侵略する狂気

胸をさす痛みは、先ほど刺された時の痛みだろうか。
坂上修一は、その身に怒りと痛みを抱えながら、森の中を歩いていた。
先程坂上は、見知らぬ女子と出会い、交戦し胸に小さな傷を得た。
得たものは、傷だけではない。
彼の心には今、ドス黒いものが浮かんでいた。
(一体…一体どうして僕がこんな目に…!)
頭を支配するのは、どうしようもない現状に対するやりきれない思いと怒り。
坂上は、決して特殊な人間ではない。
スタンドを操れたり、忍者としての教えを受けていたり、オーラをまとって武器をどこからともなく出したりすることなどできない、純粋な一般人だった。
坂上修一は、弱い。
弱く、そして儚い。
それゆえに、どうなってしまうのかは誰にもわからない――



突然の事態に、坂上は動転していた。
どう動くかも自分の頭とは関係のない方向に身体が動き、気がつくと鬱蒼とした森の中を彷徨っていた。
自分の意思とは無関係に歩き続けながら、坂上は胸を押さえる。
出血も殆どなく、動くには全く支障のない傷だったが、坂上は怯えていた。
自分が殺されてしまう、という抗いようのない恐怖。
支給されていた名簿には知った名前は新聞部の取材で怖い話を聞かせてくれるメンバーである新堂、風間、岩下、細田、福沢の五つしかなかったが、その五人も信用できない。
何しろ『殺し合え』と言ったのは自分が信頼していた新聞部の部長、日野貞夫その人だったのだ。
今、坂上修一という少年を守る者は誰もいない。
坂上は、そう思うところまで追い詰められていた。



どのくらい歩いただろうか、坂上は漸く森を脱け出した。
当初は当てもなく、ただただ怯えながら体が動くままに右往左往するだけであったが偶然見つけた沢に沿って歩くことにより、森から抜け出す事が出来たのだった。
(会いたくない…!誰にも…!!)
絶対に確保しなければならないのは、身の安全。
今の坂上に信じられるものは、手の中に収まる小さな拳銃のみ。
それも残弾はたった二発しかない。
それはまるで蜘蛛の糸の如き細く儚い、救済の標。
普通の高校生活を送っている人間ならば、決して触れることすらないようなものに頼らざるを得ない現状は、坂上の精神を蝕んでいく。
彼の頭には、恐怖と怒りがふつふつと渦を巻いていた。

(…うっ、なんだ?この酷い臭いは…?)
不意に鼻を突く、悪臭。
うず高く積み上げられた堆肥のそれのような、掃除を全くしていない不衛生極まるトイレのそれのような、そんな悪臭。
その先に何があるのだろうか。
考えないようにと思っていても、悪臭は容赦なく坂上の鼻を突き刺す。
ついに坂上はその悪臭の根源の方へと歩き出してしまった。
だが、数分後に彼は後悔することになる。



「―ッ!!」
坂上の目の前にあるのは、凄惨な死体。
首と太腿から大量に流れ出ている血は、垂れ流された糞尿と混じり悪臭を放っている。
ぐちゃぐちゃに混じり合った体液の池の中に倒れているその死体は、この世の絶望の全てをかき集めたような表情のまま天を仰いでいた。
カッと見開かれた死体の眼と坂上の眼が合ってしまった時、坂上は理解した
この死体は、つい先ほど自分と交戦したあの少女だと言う事に。
「うあ……あっ……」
腹の奥底からマグマのように何かがせり上がってくる。
猛烈な渇きが坂上を襲い、喉の皮と皮同士が張り付いたかのような錯覚を覚える。
次の瞬間、苦く酸っぱい液体が喉を逆流してきた。
「う、ぐぅ……おぇっ……」
溢れ出る胃液を止める事が出来ずに、坂上はひたすら嘔吐する。
胃液の酸っぱい臭いが悪臭と重なり、また坂上の身体は拒絶反応を起こす。
負のスパイラルは、坂上の胃が空になるまで続いて行った。



「…なんだってんだよ…!なんで、なんで僕がこんな目に……!!」
目に溜まる涙はだらしなくあふれて行く。
溢れて行くのは涙だけではない。
坂上の心を支配する怒りは、涙以上に溢れ出て行く。
腹の中に蠢くどす黒い感情は、彼自身にも制御できないほどに肥大化していく。
だが悲しいほどに、坂上はそれ自体を察することができない。
(ダメだ…!このままじゃ僕まで殺される…!!)
恐怖と怒りに支配されつつある坂上の手にあるものは、小さな拳銃。
その拳銃のグリップを、坂上は握りなおした。
(僕は……死にたくないんだ!)
キッと、前を向く。
その眼には、決してぶれることはない決意が存在していた。
いや、それを『決意』と呼ぶには少し趣が異なる。
言うなればそれは――狂気。
(殺すんだ…殺さなければ、僕もああなるんだ…!そうだ、皆みんな殺して殺して殺す殺す殺す殺す……)
血走った眼であたりを見回し、人一人が隠れられそうな隙間を見つけた。
野ウサギのような身のこなしで、坂上はその中に飛び込んだ。
(…来いよ、ここに来るようなら誰だろうと殺してやる……!)
少年は、狂気に侵略される。
そして、その事に気付かない。





【B-2河川敷/1日目午前】
【坂上修一@学校であった怖い話】
[状態]:胸に軽傷(出血は止まりました)、激しい興奮状態、精神錯乱
[装備]:拳銃@クロックタワーゴーストヘッド(残弾2/5)
[道具]:基本支給品一式(アイテム確認済み)
[思考]1:もうみんな殺してやる





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最終更新:2011年10月20日 20:12
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