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第八話  『水無月 菖蒲』」(2007/02/20 (火) 15:37:12) の最新版変更点

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髪をいちいち梳かしてやる日々から開放され数日、現在梅雨の真っ只中、濡れた蛙が雨に感謝を示すかのように盛大な合唱を繰り広げる中、俺は迂闊にも傘を忘れた水無月と共に相傘で帰っていた。 蛙の感謝に応えるためか、いつも以上に強く振る雨は、何もこんなときにも、とは思うが仕方がない。 持ってきていた折り畳み傘は二人で使うにはあまりに狭く、濡れた自分の肩を眺めながら、もっと大きなものを買おうと決意する。 だけど、水無月と並んで歩く帰り道は、まったく不快ではなかった。 8話 水無月 菖蒲編 家に着く頃には、傘を持っていても濡れてしまうくらい雨は豪雨となっていた。さらに活性化する蛙の声に意味もなく怒りをぶつけつつ、少し急ぎ足でアパートにたどり着くとそそくさと屋根の下へと潜り込む。 「大丈夫か?」 「え?あ、ぅ……ぁぅだ、だいじょぶ…ぅう」 なぜか、恐ろしいものと相対するように彼女は答えた。見方によっては裁判を起こされると負けそうな構図ではあるが、これが彼女のデフォルトなので仕方が無い。 とりあえず、風邪を引かないよう、わたわたする彼女の頭にバスタオルを被せ、目に掛かった前髪ごとゴシゴシと拭いてやった。 「あうあうあうあう………」 「手に合わせて声を出すなw」 彼女はキョトンとこちらを見上げ、すぐに真っ赤になって答えた。 「う……ぁ…ご、ごめんなさ…ぃ……」 声は、尻切れトンボとなって消えていくが、どうやら、伝わったようだ。けど、まるで恐れられているようなな対応が面白くて、少しからかってやる。 「謝ることはないぞ、半分冗談なんだから…」 「ふへ?……あっ…ぁ、あっ…あ……ごめんなさい」 謝らなくてもいいという言葉に対し謝罪を返すという、本末転倒な事をされ、思わず苦笑すると、彼女の髪もう一度拭き始める…けど。 「…ぅ……っあ…ぅん……ぅ………あっ…」 「ごめん、声出して良いや……」 声を出すのを我慢しているんだろう、そのうめき声に色っぽさが宿り始めたとこで、とりあえず、諦めた。 その後、各々の部屋で風呂に入って体を温めると、暖まれるようにオニオンスープを作って水無月を待つ。外の雨は、ついに豪雨から雷雨へと変ろうとしていた。 待つこと数十分。まるでスープの完成を狙ったかのように、水無月は俺の部屋に顔を出す、玄関からは台所が直結しているので、彼女はすぐに視界に入った俺を見るととても安心したように表情を変えた。 「あぅ…あのぅ………あっありがとう…ござま…す……」 瞳を不安に揺らし、俺をじっと見つめてくる様子が、まるで小動物に見え、思わずくすりと笑みを漏らして、彼女にオニオンスープを入れた小皿を渡し、熱いぞという警告も忘れず付け足して、味見してもらった。 「あう…っんぐ!……あっあつっ!」 その警告を聞かず、慌てて口に入れ口を抑える彼女に、ため息をついてしまったが、事前に用意しておいた冷水の入ったコップを渡すとすぐさま飲み込み、顔を赤く染めながら、お礼を言ってきた 「ぁっ……ぅぅ…ありがとうございます…」 やはり、敬語を使い、恐れるように挙動不審な動きをする水無月。なんか、いつまでたっても他人行儀なんだよなぁ…… 水無月とは、小さい頃あまり遊んでいない。梅雨の季節と重なって、あまりこのアパートに遊びに行かなかった為だろう。どうにかして打ち解けることが……そうだ。 「なあ、いいルール思いついた。今日は敬語使うな!」 「ぇ…えっと……なんでですk──」 「だから使うなっ」 速攻でルールを破る彼女の声を遮るように、言葉を被せて突っ込みを入れる。髪に潜んだ瞳がびくりと動き、俺をこわごわと見つめた。 「あう………」 そのまましゅんとなってうな垂れる彼女、俺はその頭をぐしゃぐしゃと撫でてやると、しっかりと目線を合わせて伝える。 「意地悪で言ってるんじゃねーぞ、お前と仲良くなりたくて言ってるんだ。いつまでも敬語でちょっと線引かれてたら、いつまでも仲良くなれねーだろ?」 俺が言い終えて破顔すると、彼女もつられて笑う。その笑顔を見つめて俺は…… 「ま、真実をゆーとちょっとは意地悪なんだけどな……」 と、付け足してやった。受けて彼女は、驚いた顔をして、すぐに返した 「うぁ…ひどぉい……」 「ほら、敬語使わないで喋れるじゃねーか」 言われた彼女は、驚いた顔から、恥ずかしさで赤面し、そして、最後に俺につられてやっと微笑んでくれた。とても珍しいその姿は、とてもとても愛らしかった。 水無月とルールを決めて数日。彼女は徐々に俺と打ち解けて、自然と敬語を使わなくなってくれた。 今でもびくびくとした対応だが、会話すらままならない内藤たちへの反応と比べると、俺とはずいぶん打ち解けてくれたのだと実感する。 そして、その日、午後から急に振り出した雨に、今度は俺が傘を忘れて彼女の傘に入れてもらって帰ることになった。 「……ツいてねーな」 思わず、俺が愚痴を零す。その声に反応して、彼女は俺を見上げてきた。雨と土の独特の匂いと蛙の競い合う声が、二人の間を漂い包み込む。 「ぅぁ……私は…ツいてるよ……星霜君とぉ…いっ一緒に……かっ帰りたかったから………あぅ」 思わぬ積極的発言に、ちょっと目を丸くして彼女を見つめた。雨で湿り気を帯びた空気が重く、髪が艶やかに彼女を彩っていた。 「雨嫌じゃないのか?」 「ぇ?……ぁっ‥だって、雨ばかり見てるから………雨上がりも好き…だけどぉ…」 雨が好きか……変ってるな…そういえば、始めて出会った幼稚園くらいのときも、雨が降ってた気がする。総、それも滝のように…… 「あのね?……覚えてるかなぁ……君と初めて会った時…ぅあっ!」 最後の悲鳴は、轟き落ちた落雷に対するものだ。閃光の後、しばらくの時間をおいて轟音を轟かせる。結構近いみたいだった。 「そうそう、こういう雷が落ちたんだよな」 神様がくれた奇跡とまでは行かない幸運にちょっと便乗させてもらう。ジャストタイミングの一喝だ。居るかもしれない雷神GJ!! 「それで、俺に抱きついたんだ…」 そう、ちょうど今みたいに── 彼女は居心地が悪くなったのか、抱きついた腕をそっと離し、ビクビクと周囲を見渡して、安全確認。やっと近すぎた距離を元に戻す。 「ぅう……あうぅ…ごめん……怖かったん…だもん」 彼女は涙ぐんであうあうと言い訳する。蒸すような空気を雷鳴が轟き震わせていた。 「だけど、あのときと今と決定的に違う事がある…お前あの時、風邪引いてたろ?」 「えぅ……あっ………引いてた」 「それで…」 「それで……」 俺の発言に珍しく、彼女から言葉を被せ、俺の言葉は言葉を失い彼女は続ける。 「星霜君は……ぅぁ…言ってくれたんだ………我慢するなって…ワガママ言ってもいいって……忘れてたよね?」 「大丈夫だ……覚えてたよ…」 言うと彼女は俺を見つめて心の底から笑顔を見せてくれた。俺は彼女の満面の笑顔を始めて見た気がした。 8話 水無月 菖蒲編 完 おまけ 数年前の記録的豪雨だった6月のある日、だんだんと強くなる雨を見上げ、相傘をする幼い二人の姿が、そこにはあった 「♪かえるのうたが~きこえてくるよ~」 「音程外し過ぎだよ」 「あぅあぅ…ふぅ…そう…ですかぁ?」 「なんか調子が狂ってるっつうか…」 「あぅあぅ……ハァ…ひどい…ですぅ……うひゃあ!」 「なあ、おい、大丈夫か?おい、熱あるじゃねーか!」 「ぅう…でもぉ……」 「馬鹿っ!…体調の悪い時くらい頼れ!少しくらいワガママいわねーと、もっと迷惑掛けることにもなるんだぞっ………ほら、肩貸してやるよ…」 豪雨と雷鳴が微笑ましい彼らを見守っていた。
  髪をいちいち梳かしてやる日々から開放され数日、現在梅雨の真っ只中、濡れた蛙が雨に感謝を示すかのように盛大な合唱を繰り広げる中、俺は迂闊にも傘を忘れた水無月と共に相傘で帰っていた。   蛙の感謝に応えるためか、いつも以上に強く振る雨は、何もこんなときにも、とは思うが仕方がない。   持ってきていた折り畳み傘は二人で使うにはあまりに狭く、濡れた自分の肩を眺めながら、もっと大きなものを買おうと決意する。   だけど、水無月と並んで歩く帰り道は、まったく不快ではなかった。   8話   水無月 菖蒲編   家に着く頃には、傘を持っていても濡れてしまうくらい雨は豪雨となっていた。さらに活性化する蛙の声に意味もなく怒りをぶつけつつ、少し急ぎ足でアパートにたどり着くとそそくさと屋根の下へと潜り込む。 「大丈夫か?」 「え?あ、ぅ……ぁぅだ、だいじょぶ…ぅう」   なぜか、恐ろしいものと相対するように彼女は答えた。見方によっては裁判を起こされると負けそうな構図ではあるが、これが彼女のデフォルトなので仕方が無い。   とりあえず、風邪を引かないよう、わたわたする彼女の頭にバスタオルを被せ、目に掛かった前髪ごとゴシゴシと拭いてやった。 「あうあうあうあう………」 「手に合わせて声を出すなw」   彼女はキョトンとこちらを見上げ、すぐに真っ赤になって答えた。 「う……ぁ…ご、ごめんなさ…ぃ……」   声は、尻切れトンボとなって消えていくが、どうやら、伝わったようだ。けど、まるで恐れられているようなな対応が面白くて、少しからかってやる。 「謝ることはないぞ、半分冗談なんだから…」 「ふへ? ……あっ…ぁ、あっ…あ……ごめんなさい」   謝らなくてもいいという言葉に対し謝罪を返すという、本末転倒な事をされ、思わず苦笑すると、彼女の髪もう一度拭き始める…けど。 「…ぅ……っあ…ぅん……ぅ………あっ…」 「ごめん、声出して良いや……」   声を出すのを我慢しているんだろう、そのうめき声に色っぽさが宿り始めたとこで、とりあえず、諦めた。   その後、各々の部屋で風呂に入って体を温めると、暖まれるようにオニオンスープを作って水無月を待つ。外の雨は、ついに豪雨から雷雨へと変ろうとしていた。   待つこと数十分。まるでスープの完成を狙ったかのように、水無月は俺の部屋に顔を出す、玄関からは台所が直結しているので、彼女はすぐに視界に入った俺を見るととても安心したように表情を変えた。 「あぅ…あのぅ………あっありがとう…ござま…す……」   瞳を不安に揺らし、俺をじっと見つめてくる様子が、まるで小動物に見え、思わずくすりと笑みを漏らして、彼女にオニオンスープを入れた小皿を渡し、熱いぞという警告も忘れず付け足して、味見してもらった。 「あう…っんぐ! ……あっあつっ!」   その警告を聞かず、慌てて口に入れ口を抑える彼女に、ため息をついてしまったが、事前に用意しておいた冷水の入ったコップを渡すとすぐさま飲み込み、顔を赤く染めながら、お礼を言ってきた。 「ぁっ……ぅぅ…ありがとうございます…」   やはり、敬語を使い、恐れるように挙動不審な動きをする水無月。なんか、いつまでたっても他人行儀なんだよなぁ……   水無月とは、小さい頃あまり遊んでいない。梅雨の季節と重なって、あまりこのアパートに遊びに行かなかった為だろう。どうにかして打ち解けることが……そうだ。 「なあ、いいルール思いついた。今日は敬語使うな!」 「ぇ…えっと……なんでですk──」 「だから使うなっ」   速攻でルールを破る彼女の声を遮るように、言葉を被せて突っ込みを入れる。髪に潜んだ瞳がびくりと動き、俺をこわごわと見つめた。 「あう………」   そのまましゅんとなってうな垂れる彼女、俺はその頭をぐしゃぐしゃと撫でてやると、しっかりと目線を合わせて伝える。 「意地悪で言ってるんじゃねーぞ、お前と仲良くなりたくて言ってるんだ。いつまでも敬語でちょっと線引かれてたら、いつまでも仲良くなれねーだろ?」   俺が言い終えて破顔すると、彼女もつられて笑う。その笑顔を見つめて俺は…… 「ま、真実をゆーとちょっとは意地悪なんだけどな……」 と、付け足してやった。受けて彼女は、驚いた顔をして、すぐに返した。 「うぁ…ひどぉい……」 「ほら、敬語使わないで喋れるじゃねーか」   言われた彼女は、驚いた顔から、恥ずかしさで赤面し、そして、最後に俺につられてやっと微笑んでくれた。とても珍しいその姿は、とてもとても愛らしかった。   水無月とルールを決めて数日。彼女は徐々に俺と打ち解けて、自然と敬語を使わなくなってくれた。   今でもびくびくとした対応だが、会話すらままならない内藤たちへの反応と比べると、俺とはずいぶん打ち解けてくれたのだと実感する。   そして、その日、午後から急に振り出した雨に、今度は俺が傘を忘れて彼女の傘に入れてもらって帰ることになった。 「……ツいてねーな」   思わず、俺が愚痴を零す。その声に反応して、彼女は俺を見上げてきた。雨と土の独特の匂いと蛙の競い合う声が、二人の間を漂い包み込む。 「ぅぁ……私は…ツいてるよ……星霜君とぉ…いっ一緒に……かっ帰りたかったから………あぅ」   思わぬ積極的発言に、ちょっと目を丸くして彼女を見つめた。雨で湿り気を帯びた空気が重く、髪が艶やかに彼女を彩っていた。 「雨嫌じゃないのか?」 「ぇ? ……ぁっ‥だって、雨ばかり見てるから………雨上がりも好き…だけどぉ…」   雨が好きか……変ってるな…そういえば、始めて出会った幼稚園くらいのときも、雨が降ってた気がする。そう、それも滝のように…… 「あのね?……覚えてるかなぁ……君と初めて会った時…ぅあっ!」   最後の悲鳴は、轟き落ちた落雷に対するものだ。閃光の後、しばらくの時間をおいて轟音を轟かせる。結構近いみたいだった。 「そうそう、こういう雷が落ちたんだよな」   神様がくれた奇跡とまでは行かない幸運にちょっと便乗させてもらう。ジャストタイミングの一喝だ。居るかもしれない雷神GJ!! 「それで、俺に抱きついたんだ…」   そう、ちょうど今みたいに──   彼女は居心地が悪くなったのか、抱きついた腕をそっと離し、ビクビクと周囲を見渡して、安全確認。やっと近すぎた距離を元に戻す。 「ぅう……あうぅ…ごめん……怖かったん…だもん」   彼女は涙ぐんであうあうと言い訳する。蒸すような空気を雷鳴が轟き震わせていた。 「だけど、あのときと今と決定的に違う事がある…お前あの時、風邪引いてたろ?」 「えぅ……あっ………引いてた」 「それで…」 「それで……」   俺の発言に珍しく、彼女から言葉を被せ、俺の言葉は言葉を失い彼女は続ける。 「星霜君は……ぅぁ…言ってくれたんだ………我慢するなって…ワガママ言ってもいいって……忘れてたよね?」 「大丈夫だ……覚えてたよ…」   言うと彼女は俺を見つめて心の底から笑顔を見せてくれた。俺は彼女の満面の笑顔を始めて見た気がした。   8話   水無月 菖蒲編   完   おまけ      数年前の記録的豪雨だった6月のある日、だんだんと強くなる雨を見上げ、相傘をする幼い二人の姿が、そこにはあった 「♪かえるのうたが~きこえてくるよ~」 「音程外し過ぎだよ」 「あぅあぅ…ふぅ…そう…ですかぁ?」 「なんか調子が狂ってるっつうか…」 「あぅあぅ……ハァ…ひどい…ですぅ……うひゃあ!」 「なあ、おい、大丈夫か? おい、熱あるじゃねーか!」 「ぅう…でもぉ……」 「馬鹿っ!…体調の悪い時くらい頼れ! 少しくらいワガママいわねーと、もっと迷惑掛けることにもなるんだぞっ………ほら、肩貸してやるよ…」   豪雨と雷鳴が微笑ましい彼らを見守っていた。

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