さらばいとしき女(ひと)よ

前方三十数メートル先に、人間らしき生命体の接近を確認。

バルディッシュは、そのことをいちはやく感知していた。
しかし彼は、まず黙秘することを選択した。

主の命令は絶対であり、バルディッシュはフェイト・テスタロッサの願いを叶えるべくして存在する。

しかし、今だけは。
恐怖して逃げるマスターに、連戦を強いる真似はさせたくなかった。
極限の環境で追い詰められているマスターの手を、続けざまに汚させたくなかった。


しかしデバイスの葛藤も虚しく、彼のマスターはそれを見つけてしまった。

「バルディッシュ、灯りだ……」



  ◆

「バルディッシュ、灯りだ……」

フェイトは灯りの消えた工場地帯にともる小さな光源を見とがめた。
路上の街頭とは違う、下方から上空を照らすよう向けられた灯り。
それはつまり、懐中電灯を持った人間がそこにいるということを意味している。
バルディッシュを握りしめる両の手が、少し震えた。

「殺さなきゃ」

普段よりも機械的な操作で、急ブレーキをかけた。
高速で流れ去っていた眼下の夜景が、ぴたりと静止する。

バルディッシュに報告を求めたところ――躊躇いを見せたが――灯りの持ち主は魔力を持っていないとのこと。
つまり、最初に出会った少年はさっきの女性とは違う、魔法の使えない管理外世界の人間だ。
どこの誰か知らない、けれどどこかの世界の一人の人間の命を、フェイトは刈り取らねばならない。
主催者に捕らわれた母を助けるために。

見逃すことは、許されない。
ついさっき、化け物じみた女性から逃げ出したのとは違う。
相手は魔力資質のない、一般の人だ。
殺し合いに乗った強者だから放置した方が得だとか、逃げなければ殺されていたとか、そんな言いわけを用意することができない。
ここで見逃せば、『他の参加者と出会ったにも関わらず、看過した』ことになってしまう。
それは、主催者からの要求を無視したことを意味する。

主催者は言っていた。

『ただ、君の監視は特別念入りに目を光らせているというだけだ。』



――殺さなきゃ、母さんが殺される。



母さんを助ける為に人を殺す。
それは仕方がないこと。
そして、許されない事。
でも今のフェイトなら、きっとそれができる。
そして今のフェイトには、それしかできない。

――だってわたしは、最低なんだから。

フェイトはもう、殺人者になっている。
自分をとめてくれた勇敢な男の子を、血まみれにして殺した。
それだけじゃない。
フェイトは罪を犯したのに、それでも自分の命惜しさに、魔法を使っていたのだ。
死んでもいいと思っていたのに、それでも母さんの為に死ねないと思っていたのに、
そういうのを全部忘れて、自分が死にたくないと怖がっていた。
その対象が化け物だったから罪の意識が小さかっただけで、それでも魔法を殺傷目的で使ったことには変わりない。
だからフェイトは諦めた。
幸せになることを。
そして、自分が誰かを助けられるとか、主催者の命令に反抗できるとか、そういう希望を持つことを。
希望を持てるほど、心も力も強い人間ではない。
あの『狼』に、それを暴き立てられてしまったのだから。



母さんには、笑っていてほしい。
フェイトは、幸せになってはいけない。



「バルディッシュ。一撃で終わらせたい」
『…………Yes』

人は殺せる。でも、また殺すと思うだけで、胸が刺されるように苦しい。
すぐに終わらせたかった。
フォトン・ランサーやサンダーレイズの小さいのをぶつけるだけで、一般人ならあっという間に殺せるだろう。
けれど、まだ上空からの光弾や雷撃は使えない。

もし、あの『狼』がまだ近くにいたら。
その恐れがある。

その危険性を思うと、背筋がいまだ寒くなる。
あの女のヒトが生きているとは、限らない。
何より、付近にそれらしき魔力反応は感じられない。
だが、それを安心材料にすることはできない。
現にあの女のヒトは、『体を霧にする』という、全く未知の技を使った。

だから、高所から光弾を撃って目立つような真似は避けたい。

『Scythe form』

黒い戦斧に金色の刃を生やすと、彼我の距離を再確認。

揺れていた懐中電灯の灯りが、静止していた。
向こうもフェイトに気づいたのかもしれない。
どちらにせよ、関係ない。

「サイズスラッシュ」

フェイトは風より早く、バルディッシュの刃は鋼鉄より硬い。
一瞬で静止から最高速度に移る。
垂直急降下。
真下の光点が、まばたきする間に『電灯を持った若い男性』の形になった。
人間モードのアルフと同い年ぐらいの男の人が、睨むようにフェイトを見上げている。

「おい――」

何かを言いかけている。
無視する。
男性の頭の高さに、フェイトはもう到達している。
鎌を大上段に振りかぶる。
金色の刃が、青年の命を奪うべく振り下ろされる。

フェイトは目をつぶった。




――スカッ





空振りした。
手ごたえがなかった。
すり抜けた。

青年を切り裂くはずの鎌が空を切り、フェイトの口から「んあ?」と間抜けな声が出る。

『It’s error. Cause is unknown.』

バルディッシュの報告は、フェイトが一度も聞いたことがないものだった。
魔法の不発。
何が起こったのか、その原因は一切不明。
フェイトは目を開けた。
仕留め損ねた相手を、見た。
ちょっと目つきの悪い男の人が、傷ひとつなくそこに立っている。

「やれやれ――どうやらオレは、今、『魔法』で殺されかけたってことでいいのか?」

『魔法』と言われた。
一般人じゃない?
いや、それはあり得ない。
青年が魔力を持たない事は確か。
念の為、それらしき念話も送ってみたけれど反応はなかった。
けれど、それもまたあり得ない。
魔力を全く持たないのに、魔法が効かない。
そんな人間は――そんな存在は、彼女の知る次元世界のどこにもいない。

あり得ない。
その現実否定が、フェイトに同じアクションを選択させた。



――スカッ



青年の眼前で滞空したまま、モグラたたきのように再び鎌を振った。
空振った。
というより、すり抜けた。
金色の刃が、青年の体『だけ』をキレイに透過した。

見たことがない。
フェイトの知る魔法という法則では、全く説明がつかない。
もっと冷静に考えていれば、他の殺害方法を色々と試しようもあったのだ。
例えば、光弾が聞かなくとも、魔力を雷撃に変換して攻撃するとか。
あるいは、フェイト自身の体術を生かして、バルディッシュそのもので殴殺するとか。

ただ、それを実行する前に青年は動いていた。


「もういい。分かったから動くな」

青年は奇妙に落ちついていた。
右手に握られた短い拳銃が、ぴったりとフェイトの左胸を照準していた。
何度もイメージを積んだかのように、洗練された動きだった。
質量兵器には詳しくないフェイトだが、それが『拳銃』という武器だということぐらい分かる。
効かない。その程度の小型拳銃の弾丸なら、バリアジャケットには通らない。
だからフェイトにはそれが怖くない。

「無駄です

「本当に無駄だと思うのか? オレがさっき使った『アレ』が、気にならないわけじゃないんだろう?


畳みかけるような青年の言葉。
本来なら無視できたモノだった。戦闘中に行っていい私語はない。
でも、無視して距離を取ろうとしたところで、台詞の後半部分が遅れて頭に入る。

――さっき使った『アレ』が、気にならないわけじゃない。
図星だった。
図星であるがゆえに思考が乱され、『動くな』という強制に逆らうことを躊躇する。

なるほど、青年が攻撃を防いだ仕組みを、フェイトは理解していない。
だから、青年の能力については全てが未知。
『青年の撃つ銃弾が、フェイトに通るはずがない』と断言できない。
もちろん、青年が銃の引き金をひくより早く、彼の心臓を撃ち抜く手段だって持っている。
けれど、それだって『フェイトの知る魔道の常識』での話だ。
もし青年の能力が、もしくは武器が、銃弾に特殊な効果を付与するものだったら――

(――ううん、違う。きっとハッタリだ)

それはない。青年にそんな力があるのだとすれば、とっくにフェイトを撃ち抜いているはずだ。
だから青年の言葉は、その場しのぎのハッタリ。

「『じゃあ何故撃たないんだ』って言いたげだな。簡単だ、少しばかり話がしたいだけだよ」


考えを読まれた。
そして、おかしなことを言う。普通、これから殺し合う相手とお話したりしない。
それとも、最初の少年と同じく、フェイトを止めようというのか。
だとしたら遅すぎた。もうフェイトの手は汚れている。

「お前、本当は人殺しなんてしたくないんだろう。
他人の都合で、やらされてるだけなんだろ?」


ずばりと。
確信しているみたいに。
鋭い目つきで、見透かしたように睨みすえられる。

もしかして、まさか……この人にはばれている?
主催者に命令されたことが、ばれている?
なぜ。

もしかして、魔法が効かないだけじゃなく、心を読む能力まであるの?

「そうなんだな」

強い念押し。
フェイトの沈黙を、青年は図星と見てとったようだ。

「どうして……?」

会話を交わすつもりなどなかったのに、問い返していた。
答えを欲しがったのは、得体の知れない不気味さがあったのと。
『建前を見抜かれてしまった』という焦りが強かったから。
青年は、そんなフェイトを見て、苛々しているように見えた。
眉間に深いしわを寄せて、叱るように言う。

「阿呆。魔法が使えなくたって、『訳あり』な子どもぐらい顔見りゃ分かんだよ」



 ◆


やっぱり子どもだな、というのが姉原聡史郎の感想。

なるほど、常識で考えれば、高速で空を飛べる人間がただの子どもであるわけがない。
しかも、近くで見れば服装からツインテールの先っぽに至るまで血まみれと来た。
その返り血だけなら、『襲われた側』である可能性も一応考えた。
しかし、斧のような武器を問答無用で振り下ろされた――攻撃されたのだろう、例によって見えなかったが――とくれば、残念ながら完全にクロだ。

それらの事実だけならば、その少女は完全に、常識の範疇を超えた人物だ。
だけど、理解できない行動を取る人物が、狂人だとは限らない。
少なくとも聡史郎の知る魔女たちは、振る舞いこそ犯罪者ギリギリでも人格は善良な連中ばかりだった。

だから聡史郎は、対話できる可能性に賭けた。
頑固そうな少女をうまく話に乗せるために、ハッタリや鎌かけまで使った。
今までに起こった事件から、聡史郎は『魔法使い殺し』という体質が『魔法使い』にどれほど脅威となるか、知識として把握していた。
ハッタリは、予想以上に効いた。
鎌かけも、ごく稚拙なものだった。
占い師が『人間関係のことで何か悩んでいますね』とズバリ当てるのと同じだ。
人間の抱える悩みの大半が人間関係のことであるのと同じに、人間が死にたくない理由の半分ぐらいは他人の為だろう。

ただ、ここまで露骨に釣られるとは幸運な予想外だったが。
まったく、姉の仕事関係で知り合う胡散臭い詐欺師だって、もっとマシな話術を使うだろう。

「一応聞いておくが、その『他人の都合』っていうのは、お前にとって大切な人のことか?」

「……あなたには関係ない」
「関係ない? おかしいな、俺は今、そいつが原因で殺されかけたんだが」

そういうと、少女はバツが悪そうに言葉をつまらせた。
ここでしれっとした振りができないあたり、やっぱり子どもだな、と思う。
ついでに、根っこはそんな悪いやつでもなさそうだ。
いかれた杖にいかれたコスチュームを羽織っていかれた手段で人を殺そうとしたけれど、
中身は見た目どおりの十歳そこそこの子どもなのだ。

「するってと何か。お前の大事な人は、お前みたいな子どもに『人を殺して来い』って命令するような、血も涙もない悪党なのか?」
「母さんは悪くない! 私が母さんのそばで守れなかったから……」
「そりゃ悪かったな。なるほど、母親なわけね」

必死に叫んだ子どもが、一瞬にして顔を青ざめさせる。
いくら説得の材料を探すためとはいえ、さすがに意地の悪い挑発だったか。
森下こよみに、『聡史郎さんのいじわる』と言われた思い出がリフレインする。
今だけは俺だって命がけなんだ、許せ。

とにかく、おかげで少女の状況は推測できた。
原因は彼女の母親にあるが、しかし彼女の母親にまったく責任はないらしい。
そして『そばで守れなかった』という言葉。

……想像されるのは、外部的要因で母親と引き離される事態。
つまり、人質だ。

「狂ってやがる……」

先刻、『いかれてやがる』から訂正した言葉を使って、聡史郎は苛立ちを露にした。
こんな年端もいかない児童に『母親を助けたければ殺し合いに乗れ』と脅すとは。

そりゃいったい全体、どんな悪魔だ。

「あの……」

少女が驚きと恐怖をブレンドしたような表情に変化したことで、聡史郎は我に帰った。
というか、そんな凶悪な形相をしていたのだろうか。
確かに日ごろから、目つきが悪いとは言われるが。
……じゃない、落ち着け、俺。
主催者は許せないが、まず確保すべきは身の安全だ。
それができなければ、主催者を殴り倒すこともできやしない。
冷静になれ。
言葉を選べ。
会話のペースを握れ。

「まぁ……何だ。俺の母さんはもう亡くなってるから、お前の焦りが分からないわけじゃない」

少女の眉が苦しげに歪む。
……実を言うと、これもハッタリなので良心が痛む。
(確かに母が亡くなっているという事実に変わりはないが、
それは聡史郎が赤子の時のことであり、よって聡史郎には母の記憶そのものがない)
だから、少女を聡史郎の話に引き込ませることこそが、真の狙い。
あれだけの『速さ』で動ける相手を無力化するというのは、いくらなんでも非現実的だ。
聡史郎に魔法が効かないとはいえ、あれだけのスピードで翻弄された後に、加速された斧の打撃を受ければ普通に死ねる。

ならば……。

「でもな、この局面だけは引いてくれないか。
俺はお前を殺さずに無力化するまではいかなくとも、かなり梃子摺らせるぐらいの自信はある。
こんな殺し合いの序盤からダメージを負ってその後を苦しくするなんて、そっちもごめんだろう」

少女が、ゴクリとのどをならした。
少女は、己の実力に『負けるはずない』という自信がある。
でも、聡史郎の言葉もハッタリと断じかねている……という所だろう。
どうやら少女は、あのホアンという男ほど、聡史郎の能力を把握していないらしい。
だから、この一点で押すしかない。

「だいいち、母親を人質に取るような悪辣な主催者なら、間違いなく殺し合いの終盤まであんたをこき使おうとするぞ。
ならむしろ、ここで無駄な消耗は抑えるべきじゃないか?」
「なんで、そのことを……」

人質の件を見抜いたことで見るからに狼狽されるが、敢えて答えない。
罪悪感もないわけじゃないが、聡史郎を『未知の能力者』と思わせるためにも、やむなし。

「お前が主催者から出された条件は知らないが、その様子だと『次の放送までに十人殺せ』ってほど極端じゃないんだろう?
だから、今のこの場だけは、見逃してくれって言ってるんだよ。
俺の知り合いには、主催者を捕まえて『みんなを』助けられそうな人材がいくらでもいるけど、あいにく俺はそこまでじゃないしな」

『みんな』の部分に力をこめ、強調する。
少女がハッとしたように、聡史郎の目を見た。

どうやら、心こそ年相応に未熟だが、頭の回転はかなり大人びているようだ。
聡史郎の言葉の裏の意味を、早くも感づいてくれている。

ここは、『聡史郎の能力を恐れて一時撤退した体裁』を取ってほしい。
ここで聡史郎を見逃してくれれば、聡史郎とその仲間は、少女を助けるために動く。
少女が新たな罪を重ねるまでに、どうにか母親を助けてみせる。
次に会うまでの間に、少女とその母を助けられる人材を、必ず探してみせる。

助けてみせる。
常識ある人間を自負する身としては、見捨てるわけにもいかない。
困っている老人や子どもは、気づいた人間が助けてやるのが社会のルールだ。
この一点だけは、ハッタリじゃない。

少女が問いただそうと口を開きかけ、しかし口を閉ざした。
主催者の目を恐れたのかもしれない。
母親を人質にとって殺人を強いている以上、その娘を監視するぐらいはやってそうだ。


言葉を引っ込めた少女は、代わりとして強い視線で聡史郎を問いただす。
そんな都合の良い人間なんているわけないという疑念を顔に出して、
ちらつかされた希望から目をそむける為に、睨みすえる。
聡史郎は、真っ向からそれに挑んだ。
聡史郎が視線にこめたものは、確信。


聡史郎は信じている。
森下こよみたちを、信じている。
一度は世界滅亡さえ食い止めた少女たちなら、信じられる。
魔法は信じられないけれど、彼女たちのことならば信じられる。
あのいかれた少女たちのが起こす、『何かやるはずだ』というイレギュラーを信じている。

だから、信じることを恐れた子どもに、意地の張り合いで負けたりしない。



――果たして、睨めっこに負けたのは少女の方だった。
あきらめたように、視線をそらす。


「……私の消耗なんて、なんともない。私なんか、どうなったっていい」

あえぐように、少女は『言い訳』を口にした。

「わたしは、幸せになっちゃいかないから。
さっき、お母さんが大変なのに、死にたいって思っちゃったから。
だから、最低だから……」


そんなわけがあるか。


怒鳴り散らしたい衝動を抑え、聡史郎は己の怒りを制御しよういとした。
近所の子どもに野球ボールでガラスを割られたガミガミ親父みたいに、
鬱憤のボルテージが急速に沸点に達する。

『死にたい』と思ったぐらいで最低なら、世の中の人間の大半は最低だ。
聡史郎の姉はどうなる。
一般人をだまくらかして、法外な依頼料を搾り取っている犯罪者手前の詐欺師だけど、殺しても死なないぐらい元気に生きている。
ましてや、子どもが『死にたい』なんて思う事情の大半は、周りの大人の方が最低だから発生するはずだろう、普通。
ここはそれを教えるところだ。
目の前の疲れた瞳の少女に、ガミガミとお説教をするところだ。

聡史郎は、お説教を重ねようと口を開き、














「……………………あ?」

そして、
聡史郎の内臓が、吹き飛んだ。








青年の血とはらわたが飛び散り、夜目にも鮮やかに焼きついた。

それが、『吹き飛んだ』のではなく『撃たれた』のだと理解するのに、フェイトは数秒を費やす。

無音だった。
発砲音さえしなかった。
『闇の向こう、見えない遠くからの狙撃』としか分からない。



青年の腹部の半分ぐらいが、なくなっていた。



「あ……あ……」


フェイトのことを分かって『くれた』、不思議な青年が、
フェイトにあいまいな、けど確かな希望をちらつかせた青年が、

倒れた。

「おい……、嘘だろ?」

青年が不思議そうに、うめき声を上げる。
本当に不思議そうに、フェイトを見上げている。


動けなくなった。


続けて、殴られたような衝撃がフェイトの頭に当たる。
同じ銃撃を受けて、それをバリアジャケットが防いだのだと、理解するのに数秒を費やす。

『マスター、襲撃者の位置は……』

バルディッシュの報告は、途中で途切れた。
たぶん、フェイトがガタガタ震えていたからだ。

血だまりが、どんどん広がっていく。
フェイトが少年を殺した時のように、青年の血が。


母さんを助けてくれると、言ってくれた人の血が――



飛んだ。
逃げた。




化け物の女性とは、違う恐怖だった。


逃げる、逃げる、逃げる、逃げる。

助けてくれようとした人が死ぬ。
助けてくれようとした人が死ぬ。
助けてくれようとした人が死ぬ。


見たくない、見たくない、見たくない、見たくない。

震える声が、青年に言うべきだった答えをつむぐ。

「やっぱり。私なんかが、助けてもらおうとしちゃ、いけなかったんだ……」


【F-8/エリア境界上空/一日目 黎明】

【フェイト・テスタロッサ@魔法少女リリカルなのは】
[状態]魔力消費(小)、精神的疲労、金髪が血まみれ、絶望
[道具]基本支給品一式、主催者からの手紙
『盾』のカード@カードキャプターさくら(約四時間後まで使用不可)
『幻』のカード@カードキャプターさくら(約四時間後まで使用不可)
[思考]基本・お母さんを助けるために殺し合いに乗る 。
1・撤退
2・殺し合いに乗ってお母さんを助ける。その後、お母さんの元には戻るつもりはない。
3・もう誰にも頼らない。希望を持たない。
※飛行魔法に速度制限がかかっています。

 ◆

姉原聡史郎は、死を迎えようとしていた。
なんて陳腐な表現だ。何が悲しくて、こんな三文小説みたいな死に方をしなきゃならないのか。


正直なところ、予想外だった。
死ぬとしたら、てっきりいかれた魔法のせいだと思ったら、銃で撃たれるとは。
しかも、ちゃんと死にきれてない。
血はどくどく出ているし、おそらく生きるために必要な内臓のどこかが吹き飛んでいるけれど、
それでもかろうじて生かされている。
でも、わざと一発で殺さなかったんじゃないかと思う。
緩やかに、眠くなるように遠のく意識の中で、そう理解する。
あえて即死しないように腹に命中させて、
どうにか助けようとその場にとどまった少女を撃ちやすくするとか、そんな理由で。



まったく、情けない死に方極まりない。
殺し合いがスタートしたばかりの、ほんの前哨戦といっていい時間に。
しかも、女の子の説得ひとつできずに。




――でもな、このまま、おわらせて、たまるかよ。



死に方は予想外だったけれど、死ぬかもしれないことは覚悟していた。
一般人の聡史郎なりに、できる範囲で考えた。

夜空の爆発を見たときに、その場に踏み込む危険性は考えた。
だから、『もしもの時』にできることも、考えた。
退くか進むか決めた時に、考えていた。
考えながらも、しっかりと手は動かしていた。

ポケットに手を入れる。
震える指でつかんだのは、ダンボールの機材から取り外した携帯電話。


走り出す前に、携帯電話は調べていた。
ローカルネットワークに接続できることも、理解した。
だから、あらかじめ、携帯電話を掲示板につないでおいた。

襲撃されたとき、もしものことがあった時に、隙を見て打ち込めるように。
森下こよみたちに、ちゃんと何かは残せるように。


連中には、絶対に伝わる。

宛名に書いた、最初の『単語』で、確実に伝わる

残された意識を全部かき集めて、確実に迫る死にあらがう。
眠気と痙攣のすべてを、意思の力で押さえ込む。

漢字変換する手間もおしんで、短い言葉を、一文字ずつ打ち込む。


伝えなければ。
伝えろ。
伝えろ。


「――そうしん」


ピッ

伝われ。

あて先は『いかれたまじょどもへ』。
聡史郎の知る魔女たちならば、『いかれた』という言葉だけで、間違いなく分かってくれる。
そして、ほかの参加者に見抜かれるはずもない。

まったく、人生、どこで何が役に立つか分からない。



――ありがとよ。いつかの……

『そうだよね。世の中っていかれてるよね』


その面影は忘れても、太陽のような微笑の暖かさは、この身にちゃんと刻まれている。


今ごろはきっと、彼女にお似合いの、素敵な男性の横で、変わらず太陽みたいに笑っていてほしい。




ありがとう。
そして、できれば、幸せに。





男を一人倒し、少女を一人倒し損ねた現場へと、彼女は足を踏み入れた。

内臓が飛び散った殺人現場を見ても、妙齢の女性は顔色ひとつ変えない。
黙々と、青年の支給品を回収していく。

もちろん、青年の持っていた携帯電話は、真っ先に拾い上げた。

「情報を共有する端末……? いずれにせよ、検分は後にするとしますか」



「いかれたまじょどもへ

きんぱつの10さいくらいのおんな。まほうをつかう。
おやをひとじちにされて、ころしあいにのった。
たすけてやれ。

PS,だっしゅつのてがかりに、なるなら
そいつのこうげきのまほうは、おれにきかなかった。」


【姉原聡史郎 死亡】

【残り64人】



【G-8/工場地帯 路地裏/一日目 黎明】

【師匠@キノの旅】
[状態]健康
[装備]フルート@キノの旅、特殊警棒@バトルロワイアル、デリンジャー@バトルロワイアル
[道具]基本支給品一式、不明支給品0~2
卵のコード(in携帯電話)@よくわかる現代魔法、シアン化カリウム@バトルロワイアル
[思考]基本・最後の一人になって生還する為に皆殺し
1・見敵必殺


【フルート@キノの旅】
キノが持つ唯一の長距離用ライフル。
とある射撃技術が発達した国で作られた最新モデルであり、組み立て式で持ち運びにも便利。
スコープや消音機などもあらかじめ付属されているので、ゲリラ戦では強力な力を発揮する。

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最終更新:2011年12月23日 22:49
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