158 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 21:32:18.67 ID:PFwEHQpd0
『すばらしいものです。ここは、ここだけはいつもと変らない』
『……』
『ほら、見てください。あんなに力強く、活き活きとしている』
『……』
『だから、しっかりと見ましょう。しっかりと、見てください』
『……』
『なぜ、答えてくれないのですか? なぜ、返事をしてくれない?』
『……』
『お願いです。あなたの声を聞かせてください。お願いです、返事をしてください』
『……』
『お願いです、返事を、へん、じ、を――』
『……』
『あ、ああ、ああああ――』
『……』
『あああああああああああああああああああ!!』
160 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 21:33:47.66 ID:PFwEHQpd0
―― 六 ――
僕は駆ける。激痛が全身を蝕み、腕が上がらなくても、肺が空っぽになって、喉の奥が血の味に滲んでも、風
で目が霞み、乾き、視界が切り刻まれても、それでも、駆ける。
瓦礫に脚を引っ掛け、脛から血が噴き出す。腕をつく事もできない。顔面から地面に倒れこむ。擦れた顔か
ら血が“ぼたぼた”と零れ落ちる。だが、けして、想いは失わない。
(主 ゚ω゚)「くあ……! ……あ、あ……、あぁ……!」
血の味を噛みしめ、喉の奥から、声ならぬ叫び声を上げる。拳をつくり、掌のキャップを握りしめ、地面の上
に突き立てる。拳の表面と細まった手首から激痛が走り、まだ出るのかという程に血液が噴出する。額を地面に
叩きつけ、その反動で無理矢理立ち上がる。失いそうになる意識を、唇を喰い破る事で覚醒させる。
力を込めて、脚を踏み出す。一歩進むたびに、倒れこみそうになる。踏ん張るごとに、痛みが走る。それでも、
駆ける。歩くより遅くとも、駆ける。視界が赤く染まる、けれども、見えるなら、駆けられる。駆けつづけられ
る。想いを守るために。自身を、戒めるために。痛めつける、ために。
赤色の世界を駆け、血みどろの体を引きずりながら、廃教会に辿り着いた。そこには、頬を鮮血に染めたショ
ボンが立っていた。
ショボンが僕を見る。無言のまま、いつもの表情で。全体を見渡した後、僕の掌のものに気づき、変らぬ顔が
歪められていく。視線が鋭くなっていく。
(主 ゚ω゚)「……し、ぃ、はぁ……ッ! ……、し、た……、……お……!」
163 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 21:35:17.60 ID:PFwEHQpd0
声がかすれ、言葉にならない。それでも、しっかりと、訴える。しぃは、地下にいると。そして「すまない」
と。守れなかったことを。名前にそぐわない、情けない男だと。
ショボンは無言で近づいてくる。険しい、感情を表に出した表情。想う、人の顔。
衝撃が頬に突き刺さる。それが何かわかる前に、衝撃が背中にも伝わる。取り戻しかけた肺の中の酸素を、す
べて吐き戻す。首を上げ、目を開ける。眼前に、ショボンの姿があった。倒れこんだ僕の額に細長い円筒を押し
付けている。額の骨とショボンの武器がぶつかり合った硬い音が、脳内を揺さぶる。
しばし、睨みあう。僕も、ショボンも、動かない。強い視線が、僕の瞳を刺し殺す。体を駆ける激痛よりも、
つらく、痛く、耐え切れない。僕は、目を背けてしまった。
ショボンは手を引き、代わりに足を叩きつけてきた。もう出るものもないと思っていた空っぽの喉から、酸っ
ぱいものが溢れだす。それは完全に口外には出て行かず、口の中でわだかまったまま残りつづけた。
また、踏みつけられる。まだ、くる。更に、まだ、何度でも。本当に踏みつけられているのかもわからなくな
る。痛みを感じない。衝撃だけが体を揺らしてくる。視界が極端に狭まり、目の前の光景が円を描いてうねりだ
す。意識が飛びそうになる。
途端、側頭部から衝撃が走り、意識は飛ぶことなく居直りつづけた。体が転がっていくのが、視界でなく、感
覚でわかる。やわらかい草のクッションから、冷たい石畳の上に投げ出された。うつぶせになっているところを
強引に仰向けにされ、その上に、ショボンが馬乗りになる。
衝撃が顔面に伝わる。衝撃の逃げ場がなく、後頭部が平坦に歪んでいくのがわかった。もう、何も見えない。
顔面と後頭部に伝わる衝撃だけが、僕のすべてになった。それも、やがて離れていく。何もなくなりそうになる。
このままで、いいのか。
そう思った瞬間、無意識のうちに、腕を振り上げていた。衝撃が止む。腕を上げた格好のまま、視界が開けて
いく。僕の拳は、正確にショボンの頬を貫いていた。
164 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 21:36:47.93 ID:PFwEHQpd0
(´・ω・`)「……後悔はすんだか」
(主 ゚ω゚)「……ば……、つ、……じゅ……、……、……お……」
「罰は十二分に受けたお」。そう言おうとしたが、出てきたのは、意味不明な単語のみだった。ショボンが僕
の頬を突き刺していた拳を引く。真っ赤だった。拳だけではない。全身が、僕の血を浴びていた。
ショボンは立ち上がり、ひとりで廃教会の中へと入っていった。後を追おうと、立ち上がろうとした。だが、
立てない。自分の足がどこにあるのか、どうやって動かしていたのか、わからなくなっていた。痛みは未だ消え
たままだが、それだけでなく、他の感覚まで飛び去ってしまっているようだ。
DATと、しぃのキャップを握りしめる。いや、握りしめたかもわからない。それでも、全神経を両の拳に集
中させる。感覚がなかろうが、無視し、握りしめる。離さぬよう力を込め、そのまま、這いずりながらショボン
の後を追う。
ショボンは手を貸す事をしない。声をかけようともしない。振り向く事さえしない。だが、それでいい。僕が
しぃを助けたいから、こうしているんだ。自責の念に囚われて、ではない。僕が、ただ、そうしたいからそうす
る。だから、力なんて借りない。DATにも、頼らない。これで、このままで、いい。
僕“らしく”這いずれば、それでいい。
僕が廃教会の中に入ったとき、ショボンは女神像の前にいた。床まで伸びた女神の掌で、何かを操作している。
突然、女神の掌から光の線が走った。光の線は女神の体を駆け、廃教会の中をも駆け巡っていく。あまりにも場
違いな、人工的な光の筋。女神像、廃教会の壁、床の上に、幾何学模様の光が描かれる。光が壇上の机へと収束
する。机が割れ、四つの形に展開した。展開した机の中心、光を吸い込んだ床が、口を開けた。
ショボンが開けた口の中へと降りていく。僕は横に添えられた固定の長椅子をつかみ、体を起こす。崩れそう
になる体を気合で立て直し、ショボンの後へとつづいた。
167 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 21:38:19.32 ID:PFwEHQpd0
床の下は、暗い闇と、白色の螺旋階段のみであった。踏み出すと、足音がどこまでも残響していく。階段を降
りる。手すりがないので、気をつけていないと足を踏み外しそうだ。床の姿は見えない。落ちたらひとたまりも
ないだろう。
入り口の光が届かず、白い階段が暗闇に飲み込まれそうになるまで歩いた頃、ようやく下まで辿り着いた。そ
こに床があるのかわからない、暗闇に覆われた場所。消え入りそうな灯りの下に、薄ぼんやりと照らされた檻の
ような箱があった。十人くらいは入れそうな大きな箱だ。
ショボンが近づくと、檻の鉄柵が、一角だけ開いた。ショボンが乗り込むんだので、僕も入る。僕が入ると、
開いていた鉄柵が自動で閉じた。直後、上に引っ張られそうな重力感。今度は逆に、落ちていくような感覚。ど
うやら、箱自体が降下しているらしい。
その後は、何もなかった。鉄柵に寄りかかり、到着するのを待つだけとなる。あまりにも長い事到着しないの
で、止まっているのではないかと何度も危ぶんだ。そのたびに、弱々しく伸びる灯りの線が現れ、動いている事
を確認させられた。
僕は駆けつづけた。赤い世界の中を、休むことなく駆けつづけた。体を失い、腕だけとなっても、駆ける意味
を失っても、尚、駆けつづけていた。駆けても駆けても果てない赤色。切れない風。かからない、重み。
腕の先に、重みを感じた。見たことのないキャップ。誰のものかわからないキャップ。けれど、何もないはず
の世界で手にした重みは、僕がここに存在していることを教えてくれた。
赤色が消えた。心の底に重みが宿った。空ができた。僕の声は空の果てまで届いた。大地ができた。足は大地
の上を駆けた。父や友だちが僕を見守っていた。蟲が集い、胴体ができた。
風を切り、重みを感じ、僕が想う人に想われながら、僕は駆けた。キャップの主を、見知らぬ彼女を探して駆
けつづけた。
169 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 21:39:48.62 ID:PFwEHQpd0
彼女はいた。彼女は困ったような顔を浮かべ、僕の顔を見た。僕にはまだ、顔がなかった。彼女は呼んだ、僕
の名を。僕は彼女を思い出した。頭が戻った。彼女は、笑みを浮かべた。
「そうだ、これはしぃのキャップだお!」
腰に衝撃が響き、目覚めた。どうやら眠ってしまっていたらしい。鉄柵に寄りかかるようにして座り込んでい
た。体を動かすと、激痛が走った。感覚も戻ったが、同時に痛みも甦ったようだ。人工的な光が箱の中を照らし
ている。どうやら、先程の衝撃は到着時のものだったらしい。
(´・ω・`)「三十分くらい寝ていたよ」
僕が質問する前に、ショボンは答えた。思っていたより長い間眠っていたようだ。夢の中で大切な何かを見た
気がするが、頭の中がおぼろげでよく思い出せない。掌の中にあるキャップの感触に気づく。しっかりと感触を
確かめ、強く握りしめた。
辿り着いた先は、僕が見てきたこの世界のものとはまったく違う、異質な空間が広がっていた。無機的で、清
潔な明るい通路。床の端と天井に、透明な容器に防護された灯りがついている。歩いていると、壁がひとりでに
スライドし、横の壁の中へと吸い込まれていった。人が住むことを前提に作られた施設のようだった。
けれど、住みたいとはまるで思わなかった。空気が重く、澱んでいる。地下だからというのではなく、もっと
別の何かが、そう、まるで、“幽霊”の想いが残っているような息苦しさだった。
長い通路を歩く。歩くごとに、手の中のDATの共鳴が強まっていく。ここにDATがあるというのは嘘では
なさそうだった。そして、DATの共鳴が最高潮に達したとき、壁の扉が開いた。
174 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 21:41:16.99 ID:PFwEHQpd0
聞こえてくるのは、途切れる事のない機械の稼働音、パイプの中を高速で移動する水の音、それらに紛れた消
え入りそうな人の息づかい。赤色灯が部屋の中を照らしている。部屋の元の色がわからない程に、すべてが赤く
染めあげられていた。
部屋の中にはパイプにつながれた五本の透明なシリンダーが並べられている。当然照明により赤く染まってい
るが、真ん中の一本のみ緑色の溶液が満たされ、薄く発光し、赤色の中で自己の存在を主張していた。シリンダ
ーの中には裸の少女がたゆたっている。
男が部屋の中心で力なく座り、残された左目で少女を見つづけていた。その様は、魂の抜けた痴呆の老人のよ
うである。生きているのかどうかも危ぶまれるほどに微動だにしない。
( ※ <●>)「きて、しまいましたか」
男は骨ばった体からは信じられない程明瞭な声をだした。目玉蜘蛛から聞こえた、アナンシのものではない。
だが、男のことを考えるよりも、シリンダーの中の少女へ目が向かう。
(´・ω・`)「クルベ」
(主^ω^)「間違いないお。あの子は――」
DATだ。その言葉は、つづかなかった。男が口を挟んできたために。
( ※ <●>)「私の、娘です」
男は言った。断定的な口調だった。細い体を揺り動かし、僕らから少女を守るように、シリンダーの前に立つ。
それは、紛れもなく、娘を守る父親の動きだった。露出した瞳が、娘は渡さないと物語っていた。
(主;^ω^)「……DATは、DATに、意思は存在しないお。それは、あなたの娘じゃないお」
心臓を、自分で握り潰したような感じがした。目を合わせることができない。僕は今、ひどいことを言ってい
る。本気の想いを、断ち切ろうとしている。どうしようもなく、つらかった。
179 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 21:42:46.50 ID:PFwEHQpd0
だが、男は気にした風もなく、そんなことはわかっているという表情をする。それでも、僕は直視する事がで
きないでいた。なぜだか、罪悪感は晴れなかった。
( ※ <●>)「たしかに、この子に意思はありません。この子は今、産まれてくる準備をしているのですから」
シリンダーの中の少女を眺める。母の胎内にいるかのような安心した表情をして、たゆたっている。本当に生
きているようだ。今にも産声を上げて、シリンダーからでてきそうな気さえする。
( ※ <●>)「この子は間もなく意思を取り戻します。しぃという名の少女から、想う力を受け継いで」
しぃという言葉に反応する。頭の中で考えが纏まる前に、声が出る。
(主;゚ω゚)「どういう、意味だお……?」
( ※ <●>)「しぃという名の少女から、この子へと想う力を移植するという意味です」
声がふるえる。半ばわかっている答えを、それでも確かめざるをえない。
(主;゚ω゚)「移植したら、どう……」
( ※ <●>)「死にます。私が、殺すのです」
心臓を、握り潰された。
(主;゚ω゚)「なんで! なんでしぃが!」
( ※ <●>)「この世界の“人形”ではダメなのです。どうしても、“人”である必要がありました。『アカシャ』
が綴る運命の輪から外れた“人”である必要があったのです。あなたには、わからないことかもし
れませんが……」
(主;゚ω゚)「でも! なんで! なんで、こんなことを……」
最後の言葉は、尻つぼみに消えていった。答えがわかってしまったから。
181 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 21:44:15.83 ID:PFwEHQpd0
( ※ <●>)「父が娘を想うのに、理由が必要でしょうか」
想像通りの言葉。男は更につづける。
( ※ <●>)「人の道から外れたことをしている、それはわかってます。ですが、私は後には引けない。娘は、ペ
ニサスは私のすべてなのです。ペニサスを守る方法があるのならば、あの重さを取り戻す事ができ
るならば、私は――」
瞳に力が宿る。何者にも侵されない、信念を抱いた瞳。
( ※ <●>)「運命にさえ喧嘩を売ります」
言葉がでてこなかった。男の気迫は、紛れもない本物だった。
( ※ <●>)「ペニサスを奪い、しぃという名の少女を助けたいと想うなら、私を殺しなさい。でなければ、私は
あなたが想う少女を殺します」
罪悪感が晴れなかった原因がわかった。こうなることを、僕は薄々勘づいていたんだ。奪わざるを得ない状況
になることを、わかっていたんだ。いつかの渋沢の言葉を思い出す。
『他人から奪う事、少年にはできるかい?』
自分がしたいことはわかっている。失いたくないものがなんなのか、それもわかっている。そのためにやらな
ければならないことも、わかって、いる。
あれはDAT。意思のない物質。僕の世界のものだ。けして、人なんかじゃない。男がしようとしていること
は間違っている。しぃを殺すなんて、間違っている。だったら、やることは、決まっている。
182 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 21:45:46.04 ID:PFwEHQpd0
(´・ω・`)「なら、遠慮なくやらせてもらおう」
今まで黙っていたショボンが、いつの間にか細長い円筒の武器を取り出していた。向けた先は、男。やらなけ
ればならないことはわかっている。ショボンがやろうとしていることの正当性もわかっている。なのに、僕の心
は、なにが正しいのかわからなくなっていた。
(主;゚ω゚)「しょ、ショボ――」
(´・ω・`)「きみは黙っていろ。“ワカッテマス”、運命に翻弄されたあなたの境遇はたしかに悲惨なものだっ
た。だが、同情はしない。それが『アカシャ』の定めた運命なのだから、仕方のないことなんだ。
僕とクルベでは、目指すものは同じだが、目的が違う。僕は秩序を揺るがす『害悪』であるDAT
を排除するために行動していた。クルベとDATは帰る場所がある。見つけさえすれば、どうとで
もなる。だが、かえる事のない『害悪』はそうはいかない。完全に、消し去らなければならない」
『害悪』。この世界で受けた、僕の忌み名。帰る場所のある『害悪』と、かえれない『害悪』。
(´・ω・`)「あなたは、DATの力によりアカシャの存在を知り、秩序から足を踏み外した。本来不可能である
“人形”から“人”への転移を果し、『害悪』と化してしまった。僕は、あなたを殺すことを厭わ
ない」
ショボンの言葉には、わからないことが多かった。けれど、ショボンが、男を殺そうとしている事は僕にもわ
かった。ショボンの指が、動く。
「そうはいッかねェでェェす!」
ショボンの手から人殺しの道具が射出されることはなかった。代わりに、所々イントネーションが外れた金物
のような甲高い声と、犇めきあった蟲が蠢くキシキシ音が部屋の中を残響した。キシキシ音は次第に大きくなり、
合わせるように、天井から無数の目玉蜘蛛が降ってきた。今までの比ではない。床を埋め尽くすほどの目玉蜘蛛。
部屋の隅から、赤い人影が浮かび上がってきた。
185 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 21:47:15.56 ID:PFwEHQpd0
ボンブルグハット、トレンチコート、革の手袋に革の靴、顔に包帯を巻きつけている。照明のせいでわかりづ
らいが、全身を、照明の赤とは若干異なる赤に染めている。一度聞けば二度と聞き間違いようのない調子外れの
声。間違いない。こいつが、僕の。
(主^ω^)「アナンシ……、僕の敵」
「よォうこそいらっしゃいヤがりまァしたァ、ボクの敵ィ!」
アナンシが例の超音波のような声でわらう。床の上で犇いている目玉蜘蛛は、キシキシ音を立てるだけで襲い
掛かってくる気配はない。
「いやァ、これは失礼ィ。ボクとしたことがァ、折角の初顔合わせで素顔を晒さねェなんてェ、何たる失態ィ」
アナンシの顔が蠢く。包帯の形がでこぼこに変形し、キシキシ音が聞こえてくる。包帯が少しづつ破れ、いや、
喰い破られていく。中から現れたのは、人の顔ではなかった。小さな目玉の集合体が、人の顔を形作っていた。
ボンブルグハットをうやうやしく脱ぎ、腰を曲げる。すべての目玉が、僕を見た。
( (◎) )「改めて自己紹介させてくださァい。“ボクら”がァ、アナンシでェす。以後ォ、お見知りおきを
ォ、ボクの敵ィイイ!!」
―― 了 ――
最終更新:2007年03月18日 00:32