もう言葉もない、言葉が出ない

68話 もう言葉もない、言葉が出ない


高原正封の傷はだいぶ治癒し、余り無理をしなければ歩いて移動もできるようになった。

「よかったたかはらさん、ほんとうにしんじゃうとおもったから……」
「ごめんね遥ちゃん、心配掛けさせて。でも、だいぶ動けるようにはなったよ」

ずっと傍で正封の容体を気にしていた仲販遥が正封を心配する。
よくよく考えれば出会って一日も経っていない男を、可憐な少女がここまで気に掛けてくれるのは稀有な事だろう。
そういう意味では自分は果報者だと正封は思っていた。

「他のみんなは?」
「ええと、シリウスさんとトマックくんはおくじょうにいってそとをみはっているって。
アキラくんとデスシープさんはみまわりだって」
「ふぅ、ん……」



男娼館の屋上にて、サーベルを携えた銀色の人狼シリウスと、
アーマライトAR18アサルトライフルを携えた黒っぽい服に身を包んだ白い狼獣人の少年トマックが、
男娼館の外に広がる市街地を互いに見据えていた。

「銃声も聞こえなくなったな……」
「そうですね……って言うか、今、何人生き残っているんでしょうか」
「放送の時点で残り33人だったが、今はもっと減ってるかもな」

ゲーム開始から9時間近く経過しており、最初の6時間で14人が死亡した。
現在もリアルタイムで死者は出ているのだろう。
自分達が今も生きていられるのは幸運なのかもしれない。

「あの高原っていう狐獣人、良かったな、持ち直したようで」
「そうですね……」
「見た感じ一般人みたいだったけど、やっぱり獣人だな。治癒能力は高いみてぇだ」

二人は数時間前にこの男娼館に同行者でありトマックのクラスメイトである少女仲販遥と現れた
狐獣人の青年、高原正封について話す。
襲撃者の狼獣人の女剣士に瀕死の重傷を負わされたが、
遥、トマック、シリウスの三人による治療の甲斐あって山場は越え、
現在は意識も取り戻し無理がない程度なら歩けるようにもなった。

「あ、そうだ。あのアキラとデスシープは……確か見回り行ってるんだったな」
「はい……そうです」


「ぎゃあああぁぁあああああああああぁあああ!!!」


突然、誰かの悲鳴がシリウスとトマックの耳に届いた。

「おい、今のは……」
「多分、デスシープの……」
「……行くぞ! トマック!!」

火急の知らせ。今の悲鳴は尋常ではない。
最悪の事態を想定しつつ、二人は悲鳴の方向へと向かった。



「で、デスシープっ……」
「無駄だよ。心臓、肺、腸に至るまで全部斬り裂いたからね。もう死んでる」
「こ、この……!!」

男娼館の玄関ホール。
苦悶の表情で既に事切れた山羊の頭を持った青い悪魔デスシープ。
そのすぐ傍に血で刀身が濡れた太刀を装備した狼の女剣士シェリーが立っていた。
彼女の視線の先には、致命傷ではないものの身動きが取れない程身体を切り刻まれた、
青髪の少年アキラがうつ伏せになりながらシェリーを睨み付けていた。

見回りを行っていたアキラとデスシープを、シェリーは強襲した。
デスシープはアキラを庇おうとしたが、左肩を負傷し両手持ちができないとは言え、
シェリーの剣裁きはデビルチルドレンの力を失ったただの少年に過ぎないアキラと、
魔力を封じられ近接戦闘は不得手なデスシープでは太刀打ちできるものではなかった。

結果、デスシープはシェリーの斬撃をもろに受けほぼ即死。
アキラももはや自力で身動きが取れなくなっていた。

「安心しなガキ。すぐにあんたも仲間の所へ送ってやるよ」

シェリーがアキラの元へ歩み寄る。

(くそっ、くそっ! 身体が、身体が動かない……!!)

アキラはどうにか逃れようともがいたが余りの激痛に立つ事もできなかった。
まだこの男娼館にはシリウス、トマック、高原正封、仲販遥の四人の仲間がいる。
この狼女剣士――そう言えばシリウスから聞いた狼女剣士と特徴が似ているが、
もしや同一人物なのだろうか。だとすれば四人が危ない。
だが、立ち上がる事もできず、息もしずらい。

(こ、ここで死ぬのか、俺は……!?)

狼女剣士が太刀を逆手に持ち替えた。
恐らくあれで自分に止めを刺すつもりだろう。

(ジン……すまない、俺は、ここまでみたいだ……。
すまないデスシープ、俺を庇おうとしたばっかりに……)

もうどうする事もできない。アキラは心の中でまだ生き残っていると思われる、
親友であり大切な仲間のジン、そして身を挺して庇ってくれたデスシープに、
これから死に行く事を心の中で詫びた。
そしてこの男娼館で出会った四人の志を同じくする仲間の事を思う。

(みんな、早く、逃げ――――)

唐突にアキラの意識は止まった。
その背中には、シェリーの太刀が無慈悲に突き立てられていた。



「て、てめぇ……!!」

シリウスが怒りの表情で、狼女剣士シェリーを睨み付ける。
傍らでトマックもAR18の銃口をシェリーに向けていた。
二人が到着した時にはもう全てが終わった後だった。

「アキラ、デスシープ……」

床に転がる血塗れの二人の死体。
特にデスシープに至っては内臓が飛び出し無惨な状態になっている。

「遅かったねぇ。もう殺しちゃったよ」
「この野郎、タダで済むと思うなよ……!」
「あら、それじゃ私も、この左肩の借り、返させて貰おうか、な!」

太刀を構えシェリーが二人に突進する。

「このぉっ!!」

トマックがAR18の引き金を引き、シェリーに向けて掃射する。
無数の5.56㎜NATO弾がシェリーの身体を貫く――事はなかった。
弾丸の軌道上に既にシェリーはおらず、トマックに向けて高く跳躍していた。

「トマック! 避けろ!!」

シリウスがトマックに向かって叫ぶが時既に遅し。
シェリーが空中で思い切り太刀を薙ぎ払った瞬間、白い狼の首が宙を舞った。
天井や周囲の床が、断面から噴き出した鮮血で軒並み赤く染まる。
持っていたAR18を床に落とし、トマックの身体は床に崩れ落ちた。

「……てめぇぇぇぇ!!!!」

シリウスが怒り狂い、サーベルを振り上げシェリーに突進した。
渾身の力で払われた刃をシェリーは太刀で防ぐ。

「剣で私に勝てるとでも思ってんのかい?」

至って余裕の表情で、シェリーはシリウスのサーベルを打ち払った。
衝撃でシリウスが体勢を崩す。

「ちぃっ……!」

急いで体勢を整えようとするシリウス。
だが、それよりも、太刀の刃が銀色の人狼の毛皮を真紅に染めるのが早かった。
胸元に深い斬り傷を負い、肋骨から肺まで損傷したシリウスはごぼっと血を吐き、
ドクドクと床に血を流しながら片膝を突いた。
シェリーは太刀を振り上げ、シリウスに執行の言葉を告げる。

「さよなら」

グサ、というとても嫌な音が響き、シリウスの左鎖骨から心臓にかけて、
太刀の刃が容赦なく入り込み、切り裂いた。

「畜生……畜生、畜生、畜生、畜生……ちく……しょ……う」

シリウスは金色の瞳で最期までシェリーを睨み付け、
そして床に倒れ血溜まりを作り息絶えた。

「ふぅ……」

ようやく自分に手傷を負わせた当人を仕留める事ができ、内心喜ぶシェリー。
それだけではなく、他にも三人のキルスコアを稼ぐ事にも成功した。
思えば、シェリーはその事でやや油断していたのかもしれない。
その背中に向けられた小型リボルバーの銃口に気付くのは、余りに遅すぎた。

四発の乾いた銃声が響き、シェリーの背中に四発の38口径の弾丸が撃ち込まれる。

「がはっ……!?」

血を吐きながら、ゆっくりとシェリーが振り向くと、

「お、お前……生きて……たのか……」

数時間前に、自分が太刀で身体を刺し貫き殺害したと思っていた、
狐獣人の青年が、同行者である少女に抱えられながら、銃口から煙を噴く
小型リボルバー・ニューナンブM60を構えて立っていた。
後ろを取られるという戦士にあるまじき失態を演じた自分を嘲笑いながら、
シェリーは床にうつ伏せに倒れ、動かなくなった。



突然聞こえた悲鳴。そして銃声。
居ても立ってもいられなくなった正封と遥は、音のした方へ向かった。
正封は歩けるようになったとは言え、まだ全快という訳ではなく無理をすると傷口が開き、
取り返しの付かなくなる可能性があったため、遥に肩を支えられながらの移動だった。

そして現場に到着した時、既に事は済んでしまっていた。

「そんな……シリウスさん、トマックくん、アキラくん、デスシープさん……」
「くそぉ……みんな、死んじまったのかよ……!?」

玄関ホールは血の海となっていた。
シリウス、トマック、アキラ、デスシープ、そしてたった今撃ち倒した狼獣人の女剣士。
五人もの屍が転がっていた。
恐らく、狼女剣士が四人を殺害したのだろう。

「たかはらさん……」

遥が沈んだ口調で言う。

「どうして……どうしてこんなことになっちゃったのかな……。
みんなでこんなころしあいなんかしたってなんのいみもないよ……。
なのに、どうして、このおおかみのおんなのひとみたいに、
ころしあいをするひとがいるの……? こんなのおかしいよ……」
「……遥ちゃん……」

正封も遥と同じ気持ちだった。あのリリアという女性はなぜこのような馬鹿げたゲームを始めたのか。
なぜ、ゲームに則って殺し合いをする人々がいるのだろうか。
人とは案外簡単に一線を越えてしまうのだと、何かの本で読んだ事はあったが。

「たかはらさん、わたし、もういやだよ……たえきれないよ」

遥が目に涙を浮かべながら正封に言った。
正封には遥の心境が痛い程理解できたが、掛けてやれる言葉が見付からなかった。


パン!!


――見付かったとしても、掛けられる機会は永遠に失われた。

「え……?」

正封の目の前から遥が消えた。
否、視界の端に、こめかみの辺りに穴が空いた遥が床に倒れて行くのが見えた。
ふと、正封は床に倒れ息絶えているはずの狼女剣士の方に顔を向ける。

「くく……ざまぁ、ない、ねぇ」

僅かに上体を起こした狼女剣士が、どこからともなく取り出した小型拳銃の銃口をこちらに向けていた。
狼女剣士はまだ辛うじて生きていたのだ。

更に乾いた銃声が一発響く。
だが今度は狼女剣士ではなく、正封のニューナンブが火を噴いた。
左目を撃ち抜かれ、狼女剣士――シェリー・ラクソマーコスは今度こそ永遠に活動を停止した。

「……遥、ちゃん……?」

正封は床に倒れた遥に正封が近寄る、が、結果は火を見るよりも明らかだった。
こめかみから銃弾が貫通して生きていられるはずはない。
先程まで屈託のない笑顔や、悲しみの表情を浮かべていた遥の可愛らしい顔は、
もう何の表情も宿していなかった。

仲販遥は死んだ。
他の仲間も、襲撃者も、全員死んだ。自分だけが生き残った。

床に膝を突き、突っ伏しながら、正封は嗚咽を漏らし始める。

「何で……何で俺みたいな奴が生き残っちまったんだ……。
もう嫌だ……どうしろってんだよ……畜生、誰か教えてくれよ、なぁ……!
うっ、ううっ……ぐすっ……」

正封の心を絶望が支配する。心の支えになってくれていた仲販遥はもういない。
自分はこれからどうすればいいのか。誰かに殺されるまで、死に怯えるしかないのか。
どうすればいいのか教えて欲しくても、答えを出してくれる者などいるはずもなく。

死屍累々の様相を呈する男娼館の玄関ホールで、
狐の青年はただ、涙を流すだけだった。



【シリウス@オリキャラ  死亡確認】
【トマック@自作キャラでバトルロワイアル  死亡確認】
【仲販遥@自作キャラでバトルロワイアル  死亡確認】
【アキラ@真・女神転生デビルチルドレンライト&ダーク  死亡確認】
【デスシープ@VIPRPG  死亡確認】
【シェリー・ラクソマーコス@FEDA  死亡確認】
【残り21人】




【一日午前/C-7男娼館:玄関ホール】

【高原正封@俺オリロワリピーター組】
[状態]:精神的疲労(極大)、背中から右胸下辺りにかけ刺し傷(処置済)、
深い悲しみ、絶望
[装備]:なし
[持物]:基本支給品一式、ニューナンブM60(0/5)、38sp弾(25)
[思考]:
0:今は何も考えたくない。
※俺オリロワ開始前からの参戦、ではないかもしれません。
※「朱雀麗雅」という名前が気になっています。
※胸元に重傷を負っているため、無理な行動は危険です。




※C-7男娼館:玄関ホールに仲販遥、シリウス、トマック、アキラ、デスシープ、
シェリー・ラクソマーコスの死体と持物が放置されています。
※C-7男娼館周辺に銃声が響きました。




≪支給品紹介≫
【アーマライトAR18】
1963年に開発された突撃銃。工作技術が低い第三国でも製造可能な様、
プレス加工部品を多用しているのが特徴。
かつて輸出用ではあるが日本でも生産されていた。
使用弾薬:5.56㎜×45NATO弾 装弾数:30





血風の狂詩曲 時系列順 It never permits It kills without fail.
血風の狂詩曲 投下順 It never permits It kills without fail.

あの日の思い出を薄めては 高原正封 出会い、別れ、男娼館にて
あの日の思い出を薄めては 仲販遥 死亡
あの日の思い出を薄めては トマック 死亡
あの日の思い出を薄めては シリウス 死亡
あの日の思い出を薄めては アキラ 死亡
あの日の思い出を薄めては デスシープ 死亡
修羅が騒ぐ シェリー・ラクソマーコス 死亡

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最終更新:2010年06月03日 00:21
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