WOLF'S RAIN

71話 WOLF'S RAIN


「うえっ……うぷ……」
「……」

稲垣葉月とレックスは、エリアF-6の島役場を訪れ、そこで一人の女性の死体を発見していた。
銀髪の若い女性の死体。胸元に二個の穴が空き血溜まりを作って死んでいる。
初めて生で死体を見た葉月は凄惨な状況に耐え切れず胃の中の物を戻していた。
一方の黒狼レックスは、死体を見た事は今までにも何度かあったため、
それ程動揺はしていなかった。

「大丈夫? ハヅキ……」
「ん……も、もう大丈夫。そ、そうだよね。殺し合いだもんね。
死体くらい、あるよね……うぷ」

本物の死体を見付けた事で、葉月は改めて、
自分が殺し合いの場にいるという事を再確認する事となった。
何とか気丈に振舞うものの、心の奥底の死への恐怖が再び顔を覗かせる。
笑顔を作ってはいるが葉月の身体がブルブルと震えているのがレックスには分かった。

「と、とりあえず、二階へ行こう」
「う、うん……」

何とか葉月を立たせ、二階へ連れて行こうとした時だった。
機関銃の掃射音と同時に、レックスは身体中に灼熱を感じた。

「ガッ……!?」

衝撃で倒れるレックスの視界に映ったものは、全身から血を噴き出して崩れ落ちる、
赤髪の最愛の女性の姿だった。

「やっと見付けたわよ、この変態狼」

銃口から煙を噴き上げる小型サブマシンガン・イングラムを構え、
床に倒れた黒狼と女を睨み付けるのは、銀髪の少女、銀鏖院水晶。

「よくも私の純潔を奪ってくれたわね……覚悟なさい」
「……」

レックスは激痛に耐え、立ち上がり、血反吐を吐きながら水晶の方を向く。
そのレックスの目を見た途端、水晶は凍り付いた。
ぎらぎらと燃え上がるような赤い瞳、皺が寄り切った眉間、
これでもかと言う程牙が剥き出しになった口。
平時なら滅多に見せる事のない、黒狼レックスの憤怒の表情がそこにあった。

「な、何よ、自業自得でしょ?」
「……でだ」
「え?」

カツ、カツと足の爪が床に当たり小気味良い音を立てる。
レックスが水晶にゆっくりと近付いていった。
黒狼から発せられる威圧的なオーラに水晶はたじろぎ、思わず後ずさりした。
そしてレックスが異様な程静かな声で言う。

「何でハヅキまで撃ったんだ。殺るなら俺だけでいいじゃないか」
「ハヅキ……? その女の事? 何、あんた、その口振りだとずっとその女と
宜しくやってた訳? ハッ、アンタ獣のくせして人間の女にしか発情しないの?
本当に変態狼ね」

本気で激怒しているレックスに怒りを向けられながらも水晶がなお減らず口を叩くのは、
相手は丸腰の上に満身創痍、こちらには連射可能な銃があるという安心感からだったのかもしれない。

「何? 色んな事しちゃった? あんたの根元に瘤の付いたデカ○ンを、
その女の下の口にズボズボやってたの? いや、上の口にも?」
「……黙れ」
「へぇ~、その女もスキモノよねぇ。人間なのに獣とするなんて。
それともその女も獣にしか欲情しないのかしら?」
「……黙れよ」
「あんたら二人共、変態同士だから番いになっちゃった――――」
「黙れっつってんのが聞こえねぇのかこのクソガキ!!!!」

荒々しい、凶暴な咆哮にも似た怒声をレックスが発する。
空気が震えるようなその怒鳴り声に、水晶は驚き、口を止めた。

「……確かに、俺はお前を無理矢理犯した。純潔を奪った。
だから、俺はお前に殺されても仕方ないと思うよ。でも、な……。
ハヅキは何の関係もない。ハヅキは俺と一緒にいただけで何も知らない。
なのに、お前はハヅキまで撃った! ハヅキまで侮辱した!!
…………お前、死ぬ覚悟はできてんだろうな」
「な、何を……あんたそんな穴だらけの身体で何ができるのよ。こっちには銃があるのよ?」

イングラムの銃口をレックスに向け、尚も優位である事を強調する水晶。
だが、レックスは怯む様子もない。

「……お前、妖狼、ナメてんだろ」

次の瞬間、水晶の横を一陣の風が吹き抜けた。
それと同時に、水晶の目の前から巨躯の黒狼の姿が消えていた。

「……あ……?」

消えていたのは黒狼だけではなかった。

「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!?」

水晶の右腕の肘から先が丸々消えてなくなっていた。
突然の出来事、そして激痛に水晶は狂ったように叫ぶ。
ふと後ろを振り向くと、イングラムを持ったままの自分の右腕の肘から先を咥えた、
黒い巨大な狼の姿が。
凶暴かつ残虐な妖狼の本性を、レックスが現した瞬間だった。
水晶の右腕を吐き捨てると、切断面を押さえのたうち回っている水晶に近付いていく。

「く、来るなっ、来るな化け物……!!」

先程までの威勢は完全に消し飛び、涙目涙声になり水晶がレックスを追い払おうとする。

「化け物? そうだよ俺は化け物だよ? 化け物が人間殺すのは当然だろうが」
「い、嫌だっ、お願い助けて、死にたくない! 死にたくないっ!!」

必死に助命を嘆願する水晶を完全に無視し、黒狼が水晶を押し倒し、
鋭い牙をその喉元に当てた。

「あ、ぁ、うああぁぁあああああ嫌だぁああああああぁあああああっ!!!!!」




「うっ……ぐ」

喉元を食い千切られ、絶望と恐怖に満ちた表情のまま絶命した水晶の死体を尻目に、
レックスは痛む身体を引き摺りながら、床に倒れたまま動かない葉月の元へ近付いた。

「……ハヅキ……ごめんよ……俺のせいで……」

自分の行いのせいで、無関係の葉月まで巻き添えにしてしまった。
心から愛していた女性を、死なせてしまった。
レックスの目から、自然と涙が溢れ出る。

「……レックス……」
「!! は、ハヅキ!!」

死んでいたと思っていた葉月の口から自分の名前が呼ばれた事に、
レックスの心に希望の光が差し込んだ。
だが、その希望はすぐに絶望へと変わる。

「……ごめん……レックス…………私、もう駄目みたい……げほっ!」
「そ、そんな……ハヅキ!! しっかりしてよ!!」
「いい、の……分かるの……って言うかレックス、貴方も撃たれてるんでしょ……?」
「お、俺は平気だよ! 妖狼だよ? そんじょそこらの獣より頑丈なんだよ!」
「そ……う…………」
「は、ハヅキ? ハヅキ!!」

レックスは感じていた。葉月の命の火が徐々に徐々に小さくなっていくのを。
もうすぐ葉月はいなくなる。レックスの心に言い知れぬ恐怖と、悲しみが襲ってきた。

「い、嫌だ、嫌だよそんなの……お願いだから死なないでよ!
ずっと一緒にいようって言ったじゃないか! ねぇハヅキ……!!」
「そう、ね、だから……お願いが、あるの……レックス」
「な、何?」

もう、自分は死ぬ。ならば、と、葉月はレックスに頼む。

「貴方のその牙で……私の喉を食い千切って」
「……? な、何、言ってるんだよ? そんな事できる訳……」
「お願い、よ……どうせ死ぬなら、貴方に、殺されたい、の……。
そ、それで、ね、食い千切って、こ、殺した後、わ、わたしを……食べて」
「…………!!」
「……そう、すれば……私は、貴方の……血肉になって……生き続けられる、から……」
「は、ハヅキ……!!」

大粒の涙が黒狼の頬を伝い、葉月の顔に垂れて落ちる。

「もう……泣かない、の……」
「……っう……ひぐっ……」

もう、言葉を返す事もままならない。
レックスは、葉月の願いを聞き入れる事にした。
鋭い牙の並ぶ口を、葉月の細い首元に運び、牙を突き立てる。
葉月は覚悟を決め、目を閉じ、レックスに抱き付いた。

「レックス……貴方と会えて、私、幸せだった。救われたよ」

それは俺も同じだと、レックスは心の中で叫んだ。
心のどこかで殺し合いに怯え、死の恐怖に怯えていた自分を、
稲垣葉月という女性は優しく包み込んでくれた。自分のような獣の欲望を受け入れてくれた。
葉月にはどれだけ多くの大切なものを貰ったか分からない。
できれば死なないで欲しかった。生きていて欲しかった。だが、もう――。

「それじゃ、お願い、レックス……」

そして、遂に葉月が執行を乞う。
泣きながら、レックスは、葉月の首に突き立てられた牙に力を込める。
鋭い牙が、葉月の頸動脈、気管、食堂に深々と食い込み大量の血が溢れ出た。
激痛と苦しみに耐え、葉月がレックスを抱きしめる腕の力を一層強くした。

「れ、くっす……だい、すきだよ……あい、し、てる……ありがとう……」





嫌な音と共に、葉月の喉笛から鮮血が噴き出し、葉月の身体から全ての力が抜け、床に横たわった。
島役場ロビーが、瞬く間に赤い塗料で塗りたくられる。




「うっ……あ……は、ハヅキぃ……」

鮮血に塗れた黒狼が、穏やかな表情を浮かべたまま事切れる赤髪の女性に縋り、
大粒の涙を流し泣きじゃくっていた。



【銀鏖院水晶@自作キャラでバトルロワイアル  死亡確認】
【稲垣葉月@俺オリロワリピーター組  死亡確認】
【残り19人】



【レックス@オリキャラ】
[状態]:全身被弾(命に別条なし)、身体中血塗れ、深い悲しみ
[装備]:なし
[持物]:基本支給品一式(食糧一食分消費)、ダマスカスソード
[思考]:
0:……ハヅキ……。



※F-6役場周辺に銃声が響きました。
※稲垣葉月、銀鏖院水晶の所持品はそれぞれの死体の周囲に放置されています。





とある二人の殺人者の動向 時系列順 出会い、別れ、男娼館にて
とある二人の殺人者の動向 投下順 出会い、別れ、男娼館にて

焼け付く想いは憂い募らせる 稲垣葉月 死亡
焼け付く想いは憂い募らせる レックス 君との思い出
焼け付く想いは憂い募らせる 銀鏖院水晶 死亡

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最終更新:2010年06月06日 22:32
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