仲間の億泰、ダイアーを引き連れて私モハメド・アヴドゥルは、
何処に潜んでいるか知れぬ、“積極的参加者”への警戒を怠らぬまま、
安全と思われる街路を探り慎重に歩を進めていた。
しかし幸運な事だろうか、我々は結局そのような参加者と対面する事は無かった。
最も、我々の”仲間”と成り得る者――承太郎や花京院たち――と出会う事も成らなかったのだが。
あの放送後の一件から、億泰にダイアーと協調する意気は皆無だ。
時折見えるダイアーへの敵意の篭った睥睨から察せる。
やれやれ。纏め役である私が居なければ、どうなっている事やら。
しかし、この少年も少々冷静さに欠けるのでは無いだろうか?
ダイアーは為るべく先程の事は忘れようと振舞っていると言うのに。
スタンド使いでは無いにしろ、この男の方が余程物分りが良いぞ。
日も大きく昇り、仲間同士の衝突と私の仲裁の一件から数時間が経過した頃、
私は街の探索を続行する事に疑問を覚え始める。
そして直ぐに――一つの考えが浮かんだ。鮮烈な閃きだった。
数分程思索し、私は思考の整理を終えると、後ろを歩く二人に振り返り、所見を述べ始めた。
「億泰、ダイアー。……妙だと思わないか?」
何処が珍しいのか、前方の古びたビルへ神妙な視線を向けていたダイアーが応える。
「何がだ? アヴドゥル」
「この街の事だ……些かおかしい。我々以外の“参加者”は勿論、
市街に住んでいる筈の者さえ、一人もお目に掛からない。気配さえ存在しない」
私は『魔術師の赤』 から生命に反応するセンサーを生成し、炎の揺らぎを確認する。
もう何度目であるのだろうか。やはり、生命探知器の反応は我々を除けばゼロ、である。
無論、認識範囲と精度の限界が原因という可能性もあるのだが。
「何が言いたい?」
ダイアーは体を近くの住家の壁に預け、腕を組合せる。
口元には僅かだが、笑みさえ浮かべているのが視認できる。
この男の飄々とした態度も、何処か疑わしい。
億泰は、この男がジョースターさんを侮辱したと確信している。
真偽は兎に角、少なくともこの男の性向は、他者を苛立たせるのに十分なものである。
……しかし、我々は一丸となって巨悪、荒木を打倒しなくてはならない。
仲間内に内輪揉め等が、内在して良い筈が無い。
リーダーであるこの私が、沈着さを保つのは義務なのだ。
私は先刻に閃いた一つの仮説を語り始める。
荒木の性質に関する仮定。それはこの戦いに於いて極めて重要に違いない。
「いいか。長くなるが、私の話を聞いてくれ。
『市街に生物の気配が全く存在しない』。この事実から私は、一つの結論に思い至った。
まず、これまでの説を撤回したい。
私は荒木のスタンド能力を『他者の記憶の操作』と仮定していた。
しかしこれは成立不可能だと断定できる。
何故なら、我々全ての頭脳から、
この街に潜む小動物一つ一つまでの細かな記憶を、
我々から消去すると言うのは流石に不可能だろうからだ。
……だが。少々思考を転換すれば、回答は見えてくる。よりすっきりと決着が付く。
荒木は、我々の“理解”を『封印』しているのだ」
「……“理解”? どういう……事なのだ?」
ダイアーは呆然と呟く。億泰も怪訝な表情で頭を掻いている。
やはり……そうなのだ。間違いない。仲間達は“その事実”に気付けなかったのだ。
そう、あの魔人の、恐るべきスタンド能力に拠って。
「例えば……私の前に一つの物体があったとする。
私は視覚で以って眼前の物体の情報を取得、脳内で解釈し、
『ここに物体がある』と思考する。つまりこれは『理解』なのだが、
そこなのだ。荒木は、そのプロセスのコントロールが可能なのだ。
こう仮定すれば、我々が他の参加者も、一匹の生物も認識不可なのは当然。
荒木は“我々が他生物を発見するプロセス”を大きな範囲として指定し、遮断しているのだ。
認識の封印……幻覚等より、さらに強力な“作為的孤独”だ。
絶対に逃れる事は出来ない。そこに誰かが居るという思考にすら、辿り着けないのかも知れない。
“記憶”等と言う生易しいものでは無い。
“理解”に介入しているのだ。我々の思考ルーティンそのものに、な」
「成る程な、“理解”を封印する、か……!」
ダイアーは顔面に驚愕の色を浮かべている。
驚くのも当然だろう。私が彼の閉ざされた“思考プロセス”を切り開いたのだから。
「そう。この能力の恐るべき点は“気付けない”事なのだ。
能力の下に置かれた者は思考が分断され、目前の“事実”には絶対に到着不可能と成ってしまう。
封印された思考の開拓が出来るのは、他者――共に闘える仲間のみ。
では、何故荒木はこんな奇怪で複雑、非効率的な手口を用いているのか?
答えは単純。荒木は我々の協力を意図しているに違いない。
参加者が合同し行動すれば、より殺戮のゲームが盛り上がるからだ。
『教会』でのあの男のふざけた態度は、それを如実に示している」
完璧、である。この仮定には最早矛盾は存在しない。
私が辿り着く事が出来たのだ。奴のスタンド能力の本質に。
……しかし、肝心な部分はここからだ。
「この能力ならば、我々が他の参加者が見つけられないのも腑に落ちる。
我々三人は、荒木によって『認識を切り離されている』のだ。
実際は目の前に参加者は居るのに、発見出来ないと言う訳だな。
つまり私達が――」
「で……でもよォ」
億泰が手で頭を押えながら私に口を挟んできた。どうやら、理解に苦しんでいる様である。
これ程、明快な解説をしたというのに、まだ良く分かっていないのか。
少々お頭が足りないのだろうか。あの英明な承太郎の舎弟とはとても思えない。
「俺は自分の家で、あの『鳥野郎』と出会ったんだぜ。
アヴドゥル――気絶していたあんたを見つけたのも、あの場所だ。
俺達三人が荒木から『切り離されている』と言うのなら、あの鳥野郎は何だったんだよ?
俺は腕をやられた。認識を操るだけじゃあ、こんな事できねえんじゃねーの?」
なんだ、その程度の事か。
少し頭を頭を働かせれば簡単な事だ。
「チッチッチッ。甘いぞ億泰。
その『鳥』が参加者である、と何故断定できる?
荒木は認識を操る事が可能――つまり、能力の対象者に自由自在に物体を作り出して見せる事も出来る。
一種の幻覚だな……『鳥』は君が荒木に見せられていた虚像だったのだ。
君がゲーム開始時に居た場所は『君自身の家』。
荒木は恐れていたのではないか?偶然にしろ、君が自宅に居るのは
我々のような他の参加者に対して不公平だからな。
不公平では、ゲームが面白く、円滑に進まない。
だから奴は『参加者の鳥』の幻覚を作り出し、君を襲わせたのだ。
その腕の欠損も説明が出来る。『我々が思い込んでいるだけ』なのだ。
億泰、君は最初から怪我などしていない」
「な、なんだって……!?」
少年は私の解説に、驚愕の表情を見せる。
彼の思考プロセスも、私が今切り開いたという事だろう。
「……続きを話そう。恐らく私達三人は、先の億泰と同様、
荒木に『恐れられている』。少なくとも、
我々三人が他の参加者から『切り離されている』可能性は高いのだから。
これは『特別扱い』されているとも言える」
「何故、我々が特別扱いなのだ?」
問うダイアーに、私は振り向く。
「分からないか、ダイアー?
答えは単純。
『我々の中に、荒木側から見て最も重要な人物が居るから』。これでしか無い。
つまり、奴の究極の能力に対抗できる、突破口と成り得る人物……だな。
それは誰なのかは、まだ分からないが」
そう……この『重要人物』は他ならぬ私である。
『理解』の支配から脱出可能なのは私なのだから、ほぼ百%間違い無い。
しかし、完全に確信の持てる情報でも無い。この事は二人には黙って置く事にする。
もしかしたら――『重要人物』は荒木と同じ日本人であり、この街の住人。
さらにあの承太郎と親交を持つ億泰なのかも知れない。
「……私の話はこんな所だ。
この仮定が間違っているとしても、
街に全く生物が存在しない以上、我々が意図的に『隔離』されている可能性は非常に大いに有り得る。
そこでだ。これからの行動について、私から提案がある。
私は、このままこの街を探索しても埒が明かないと思う。
結局、誰とも出会う事も叶わなかったのだからな。
もし、荒木に我々三人が目を付けられているのならば尚更。
下手に動くべきでは無いのだ」
「つまり何処かに潜み、休むと言う事か?」
ダイアーが訊く。私は、奴の表情から喜びを見て取った。
歩くのに疲れてしまったとでも言うのか? ……この非常事態に。
「ああ。向こうに見える古いビルが良いだろう。高さは十階程か。
窓や屋上から、街の様子を観察出来るだろう」
「でも、いいのかよ?
ビルの屋上なんかに居たら、目立つだろうぜ。外の得体の知れねースタンド使い共に」
「それは問題無いだろう、億泰。我々は荒木に隔離されているのだから。
他の参加者と鉢合わせに成る事自体、有り得ない」
「そ……そうかなァ?」
やれやれ。世話の焼ける少年である。
そんな間抜けな頭脳では、何時か荒木に倒されてしまうぞ。
私は二人と共に、支給品の地図(この地図も十分疑わしいが)の【F-5】に対応する位置に存在する、
半ば廃墟と化したビルへ足を向けた。
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最終更新:2007年05月18日 03:30