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 ピピピピピピピピピ…………。
電子音が室内に響く。
朝だ。だが、ベッドに横たわる少女は、一向に起き上がろうとしない。
ピピピピピピピピピ………………。
容赦なく響く電子音。
シングルサイズの布団の中で少年のようにばっさりと切られた栗色の髪が揺れる。
(眠い……。)
きっと、昨夜の夢のせいだ。しかし、いったいどんな夢だったのだろう?
思い出せない。
(そういえば、確か今日は朝連のある日だ。)
そんな事を考えつつまだ焦点の合わない眼を半分だけ開く。
「今何時だろ…。」
一瞬の間があいた後、少女の黒に近い緑色の瞳に驚きの色が浮かぶ。
「7時前……えっ!7時前ぇ!?やばいつ。」
先程まで自分の寝床の中で惰眠をむさぼっていた少女がベッドから勢いよく飛び降りる。
「あ~、やっぱ1人暮らしはきついなぁ……」
彼女……矢上叶榎(やがみきょうか)には両親がいない。叶榎が小学校に入ってすぐに事故で亡くなってしまった。
……しかし、叶榎には、兄がいた。だから叶榎が、両親がいない辛さで涙を流した事は、両親の葬儀の翌日から今までの10年間、一度もない。
両親が亡くなってからは、兄が彼女を育ててきた。
だが、その兄は今年の春結婚し、この家を出た。
正確に言うと叶榎が、どうしても残るという兄を追い出したのだ。叶榎は、最愛の兄が、自分の為に今まで、沢山の物を諦めたのを知っていた。友と一緒にいこうと約束していた大会のある部活動も、大学への進学も、自分の趣味に金を割くことも……。これ以上兄から何かを取り上げてはいけない、ずっと兄の夢だった幸せな家庭を奪ってはいけない。自分も、両親を失った時の兄と同じ年齢まで成長した。独りで生活する事ぐらい出来る、いつまでも兄に甘えていてはいけないのだ。そうおもってあにの背中を押した。
こうして叶榎は、この家に独りになった。しかし、今まで寝起きの悪い事の多い叶榎は兄に頼りきっていた。それゆえか一人暮らしになった今、こうしてたまに朝を寝過ごすのだ。
「急がねぇと…また夏に怒られちまう。」
叶榎は慌ててパンを口に押し込む。セーラー服を体に引っ掛けながら、口の中身を牛乳で一気に流し込む。鞄を肩から下げ、靴を履く。急いで自転車に乗り全力でペダルをこぐ。
家から全力疾走する自転車で道を縫うように進む事2分。
「叶榎、おそぉい!遅れちゃうでしょぉ~。」
青々と葉の広がる並木道の交差点で、いきなり叶榎に向かって怒声が飛んでくる。
「ごめん!なんかまた観ちまって、帰りなんかおごるから許してくれ、なっ?そう怒んなよぉ、なつ~。」
「仕方ないなぁ~。」
怒声を発した少女が苦笑いを浮かべて答える。
この少女をはじめて見る人間は、口を揃えて『可憐』と評価するだろう。
頭部の上のあたりで左右二つに結い上げられた鮮やかな金髪。どこか、愛くるしい印象を与える枯葉色の瞳。その色合いが生来のものである、と主張する自然さ。その容姿からもほのかに、異国の雰囲気が漂っている。……夏紀は祖母が英国人……詰まり、彼女自身がクオーターなのだ。
叶榎と夏紀は、昔からの知り合いで、お互いのことを己以上にと言っても過言ではないくらいよく知っている。叶榎の力についてもだ。叶榎には子供の頃から不思議な力がある。先に起こる事を夢で観てしまうという………。

 子供の頃から、黒いはずの髪の色が一筋だけ栗色をしていた。その一筋は、ほかの髪より伸びるのも速く、いつも、そこだけ長かった。
何故かは両親もよく分かっていなかったらしい、と後で兄から聞かされた。私自身は、この髪を気に入っていたので、気に留める事は無かったが、幼稚園に入る頃にはそのことでよく男子にからかわれた。だが、気が強かった私は、気にするどころか逆に男子をいじめ返していた。小学校でもそれは同じで、その頃は、まだ普通に友人も居た。
しかし中学に入り、他校の生徒も混ざってくると、そうもいかなくなり、次第に陰口を言う人間が増えてきた。すると、それまで普通に接してくれていた友人たちでさえもだんだんと距離を置き、私のそばから離れていった……。
それでも、傍に居てくれた友もいた。離れていかずに私を………私自身を見ようとしてくれたのだ。離れていかなかったわずかな友人の中の一人が夏紀だ。彼女は、私にとって一番大切な友……親友だ。今も、そしてこれからも……。
2人で同じ高校に行こうと約束し、2人は、地元の風宮高校を受験した。叶榎は、弓道が得意で、この辺りの大会では、常に優勝出来るほどの実力者だ。更に、成績は学年二位という事で風宮は、喜んで迎えてくれた。
夏紀にしても、学年1位というだけあって主席扱いだ。風宮に入学し、2人は弓道部に入部した。叶榎は一筋だけ髪の色が違う事を隠す為、他の部分も栗色に染めた。
だが、一晩経つと元から栗色だった部分の色が更に濃くなり、翌日には、鳶色に変わっていた。調度その頃からだ。あの夢……叶榎は『未来視』と呼んでいる…を観る回数が次第に増え始めたのは……。
「…………。」
「叶榎?叶榎ってばっ!」
……ふと、我に返る。
「あっ、ああっ、なんだ?」
「なんだって……。もう、お昼休みよぉ。お弁当いらないのぉ?せっかく、叶榎の好きな卵焼き作って来たのに……全部食べちゃうから。」
夏紀が叶榎の顔を覗き込みながら呆れたように言う。
この表情は叶榎をからかっている時の顔だ。
「えっ。いっいや、いる、いります!」
叶榎もそのからかいにのって、慌てた風を装って答えた。
どうやら、考え事をしているうちにかなりの時間が過ぎていたようだ。
「だったら、屋上行こぉよ。」
「あっ、ああ。」
夏紀が歩き出す。叶榎も慌てて後を追って行った。

叶榎が寝坊騒ぎを起こした翌日。
今日は土曜日なので部活も学校も休みだ。
だが、叶榎は学費を稼ぎ、所帯持ちとなった兄の負担を少しでも減らすためにバイトをしている。休日など、あってないようなものだった。
今も自転車で並木道を進み、バイト先に向かっている。
叶榎のバイト先は、自宅から自転車で15分のところにある。少し遠いところであるが、なにぶん都会と言うよりは、田舎に近いというような街だ。下手に便数の少ないバスや電車では、交通費がかかるどころか時間も倍は費やす事になるだろう。
叶榎は、定刻より5分早くバイト先の店に到着した。自転車を駐輪場に停めて裏口から店内に入る。
カラン。
「こんちわぁ。矢上入りまぁす。」
叶榎がバイトをしている店は、商店街の中にある雑貨店で、若い娘の好みそうな小物が売られている。店内もきちんと整えられており、外から見る者が入らずにはいられない、そんな店だ。
「いらっしゃい、叶ちゃん。今日もお願いネ!」
店長の玉置ゆいから声がかかる。玉置は、二十代前半で、店の営業に成功したやり手の女性で、この近所でも有名な美人だ。高校時代は、『白百合のゆい』と呼ばれていた事もあるのだと、この店で経理を行っている男性が言っていた。
「はい!玉置さん。お願いします。」
叶榎が笑顔で返事をし、早速仕事を始めた。
………カラン。
ドアのベルが乾いた音を響かせる。
「いらっしゃいませー。」
入って来た客に気付いた店員の一人が声をかける。叶榎も、後れて声をかけようと顔を上げる。
いらっしゃいませは接客業の基本だ。
「いらっしゃ……」
…………ドアを開けて入ってきた人影を見て思考が一瞬止まる。
その人影は、少年だった。年齢は、20歳に手の届くかどうか……おそらく、17歳ぐらいであろう。整った顔立ちで、翡翠色の瞳をしている。着ている服も、黒の布地に、襟元と袖口に白でラインをいれてある七部袖のシャツに、深い緑色のズボンという一般的な物だ。あまり見慣れないものといえば、彼の右手に着いている装具と、左手の金色の鎖で出来ている腕輪ぐらいであろう。しかし、叶榎の目を留めたのはそれらではない。
そんなはず、無い。あっていいはずが無い。自分以外にそんな人間いるはずがない。だが、今、目の前に居る少年は……
叶榎の目を止めたのは……少年の髪だった。彼の髪は、黄金色をしている。後ろ髪を長く伸ばし、軽く編んで右肩に掛けている。その髪に視線を向けた途端、叶榎の思考は混乱してしまった。
───長い。一筋だけ。少年の髪が。
「ウソだろ……」
そう、叶榎はつぶやく。だが、彼女自身は、その事にすら、気付いていなかった。
ありえない。叶榎は、無意識の内にそう思い込んでいた。
そう、叶榎の思考を混乱させたのは、少年の髪だ。
少年の髪は、一筋だけ色彩が異なっていた。その一筋はオレンジ色をしていた。
その事実を認めることが出来ない。
有得ない、あり得ない、ありえない、ありエナイアリえないアリエナイアリエナイありエナイ……
短い沈黙が訪れる。叶榎がふと、横を見ると、玉置や他の定員達も驚愕の表情を浮かべている。ここには、そのことで驚く人間はいないはずだ。しかし、店の者はそれでも、そろって驚愕の表情を浮かべたままだ。
叶榎は、改めて少年を凝視した。
……よく見ると、服が所々紅い、血だ。少年は全身を紅く染めている。
「きゃあああああああー」
若い女性定員の一人が恐怖のあまり悲鳴をあげた。
しかし、少年は意に介した様子もなく声を発する。
「何故だ。何故お前が、お前の様な奴が、こんな場所にいる?お前の様なアビリティーハーバーズが……。」
その言葉は、明らかに叶榎に向けられていた。
「な、何のことだよ!?」
叶榎は自分が今、どういう状況に置かれているのか理解出来なかった。
「仕方がない……。ここの責任者は?」
玉置が何の気負いもなく少年をにらみつけながら手を上げる。
「私よ。」
「すまない、騒がせたな……すぐに出て行く。」
少年が今度は叶榎に歩み寄ってくる。
「おい、女、お前も来い。お前がここに居ると近い内に他の者に迷惑がかかる。」
叶榎は、おどけつつもとっさに反論した。
「ど、どうゆう意味だよ、それは!今会ったばっかりのあんたの言う事なんか、聞けるわきゃぁねぇだろぉ!」
「仕方が無い……少し説明するとするか。」
少年はそう告げ、何かを床に書き始めた。それと同時に何かをつぶやき出した。
「時を流れよ・時空神の末裔たる者・望みのありし者の為・時を裂け・今こそ我に・今こそ此処に・時空の扉を・開け放たん。」
一瞬、店の中が歪んで見えたのは叶榎だけだった。少年が涼やかな声を発した直後に周りの景色からだんだんと色が抜けていく。
時空転移魔法〈空移─KUUI〉発動。
だが、そんなものを生まれてこの方、一度も見たことのない叶榎は、思わず大声で言った。
「えっ、何やったんだよ!てゆーか、あんたは何者だ!」
「俺は斎賀暁、魔術師だ。今書いたのは魔法陣、それを使って時空転移の魔法を起動させた。ここは、仮想空間。ここでは時間の流れが違う、ここの一日は、外での0.000001秒でしかない。ここでならゆっくり説明が出来る。」
少年……暁はそう言うとまた何か陣を書き、呪文を唱え始めた。
「過ぎ去りし日々・通り過ぎた過去・駆け抜けよ・今此処に・我の望みし物・その力を持って・映し出せ・光よ。」
瞬く間に陣の中に映像が浮かび上がる。幻影系映像魔法〈影月─EIGETU〉が発動したのだ。
……どこか、外国の城下の町並みのようだ。そう、まるで中世の欧州のような。
「全ては……ここから始まった。」
そう言って少年……暁は、叶榎の目を見据えた。

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