42 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 20:05:30.74 ID:PFwEHQpd0
『! ……』 

『……申し訳ありません。奥方様は……』 

『……そう、ですか……。いえ、私も、あれも、覚悟していたことです。……その子が』 

『はい。あなたと、奥方様の……』 

『抱いても?』 

『もちろんです』 

『……。重さを感じます。この子自身の重さと、あれの魂の』 

『……』 

『……わらいましょう。新しい命の誕生に、泣き顔は似合わない』 

『……ええ』 

『あれは、この子の中で生きています。私は、これから先、この子のために、あれのために生きていきたい』 

『あなたなら、できますよ』 

『私は、この子を守りつづけることをここに誓う。そして、感謝しなければならない』 

『感謝を……』 

『産まれてくれて、ありがとう』 

43 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 20:06:59.75 ID:PFwEHQpd0
                         ―― 二 ―― 



 陽だまりの中を走っていた。両腕を横に広げて風を切って、どこまでも行けるって、空だって飛べるはずだっ 
て、そう思いながら走っていた。腕にかかるわずかな抵抗が、僕がここにいる証明のような気がして、心地よか 
った。 

 気づくと、隣にともだちがいた。僕は、ひとりで走るより、ともだちと一緒に走ったほうがたのしいことを知 
った。ともだちは走る以外にも“たのしい”があることを教えてくれた。危険な遊びも多かったし、怪我だって 
いっぱいした。痛くて、泣き出したこともあるけど、ともだちを憎むことはなかった。 

「僕たち、ずっとともだちだお!」 
「おう! すっとともだちだ、○○○!」 

 その内、彼以外にも多くのともだちができた。喧嘩して、嫌いあったこともあったけど、謝ったり、謝られた 
りして、仲直りをした。みんなでバカなことをして、一緒に駆け合った。僕たちは、ともだちだった。 

 他の誰にでもいるように、僕にも父がいた。父は昔すごいことをやった人で、今でも偉い人だった。強くてや 
さしい、僕のヒーローだった。父にできない事なんて何もないんだって、本気で信じていた。 

 僕には、ともだちがいて、父がいて、平和な世界があって。きっと、僕はとてもしあわせな子供なんだろうな 
と思っていた。このままずっと、このしあわせな時間が過ぎていくんだろうなと、漠然と考えていた。 

 急に腕が軽くなった。足も、体も、空に浮かんで消える風船の気持ちを味わっていた。 

 僕は怖くなって、ともだちを呼んだ。遠くからきたように、はじめからここにいたように、落ちてきて、飛ん 
できた。ぐにゅぐにゅになったともだち、ぐちゃぐちゃになったともだち、でろでろになったともだちが、僕に 
まとわりついて、押し潰そうとしてきた。みんな、顔のある所にぽっかりと大きな穴が開いていた。 

45 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 20:08:29.52 ID:PFwEHQpd0
 顔のない彼が、穴を僕の体に通過させ、体の内側から声を出して鳴いてきた。 

「お前だけ逃げた! お前だけ逃げた! お前だけ逃げた! お前だけ逃げた! お前だけ逃げた!」 
「違う! 違うお! 僕は、僕はみんなを助けたくて……」 
「ともだちは逃げない! ともだちは逃げない! お前は――」 

 ともだちじゃない。 

 周りのともだちが一斉にそれを叫んだとき、僕の中の何かが喉を突き破り、叫び声を上げた。みんな、闇の中 
に溶け合って消えていった。顔のない彼の瞳が、僕を睨んでいた。静寂が訪れた。耐え切れず、僕は僕の中の何 
かに叫ばせつづけた。軽くなった体の中心だけが、鉛を入れられたように重かった。 

 僕が叫んでいると、叫び声の中から父が現れた。父にも顔がなかった。 

「トー、チャ……ト……チャン……」 
「お前には失望した」 

 父の体が音を立て、泡を吹いて蒸発していった。肉の焦げる臭いが世界に充満した。 

「お前は誰だ」 
「あ、あ、あああ……。! ああああああああ! あああああああああああああああ! ああああああああああ 
 あああああああああああああああ!!」 

 僕の中の何かは僕の意思に関係なく叫び声を上げた。僕は両手を広げて走った。赤色に覆われた世界の中を全 
速力で駆けつづけた。 

 突然、僕の中の何かが消え、僕は声を出せなくなった。すると、体の中から重さが一切消え、僕は空を飛びだ 
した。空の中を駆けた。 

 駆けていくうちに飛んでいるのかどうかもわからなくなった。それでも駆けた。駆けていくうちに足が赤色に 
飲み込まれていた。それでも駆けた。駆けていくうちに胴体が大量の蟲になって散った。それでも駆けた。駆け 
ていくうちに頭が破裂した。それでも駆けた。 

 最後に腕だけが残った。腕は消えなかった。けれど、いくら走っても、あのわずかな抵抗感は得られなかった。 
腕だけになった僕は、止まる方法がわからなかった。なにも思い出せなかった。 

 名前も思い出せなかった。 

 夢から覚めたとき、目の周りに水の乾いた跡があった。 



 ショボンと出会ってから、三日が経っていた。この三日間、僕は、とにかくなにもすることがなく、暇を持て 
余していた。普段ならやらないような健康的な体操をしたり、日向ぼっこをしたりしていた。他にも、宇宙の偉 
大なる神秘について考えたり、効率的な金儲けの方法を考えたり、天井の亀裂を数えたりして暇を潰した。天井 
の亀裂は十万を過ぎた辺りで飽きてしまった。 

 ショボンは食事時にしか帰ってこなかった。食事のときに毎回尋ねたが、DATはまだ見つからないという答 
えしか返ってこなかった。 

 しぃはなにも変らなかった。本当になにもしない。窓の横で体育座りをして、殻に覆われたような瞳でじっと 
僕を見つづけるだけ。ショボンに言われたのとは別に、もっと違う異質な感情が僕をしぃに干渉させるのを躊躇 
わせた。ただ、たまに髪の毛が塗れている事があるので、川に水浴びしに行くことはあるのだろう。不思議な事 
に、僕はその瞬間を目撃した事がないけれど。覗きたいとかそういうのでは断じてない。 

 安全かもしれないが、ほうけた老後のような毎日。何度もみんなの顔を思い出し、飛び出してやろうという気 
持ちになったが、どこかで踏ん切りがつかずにいた。自分の中のよくわからない何かが、僕を押し留めようと必 
死にもがいているのがわかった。 

 しかし、今朝、あの夢を見た。 

48 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 20:11:28.06 ID:PFwEHQpd0

 いつものパンと干し肉の朝食を取り、ショボンが出かけるのを見送る。しばらくしてから、天井の上で輝いて 
いる太陽を見上げ、目をつぶり、DATを胸の前に押し付ける。 

 DATを集めて世界を元に戻す事、これは大前提だ。DATはすべて集めなければならない。けれど、それは 
誰かの尻馬に乗ってするのではなく、僕がやらなければならないことなんだ。誰かの力を借りるのはいい。すべ 
てを託してしまうのは、間違ってる。父は僕に頼んだんだ。あの父が、僕を頼ってくれたんだ。だったら。 

 陽のあるうちに空の下に立つのは、家の中を除けば三日ぶりだった。川に行くのはいつも夜中にしていたから 
だ。久しぶりの明るい外の世界は、なんだか他人のものみたいにそっけなかった。 

 ぼーっと突っ立っていると、背後からゴムと石のこすれあうキュッキュッという音が聞こえてきた。音は段々 
と近づき、僕の背後で止まる。振り返るとそこに、しぃがいた。特徴的な意思を感じさせない瞳が、僕を見上げ 
ている。どうしていいかわからず、僕の方がどぎまぎしてしまう。 

(主;^ω^)「……ついてくるのかお?」 

 できるだけやさしく、ぬこを撫でるような声を出す。だが、しぃはまったく反応しない。わけがわからない。 
この年頃の少女は謎だと言われるが、しぃの謎さ加減は他のものとは意味が違うような気がする。 

 このままほうけていても仕方がないので、とりあえず歩く。後ろからキュッキュッと音を鳴らしながら、しぃ 
がついてくる。止まってみた。しぃも止まった。 

 全速力で走ってみた。しぃがついてきている気配はない。後ろを振り返ると、立ち止まって僕のほうを見てい 
た。僕が止まっているのを確認したからか、ゆったりとした歩調で僕の所まで歩いてきた。僕の前で、立ち止ま 
る。 

 頭を撫でてみた。はねのけられた。ひどい。 


49 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 20:12:57.86 ID:PFwEHQpd0

 レンガ造りの民家に挟まれた、迷路のような狭苦しい通路をあてもなく歩く。どこも同じような家ばかりなの 
で、慎重に覚えながら歩かないとすぐに迷ってしまいそうだ。家の破損具合や、特徴的な壁の裂傷、崩れた通路 
などを頭の中に叩き込む。 

 小高く積もった瓦礫が道を塞いでいる。そんなに高さがあるわけではないし、無駄に安定感がありそうなので 
登ろうと思えば登れそうだ。しかし。後ろを振り向く。キュッキュッと音を鳴らして、しぃが後ろからついてき 
ている。 

 瓦礫をつかむ。粉っぽい感触が手に纏わりつく。表面が風にこすれて風化しているのかもしれない。すべらな 
いように強くつかみ、一気に瓦礫の天辺まで登る。登りきり、掌を見ると白く粉状のものが付着していた。 

 瓦礫の上に座り、しぃを見る。しぃは僕の方を見たまま固まっていたが、やがて瓦礫に手をつき、くっと膝を 
屈伸させてから一気に駆け登った。意外とパワフルな娘らしい。しぃは僕の隣に座り、僕がそうしたように自分 
の掌をまじまじと見ていた。僕は声を上げてわらった。 



 瓦礫の上から俯瞰する街の姿は、通路を歩いていたときとはまったく違う光景を見せていた。歩いているとき 
は一軒一軒が崩壊している様子を見るだけだったが、こうやって全体を見渡すと、改めて街全体が滅んでしまっ 
ているんだなあと思わざるをえない。初めてこの街を見たときほどのショックは受けなかったが、どちらにせよ 
見ていて気分の良い眺めではなかった。 

 瓦礫の上に寝っ転がる。背中にごつごつとした堅い感触があたるが、思ったほど痛くはない。雲ひとつない空。 
地上がこんなでも、空は平和そのものといったふうに、ゆらぐことなく悠然としている。なんだか理不尽な気が 
した。地上の大変さを、少しくらい空も味わうべきだ。公平じゃないのがなっとくいかなかった。 

 このまま街を目的なく歩いていても、DATは見つからないだろう。僕の持っているDATのおかげで、この 
世界にやってきたDATが近くにあることはわかる。けれど、それは大まかな位置がわかるだけで、細かい場所 
がわかるわけじゃない。こんな風にあてどもなく探していたって結果はみえている。 

51 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 20:14:27.82 ID:PFwEHQpd0

 それに、DATが道端にぽつんと落ちているとは思えない。そこにいるべき理由のある場所で、意味を持った 
待ち方をしているような気がしてならない。もしかしたら、僕が持っているDATが想いの力以外の何かで気づ 
かせようとしているのかもしれない。僕のただの勘のような気もするけど。 

 とはいっても、具体的な目的地がすぐに浮かんでくるわけもない。とりあえず、外を適当にぶらつくのではな 
く、損壊の少ない民家へ入ることに決めた。 

 玄関のドアノブをつかむ。引こう引こうとは思うのだが、中々決心がつかない。これを開いてしまったら、僕 
の中で今まで保っていた線を踏み越えてしまうような気がして、どうにも腕が動かない。僕が狙いを定めたのは、 
年月が経ち風化してしまってはいるが、ほぼ原型を保ったままの家だ。調べているうちに天井が崩れてぺしゃん 
こなんてのは、わらいばなしにもならない。それに、崩壊寸前の家より、人が住んでいた痕跡を残している所を 
探るほうが気分的にマシに思えた。 

 意を決してドアを引く。軋んだ音が響いた後、完全に開ききった。思っていたより、なんてことはなかった。 
あんな風に悩んでいた自分とは、随分と滑稽なやつなのだなあと思った。中に入るとそこは、予想を遥かに越え 
てきれいな場所だった。まだここに生活している人がいると言われても、疑いを抱かないほどに原型を留めたま 
まだった。 

 あまりにも生活臭が残っているので、なんだか失敗したという気になってくる。他人の家独特のよそよそしさ 
を感じさせるにおいが場違いな場所にいるような気を起こさせるし、なにより、自分が空き巣の真似事をやって 
いるような錯覚を覚えさせられる。残された家具に手を出していいものか迷う。 

 僕の横を、自然な様子でしぃが横切った。あまりに自然だったので、最初、何の疑問も抱かなかった。直後、 
ん、あれ、と違和感を感じその正体に気づく。そういえば、しぃが自分から僕の前に出たのって、これが初めて 
じゃないか。なにがすごいでもない極当たり前の出来事だが、相手がしぃなだけに特別な事件のような気がして、 
よくわからない感慨を覚えた。 

 しぃは何か興味深いものでもあったのか、普段とは打って変わって辺りを見回している。僕はしぃを見つつ、 
適当に物色しだす。しぃがただついてきたのではなく、自分が見たいからそのために入ってきた。その行為は、 
僕に勇気を与えてくれたみたいだ。ひとりだったら、こんなふうに自然に手が動く事はなかったと思う。同じ悪 
事に手を染めるのでも、そこに仲間がいるかいないかで、気の持ちようはだいぶ変る。しぃがどう思っているか 
は知らないが、どうやら僕は、しぃに仲間意識を持ったようだった。 

(主^ω^)「しぃ、何かおもしろいものでもあったかお?」 

 仲間からの返事はなかった。 

 タンスや戸棚、ベッドの下などを探ってみるが、でてくるのは日用品ばかり。ベッドの下には当然なにもなか 
った。これは、けして期待してたとかそういうのではない、断じてないのである。一通り見回してみても、DA 
Tがでてくる気配はない。この部屋にはないのだなと判断し、隣の部屋へ行こうと、木製のドアに手をかける。 

 ノブはなかったので、ドアに直接触れる。ざらついた気の感触が不快で、体の中にぞわっとしたものが駆け巡 
った。押してみる。建てつけが悪くなっているのか、黒板がこすれるような甲高い音を鳴らしながらも、遅々と 
して開かない。両手をついて、全力で押す。甲高い音に紛れて、割れるような折れるような音が聞こえてくるが、 
気にせずに押しつづける。徐々に隣の部屋が見えてきた。 

 突然後方から、何かが割れる音が聞こえ振り向いた。花柄の絵がプリントされた花瓶が地面上で砕けている。 
僕が部屋を物色している間、しぃが相変わらずの無表情で、それでもなんだか興味深げに見ていたのを覚えてい 
る。割れた花瓶の近くにしぃが立っていたので、しぃが落として割ってしまったのだろうと考え、危ないから片 
付けようと思い歩き出した。 

 花瓶の前に立ち拾おうとしたと同時に、花瓶が落ちたのとは比べ物にならない轟音が家全体に響き渡った。ほ 
こりや小石が降り注いでくる中、何事かと思うことすらできずに棒立ちでいると、後方から“べきり”と分厚い 
木が割れる音が響いた。振り向くと僕が手をついていたドアが真っ二つに折れ、僕が立っていた場所に馬鹿でか 
いレンガの塊があった。 

 血の気が引いた。何も考えずにしぃの手を握り、急いで外へと逃げ出す。外に出てからも走りつづけた。僕ら 
が入った家が見えるぎりぎりの所まで逃げて、ようやく足を止める気になった。家の方を見ると、現在進行形で 
崩れていく様が見られた。最後には、スーパーマリオブラザーズ3の砦クリア後みたいな形になってしまってい 
た。外見は原型を留めていても、レンガがすかすかになっていたのかもしれない。 

 しぃは、何事もなかったようにキャップのズレを調節していた。 



 それからも、僕は数件の民家をお邪魔した。さすがに慎重にならざるをえなかったし、建てつけの悪い扉は絶 
対に開けないと心に決めた。DATは、影も形もなかった。このままあてずっぽうで探していても無駄なのかな 
あと半ば諦めかけていたころ、このお屋敷を発見した。 

 他の民家よりも一回り大きい庭付きのお屋敷。けれど、そこに住みたいと思わせるような外観ではない。植え 
込まれていた木はことごと折られており、草は伸び放題で僕の膝まで伸びている。庭の真ん中に噴水があり、そ 
の真ん中に天使の形をした銅像が建てられていたらしいが、へその辺りから砕け、上半身が水没している。噴水 
の中の水も濁り、粘度がありそうな見た目で、生ゴミみたいな悪臭を放っていた。 

 お屋敷は半分ほどが黒く煤けており、ここで何があったのかをいやがおうにも喚起させられる。入り口の巨大 
な扉は破られてうち捨てられている。扉の上に紋章が描かれた盾が埋め込まれていたが、意図的とわかる形で削 
れらていた。 

 内部は予想していた通りに、黒く変色したレンガや、灰になった木材に覆われていた。無事な部屋を選別しな 
がら屋敷の中を探索する。選別方法は簡単だ。扉に触れてみて、黒い粉か白い粉がつかなければそれでいいのだ 
から。 

 ほとんどの部屋が入ることも出来ないような状態で、入る事ができても中の惨状は目に余るものがばかりだっ 
た。 

 そんな中、一部屋だけ損傷の少ない部屋があった。本棚やタンス、ベッドなどがあることから、個人の私室で 
あることはすぐにわかった。こまごまとした小物や、やたらリアルな人形の中で、額縁に入れているのに飾るこ 
ともせず、壁に重ねられている数枚の絵が目につく。 

54 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 20:18:55.17 ID:PFwEHQpd0
 あまりうまい絵ではないと思う。プロが描くような洗練された美しさはそこにはない。素人が描いたものと一 
目でわかるようなものだ。けれど、そこには描いた人の人間味が溢れていた。特に、ひまわりの絵はそれが顕著 
に表れていた。あったかさや、やさしさを感じさせるソフトなタッチは、どことなく女性が描いたもののように 
思える。途端、自分がとんでもない所にいるような気がした。もう一度ベッドに目を向けると、その考えは一層 
強まった。 

 しぃが窓へと近づく。僕らの家の窓のような無骨なものではなく、ちゃんとしたデザインの下に造られたとわ 
かるようなものだ。その脇に青く透明な花瓶と、しなびて元気のなくなった花が垂れている。花瓶の中の水はす 
でになく、水が乾いてできた白い物が付着していた。 

 花はどうやらひまわりのようだった。黄色い花弁の部分は茶色く変色し、真ん中の部分は虫に喰われたように 
穴だらけになっている。形を崩し、太陽を感じさせるあの姿は、最早見る影もない。何年間も放置されたまま、 
次第次第に枯れていく。 

 僕は、今日まで見てきた何よりも、この花に“戦争”を感じさせられた。忘れられたひまわり。わすれられて、 
日、回り。壊れる事よりも、壊されずに放置されることのほうが、怖かった。 

 突き動かされるように、僕はひまわりへと手を伸ばす。 

(*゚ -゚)「……だめ」 

 僕の服の裾をつかみ、しぃが呟いた。初めて見た。しぃの瞳に殻はなく、漏れ出してくる意思が見て取れる。 
それはだめ、それはしてはいけないことと、強く訴えかけている。僕は伸ばしかけた腕を下げ、ひまわりを見て、 
次いで、窓の外を見た。 

 窓から見える四角い世界。赤すぎる空が、街を焼き尽くす様子が広がっている。 

 やっぱり、空は不公平だった。 

57 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 20:20:24.48 ID:PFwEHQpd0

 僕がこの教会を見つけたのは、足の疲労を感じて休みたいと思っていたときだ。街の外れに隠されるように建 
っていた。天井の十字架が取れ、風化こそしているが、原型を保ったまま残っていた。だが、先程の例もあるの 
で慎重さは失わないようにする。中はクラシックな教会の造りといった風情で、真ん中に板張りの通路、横に長 
い椅子が脇を固めている。奥には壇上があり、聖書を置くのであろう机と、後方に巨大な女神像があった。 

(主^ω^)「……しぃ?」 

 しぃは僕を見つめたまま、入り口から動かない。再度呼びかけるが、それでも動こうとしない。少し戸惑った 
が、無理に連れまわすものでもないと思い直し、「ちょっと待ってて」と声をかけてから教会の探索を開始した。 

 板張りの床の上を踏むと、ほこりが舞い上がりながら板の軋む音が響いた。静寂の教会の中で歩いていると、 
自分の中におごそかな気持ちが芽生えてくる。椅子の下を見てみるが、当然こんな所にDATは転がっていなか 
った。壇上に登り、机の前に立つ。入り口に、夕日の中で佇むしぃの姿が見える。逆光のせいで、どんな顔をし 
ているかは見て取れない。 

(主^ω^)「……アーメン」 

 意味もなく神父の真似事をしてみた。予想外の恥ずかしさに襲われた。急いで顔を逸らし、後ろの女神像へと 
振り向く。ミニじゃないので、当然中は見れなかった。期待してたなんてことは断じてない。意外と豊満な胸の 
上に、本来あるべき顔がない。最初は取れてしまったものだと思っていたが、こうやって近づいて断面を見ると、 
どうやらはじめからこういうデザインで造られたもののようだ。 

 両腕を下に垂れ下げ、掌が床に接地している。自分の知識の中ではこういう形の女神像は知らなかったので、 
珍しい形をしているなあと考えていた。普通は胸の前で手を組んでいるものだと思う。それにしてもでかい胸だ。 
ただの感想であって、変な事を考えていたなんてことは断じてない。 

 地面と接地している掌には、びっしりと模様が彫ってあった。模様というより、文字のようにも見える。触っ 
てみると、ざらついた石の感触の他に、それとは違う無機的なものを感じる。 

58 名前: プロスキーヤー(山梨県) 投稿日: 2007/03/17(土) 20:21:53.59 ID:PFwEHQpd0
「そんな所で何をやってるんだい?」 

 人の声が聞こえ、僕は咄嗟に女神像から手を離した。悪いことをしているわけではないはずだが、よくわから 
ない罪悪感めいたものが、僕の体を強張らせた。 

 しぃの立っていたはずの場所に、背の高い男の影が立っている。逆光のせいで男の顔は見えない。影が、押し 
殺した声で“くっくっ”とわらう。そして、僕の方へと近づいてくる。 

「驚かせたならすまんな、少年」 

 渋みのあるバリトン。だが、声に似合わずしゃべりかたは軽い。軽薄な印象すら受ける。影が僕に向かってく 
るごとに、影から男の体へと変じていく。高級そうな革の靴に、質の良さそうなダークグレーのズボン、下と合 
わせたダークグレーのスーツをラフに着こなしている。 

「嫌われるのは苦手でな。ここはひとつ、仲良くしようじゃないか――」 

 わらっているのか憮然としているのかよくわからない表情。年寄りのようには見えないが、若者だとは口が裂 
けても言えない。そいつは、僕の方を向き、口を開いた。 

( ,_ノ` )「少年」 









                         ―― 了 ――
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最終更新:2007年03月17日 21:18