4話
  睦月 牡丹編



「よつばくん……私はね…幸せになっちゃダメダメなんだよ…」
  それがアノ子の僕に対する返事……
「そんなこと知るかよっ僕は、お前のことが好きだぁーーー!」
  そうだアノ頃俺は、自分のことを僕って呼んでいたっけ?
「…///……ありがと、でも…」
「デモも何もない!お前の気持ちを聞かせてくれよ」
  ──そうだ、でも、じゃない俺が知りたいのは本心だ
「…じゃあ、返事は今度会ったときしたあげる」
  わかった、今度だな…絶対だぞっ!
「……だから今はコレ」
  ……コレって…
「 理 ョ   っ、今  だ  、  事は必    っ、 倍      ぞ」
  おい、なんていったんだよ? 聞こえねーよ、もう一度だけ言ってくれ。
  消えないでくれ、必ず会いに行くから! 待ってろよぉ!!  いつかお前ん家のボロアパートに住んでやる!


  視界がクリアになる…目を擦るとどうやら俺は泣いていたらしい。
  幾度も見て見慣れただけど、こんなときに見なくてもいいだろう…そんな初夢だった。
  だけど、今月は夢のアノ子に会うことは出来ない。


  着替えて外へ出てみれば、一面の白銀。吐く息は白く、凍てつく空気はピリピリと俺の頬を刺激する。
  俺は冬休みだというのに実家には帰らず、先月の騒動でボロに磨きのかかったアパートに住んでいる。
「おはようございます、星霜様」
  後ろから声を掛けられ、ドキリと振り返ると髪を脇から留め後ろに大きく纏めた牡丹が着物を着て立っていた。
「おまえ、着替えてねー…あっいや、違う着物か…」
  どうやら彼女は、昨日の初詣に着た着物を気に入り、今日も着ているらしい。
  いやこの人格にとって着物は普段着なのかもしれない。
「はい、流石に学校には着物で行くことは出来ませんが……冬休みくらいならよいでしょう?」
  くすりと笑う姿は、見慣れぬ着物姿のためか儚げで可愛く危うくとても可憐に見えた。
「はい、ではちょっとお上がりしてもよろしいでしょうか?」
  珍しい進言だった。あまり積極といえる性格をしていない彼女が自分から俺の部屋に上がると言い出すとは少し考えずらかった。
「…いつも、皐月や葉月さんがお世話になっているでしょう? そのお礼がしたいのです」
  そういって、彼女は俺の部屋へと入っていった。なんつーか、いつも平然と入ってくる彼女たちを見ている俺には、気恥ずかしかった。


  まな板と包丁が奏でる規則正しい音と味噌汁のいい匂いが、俺の腹の虫を鳴かせた。
  いつもなら、食べないか菓子パンをかぶりつく生活を送っている俺にとって、和食の朝食なんて覚えてないくらい久方ぶりだった。
「もうすぐ出来ますからね」
  彼女は割烹着がなかったのだろう、和服の上から無理やりエプロンというちぐはぐな格好の後姿を見せたままこちらに語りかけてくる。
  皐月のときなどは、俺が櫛を通さなければぼさぼさだった髪の毛は、かなり滑らかで、なかなかにいい眺めだった。
「…なんつーか奥さんみたいだな」
  作り始めたときは、俺も手伝うと進言したのだが、生憎狭すぎるボロアパートの台所は人が二人も作業できるほど広くはなかった。
「……///」
  返ってこない返事を疑問に思う間に、彼女は無理やり話題を変えてきた。
「あ、あのっ……結局、クリスマスはどうなったのですか? 私、まだ聞いてないんです」
「……ま、まあまあかな? いつもと比べれば……」
  まあ、そこの天井にぽっかりと口を開いた大穴が、すべてを物語っているといっても過言ではない。
「クスっあなた達は、いつもそうですね」
  はぁ、笑ってばかりいられることでもない。取り合えず敷金は全部はねとんだし、ただでさえ薄い壁はクソ寒いというのに、それにも増して寒くなったのだから…


  彼女が作ってくれた味噌汁も鯖の煮付けもご飯も絶品だった。普段食ってない和食だからとか、そんなことでは断じてない。
  牡丹はうまいうまいと言いながらガッつく俺と対面になる位置の、ちゃぶ台着き何がうれしいのかニコニコと微笑み俺を眺めている。
  やがて、俺の御代わりを受けて言葉を漏らし始める。
「本当によく食べるのですね」
「成長期の高校男児なめんなよ」
「ふふっ…わかりました、御代わりは幾らでもありますから、あまり急ぐと喉に詰まらせますよ?」
  そういって、ご飯が盛られた茶碗を返してくる。ついでにおかずが少なくなったためだろうか、納豆まで出してくれた。その折、何かを見つけたらしく、木目調の箱を持ってくる。
「コレは……懐かしいですね…」
  それは、古びた簡素なオルゴールだった。
「本当にいつも持っていてくれたんですか?」
「んぐんぐ……まぁな」
  口に入ったものを飲み込むため、熱いお茶を飲み干して俺は答えた。
「……うれしいです」
  牡丹は、それを聞くととても大切なものであるかのように手のひらに乗るような小さなオルゴールを抱きしめた。
  それは、小3くらいの時か?正月にこのアパートまで遊びに行ったときのことだった。牡丹と俺は、二人っきりで初詣に行ったのだ。
「そこで私は、星霜様がまるで白馬の王子様に見えました」
  そんなくさい事を言ってくれるのは、その帰り道裏手にある森に探検に出かけたところ野犬に襲われたのだ。
  俺はそこら辺の棒切れで応戦し、結局走ってここの近くの公園まで逃げてきた。
「あの時はお前が泣いちゃってさ、大変だったよな…」
「はい、お恥ずかしいことですが…」
  それで俺は、泣き止まない彼女にお呪いをしてやったのだ。泣く子には…
「泣く子には聞こえないをこのオルゴールにかけたぞ、ですよね?」
  そうだ、彼女の家にあったオルゴールがたまたま家にあったのを思い出して、たまたま持ってきていた。
ただ、俺の家のオルゴールは壊れていて、泣き止んだのを見届けてから、こっそりと彼女の家のオルゴールに代えてやったのだ。
「どうしても別れたくないと泣く私を慰めるために、星霜様は私に指輪を下さって…」
「絶対にコレを肌身離すなよ…コレを持ってれば俺を忘れないしまた会える魔法をかけた…だっけ?」
  それじゃあ、白馬の王子様というより、通りすがりの魔法使いだ。それに、その指輪は…
「ええ、そして私は持っていたオルゴールを渡して、コレにも同じ魔法をかけてと頼んだんですよね?」
「そんで俺に押し付けて、私を忘れないで…っていったんだ……」
  泣きながら押し付けてきた彼女の頭をくしゃくしゃとなでて、約束だって言ったんだ。
「はい、そして、私たちは今こうして向かい合っています、星霜様は本当に魔法をかけてくれたんですね…」
  オルゴールを見つめる彼女、俺は彼女の雪のように白い指にあの時のおもちゃの指輪を見つけた。
  俺はちょっとづつでも変われているのだろうか?
  牡丹の笑みを見ていると、俺はそれを少し実感できたような気がして、ちょっとだけうれしかった。
  外は今年初の雪がしんしんと降り始めていた。
  あと…少し……



  4話
  睦月 牡丹編
  完

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最終更新:2007年02月20日 15:22