城之内はもっと評価されるべき

眼下に広がる岩礁に波がぶち当たり雄々しく弾ける様を、男は溜め息をついて眺めている。
男の背後に立つ灯台に設置されている僅かな照明を除くと、光源は星々のみの暗い所だった。
辺りに民家は見当たらない。周りにある目ぼしい人工物と言えば、灯台と灯台に続く道路があるのみで、
その他には様々な雑草が生い茂る荒れ野が広がるばかりである。

────田舎だ。こんな縁も所縁も何もない、辺鄙な片田舎で、俺は最後を迎えなければならないのか? 何故、俺が?

城之内祐二はついこの間、新日暮里消防署に配属されたばかりの、まだまだ未来への可能性を秘めた若者である。
城之内には、自分ならきっと社会的に尊敬され得る人間になれるだろうと、確信していた。
自分は頭が切れるし、見てくれも悪くない。だからこそ全ての男児が必ず一度は憧れる新日暮里消防署に就職出来たのだ。
そして城之内にとっては、まだまだこれからが人生の本番だった。経験を積み、職員からの人望を集め、
いずれは消防署の署長に出世してやろうと、意気込んでいた。自分を信じて、そして相応の努力を重ねていけば、
決して不可能なことではない。自分は、野心を抱くに十分値する器を持つ人間だ、半ば取りつかれたようにそう思い込んでいた。

しかし城之内の自信とは裏腹に、新日暮里消防署職員の城之内への評価はそれほど芳しいものではない。
とはいっても、決して悪いものでもなかった。新日暮里の名をある意味で背負っている猛者揃いである職員達の目から見れば、
城之内は良くも悪くも平凡な人間だった。これといって際立つ特徴のない彼は、濃いキャラクター性を持つ職員達の目には、
格別良いものにも悪いものにも映らない。その他大勢の、どこにでもいる若者の一人でしかなかった。

そんな職員達の目が、城之内は嫌いだった。自分は平凡な人間ではない。自分は有能だ。
思い通りにいかない周囲の評価を振り払うように、城之内は必死に職務に取り組んだ。
────俺は有能だ。俺は平凡なんかじゃない。周囲の連中は見る目がない。俺の実力を見せてやる。

しかし城之内の思いも空しく、『並の人間』という評価が覆る事は今日に至るまで、とうとう一度もなかった。
それどころか、城之内が頑張れば頑張るほどに、根拠のない自信や他人を見下す性分が気に入らないという職員達がちらほらと現れ、
皮肉な事に城之内は、幾人かの職員達からの人望を失い、疎まれる事になってしまった。
平凡という評価から抗えば抗うほど、城之内に張り付いた『平凡』というレッテルは色濃くなっていく。

城之内が少数の職員達から疎まれ始めた丁度同じ頃、彼と同じ頃に入社した鎌田呉作が、
蟹になるのが将来の夢だと熱く語り、その素直で天真爛漫な性格が先輩に当たる職員達から気に入られ、人望を集めていた。
城之内が呉作に対して嫉妬した事は、言うまでもない。しかし何かしらの嫌がらせを呉作に仕掛けるような事はしなかった。
例え根拠がなかったとしても、元々自分に対して絶対の自信を持つ男である。
自分の努力が呉作に比べて足りなかったのだと城之内は反省し、さらに力を入れて職務に励んだ。

人からの評価を必要以上に意識し、自分は他人よりも優れているという苛烈な自信と愚直な公平さを併せ持つ、城之内はそんな男だった。
彼は何よりも、自分が社会的に何も成し遂げられないまま、死んでしまう事を拒む。
人として生まれたからには、何が何でも多くの人からの尊敬を得られるような、大偉業を成し遂げなければならない。
そうでなければ生まれてきた意味がない。むざむざと機会を棒に振るような事をしてたまるか。そうだろう?

幼い頃からひたすら自分に言い聞かせてきた言葉が、城之内の胸に深く沈みこんでいく。
崖の上から岩礁を眺めて、再び溜め息をついた。

────ここからどう逆転すればいいんだ。仮に優勝できたとしても、できたとしても、俺には殺人鬼と言うレッテルがついてしまう。
例え殺さずに優勝できたとしても、このバトルロワイアルとかいうゲームに参加させられたという事実が誰かに知られたら、
そいつはきっと俺を疑うに決まっている。犯罪者だの、人殺しだの、裏で好き勝手言われるだろう。
そうなると、出世なんて出来る筈がない。一度張り付いてしまったレッテルは一筋縄では剥がれ落ちない。
……『平凡』のように。

城之内は顔を上げて崖から離れる。何気なく灯台の方に足を向け、ぶらぶらと歩く。
視界には灯台と、その奥に広がる混沌とした草原のみしかなかった。改めて、田舎だ。

────野心を秘めて田舎を飛び出し、大偉業を成し遂げようと夢見た俺だったが、結局はそれもならず。
最後に戻ってきた場所は俺の故郷のような、この国から忘れられたかのような田舎か。
飛び出してやったつもりだった『田舎』だが、とうの昔に『平凡』とかいうふざけたレッテルと同じように、
俺が生まれた瞬間からこびり付いていた訳か。

「二度とこんなド田舎に戻りたくなかったんだがな……」

城之内は遠い目を浮かべて灯台の壁に額を押しつけ、寂しげに呟いた。

ふいに、城之内は何かの気配を感じて後ろを振り向いた。身長180cmはゆうに超すであろう大男がすぐ後ろに立っていた。
トゲ付の首輪とショルダーベルトを身に纏い、鋭い目つきをした、異様な男だった。
外見の異様さだけならまだいい。城之内の恐怖心を殊更に掻き立てたものは、城之内に向けられたサブマシンガンの銃口。
そして背後に立っていた男が、よりによって最悪な男、TDNコスギだったという事。

「TDN……さん。いったい、何の真似ですか?いつの間に……」
「灯台の陰に隠れていたんだよ。何の警戒もなしにぶらぶらと歩きやがって。全く、ゲームのルールを理解してんのか?
 今の状況を見て、俺が何の真似をしているか分からんようでは、やはりお前は脳なしだぜ。ボーイ」
「……あんたにかかれば、誰だって脳なしじゃないですか。貴方はいつもいつも和を乱す。だから消防署から解雇されたんだ」
TDNはくつくつと笑った。
「別に向こうが俺の首を切ったわけじゃないがな。そんな事よりボーイ、何を突き付けられているのか理解しているのか?
 まずはデイパックを捨てて、後ろを向いて両手を上げろ。さっさとしないと撃ち殺す」

そう言われると、城之内は従うしかなかった。TDNは凶暴な男だ。彼の逆鱗に触れるわけにはいかない。

「さて城之内、今までに俺以外の参加者に出会っているか?」
惨めな姿をさらして、脳なしと言われて、城之内の心中は穏やかではなかった。
しかし、後ろから銃を突き付けられているため、言う事を聞かざるを得ない。
「誰にも会ってないです」
「お前の支給品は何だ?」
「まだ確かめてありません」
城之内の背後から含み笑いが聞こえる。
「ずいぶんと間抜けなボーイだな」
「…………」

ゲームが開始された直後、己の境遇に空しさを感じて呆けていたのは致命的なミスだ。
デイパックの中には、TDNを逆転しうる武器が入っているかもしれないのに。城之内は歯噛みする。
銃口を城之内の頭に向けたまま、TDNはデイパックを探る。中から出てきた鉄パイプを少しの間調べた後、
ズボンのポケットの中にしまった。

「TDNさん、俺をどうするつもりですか?」
「銃口を突き付けた姿勢から、予想される次の行動は一つしかないだろ、ボーイ。ましてや殺し合いだぞ」
「…………」

やはり、このままでは俺の末路は決まっている……だろうな。城之内は深く息を吐いた。
そして、死んでたまるかと、強く決意する。城之内は生まれてこのかた、まだ何も成し遂げてはいない。
歴史に名を残すくらいの偉人になりたい。子供のような夢だが、城之内にとっては生きる全てだった。
よりによって消防署を追われたTDNに殺される事は、城之内にとって屈辱だ。

「TDNさん、貴方は殺し合いに乗っているんですか?」
その問いに、TDNは何でもないかのようにまあな、と答えた。
「貴方は確か、バトルロワイアルのルール説明の時に、主催者に向かってFack Youと挑発していたじゃないですか。
 それなのに、いざゲームが始まったら主催者の言うとおり素直に殺し合いをするんですか?」

TDNは城之内の言葉を聞いて押し黙っている。しばらくしてから、TDNはくつくつと笑う。
「急に饒舌になったな。生き残るのにずいぶんと必死じゃないか、ボーイ」
TDNの冷笑が城之内の不安を駆り立てる。いつ引き金を引かれてもおかしくはない。
その事を意識すると、途端に恐怖が心の奥底から湧き出てきた。
まずい……遠回りなどせずに、単刀直入にTDNに用件を伝えなければ……

「俺を生かしてくれたら協力します!何でもTDNさんの言う事を聞きます!
 二人で行動すれば、TDNさんが優勝する確率がぐっと上がる!」
「おいおいおいおい、いきなり話が飛躍したな。だが残念だったな。今の段階では"まだ"仲間は必要ない」
城之内の顔から血の気が引き、顔面蒼白となる。死の恐怖で、全身が氷のように冷たく固まった。

「そんな……どうしてですか!」
城之内は半ば泣き叫ぶように言った。
「城之内……俺はお前と違って、脳味噌を出来る限り使って行動しているんだよ。全ては死なないためだ。
 仲間、情報、これらは確かに俺を安全にしてくれる。だが、この状況で安全を確保するために
 最も優先的に用意しなければならないものは、やはり武力。だから俺は、ゲーム序盤では
 殺し易そうな参加者に狙いを定めて、武器集めに専念する事にした」
「俺自身がTDNさんの武器になります!命を賭けてでもTDNさんを守って見せ」
城之内が悲鳴のような声を上げた途端、後頭部に鋭い痛みが走った。サブマシンガンで撃たれた?
違う。殴られたんだ。思い切り殴られた。

TDNは、倒れ、朦朧としている城之内に馬乗りし、空いている片手で首を締め付ける。
もう片方の手は相変わらずサブマシンガンを握りしめ、城之内に向けて照準を定めている。

「思ってもいない事を言うな。大人しく従うような性格じゃないだろ、ボーイは。
 プライドだけは無駄に高い雑魚を奴隷にしても、足をすくわれるだけだ」
「お願いだ……!こ、殺さないでくれ……!」
首を絞められ、城之内は思うように声が出ない。
「いい子だ。話すならそれくらいの音量で話せ。さっきみたいに大声をあげたら即撃ち殺す」

────涙が、止まらない。俺はこのまま死んでしまうのだろうか。
職員の連中から疎まれ、何も成し遂げられないまま、こんな辺鄙な田舎で、
よりによってリストラされたゴミ野郎のTDNに……殺されなきゃならねえのかよ

涙と鼻水を垂れ流しながら、しゃがれた声を命をかけて出す。苦しくて苦しくて、だんだん意識が遠のいていく。
TDNはこのまま弾数の節約のため、城之内を締め殺すつもりなのだろう。TDNにサブマシンガンすら使わせられなかった事が、残念でならない。
もう何もかもが嫌になった。どれだけ頑張っても何も自分の思い通りにはいかないのだから。

「どうして……お前みたいな……リストラされた奴、、なんかに……」
「さっきも言ったが俺は別にリストラされたわけじゃない。自分から辞めてやっただけだ」
「う、、う……う……」
もはや声が出ない。意識も真っ白だ。

────自分でやめてやった?単なる言い訳じゃねえか。要するにお前は逃げただけだ。
お前は署内でトップクラスの業績、それこそ池田や定岡のような陰口野郎には手の届かない男だったが、
決してトップにはなれない男だった。辞めたのはいつまでたってもビリー署長やカズヤさんのようになれなかった事に、嫌気がさしただけだ。

「俺が辞めたわけ、知りたいか? ボーイ?」
嫌らしげな笑みを浮かべている。TDNは語りだす。
「俺は長年消防署に勤めていて、何故か毎日違和感を感じていた。仕事をすればするほど、鬱憤が溜まっていく事に気づいたんだよ。
 どれだけ報酬を貰っても、どれだけ称賛されようと、フラストレーションが晴れる事はなかった。俺は何故なのか考えた」
「は……は、」

────だから、手を離してくれ……俺はお前のような奴が殺していい男じゃないんだ。
生きてさえいれば俺はいつか必ず偉大な人物になり、全人類に貢献できるんだ。
生きてさえいれば……俺は……俺は、俺は、俺は、俺は俺は俺は俺は────

城之内が泡を噴き出した。眼球からは黒目が消えた。死の一歩手前だ。
TDNは、そんな城之内を嘲笑を浮かべながら眺め、呟いた。

「考えたらすぐに分かった。消防員という仕事は俺に向かない。人を助ける仕事は、俺には向いていないのだろう。
 そんな捻くれた俺が殺し合いに乗るのは、極自然な流れだと思わないか?バトルロワイアル、なかなか面白いゲームだ。
 最後の最後に、俺を舐めた主催者も必ず殺す」

TDNの鍛え上げられた握力が、城之内の首を絞める。城之内の意識が完全に飛んだと判断し、
TDNはサブマシンガンを置いて両手で城之内の首を締め、止めを刺しにかかる。

「ボーイ、お前はもう少し自分を知るべきだ。身の程を弁えて、初めから新日暮里消防署に近寄らなければ、
 殺し合いに巻き込まれる事も、俺に出会う事もなかったろうに」

ギチギチと、城之内の首が締め付けられる。

────嫌だ、死にたくない……死にたく…………

【城之内祐二@本格的!ガチムチパンツレスリング 死亡】
【残り39人】

【一日目/深夜/I-10】
【TDNコスギ@本格的!ガチムチパンツレスリング】
[状態]:健康
[装備]:サブマシンガン(残弾数不明、TDNは確認済み)、鉄パイプ
[所持品]:基本支給品一式(パン残り3個)
[思考・行動]
基本:主催者も含めて皆殺し
1:まずは武器を探して武力を集める。
※24時間ルールのノルマを達成しました。
※城之内祐二の支給品を拾いました。

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GAME START 城之内祐二 GAME OVER
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最終更新:2009年12月23日 18:25
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