僕にその手を汚せというのか

島の北西部、A-2地点の砂浜。
さざ波が絶え間なく押し寄せる海岸に、一人の男が佇んでいた。

その地点からほぼ真逆にあたる島の南東部、F-5の浜辺。
こちらにも一人の男が佇んでいた。

年のほどは同じくらいの二人の中年男性。
しかし、この二人は共に後ろ暗い過去を持つ者同士であった。






北西部の男は日本人であった。
かつては警察に属していながら、その筋の者との交友を種に強請りのターゲットになってしまった男である。
彼はさる有名スポーツ選手と異母兄弟という血縁関係にあり、その者に累が及ぶのを避けるために警察を辞めることとなった。
それでも、強請りはエスカレートするばかりであり、ついにはその男の殺害を決心したのだった。
だが、そんな彼を押し留めたのは、彼が何よりも守りたかった異母弟であった。
兄が弟を思うのと同じように、弟もまた兄を思っていたのだった。

結局、その異母弟が殺人を実行したのだが、彼はそれゆえに苦悩することとなる。
たった一人の弟への愛情と、元警官としての良心の呵責と、二つの相反する感情に彼は揺れ動いた。
最終的に彼は最も敬愛し、かつ信頼でき、さらに古い友人でもある刑事に身代わりとして自首をした。
だが、その聡明なる刑事は彼の隠す全てを見抜いており、彼の身代わりも空しく実行犯である異母弟は逮捕されたのだった。
彼とて、その殺人にはアリバイ工作や、毒物の持ち出しといった形で関わっていたのだが、異母弟と刑事により不問に付されることとなる。
だが、そのことは彼を慰めるものには到底成り得ず、むしろ後悔と慙愧の念に駆られるだけになってしまったのだ。

自分があの時、暴力団員の誘いに乗って野球などしなければ。
弟が自分の代わりに手を汚すこともなかった。
尊敬する旧友に警察官としての責務を曲げさせることもなかった。

仕事も辞め、外にもロクに出ずに、ただ時間を浪費するだけの日々を、彼は送っていたのだった。



そんな男がどうした因果か、このバトルロワイアルに招かれる格好となった。
何故自分が?そんな思いが去来し、心の整理がつかないままに彼は今の砂浜に降り立っていた。
しばらく呆然と佇んでいたものの、思い直したように支給されたデイパックを漁ると、中から1枚の紙切れが出てきた。
どうやら、自分と同じくこの舞台に呼び出された者たちの名前が記された名簿のようだった。
そして、その中にあの友の名を見つけて、彼に戦慄が走るのだった。

彼は思う。
あの男なら、この催し、いや事件を解決するように動くのだろう。
だが、普段の事件現場とは異なり、この場においては自らの命が常に危険に晒されているのだ。
そんな中に、血を見るのが嫌いで、さらに銃の扱いも不得手な刑事が放り込まれている。
いつ何時、尊敬する男の命が散ってもおかしくない状況なのである。

問題はそれだけではない。
仮にゲームに乗った連中が彼を襲い、それに応戦して相手を死に至らしめてしまう可能性だってあるのだ。
その男自身の意思とは無関係に何らかの不慮の事故が起き、結果として誰かの命を奪うことだって考えられる。
そうなってしまえば、仮に生きて帰れたとしてもその後の人生において十字架を背負い続けることになってしまうのだ。

「そんな事は絶対にさせちゃいけない……」

自らがその十字架の重さを知るだけに、彼は決意する。
既に一線を超えたことがあると言ってもいい自分が、降りかかる火の粉を払い落とす役目を担おう、と。
尊敬するあの男を死なせないために、その手を汚させないために。
自分がその身を血に染めることを、旧友は決して喜ぶことはないだろう。
だが、一度道を外してしまったた男が、旧友の恩にこの場で報いるにはこれしか方法が無い、彼はそう考えていた。

「古畑さん……馬鹿なことだと怒るかもしれないけど……どうか許してください」

傍らのデイパックを拾い上げ、背中に担ぐ。
ずしりとしたその重さは、中身の重さだけでなく彼――向島音吉の背負う罪の重さもあったのかもしれない。



【A-2 浜辺 一日目深夜】

【向島音吉@古畑任三郎】
[状態] 健康
[装備] 私服
[所持品] 支給品一式、ランダム支給品(かなり重いもののようですが、背負えないほどではありません)

[思考・状況]
1.古畑を生かすために、他の参加者を駆逐する




 *      *      *




南東部の男は欧米人であった。
彼は慈善家であり、常日頃から周囲の名士に対して寄付の依頼を行っている。
そのやり口は時に執拗なまでに寄付を迫るといったもので、慈善家ならぬ偽善家のように周囲から後ろ指を指されることもあった。
もっとも、彼の国では富める者は半ばこうした寄付行為を行うことを当然のこととして求めれるような風潮にあるのだが。
名士の側としても一種の税金対策になるわけで、ある意味ではギブアンドテイク、そんな関係が成り立っている。

そうした慈善行為がある程度自然に浸透した国に生きる彼だが、その内情は少々複雑である。
彼を慈善行為に駆り立てているのは、博愛という感情や偽善という感情だけではない。
まだ若かりし頃、彼が犯したある過ちがその行動原理の源流となっていた。

若さというものは時に一つの才能と呼ばれるように、若いというだけで自信に満ち溢れている者は少なくない。
若き日の彼もまたそのような人物の一人であり、後先考えずにいろいろと無茶をしたものだった。
だが、彼は些か調子に乗りすぎてしまった。

ある夜のことだった。
酒場でいつものように酒を飲んでいた彼は、別の客とトラブルを起こしてしまった。
相手は街では荒くれ者としてそれなりに名の通った男であったが、若さと酔いに任せた彼はここで羽目を外しすぎてしまう。
最初は小突き合うだけだったその喧嘩は、次第に殴りあいになり、最終的にはお互いに掴み合って酒場の床を転がるほどの揉み合いまで発展した。
同じく酒の入った周囲の客が囃し立てて煽ったというのも彼にとっては一つの不運だった。
揉み合いになる中で、相手の男がとうとう懐に忍ばせた銃を取り出したのだ。
先手必勝と撃たれる前に飛び掛った彼と相手が揉み合いになったところで、その銃が暴発してしまったのだ。
当たり所も悪く、その相手の男は手当ての甲斐もなく命を落としてしまう。

先に相手が銃を取り出したことを周囲の客たちが証言したことで、彼には情状酌量の余地が認められた。
しかし、彼が耳にした噂では、相手の男の葬儀では小さな子供を抱えた男の妻が、ただひたすらに涙を流し続けていたというものだった。
荒くれ者にも家族がいたという、当たり前の事実に彼が気づいた時にはもう取り返しのつかないことになっていたのだ。
若さと酒に流された末に起こしたこの事件は、彼に一生消えぬ十字架を背負わせることとなったのだった。
彼の慈善事業が、主に未亡人や孤児に向けられたものであることはこの事件の影響が多分に含まれていたのである。



彼は虚ろな表情で浜辺に佇んでいた。
ミシシッピー川を行くリバーボートに乗り合わせ、そこで殺人事件に遭遇したことが彼の古い忌まわしき記憶を呼び起こしていた。
そればかりか、気づけばミシシッピーとはまるで違う島に飛ばされ、そこで見ず知らずの者たちと殺し合いを行うことを強いられた。
過失から人の命を奪った経験を持つ彼が、このことに気落ちしないはずがなかった。

支給された武器が銃ではなかったことは、彼に複雑な心境を抱かせていた。
幼き頃より父や祖父にくっついて狩りに興じた彼もまた、狩り……主に鳥を撃つことを趣味としていた。
銃とはかつて人の命を奪った忌むべき存在ではあるが、幼少の頃からの積み重ねもまた彼の人格を形成する一つの要素であった。
本来ならば手に取ることはおろか見ることさえ避けたいはずの銃を持つことだけが、彼をさまざまな苦悩から一時的に解き放つキーとなっていたのだった。

人の命を奪い合うというこの舞台で銃が支給されなかったことは、ある面では銃で人を殺めたことのある彼を安堵させた。
しかし、その銃を握ることで日頃は安寧を手にしていただけに、ある面では彼に不安を抱かせてもいたのだった。

「神よ……」

かつて過ちを犯してからというもの、慈善事業と同じく神に祈ることにも傾倒した彼が呟く。
償いや罪滅ぼしの為にその青春を捨て去り、人生を捧げてきた彼が今また罪を犯すことを求められる。

「主はまた私にその手を汚せとおっしゃるのですか……?」

彼がそれを神の思し召しと捕らえたかどうか……
苦悩に顔を歪ませた彼――ウィリアムは、自分の身の振り方に思いあぐねる。



【F-5 浜辺 一日目深夜】

【ウィリアム@ミシシッピー殺人事件】
[状態] 健康
[装備] 私服
[所持品] 支給品一式、ランダム支給品(銃ではないようです)

[思考・状況]
1.人を殺めることへの強い迷い



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最終更新:2012年08月04日 16:40
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