60 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 20:23:23.31 ID:PFwEHQpd0
『これがそうですか』 

『はい、あなたのご子息。あなたの遺伝子を受け継いだ、優秀な個体です』 

『いつみても、これが人になるというのが信じられませんね』 

『そうでしょうか。私には当然のことのように思えますが』 

『! 動いた。反応した、のですか?』 

『はい。胚段階にして、これには意思が備わっています。日常会話ならば既に理解可能です』 

『……素晴らしい』 

『あなたと彼女の遺伝子が組み込まれているのです。当然の――』 

『これは私の物です。彼女は関係ない』 

『失礼』 

『これはいつ?』 

『後三週間ほどで完成する予定です』 

『調整を完璧にし、二週間で行いなさい。一切のミスは許しません』 

『了解しました』 

『……楽しみです、あなたが完成するのが。速く、その才能を私に見せてください――』 

62 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 20:24:52.83 ID:PFwEHQpd0
                         ―― 三 ―― 



 聞こえてくるのは、途切れる事のない機械の稼働音、パイプの中を高速で移動する水の音、それらに紛れた消 
え入りそうな人の息づかい。赤色灯が部屋の中を照らしている。部屋の元の色がわからない程に、すべてが赤く 
染めあげられていた。 

 部屋の中にはパイプにつながれた五本の透明なシリンダーが並べられている。当然照明により赤く染まってい 
るが、真ん中の一本のみ緑色の溶液が満たされ、薄く発光し、赤色の中で自己の存在を主張していた。シリンダ 
ーの中には裸の少女がたゆたっている。 

 男は部屋の中心で力なく座り、残された左目で少女を見つづけていた。その様は、魂の抜けた痴呆の老人のよ 
うである。生きているのかどうかも危ぶまれるほどに微動だにしない。 

 空気の抜けるような音と同時に、扉が壁の中に吸い込まれるようにスライドした。赤一色の世界に、白い光が 
差し込む。白い光の下、扉の前には、赤い人影が立っている。ボンブルグハット、トレンチコート、革の手袋に 
革の靴。色さえ違えばそのまま探偵の格好になるのだが、それらはどれも赤色にコーディネイトされている。そ 
して、奇妙な事に、ボンブルグハットの下の素顔は晒されておらず、赤い包帯が巻きつけられていた。 

 赤い人影が部屋の中に入ると扉はしまり、再び部屋の中が赤に満たされる。保護色に染められ、赤い人物がど 
こにいるのか、目を凝らさなければわからなくなる。 

 しかし、隻眼の男は赤い人物のほうを向く。こぼれそうな巨大な瞳で敵意を剥き出しにし、睨みつける。 

「怖い顔しないでくださァい。なんかヤなことでもあったんでェすかァ?」 

 所々イントネーションが外れた金物のような甲高い声が、赤い人物から発せられる。 

「ペニサスに血を見せないでください」 

63 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 20:26:22.69 ID:PFwEHQpd0

 男は骨ばった体からは信じられない程明瞭な声をだした。瞳と同じような、挑むような声。 

「おやァ、気づきましたかァ。意外と耄碌してねェんでェすねェ!」 

 赤い人物は元の赤色とは違う赤黒い液体の付着した服を震わせ、赤い照明の下で笑いだす。包帯の中の顔がう 
ねり、甲高い声の合間から蟲が蠢くようなキシキシという音が聞こえてくる。 

「アナンシさん……」 
「あれあれェ、怒りましたかァ? 怒っチまいやがりましたかァ? オー怖い怖ァい。ボクは悲しいなァ、それ 
 が恩人に対して向ける目ェなんでェすかねェ?」 
「恩人であれ、人殺しは嫌いですよ」 

 男の言葉を聞くと、アナンシと呼ばれた人物は両手を万歳のように広げて、いかにも驚いていますといったポ 
ーズを取る。それから、今までよりも一際甲高い声で笑いだした。そうして笑いながら、少女が入ったシリンダ 
ーへと歩む。アナンシから球状の物体が零れ落ちるが、気にした様子はない。 

「おかしなこと言いやがりまァすねェ、ワカッテマスさァん。アンタ、コレに会いてェんでしょォう? だった 
 らァ、やるこたァボクと同じはずだァ」 
「やめろ!」 
「やめてあげませェん」 

 アナンシが少女たゆたうシリンダーに触れる。掌から赤い液体が垂れだし、透明なシリンダーの表層を伝う。 
液体は不透明で、徐々に少女の体は赤色に隠されていく。まるで、少女の中から血液が噴出しているかのように。 

「うあ、ぁああぁ……」 

 ワカッテマスと呼ばれた男がふらつきながら立ち上がり、アナンシをどけて液体を拭い去ろうとする。だが、 
液体は拭っても拭っても広がるばかりで、一向に少女の姿は見えてこない。 

65 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 20:27:53.76 ID:PFwEHQpd0
「なにヤル気失せヤがってんでェすかァ。てめェの大事なモン護るよりィ、知らねェガキのほうを取っチまいヤ 
 がンでェすかァ?」 
「私は……、もう、人が死ぬ様を見たくない……」 
「んじゃあ、諦めまァすかァ?」 

 アナンシから零れ落ちた球状の物体がキシキシと蟲が犇き蠢くような音を立て、内部から六本の蜘蛛の足が表 
面を突き破って這い出てくる。それは、蜘蛛のように立ち上がり、ワカッテマスの背後へと蠢きだした。 

「……手段があるのならば、私は決意しなければならない。ペニサスは、私のすべてなのだから。ペニサスがか 
 えってくるのなら、私は……」 
「それでいいんでェすよォ」 

 アナンシはワカッテマスの言葉に満足したように頷き、自らが落とした蜘蛛脚のそれを踏みつける。それは上 
からの圧力で球状から変形し、弾性が限界にまで達したとき、弾け飛んで潰れた。中から腸のようなものが飛び 
出す。バラバラになった足が、それでもなお動く事をやめなかった。 

「ペニサス……」 

 ワカッテマスのつぶやきに、少女が反応することはなかった。 



(主;^ω^)「な、仲良く?」 
( ,_ノ` )「そう、仲良くだ」 

 男は手を伸ばしてきた。古武術の構えをとったのか、でなければ握手を求めたように見える。仲良くと言いな 
がら襲い掛かってくる卑劣漢なんて、僕の記憶ではひとりしか思い出せない。おそらく後者で正解だろう。細長 
い指で構成された手が、僕に向けられる。ピアノ奏者のような恐ろしく長い指。細いのに、そこに弱々しさは感 
じられない。むしろ、握ったら二度と離さないと思わせる力強さを感じる。 

67 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 20:29:23.46 ID:PFwEHQpd0
 この手を握り返していいものか、わからない。あまりにも軽い話し方から、胡散臭さを感じた。信用していい 
ものか迷う。「仲良く」という言葉が不信感を増大させる。 

( ,_ノ` )「少年、名前は?」 
(主;^ω^)「……こういう場合は、だお?」 

 僕の返答に少しだけ面食らった顔をした後、男は押し殺した声で“くっくっ”とわらった。 

( ,_ノ` )「失敬失敬、俺の名は渋沢。今はこれだけだ」 
(主^ω^)「……クルベ」 
( ,_ノ` )「ふん、クルベ。いい名だな、少年」 

 「本当の名前じゃないけど」とは言えなかった。名前について考えると、ショボンの顔が頭に浮かび、次いで 
しぃが浮かんだ。そこまで考えて、ようやくしぃがいなくなったことに気づいた。僕が神父の真似事をやったと 
きに見たのが最後だから、もしかしたら渋沢と会っていたかもしれない。 

(主^ω^)「女の子を見なかったかお?」 
( ,_ノ` )「女なら嫌というほど目にしてきたさ」 
(主^ω^)「それはうらやましい。けどそういうことじゃなくて」 

 しぃの外見や雰囲気、さっきまでこの場所にいたことを説明したが、渋沢は会っていないらしかった。渋沢が 
来る前にどこかへ行ってしまったのだろうか。 

 そういえば、と、しぃが教会に入ろうとしなかった事を思い出した。疲れてしまって、家へ帰りたがっていた 
のかもしれない。あのとき、逆光のせいで僕にはしぃの表情はうかがえなかった。しぃは子供的な心理で意見す 
るのも気恥ずかしいから目で合図を送ったが、僕が女神像の方へ向いたのを見て自分の意見は叶えられないもの 
だと勘違いし、ひとりで帰ってしまったのだ。僕はそう結論づけた。他の可能性は無理矢理考えないようにした。 

 しぃのことは隅に置き、現状について考える。目の前の男、渋沢。聞きたい事が多すぎるために、頭の中でう 
まく言葉にできない。それでも質問しようと試みるが、要領の得ない文章になってしまい、口ごもってしまった。 

69 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 20:30:53.02 ID:PFwEHQpd0

( ,_ノ` )「仕事があまりにつまらないものでな、暇つぶしに付き合ってくれる相手を探していたんだよ、少年」 

 支離滅裂な僕の質問をうまい具合に解釈し、渋沢は答えてくれた。言いたいことをあまりにうまく汲み取って 
くれたので、感心して頭が麻痺してしまう。内容の酷さに目をつぶりそうになってしまったほどだ。 

(主^ω^)「いやいや、真面目に仕事しろお」 
( ,_ノ` )「少年、俺はな、不確かな明日のために今を犠牲にする蟻よりも、今この瞬間だけを見据え、懸命に 
      生きようとするキリギリスにシンパシーを感じるんだよ」 
(主^ω^)「なに口の回るニートみたいな事言ってんだお、社会人」 
( ,_ノ` )「つれないなあ、未成年」 
(主^ω^)「釣られるかお、労働者」 

 たのしい会話だった。 

 渋沢はひとりで勝手にしゃべりつづけた。仕事がいかにつまらないだとか、世の中は世知辛いなど、普通に言 
ったら愚痴に聞こえるような話を、おもしろおかしくユーモアたっぷりにしゃべりつづけていた。 

 僕ははじめ、いぶかしんだ。何か裏があるんじゃないかと言葉の端から何かを感じ取ろうと躍起になったが、 
そんなものは見つからなかった。どころか、渋沢の話があまりにもおもしろいので、うずうずとしてきてしまい、 
最後には自分から会話に参加した。こんなふうにまともな会話をしたのが久しぶりなので、余計におもしろく感 
じていたのかもしれない。 

( ,_ノ` )「信用していただけたかな?」 

 会話の隙を突き、渋沢は言った。すでに答えを確信している言い方だった。 

 渋沢の手を握る。血の通った人間の手だった。 

71 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 20:32:23.75 ID:PFwEHQpd0

(主 ゚ω゚)「うお、お――――……」 

 息が漏れる。捻った感想を言ってやろうと意気込んだが、何も考え付かず、でたのはマヌケな息だけとなって 
しまった。 

 教会で友好の証として握手を交わした後、渋沢に「いい所に連れてってやる」と言われた。“いい所”が何か 
考える事もせず、ほいほいついていった。“いい所”のことを女の子が沢山いるエロチックなうはうはハーレム 
だと想像していたなんてことは断じてない。 

 自分の考えがいかに不純なものだったか思い知った。目の前に創られた光景は、まるで、宇宙の縮図のようで 
はないか。茜色の宇宙。 

 背の高い樹々に囲まれた池に、燃えるような夕焼が差し込む。陽の光が木々によって陰影をつけられ、池の上 
に明暗が生み出される。明るい部分が星々の連なり、暗い部分が宇宙の空気だ。空を浮かび始めた月が池の中に 
反射し、中心に据えられる。 

 息が漏れ、言葉を考え、結局息を漏らすだけで終わってしまう。 

( ,_ノ` )「気に入ってもらえたようで安心したよ、少年」 

 言いながら、渋沢が草のクッションの上に座る。倣って僕も座る。 

( ,_ノ` )「少年が今何を考えているのか、俺にはわかるぞ」 

 そうか、わかるのか。この人は実はすごい人なのかもしれないなあ、はじめの態度は失礼だったかなあ、など 
と僕は考えていた。 

( ,_ノ` )「隣に座ってるのが彼女なら良かったのになあ、と考えているな」 
(主 ゚ω゚)「うわーい、すごい的外れ!」 

73 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 20:33:59.48 ID:PFwEHQpd0
( ,_ノ` )「十五歳、157センチ45キロのカップはC。褐色の肌に金色の巻き毛。性格は快活でよくわらう。 
      趣味は画鋲をコマのようにしてひとりで回すこととミステリー小説の犯人を教えまわること。好き 
      なものは甘いもので嫌いなものは塩辛い人生か。いい彼女じゃないか、少年」 
(主 ゚ω゚)「なにその具体的なスペック! 趣味と性格一致してないし!」 
( ,_ノ` )「俺の好みだ」 
(主 ゚ω゚)「ギリギリで犯罪だお!」 
( ,_ノ` )「はっはっはっ!」 
(主;゚ω゚)「なぜわらうー!?」 

 本当に何のわらいだろう。聞いてはいけない気がする。 

( ,_ノ` )「少年が今何を考えているのか、俺にはわかるぞ」 
(主^ω^)「……わかってるなら、もうしゃべらないでいてくださいお」 
( ,_ノ` )「彼女がDなら良かったと考えているんだろう?」 
(主 ゚ω゚)「考えてねえ!」 
( ,_ノ` )「なに? 小さな胸がすきか」 
(主 ゚ω゚)「そういう意味じゃない!」 
( ,_ノ` )「小さな女の子がすきか」 
(主;゚ω゚)「一語変わっただけでやばい意味になっちゃった!?」 
( ,_ノ` )「俺はすきだ」 
(主;゚ω゚)「ロリコン宣言されちゃった!?」 
( ,_ノ` )「ロリコンという言葉がロリータ・コンプレックスの略なのは周知の事実だが、その起源は意外と知 
      られていない。この言葉、亡命ロシア人貴族ウラジミール・ナボコフがアメリカで発表しようとし 
      て断られ、1955年、パリでようやく日の目を見た『ロリータ、ある白人の男やもめの告白』と 
      いう書の女主人公ロリータからきている。この知識は少年の脳内に深く刻み込んでおいてあげよう。 
      ちなみに、この話を聞いた者は一週間以内に五人の人間に同じ話をしなければならない。でないと 
      永久にインポテンツになってしまう。少年で丁度五人目だ、ありがとう。これで俺の男は守られた」 
(主;゚ω゚)「いらない知識植えつけられたうえに変な呪い押し付けられちゃったー!?」 

 たのしすぎる会話だった。 

74 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 20:35:28.81 ID:PFwEHQpd0

 僕の世界やDAT、この世界に来た理由、この世界に来てからの生活について話した。ショボンやしぃのこと 
はできるだけ隠しながら。隠した理由は自分でもわからない。もしかしたら、彼らに対して後ろめたさを感じて 
いるのかもしれないと思い至った。 

 そして、今悩んでいる事についても。 

( ,_ノ` )「……十一歳は犯罪だろう」 
(主;゚ω゚)「そんなこと一言も口にしてないお!?」 
( ,_ノ` )「ロリコンという言葉がロリータ・コンプレックスの略なのは周知の事実だが――」 
(主;゚ω゚)「それはもういいから! いいから!」 
( ,_ノ` )「それじゃあ運命を『さだめ』、宇宙を『そら』と読んだりするやつがうざいと言いたいのか」 
(主;゚ω゚)「僕は高二病じゃねー!!」 
( ,_ノ` )「はっはっはっ!」 
(主;゚ω゚)「だから何のわらいだー!!」 

 仕切りなおして、 

(主^ω^)「……自分の想いのために勝手な事してていいのかなって……」 

 今日一日をかけて見てきた戦争の傷跡。一方の想いのせいで他の想いが消されてしまった、想いを押し付けた 
これ以上ない最悪の結果。許す許さないではなく、それはとても悲しい事。けれど、僕がやっていることも同じ 
なのではないだろうか。 

 ショボンが言った事とは別だ。僕が動いたら世界がどうとか、そんな大それた話じゃない。これはもっと、小 
さな事。壊されてしまっていても、残されるもの、人の想い。思い出すのは、ひまわり。あれを引き抜いてしま 
うこと、それが僕がやっている事なのではないかと思う。 

 僕は、自分の想いを優先させて、僕以外の人の想いをないがしろにしているのではないか、と考えてしまう。 

75 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 20:36:58.60 ID:PFwEHQpd0
( ,_ノ` )「生きるというのは面倒な事だ。そうは思わないか? 少年」 

 渋みのあるバリトンを響かせ、渋沢は言う。 

( ,_ノ` )「純粋じゃないんだよ、不純が紛れ込む。産まれたときに抱いていたはずの自由な想いが、生きてく 
      うちに黒ずんで見る影もなくなっちまう。てめえがただ生きていただけのはずが、知らない間に他 
      人にまとわりつかれて、身動き取れなくなるんだな。それでも動きたいやつは、これはもう、他人 
      の想いを殺して、自分が動けるスペースを多めに確保するしかない。世知辛いが、仕方がない。俺 
      たちは、生きているんだから」 

 僕らは、生きているから。 

( ,_ノ` )「少年みたいなやつは案外多い。けどな、そういうやつらは大抵生きにくそうに喘いでる。生き方が 
      下手糞なんだな。我侭ができないもんだから、賢い生き方をしてるやつらにスペースを奪われっぱ 
      なしになる。スペースがなくなれば必然、体をちじこませなければならなくなる。そうして引っ込 
      んでる間に心は弱り、他人を殺す術を忘れる。最後には、自分を殺すことになっちまう」 

 奪われたスペース。僕は今、縮こまっているのだろうか。 

( ,_ノ` )「探し物――DATと言ったか? そいつを探そうとすれば、少年は今以上に奪う側の痛みを味わう 
      事になるだろうな。そして、そいつが見つかったとき、他の誰かがすでに所有した後だったら……、 
      他人から奪う事、少年にはできるかい? なあ、少年――」 

 それは突然の事だった。喉元にあてられた冷たく、薄い感触に気づく。それは肉を軽く押し呼吸器官を圧迫し 
ている。顎の下の死角に入り込んでいるのでそれが何かは見えないが、首を動かして確認する気にはならなかっ 
た。渋沢は微動だにしていない。それは、僕が話している間も、喉元に付けられていたのだ。 

 渋みのあるバリトンを響かせ、渋沢は言う。 

( ,_ノ` )「死にたくは、ないか?」 

79 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 20:38:27.60 ID:PFwEHQpd0



(主;゚ω゚)「……い……、……ら……」 

 「いつから」と言おうとしたが、喉元が気になって声が出せない。呼吸する事すらはばかられる。口の中に溜 
まる唾液も飲み込めない。まばたきも、心臓の動きさえ止めたくなる。だというのに、どうしても、震えが止ま 
らない。震えが、止められない。 

( ,_ノ` )「ロリコンという言葉がロリータ・コンプレックスの略なのは周知の事実だが、と言った辺りからだ」 

 「どっちのだよ!」と突っ込むこともできない。 

( ,_ノ` )「こいつを引けば、少年は痛みを感じる間もなく死ぬ事ができる。生きづらい人生から、解放される。 
      なあ、少年、きみは生きたいのか? それとも、死にたいか?」 

 喉が震え、声が出せない。心が震え、答えが出せない。 

( ,_ノ` )「そうか、残念だ……」 

 僕の喉を、薄く輝く刃が駆けた。 



 僕の首と胴は、繋がったままだった。 

( ,_ノ` )「冗談だよ」 

 いつの間にか、渋沢は背中を向けて立ち上がっていた。「冗談」ということ言葉が嘘くさくて、僕は僕が生き
ている事が信じられなかった。 

81 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 20:39:56.78 ID:PFwEHQpd0

( ,_ノ` )「無理はするなよ、少年。できないことはどうしたってできないもんだ。そういうのはできるやつに 
      任せちまえ。“らしく”生きれば、それでいい」 

 渋沢は背を向けたまま歩き出す。ダークグレーのスーツが暗闇の中に消えていくのを見送っていると、片手を 
上げて、掌をひらひらと左右に動かした。手の先には、向こう側が見えそうなまでに透け、半円の月が写ったナ 
イフ。「それじゃあな、少年」という言葉を残して、渋沢は去っていった。 

 喉をさすりながら、つぶやく。 

(主^ω^)「……名前、覚えろお」 

 地上に落ちた宇宙は黒く染まり、まんまるい月を湛えていた。 



 僕は今、家の前で突っ立っている。家出少年がやむなく家へ戻ってきたときの気分を理解した。 

 渋沢が去った後、僕は帰路へと着いた。あてどもなくどこかへ行ってしまおうかとも考えたが、しぃが本当に 
家へと帰っているのか確認したかったし、現実的な問題として、僕はおなかが空いていた。自分でも悲しくなっ 
てくるが、やはり食欲には勝てないようである。 

 今日はかなりの距離を歩き回ったので、帰りは迷うかもしれないと思っていたが、昼間の脳内マッピングが効 
いたのか、すんなりと帰ってくることができた。すんなりといかなかったのは、家にたどり着いてからだった。 

 ショボンはもう帰ってきているだろうか。正確な時間はわからないが、おなかの頃合から見て、もう帰ってき 
ていてもおかしくない。無断で外に出て行った僕を、どう思うだろうか。そういえばと、ショボンが、できるだ 
けしぃと一緒にいてくれと言っていたことを思い出した。もし、しぃが帰ってきていないとしたら。嫌な考えが 
頭の中を占める。しぃのことを純粋に心配するのではなく、自分の保身のためにしぃの安全を願っている自分に 
気づいて、自己嫌悪が更に深まっていく。おなかの虫だけは、元気だった。 

82 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 20:41:26.87 ID:PFwEHQpd0

 果たして、しぃはいた。けれど、それで胸を撫で下ろすことはできない。ショボンもまた、いたからだ。脳内 
で言い訳の言葉が高速で並べられていく。けど、そのどれも、状況に即した文にはなりそうになかった。 

(´・ω・`)「おかえり」 

 ショボンは僕を見ることなく、言った。僕が川から戻ってきたときのような、いつも通りの自然さで。僕が返 
事をできないでいると、もう一度繰り返した。 

(´・ω・`)「おかえり」 
(主^ω^)「……ただいま」 

 返事をすると、ショボンは無言でパンと干し肉を寄こした。それだけのことだった。なのに、喉が震えて、鼻 
がひくひくと動いて、目から何かが溢れそうになった。自分でもよくわからない衝動が、僕に痴態を演じさせよ 
うとしている。せり上がってくる感情を体の底に押し返すために、自棄になってパンを押し込む。 

 まずくてしかたがなかった。 



(´・ω・`)「この街の中なら、歩き回ってもいい」 

 食後暫く経ったころ、ショボンが唐突に言った。「え?」と無意識の内に声がでた。言葉の意味を理解するの 
に数秒かかった。 

(´・ω・`)「あんまり嬉しくなさそうだね」 
(主^ω^)「いや、そんなことは……」 

 意味を理解するのに時間がかかったのでリアクションを取るタイミングを失ったというのもあるが、単純に僕 
は疲れていた。今日はいろんな事がありすぎた。今日の事を思い出していると、ひとつだけ言わなければならな 
いものがあることに気がついた。 

(主^ω^)「ねえショボン、ロリコ――」 
(´・ω・`)「僕はロリコンが嫌いだ。ロリコンという下賎な輩が嫌いだ。ロリコンという言葉そのものが大嫌い 
      だ。すべてのロリコンひとりひとりに天才マンの拷問を順繰りに順繰りに仕掛けていったとしても、 
      僕の中の憎悪の炎は消えることはない、ありえない。もし、きみが忌むべき言葉、ロリコンをその 
      口から吐いたならば、僕はきみに、一日のうちに産まれたことを百と八度後悔する地獄の責め苦を 
      与える。それだけではすまない、すまさない。生かさず殺さず、自分がなんなのかわからなくなる 
      まで、わからなくなっても、例え死んでいようとも、呼び戻して裁きを与えつづける。終わりなく 
      与えつづける」 
(主;^ω^)「……ごめんなさい」 

 二度と口にしないことに決めた。 

 しぃを見ると、眠っているのか、両目をキャップのつばに隠したまま体育座りをして、動かない。その姿を見 
ていると、またもや渋沢との会話を思い出し、あることを聞いてみたい衝動に駆られた。ショボンに聞いてもい 
いものか悩んだが、好奇心には勝てなかった。 

(主^ω^)「……しぃって今、幾つだお?」 

 ショボンに聞いたつもりだったのだが、口だけを動かして、しぃが答えた。 

(* - )「……十一」 

 渋沢、やはりすごい男のようだった。 




                         ―― 了 ―― 
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最終更新:2007年03月17日 21:45