もうずっと長いあいだ「それ」は待ち続けていた。
いつ晴れるとも知れぬ、狭く息苦しい暗闇のなかで。

「それ」にとってそこは、本来の居場所ではなかった。
そのことを、「それ」は本能で感じ取っていた。

ただせめて、話しかける相手が欲しいと思った。
そしてできることなら、満足のいく食事がしたかった。

そしていま、長い待ち時間の末、とうとうその時が来た。

「それ」にとっておそらく幸運だったのは、「それ」を閉じ込めていた一枚の紙片が、
ちょうど裏向きに開かれたことだった。瞬き一つする時間さえあればよかったのだ。

紙片の持ち主がそれを裏返して見たとき、すでに「それ」は「それ」本来の居場所に
辿り着いていた。温かく、がっしりとしていて、エネルギーに満ち溢れたその場所。

「それ」は宿主に気づかれることなく、その背中にとり憑いていた。
スタンドにはあるまじきことだが、ひっそりと笑みさえ浮かべたかもしれない。

新しい宿主は、なにやらせかせかと歩き回っている。ずいぶん焦っているらしい。
「それ」は、何か言葉をかけてやろうと思った。初対面に相応しい、特別な言葉を。

初対面! 背中から話しかけるのに! 対面!

その考えに満足しながら、「それ」はゆっくりと言葉を探した。
あまり頭の回るタチではない。そのことは「それ」自身にも分かっていた。

やがて新しい宿主は、何者かと対峙して立ち止まった。怒りで全身が震えている。

「マァマァ、落ち着けよ!」

「それ」は気さくな口調でそう話しかけたが、その声は宿主の叫びに掻き消された。

「……ダイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア
アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

真紅の炎が燃え上がり、あまりの眩しさに「それ」は目を閉じた。

次に「それ」が目を開けたとき、宿主は床で苦しみ転げ回っていた。
上になり下になりしながら、「それ」はその遊びを楽しんでいた。

さっきまでの息苦しい空間とは、天と地ほどの違いがある。

やがて仰向けに転がった宿主の眼前に、別な男の姿が覆いかぶさってきた。
そのとき不意に、「それ」はちょっぴり得体の知れない不安を覚えた。

このまま宿主が殺されてしまうのはマズイ! 「それ」の本能はそう告げていた。
なんとかして目の前の男に、自分の姿に気づいてもらわなくてはならない。

「コッチを見ろ……!」

頭で考えるより早く「それ」は囁いていた。
けれども目の前の男はもとより、宿主すら「それ」の声には気づかなかった。
建物全体を揺るがすほどの爆発音が、再び「それ」の声を掻き消したのだ。

宿主は走りだしていた。両方の肩を庇いながら、疲労困憊といった様子で。
肩の傷は、よほど深いらしい。全身にべっとりと脂汗をかいている。

「それ」にとっておそらく不幸だったのは、新しい宿主の走り行く方角には、およそ
動物らしきものの影のないことだった。人間はもちろん、犬猫一匹すらいない。

それでも「それ」は満足していた。
ひとまず、あの狭い暗闇から抜け出すことができたということに。
そして、「それ」本来の温かな居場所を手に入れたということに。

【道路(G-6)/一日目/午前】
【モハメド・アヴドゥル】
[スタンド]:『魔術師の赤』
[状態]:両肩破壊。両肩にダメージ。両腕が辛うじて動かせる程度
[装備]:背中に『チープ・トリック』
[道具]:支給品一式
[思考・状況]
1)『ゲーム』全てを自分の幻覚の世界だと思い込み、
 スタンド能力の本体である荒木を倒そうとしている
2)登場人物は全て荒木のスタンドの一部なので、
 全員自分を騙し攻撃しようとしていると思い込んでいる

※アブドゥルは南東に進んでいます。
※アブドゥルは『チープ・トリック』の存在に気づいていません。
※『チープ・トリック』はアブドゥルの支給品でした。

※チープ・トリックは背中に取り付くスタンドです。
背中を見られた人物は養分を吸い取られて死亡します。
チープ・トリックは背中を見た対象者を新たな宿主として取り付きます。
※ロワでの制限
「宿主に認識された場合、能力を説明しなくてはならない」
(宿主が背中を見せず死んだ場合は、チープも消滅する)

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73:その者共、同様につき その② アヴドゥル 94:《UNLUCKY COMMUNICATIONS》 その①

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最終更新:2007年06月26日 21:31