま共通廊下へと出る。何かイベントのたびに見ている気がする雪は、今シーズンで最も強く、世界を白く染めるために奮闘していた。
  吐く息も白く、雪を眺めていたが、おかゆが冷えてはいけない。思わず寒さに震えながら、スミレの部屋のインターホンを鳴らした。
  押すと、何かどたどたと音が響き、スミレが顔を覗かせる。俺を認めるとすぐさま笑みになり、部屋の中へと招き入れてくれた。
  俺の部屋とほぼ同じ間取りの部屋に上がると、彼女は俺と対面になるようにちゃぶ台に着いた。ボロい窓から相も変わらず隙間風吹き付ける風は、外が雪だと思うとより一層冷たく感じる。
それはスミレも一緒なのか、座る彼女は、少し震えてるように見えた。
「なあ、こっち来いよ…」
「え?」
  疑問形で返す彼女に、仕方なく俺は横に座ってやった。二人で寄り添いながら、暖をとるのは、ちょっと恥ずかしく、でも、とても心地よかった。
  ただ、至近距離にある彼女の顔を見れることは、お互い真っ赤になるくらい恥ずかしく、そのまま食べたおかゆは恥ずかしさのせいかあまり味を覚えていなかった。


  食べ終わった食器を片すため立ち上がろうとすると、彼女が袖を引いてこちらを見つめてくる。
  思わず、硬直すると彼女は俺の目をじっと見ながら聞いてきた。
「もうちょっと、一緒に居てよ…」
「ああ、これ片付けたらな…」
「嫌」
  珍しく我侭を言うスミレに、一瞬思案し仕方なく隣に座って頭を撫でてやった。外はさらに雪が強くなる。
「あのさぁ…私ね、雪が怖いの……おかしいよね? 何でだか、よく思い出せないんだけどさ…」
  頭を撫でてやると彼女は少し震えていた。この震えは隙間風が寒いせいではないのかもしれない。なんとなくそう思うと、彼女を抱きしめてやる。
「これで怖くないか?」
  返事はない…ただ、ぎゅっと強く抱き絞め返された。俺は小さい子をあやしてやる様に背中をぽんぽんと叩いてやると、ちょっと彼女の抱きしめが緩くなる。けれど、彼女の震えはいつまでも止むことが無かった。
  しばらく背中を叩いてやると、彼女は急に体を離してはにかむ様に言った。外の雪は激しさを増し、視界も危うくなるほどに強くなっていた。
「ねぇ、キスして…」
  唐突な願いに少し戸惑うが、震えている彼女があまりにも儚げでいとおしくなり、抱くようにキスをしてあげた。彼女は、しばらく硬直した後、俺にゆっくりと身を委ね……
「私…いいよ……」
  うあは……顔が急に熱くなるのを感じる。慌てる俺を見て少し笑みを見せると…その時、外でぼたぼたっと音がし、音の先に目を向けると同時、彼女はッビクリとして硬直し、俺ではないどこかを見るように中空に視点をあわせ、動かなくなる。
「おいっ! どうした? スミレ!! …さっきのはただ屋根の雪が落ちただけだ!」
  肩を揺さぶれども、反応が無い彼女は、しばらくして、ゆっくりと俺に視線を合わす。瞬間──
「いやぁ! ……やめてぇ!!! もう、私の大切なものを奪わないで! おとーさんっおかーさんっ!! いやいやいやいや!ああぁ………だめぇ! 四葉を連れて行かないで! お願ぃ……」
「おい、どうした!? 大丈夫だ! 俺はどこにもいかねーっ!」
  肩を揺さぶり声を掛けるが、彼女は聞こえていないかのように、泣きながら顔をくしゃくしゃにして誰かに懇願する。
「お願い…おとーさんっ……神さまぁ…私は幸せになっちゃいけない子なのぉ?」
「大丈夫だ…幸せになっちゃいけない人間なんかいねーよ」
  彼女はしばらく泣き叫んだが、やがて落ち着き、彼と目線が合うと急に気まずくなったように笑って誤魔化した。
「あはっごめん……取り乱しちゃった…」
「大丈夫か? 俺はどこにも行かないからな…」
  そう言って抱きしめてやると、彼女は成されるがままになって一言いう。
「大切なものがなければ、怖くないのかな?」
「ばか、大切なものがあるから、がんばれるんじゃねーか」
  言われ、目を赤くした彼女は俺をしばらく眺めると、微笑みを返し、
「うん…そうだね……でも、私を一人にしないでね?」
「俺が一人にしたことあったか?」
  言う言葉に対し、当然のごとく返すと一瞬キョトンとした彼女は、俺にぎゅっと抱きついて答えてくれる。もう彼女は震えていなかった。
  結局、彼女が寝るまで一緒に居てやり、今年のバレンタインチョコは貰い損ねた。雪はいつのまにか止み、白銀に染まる世界だけが取り残されていた。



  11話
  如月 菫編
  完



  おまけ

  今から10年程前のこと、俺は暇で、なんとなくTVを眺めていた。

「こちら、○○です…今日の昼頃、雪崩がスキー場を襲い、約19人が巻き込まれたということで、
その場に居合わせた19人の内、重軽傷者11名死者1名行方不明が7名とされ、行方不明者は現在捜索中とのことであっ現在入った情報によりますと、行方不明となっていた永月ぽぷらちゃん(6)が発見され、その母親が現在重態、父親は………」








  俺たちは別れの地に、いつもの俺の部屋ではなく、公園を選んだ。冷たい空気と月光が俺たちを照らす…
「じゃあ、元気でねぇ…また来年必ず合おう……どこにも行かないって約束してくれたんだ、嘘じゃないよねぇ?」
「ああ、絶対に…」
  必ずくる。そう分かってはいたが、いざ別れるとなるとやはりこの猛烈な悲しみは、胸を引き裂くんじゃないかってほど体の中を暴れてくれた。その心をギリギリで自制し、行くなといいたい自分を戒める。けど…
「泣くなよぉ……今生の別れじゃないんだからぁ…」
そんなギリギリの心で、涙まで抑えられるほど俺は器用じゃなかった。第一、菫だって泣いてるだろうが…
「それじゃ、最後に言わせてね? はあーーー」
彼女は思いっきりもうすぐ3月になる冷たい空気吸い込むと、
「すきだすきだすきだぁだあぁいすきだぁ!! あの時の恥ずかしかったんだからなぁ!」
  思いっきり叫び、公園を選んだ理由を理解すると同時に俺も叫び返していた。
「なめんなぁ! この程度、ぜぇんぜん恥ずかしくなんかねー!!」
「あははっじゃあ、他の私たちもちゃんと優しくしてやるんだぞぉ? じゃね」
  あっけカランといって、後ろを向く。たぶん、ちょっとだけ見えていた涙が恥ずかしかったのだろう。
  そして、振り返ろうとする彼女を見て思った。



  ………俺は、弥生に会ったことが無かった…

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最終更新:2007年02月20日 15:50