GAME SET

第七十四話≪GAME SET≫

島役場一階オフィス。
全ての窓のブラインドとカーテンが閉め切られ、光源は茶色の制服に身を包んだ紫髪の憲兵の女性が座る、
デスク上のランプのみ。施設内の照明は非常口案内板や消火栓等を除き全て消えている。
女性憲兵――松宮深澄は、ノートパソコンの画面に表示される難解な文字列と戦っていた。
キーボードの上の両手の指が驚く程の早さでキーを叩いている。

(やはり……一筋縄では行かないようだな)

彼女が操作するノートパソコンの画面に表示されている文字列は、
この殺し合いの運営側のメインサーバーへの道を守護するセキュリティプログラム。
どうにか完成させた即席のハッキングソフトを使い、運営のメインサーバーには到達出来たが、
このセキュリティプログラムを突破しなければメインサーバーの中枢には入る事は出来ない。
セキュリティプログラムはコンピューター知識に豊富に通ず彼女でさえも、
全く見た事も無いような高度な技術で作成されていた。
今までの知識を頼りに手探り状態でプログラムを解読していくが、
それは言うなれば、図書館の奥の倉庫に眠る膨大な書籍の山から、
過去の偉人が記した貴重な書物を見つけ出すようなもの。
深澄の額に汗が滲み出る。

(しかし、こいつを突破出来なければ、どうにもならん……何とか踏ん張るしかなさそうだな)

余りの難解な文字列・数字列に辟易しながらも、深澄はひたすら画面を凝視しキーボードを打つ。


同じ頃、島役場裏口の前に、白いYシャツとジーンズ姿の茶髪の男、大崎年光と、
血塗れの制服を着た狼獣人の少女、藤堂リフィアがいた。

第二回目の放送後、二人は残り人数の少なさに半ば絶望していた。
自分達を含めて、たったの9人。もう10人を切ってしまっていたのだ。
市街地で仲間を集めて脱出手段を探す、という構想が危うくなっていた。
禁止エリアは三つとも全く関係の無い場所だったので気にする事は無いと判断した。
そしてこれからどうするか二人で相談し合った結果、
市街地のほぼ中央部に存在する島役場を目指す事にしたのだ。

そして数十分後、二人は島役場へと足を踏み入れようとしていた。
裏口のノブを回し、鍵が掛かっていない事を確認する。
ゆっくりと、音を立てないようにしつつ、扉を開け、建物の内部へ年光が先行した。

「動くな」
「ちょ、ちょっと待て。撃つな。撃つなよ」

年光が建物内に足を踏み入れた直後、こめかみに銃を突き付けられる。
横目で確認すると、暗くてよく分かりにくかったが、どうやら憲兵の女性らしかった。

「中に入れ。お前もだ」
「は、はい」

女性憲兵――深澄は銃を突き付けたまま年光とリフィアを建物の中に入れた。
二人は持っている武器を床の上に置けと命じられ、言う通りにした。
ホールドアップの姿勢を取らされたまま、二人は深澄に尋問を受ける。

「お前達の名前は?」
「お、大崎年光」
「藤堂リフィアです」
「単刀直入に聞くが、殺し合いに乗っているのか?」
「乗ってない」
「乗ってません」
「その様子だと随分苦労してきたようだな。特に娘の方」
「ま、まあそうだな」
「そうです……」
「……いいだろう。悪かったな。私は松宮深澄だ」

どうやら殺し合いには乗っておらず、そこそこ戦いを経験していると判断した深澄は銃を下ろし、警戒を解いた。
緊張感から解放され二人は安心の笑みを漏らす。
その後深澄は「絶対に声を出すな」と二人に釘を刺し、役場一階オフィスに案内した。
なぜ声を出してはいけないのかと二人はいぶかしんだが、すぐにその理由を知らされる。
深澄から筆談によって聞かされたのは首輪からの盗聴の可能性。
そして今、運営側のメインサーバーにハッキングを仕掛け、首輪の解除を狙っているという事。
盗聴の可能性について聞かされた時は二人はかなり驚いた様子だった。
下手をしたらいつでも首輪を爆破される状況だったのである。
しかし、その次に聞かされたハッキングの話を聞かされた時、二人は思わず歓声を上げてしまいそうになり、
深澄にきつく制止された。
自分達の考えは間違いでは無かった。
脱出への糸口を見いだせる可能性のある人物が目の前にいる。
二人の心に希望の光が射す。しかし深澄は「過剰な期待はするな」とメモ帳に書いた。
もしハッキングがばれたら、自分のみならず、下手をすれば現在生き残っている全員が処刑されるかもしれない。
まさにこれは諸刃の剣なのだ、と。
しかし、年光は同じくメモ帳に「それでも希望が見えただけ嬉しい」と書く。
リフィアも尻尾を振りながら嬉しそうな表情を浮かべる。
そんな二人を見て深澄はフッと笑みを浮かべ、メモ帳に「年光は正面、リフィアは裏手を見張ってくれないか」と書く。
二人は頷くと、年光はモシンナガンM1891、リフィアはコルトM1900を携え、ブラインドの隙間から外を見張り始めた。
深澄は再びデスクに腰掛けると、複雑な文字列との戦いに戻った。


志水セナは、殺害した二人の少女からの戦利品を自分のデイパックの中に押し込むと、
最も人が集まりやすそうな場所という理由で島役場を目指し歩いていた。
手にはイングラムM11A1を携え、夜の街を突き進んでいく。

「このまま……優勝してみせるわ」

優勝への決意を更に固めながら、セナは島役場へ向かっていく。


新藤真紀は、島役場の正門に辿り着いていた。
敷地内に足を踏み入れようとして、思い止まる。

(もしかしたらブラインドの隙間から見張ってるかもしれないわね)

暗くて分かりにくいが、どうやら島役場の全ての窓のブラインドとカーテンが閉め切られているようだ。
これは、中に誰かがいる可能性が高い。
迂闊に近寄ると、逃げられるか、攻撃される危険がある。
さて、どうしたものか、と、真紀は周囲を見渡す。
すると、役場のすぐ右隣に面した民家に目が行った。
塀が役場の建物のすぐ右脇まで続いている。
真紀は役場右脇の民家の敷地内に入り、姿勢を低くし、塀に隠れるようにして役場建物右側面の辺りまで移動した。
そして、両手に力を込めながら、塀を乗り越えた。
役場の敷地に降り立つ際、可能な限り足音を立てないよう、ゆっくりと降りた。
そして再びしゃがみ歩きの体勢を取り、小さな窓から中の様子を探る。

(いた!)

役場正面方向を監視する男と、オフィス奥のデスクで何やらパソコンに向かって作業をしている女、
そして役場後方を見張る獣人の少女の三人。
やはり正面は見張られていたのだ。危ない所だった。

(どうやら気付かれていないみたいね、これは好都合だわ)

見た所、男はライフル、少女は拳銃を持っている。他にも武器を持っている可能性が高い。
正面から切り込めば、銃撃戦になる事は確実。
こちらも無傷では済まされないだろう。
真紀は思案する。どうすれば比較的安全に中にいる三人を殲滅出来るか。

(……ちょっと力押しになっちゃうけど)

真紀はしゃがみ歩きのまま、島役場前方部、ライフルを持った男――年光が見張っている場所に移動する。
しかし現在真紀がいる場所は年光からは死角になっており確認する事は出来ない。
しかし、真紀からはブラインドの隙間から辛うじて年光の姿が確認出来た。
流れは完全に真紀のものになっている。

(これを使う時が来たわね)

真紀はデイパックをゆっくりと開け、中から野球ボール程の大きさの黒い物体を三個取り出した。
それは――真紀がこの殺し合いで初めて手に掛けた野球選手からの鹵獲品である。


年光がブラインドの隙間から、夜の闇に包まれた役場正面広場を監視する。
動く影は見当たらない。見えるのは街灯の光に照らされた役場前の道路や建物のみ。
手にしたモシンナガンを握る手に力が籠る。
ようやく、脱出に手が届こうとしている。
何人もの罪の無い人々が理不尽な殺人ゲームを強いられ、命を落とした。
自分とリフィアも仲間の死別を経験した。
断ち切るのだ。この悲劇の連鎖を。
そして今、自分の背後で女性憲兵、松宮深澄が必死に運営のメインサーバーにハッキングを仕掛けている。
後一歩。後一歩なのだ。
邪魔させる訳にはいかない。襲撃者が来たら、容赦無く――殺す。

「リフィア、そっちの様子はどうだ?」

年光が役場後方を見張るリフィアに声を掛けるため、顔を後ろに向けた。
その時だった。

バリィィィン!!

年光がいる位置の近くのガラスが突然弾け、ブラインドを突き破り何かが投げ込まれた。
投げ込まれたそれはデスクの上を跳ね、深澄のすぐ近くで止まった。

「――――!!」

それを見た深澄が、驚愕の表情を浮かべた直後――。


ドガアアアアアアアアアアアン!!!


それ――手榴弾が、激しい爆音と爆風、爆炎を巻き起こし、炸裂した。
一階のガラス窓が、一瞬にして全て吹き飛び、ガラスの破片が外に飛び散る。

爆心地のすぐ手前にいた深澄の身体は、跡型も無くバラバラに砕け散った。
苦労してセッティングしたノートパソコンも、脱出への糸口も、深澄と運命を共にした。

リフィアは爆風によって吹き飛ばされ、巻き起こった炎に身を焼かれながら外へ放り出された。
固い路面に何度も身体を叩き付けられ、ようやく停止したリフィアの身体は、
今まさに炎に包まれようとしていた。
それだけでは無い、右腕が無くなっていた。顔の右半分がグチャグチャに損壊していた。
もう身体を動かす事も出来ない、何も感じない。痛みも熱さも。

「……私……死ぬんだ……もう……」

徐々に狭まっていく視界の中で、彼女が最期に見たものは、
大きなガラス片に身体中を貫かれ横たわるセーラー服を着たハーフ狐獣人の少女だった。

ハーフ狐獣人の少女――志水セナは、役場裏手、リフィアの監視範囲から死角になる位置で突入の機械を窺っていた。
そして、いざ突入しようと、窓へ向かったその時、突然役場一階で爆発が大きな起きた。
吹き飛んだ窓ガラスの破片は、無数の鋭利な凶器と化し、セナに襲い掛かった。
セナの足、腹、胸、腕、喉、そして左目を、ガラス片が深々と抉る。

「ぎゃっ、い、ぁ……ごふっ」

そして間もなくセナは、その場に仰向けに倒れ、活動を停止したのだった。

そして、一番爆心地から遠かった年光も、衝撃波により外へと放り出され、固いアスファルトの上に強く全身を叩き付けられ、
何度も転がり、ようやく停止した。
身体中の激痛に耐え、起き上がろうとするも、右腕と左足が全く動かなかった。
地面に叩き付けられた時の衝撃で、右腕と左足の腕はいとも容易く破断したのである。
それでも何とか視線を役場の方へ向ける。

「あ……ああ……そん……な……嘘……だろ……?」

そこで彼の目に映った光景は、まさに絶望そのもの。

役場の一階部分が、炎上していた。
真っ赤にめらめらと燃え上がる炎は、役場一階のみならず、役場全体を呑み込もうとしている。

「嘘……だ……こんな……の……て……アリ……かよ……なぁ……?」
「アリなのよ」

突然聞こえた若い女性の声。
声の聞こえた方向を向くと、そこには艶やかな緑色の長髪をたなびかせた、
白い半袖のカッターシャツと紺色のスカートを着た人間の女性が立っていた。

「……お前が……やった……のか?」

年光はある種の確信を覚えつつも、女性――新藤真紀に尋ねた。
そして、返ってきた答えは年光の予想通りのものだった。

「そうよ? いやあ、こんなに上手く行くなんて思ってなかったけどね」
「……! て、めぇ……! この糞アマがああああああああああ!!!」

年光はまるで怒りに我を忘れた獣の如く、咆哮した。
あともう少しで、あともう少しで脱出出来たかもしれないのに。
それを、この女が、この女が……!

「糞アマでも構わないわよ。糞アマなら糞アマなりの戦い方させてもらうからさ。
ってな訳で、じゃあね♪」

真紀が手にしたウィンチェスターM1873の引き金を引いたと同時に、年光の頭部が弾け、
年光の身体は全ての力が抜け、ただの有機物の塊となった。

「ふう……でも、我ながらエラい事しちゃったわね」

建物全体が炎に包まれようとしている島役場の建物を眺めながら、真紀が感嘆の声を漏らす。
手榴弾を使って人を爆殺した上に公の施設の建物を全焼させたのだ。
これが日常であれば懲役刑では済まされまい。終身刑、最悪の場合、極刑にもなり得る。

「さてと……」

残りの参加者を探しに行こうとしたその時、島中のスピーカーが一斉に起動し、耳障りなハウリング音が鳴り響く。
何事かと目を丸くする真紀の耳に、主催の男の声が入る。

『はーいこれでバトルロワイアルは終了でーす。
新藤真紀さん、おめでとうございます! よく頑張りましたね!
あなた見事、この殺し合いを勝ち抜き、優勝者となりました!!
心より祝福致します!!

では、今からそちらに迎えのスタッフを行かせますので、申し訳ありませんが
しばらくその場でお待ち下さい。
あ、もちろん火災現場からは離れてて下さいね!

何にせよ、新藤真紀さん、優勝おめでとうございまーす!!』

「……へ? 優勝?」

予想していなかった事態に、真紀はきょとんと拍子抜けしてしまった。

いつの間にか、自分は優勝していたのだ。
つまり、あの狐の少女も、和服姿の少女も、とっくに死んでいた、という事である。
熱気が凄まじい建物から離れ、安全な位置で真紀は膝をつく。

「……何だか、実感わかないなぁ……」

今一つ実感が湧かなかったが、何にせよ、優勝したのだ。
50人もの参加者がいたこの殺し合いを勝ち抜き、最後の一人になった。
主催の男の言う事が本当ならば、これで日常に帰る事が出来る。

「はぁ……しんどかったな~……」

遠くから微かに聞こえてくるヘリコプターのローター音を聞き取りながら、
真紀は夜空に浮かぶ満天の星空を仰いだ。




【松宮深澄  死亡】
【藤堂リフィア  死亡】
【志水セナ  死亡】
【大崎年光  死亡】
【残り1人】

【ゲーム終了/本部選手確認モニタより】

【優勝者――――女性参加者18番:新藤真紀】




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最終更新:2009年11月25日 01:16
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