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「おはよ、男……」
  目を開け数秒呆ける、これは幻覚か? 目の前にアイツが居るように見える……
  未だ現実を直視しない眼を擦り、続いて頬ををつねる。眼球異常なし、痛さから夢でないことを確認。
「………ほうあっ!」
  ワーニンワーニン、異常事態発生。何で俺がこんなとこになっているんだ?
  寝ぼけた頭を軽く振り、事情を思い出す……って、そうだ、昨日は皐月と寝たんだ。我ながら大胆なことを………
「………おはよ……」
  皐月はいかにも眠そうにもう一度挨拶を繰り返すと、眠気で開ききっていない眼を擦り………また寝た。
「ちょ…まてぃ! 寝るな寝るなっ!! 今日学校あるぞ」
「ぐぅ……」
  皐月は、基本的に怠け者かつ低血圧で朝にとことん弱い。
  俺が無理やり起こすと、まだ起きているのか寝ているのかわからない顔で、しばらく周囲を眺める。
  しかし、何を思ったのか、また布団にもぐりこみ眠りだした。


  寝ぼけた皐月を説得すること数分。
  このままでは埒が明かないので、自室……俺の部屋の隣に押し込んだ。
  彼女もこのアパートに住んでいる…というか、大家さんの子供で俺の従姉妹なのだ。
  小さいころ遊びに来た俺は、彼女を12人姉妹だと思い込んでいたこともあった。さすがに無茶があるよなぁ…六つ子2連発くらいしないと辻褄があわねぇ……ドンだけ天文学的な数字だよ…


「あら、男君…おはよ」
  皐月を部屋に押し込み、共通廊下を歩いていると40代前半くらいの女性に出会った。
「あっ、大家さん! おはようございます」
  彼女は、このアパートの大家さんで皐月達の母親にあたる、俺の叔母さんだ。
「ひと月も前から言ってるけど、叔母さんでいいわよ? それで、卯月桜はどうだった?」
  やはり、昨日のことを気にしてるんだろう。人格が変わるって事は、親にとっても重大な懸案事項だ。
「皐月になりましたよ…それにしても、俺なんかが最後に立ち会って良いんですか?」
「ええ、むしろあの子はそっちのほうが喜ぶわ」
  彼女はしたり顔でそういうと、ニヤニヤと下世話な笑みを浮かべた。
「はぁ……」
「それより、あの子まだ寝てるんじゃない?あのこと一緒だとそろそろ支度しないと遅刻しちゃうわよ?」
「げっ……そ、それじゃあ」
  もう、こんな時間か…やべぇな……皐月何もしねぇから早く仕度しねぇと!
  俺は、大家さんにもう一度挨拶をすると自室に引っ込んだ。

「ふふ、あの子のおかげで娘達が学校に行ってくれる様になって助かるわ・・・」


( ^ω^)「うっす、四葉! 今日も天気でいい気分だおっ」
  後ろから、唐突に声を掛けてきたのは、親友の内藤だった。
  こっちに遊びに来たとき、皐月達しか相手が居ないので近所に遊びに行き出会った。
  それ以来、こっちに来るとよく遊び、こっちの高校へ来てみれば同じ学校だった……まさに親友と呼ぶべき友だ。
( ^ω^)「おっおっおっ、卯月さ──ッ痛いおっ何で殴るんだおっ?」
「ばか、今日が何日か考えろ」
  失言しかけた親友を殴り飛ばし、皐月に聞こえないように肩を組んで囁く。
( ^ω^)「………ごめんだおっ」
「皐月!ホライズンなんかおいて行こうぜ」
「………めんどくさい…」
「……ほら行くぞ」
  昨日の積極性もどこへやら、彼女は目をじと目にこちらを見ると、眠そうに欠伸をひとつ。だらだらと歩き始めた…
  ……もしかして、朝無理やり押し返して、すぐにたたき起こそうとしたら着替え中だったのにキレたのかな……
  まあ、もしかしなくても彼女の機嫌が若干悪く感じる原因はそれだろう…跡で何か餌与えておとなしくさせるか…


  今は、昼休み、購買へ繰り出す生徒の声と他クラスから勝手に上がりこんで騒いでる連中の喧騒の中、自作の弁当を広げた。
  朝、皐月の眠気と機嫌の悪さで、言うことを聴いてくれないため手を引いて…というより、引きずって、どうにか遅刻寸前でたどり着いたが、しかしそのスタミナ切れで体育という苦行を強いられた昼休みだ。バテバテだったので、正直昼食がうれしい。
  しかし、弁当を広げた直後からなにやら視線を感じる。
「どうした?」
  見上げればそこには、皐月の顔。つか、近い…
「…お弁当……」
「これはやらんぞ! 少ない仕送りを何とかやり繰りする為にがんばって朝作った…」
  ん?どうやら彼女の机を見て察するに、どうやらこいつは弁当を忘れたらしい。つか、この怠惰と惰性に生きる女に自活能力などあるわけもなく、おばさんも卯月が自力で作っていたものだから、今日に限り忘れてしまったのだろう。
「……おなか空いた…」
「………」
  可哀想だが、この弁当がなくなった俺はもっと可哀想だ。
「………お腹空いた…」
「………」
「…お腹s」
( ^ω^)「お腹空いたおっ」
  とりあえず、どさくさに紛れた内藤を適当に殴り倒し、皐月を見る。
  俺は……

  ………あれ?これ昔どこかで見たような…
  一瞬頭を過ぎったデジャブを振り払い、俺は彼女に弁当を押し付けた。
「しゃーない、ほら内藤、急げ購買行くぞ」
( ^ω^)「おっおっおっ! まってくれおっ…おっ?」
「ん…?」
  走り出そうとした袖を引かれ、見れば皐月が俺の袖をつかんでいた。
「どうした?」
「……違うの…購買……行ってくる」
  皐月は、俺に弁当を押し返すと、何も言わず駆けていった。違うの? ……なんだ? 意味わからん。
( ^ω^)「皐月さんて、去年はあんなによく動くコだったっかおっ?」
  そうだ…いつもなら、確実に俺の弁当を奪い貪って居たはず……朝の不機嫌もどこへやら、体育の授業のもあったし、普通に元気があるとは思えないが……
「さあ、生理じゃね?」
  とりあえず、俺は適当に流しておいた…


  帰り、友人のドクオと部活組みの内藤に別れを告げ、皐月を連れて帰る。
  いつものボーっとして何を考えているのかわからない彼女の横顔を見ると、なぜか、いつも以上におとなしい気がしてならなかった。
  帰宅途中の通った商店街は、皐月とは対照的にゴールデンウィークに向け活性化しているように見えた。
  そういえば、去年知ったけど彼女はクレープが好きだっけ?
  クレープ屋の前を通りつつ思う……彼女は予想に反して俺の袖を引くことはなかった。
「……どうした? 元気なくねーか?」
  沈黙のカーテンが下りた空気に耐えられず、脇に並んで歩く皐月に思わず尋ねる。
「………なんでもない、眠いだけ……」
  こちらを見る他の人格よりもどことなくボーッとした瞳。だけど、俺にはそれが嘘をついてるようにしか見えなかった。
「体育あったからなぁ…なぁ? どっか遊びにいかねーか?」
「……いいの?」
  訊きながらこちらの顔を見上げてくる、わずかに表情が柔らかくなった気がした…
「今からいけるとこなら何なりと」
「……じゃあ、公園がいい」
「えっ? …公園で良いのか?」
「………だめ? お昼寝できるよ?」
  ふんわりと言った彼女が可愛くて、俺はちょっと顔を逸らして了解の旨を伝えた。
  彼女の言っていた公園とは、多分、アパートから程近い比較的大きな公園だろう。


  陽が傾き、公園の森が紅葉したように見えるくらい、世界は赤く染まっていた
「ねえ、四葉…"もみじ"ってこんな感じなのかな?」
  思っていた事を当てられ、思わず答えに詰まる……彼女は、雪も、紅葉も、入道雲も見たことがないから…
「そうだな、こんな感じだ…でも、もっと紅いぜ?」
「ふぅうん……でもね、私は仮初でも紅葉が見れたんだ」
  その言葉は、意外と重かった…俺を潰そうとするくらいに……
「……覚えてる? 最初に会った時のこと…忘れてるよね? 君は、いろんな私にあってるから」
「いや、覚えてるぞ。たしか、小4の時だったな…ゴールデンウィークで遊びに来てて、お前はあそこに見える楓の下で昼寝してた」
  そう、よく覚えてる。彼女達として出会ってから数ヶ月。親に連れられてきたそこで、皐月は、やっぱり皐月だった。
「……その時ね…私、楓見ながら同じこと思ってたんだよ? あの時も同じもの見て、そうか…これが紅葉なんだ」
  あの時皐月は、俺見て確か…アレ? 何だっけ?
「……なあ、あの時お前…」
「ありがと……四葉、行こ」
「え? おい待てよ!」
  なんか、いつもは怠惰しか感じさせない彼女が、今日だけは妙に元気に見えた。
「あぅっ……」
  普段の運動不足が祟ったのだろう。皐月はつまづきようのないところで盛大に転けた。
「ほら、急ぎすぎなんだよっ」
  はしゃぎすぎを意識したからだろうか? 皐月は、ちょっと、シュンとしたような顔で見上げてくる。
「なあ、どうした? やっぱりなんか変だぜお前…」
  しばらく黙った彼女は、やがて意を決したように顔を上げて尋ねてきた。
「……あのさっ始めて会ったときのこと…もっと覚えてる?」
  その顔は、不安と期待が入り交じっていて…だから、力強く宣言してやる。
「当たり前だろっ? あの時お前は──」
「じゃあさ、昔話しよっか?」
「ん? ……ああ、ほらよ」
  急な展開に付いていけてないが、未だ座り込んで居る彼女の為に、とりあえず手を差し伸べて、その手を握り締めた。
  俺は立たせる為だけに手を繋いだのだけれど、彼女は離してくれなくて、そのまま初めて会った楓の木の下にくるとそこに座り込んだ。
  その時、彼女の顔が赤く染まって見えたのは夕日の為だけなのか自信は持てなかった。
「あの時さ、四葉は内藤くんと一緒でさ──」
「そう、内藤と駄菓子屋行った帰りで、そこのブランコで食おうとしてたんだよ…」
  そのボロいブランコは、錆びて今にも崩れそうだったけれど、それでも頑健に上を向いて立っていた。
「そしたらさ、お前が居て、なんかこっち見てきたんだよな?」
「……そうそれでも、アレは別にお菓子欲しかった訳じゃないんだよ?」
  皐月がニヤニヤと笑いながらこっちを見つめてくる。
「でも、うまい棒あげたらガッついてた癖にw」
  俺の反論に、なにも言えなくなったのか、彼女はブスッとして顔を逸らした。
「そしたらさ、お前俺の分全部食っちまったのな」
「……悪かったわね、あの時は反省して謝ろうとしたのよ?」
「そいでさ、お前に気を使わせないために、内藤引っ張って駄菓子屋まで買いに戻ったんだよな?」
  あっ……そうだった。俺は内藤を引きずって駄菓子屋までいって…それで……
「…………………本当に覚えててくれたんだ…」
「えっ?」
「ううん……ほら、暗くなってきたよっ帰ろ?」
  言われて、空を見上げれば先ほどまで覆っていた茜色は鳴りを潜め、代わって群青が支配を進めていた。
  そろそろ、帰らないとな…俺は軽く服をはたくと立ち上がって彼女を見る。
「…どうした?」
  彼女は何故か立ち上がらずに、ジッと見つめてきた。そのままなにも言わず、両の腕を伸ばしてきて…
「………抱っこ」
  頼りなくなった明かりが、彼女のいつもの眠たげな瞳を照らし出していた。
「……はぁ…おんぶな」
「…♪」
  スッと腕を伸ばして、首に絡められ、そのまま背負う。背中に感じる程よい重さと温もりが心地よかった
  そういえば、皐月と初めて会った時も駄菓子屋から帰ってきて、そのまま、背負ってアパートまで帰ったっけ?
「なあ、今日は結局、なんだったんだ?」
「………ちょっとだけ昔を思い出しただけ…」
「はぁ? …まあ、今日みたいに積極的なお前もいいけどよ、やっぱり…ん? 寝てんのか……」
  結局、いつもよりちょっとだけ元気で饒舌な皐月は、今日だけの幻で終わったのだった。




  目が覚めると、私は四葉の背中ではなく自室に寝かしつけられていた。そっと横を見れば、四葉がすぅすぅと寝息をたてている。
  その脇にはもう潰れた駄菓子屋の代わりにコンビニで買ってきたのだろう、ビニール袋にうまい棒が数本包まれていた。
「なんだ…本当に全部覚えててくれたんだ……」
  初めて会った時、彼は帰った後、結局買ってきた駄菓子を私に全部くれたのだ。
  私は、忘れてなかったご褒美に寝ている彼の頬に軽い口づけをした。
  窓の外では昨日の突風で柳桜が花びらをほとんど散らせていた。



  皐月 葵編
  一話完
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