蟷螂の正義

正義――正しいすじみち。人がふみ行うべき正しい道。

刑事である礎等は、正義感に厚い男であった。
25歳とまだ若く、刑事としては未熟な面もあるがそれでも彼は刑事という仕事に誇りを持ち仕事に励んでいた。
そんな彼は、激しい怒りをその胸に秘めながら、ある人を探していた。
その探し人の名は、御堂島優。
自分が巻き込まれたとある事件の被害者であり、自分が好意を抱く相手。
彼女を守りたい。
礎は、そう思っていた。
そう思っていたからこそ、あの凄惨な事件から脱出する事が出来たのだろう。
これからは、弁天製薬の行って来た悪事を明るみにして、それから優をケアしながら生きて行こうと、そう思っていた。



だが、その思いは一瞬で崩れ去った。
突然の召喚。
突然告げられた『殺し合え』という非道な命令。
そしてそれに反抗した女性の死。

何もかもが、一瞬で流れて行った。
全てを置き去りにするかのように、一瞬で。

気がつくと、見知らぬところに立っていた。
首に巻かれた違和感――首輪は、それが現実である事を何も言わずとも示していた。

状況は、絶望的に悪い。
それでも、礎の心にあった感情は『怒り』。
罪なき多くの人を集め、殺し合いを行わせるあのメガネの男を許す気など毛頭ない。
なんとしてでも優を保護し、その他にも巻き込まれた罪なき一般人を助け出す。
そしてあのメガネの男に刑事的制裁を与える――逮捕する。
それを目標に、礎は動く事に決めた。
そう動こうと決意した事に天が答えたのか、彼に支給されたのはショットガンだった。
殺し合いという狂った行為に乗ってしまう力を押さえる抑止力としては、十分すぎるものだった。
無論、礎とて馬鹿ではない。
何の力もなさそうな、無力な人間が絶望視この殺し合いに乗ってしまう可能性だってある事は分かっていた。
そういう人間に対してはこのショットガンは使わない。
刑事とは、悪から弱者を助け守る事が仕事である。
その信念を持つ礎は、歩きだしていた。

そして、その先で出会ってしまった。
まだ若い少年が、見覚えのある異形――HU599菌に感染したゾンビに襲われ、『感染』してしまう様に。
そしてその少年に同行していた少女が投げた手投げ弾で少年が死亡、少年を襲ったゾンビが倒れた様に。
そしてその倒れたゾンビの元に邪悪な笑みを浮かべながら、一人の男が現れた様に。

礎は、直感した。
彼は、あの弁天製薬の事件に一枚噛んでいる事を。
それ以前に、彼が、許されざる『悪』を背負った人間であると。
そう直感した礎は、嬉々として死んだ少年のデイパックを取ろうとするその男の前に出た。
――その手に、ショットガンを抱えて。



蟷螂の斧――弱者が、己の弱さも顧みず強者に立ち向かう様。

「警察だ。お前に聞きたい事がある。」
「フン。」

不愉快だった。
この上もなく、不愉快だった。
これから自分がある行動をしようと思っていた矢先の、無粋な乱入者。
それも、自分が弱いと言う事に気づいていない、無力な男。
その手に抱えられたショットガンを見ても、ヨイチは驚くどころか眉一つ動かすことはない。
ただ、不快なものを見た時のように小さくため息をついた。



ああ、またこの手の奴か。
もう何人、こう言った奴の顔を見てきただろう。
自分の力量すら見られず、自分の見識以上の世界がある事を知らず、ただ己の狭い見識のみでこの高階ヨイチという強大な戦車に鎌を振り上げる蟷螂。
無知で、無謀で、無力で
そういう相手を踏みつぶす事に、ヨイチは一切の躊躇いを見せない。
いや、ただ踏みつぶすのは正直つまらない。
蹂躙。
それをすることで、その心は晴れる。
にやり、とヨイチの口の端がいやらしく上がった。



「…何の用だい?僕は今とても忙しいんだ。話なら後にしてくれないか?」
「そういうわけにもいかない。今お前は何をした?」
「……フン、答える必要はないね。」
そう言って、ヨイチはその手に持っていたライフルを構えた。
一瞬、目の前の男がひるんだようなそぶりを見せた。
――この勝負、もう既に決まったな、とヨイチは思った。

「…お前、まさかこの殺し合いに乗ったと言うのか?」
「だとしたらどうなんだい?」
「貴様…っ!」
礎の眼に怒りが浮かぶ。
だがそれの奥底にあるもう一つの感情を、ヨイチは見逃さなかった。
「…ああ、そうそう。確かにこの殺し合いには乗ってはいるけれども、君にいい事を教えてあげよう。」
「なんだ。」
「…この銃には、弾丸は一発も入っていない。」
「――なんだと?」
虚をつかれた表情で、礎は額に汗を浮かべる。
そんな礎とは対照的に、ヨイチは眉一つ動かさなかった。
「本当さ、と言っても信じてもらえるとは思えないがね……」
「…ならなぜ、殺し合いに乗ったと俺に言った。」
「…分かっちゃいないなあ、君は。確かに弾丸は一発も入っていないけど…」
ぐい、と引き金を引いた。
かち、と無機質な音がして、そこから弾丸は発射されなかった。
――そう、『弾丸』は、発射されなかった。

その瞬間、礎が見たものは、三発の火焔。
ゆらゆらと弧を描きながら、飛びかかるその火焔は礎の身体を目標に飛んできている。
咄嗟に礎は右に飛んだが、さっきまで立っていたところに着弾した火焔は、派手な音を立てて爆発した。
その火焔が礎のズボンの裾を焦がす。
燃える炎の熱さから逃れんと身をかわすと、その先にはヨイチが嫌な笑みを浮かべながらこちらを馬鹿にするかのように身構えていた。
カッと、頭に血がのぼったような気がした。



ドン、と礎の構えていたショットガンが火を噴いた。



だが、煙が晴れていた時に倒れていたのは礎の方だった。

その散弾がヨイチに命中するほんの一瞬前に、ヨイチの身体を白い煙がふわりと包んだ。
そして次の瞬間に、見えない衝撃が礎の肉体を弾き飛ばしていた。
――バーストスモーク。
銃使いであるヨイチが装備していた、カウンタースキル。
そのカウンターは見事に礎に炸裂していた。
無論、カウンターが発動しなかったら、という可能性もあった。
だが、ヨイチはそのような事を考えない。
ヨイチは、常に勝ち続けていたから。
故に、勝利がどのように自分にやって来るかは重々分かっている。
そのために、礎に打った最初の一撃――スラッグショットという弱い攻撃もその弾道も、全ては計算の上。
最後のカウンターこそ運否天賦だったものの、勝利を知るヨイチに女神はほほ笑んだのだった。



(くっ……!?い、今何が……?)
「…どうやら君の負けのようだな。」
こつ、と足音が近づいてくる。
それは、死神の足音。
礎の身体を激痛と共に、死の恐怖が走る。
恐怖は精神から、肉体へと伝染する。
ダメージで動けないはずなのに、身体が震えようと欲する。
そしてその欲求を押さえる事が出来ずに震えようとすると、その震えが身体につけられた傷を刺激し激痛となる。
そしてその激痛は死の恐怖へと繋がり――悪循環とあいなる。

「無様だねえ。」
ひんやりとした、金属のような冷たさを持った声だけが耳に入ってきた。
「勝てるとでも思っていたのかい?」
ごり、と延髄部分に冷たい金属があてられる。
「ま、僕は君が死のうとどうでもいいんだけどね……」
もうダメだ。
俺は、ここで死ぬのか――?
恐怖と絶望が、全身をつつみこもうとしていた。

「…生きたいかい?」
「――え?」
耳に飛び込んできたのは、まさかの救済の声。
激痛に蹂躙される身体を無理やり起こして相手を向くと、そこにいた彼は手に小さなアンプルを持っていた。
「生きたいか?」
「…な、何を…」
「質問に質問で返すな。」
その冷たい声に気圧された礎は、ただこくこくと頷くことしかできなかった。
「生きたいのならば、これを呑め。」
「……」
「どうした?生きたいんだろう?」
「…くっ。」
逡巡したものの、礎はそのアンプルの中身を一気に飲み干した。
飲み干した瞬間に、ヨイチの顔にこれまでにないほどの笑みが浮かんでいた。
「…これから君に、ある事をしてもらいたい。」
「何を、だ?」
「これ、さ。これを取ってきてほしい。」
そう言いながらヨイチが指差したのは、この殺し合いに参加している全ての者に平等に与えられた首枷だった。
「…まさか貴様。」
「そう、有り体に言ってしまえば誰かを殺してでも良いから首輪を持って来いって言ってるのさ。」
そう平然と言ってのけるヨイチに、礎の怒りに再び火がつく。
だがヨイチがさらに言った真実は、礎をこれまで以上に絶望させるのに十分だった。
絶望の表情を浮かべながら、礎がふらふらと歩いていく様をヨイチは極悪な笑みを浮かべながら見送っていた。



(…やはり、弱いものをなぶるのは楽しいねえ……少々物足りないけれど。)
ヨイチが礎に言った真実――それは、先ほど飲ませたアンプルは遅効性の猛毒であると言う事。
そしてそれを解毒する薬は自分が持っている事。
ヨイチの手の中にある、先ほど礎に飲ませたアンプルとは別のアンプル。
それこそがまさにその解毒薬であった。
(無様だったなあ、あの男……出しゃばらずにおとなしくしていたら、こんな目に会うことはなかっただろうに……)
ぽい、と解毒薬のアンプルを放り投げる。
日の光をきらきらと反射しながら、ふわりと軌道を描きアンプルは宙を舞う。
ぱし、とそのアンプルをヨイチが宙で掴んだ。
(ま、僕には関係ないんだけどね。)
アンプルを握るその手に、ほんのわずかの力が加わった。
そして呆気なく、呆気なくアンプルは砕け散った。
砕けたガラスはヨイチの手を裂き、血が溢れだす。
そして中に入っていた解毒薬は無情にも地面に吸い込まれていった。

「ククククク……アハハハハハハハハハ!!」

鬼畜の笑い声が、風に舞っていた。





【F-7岩場/1日目午前】
【高階ヨイチ@カオスウォーズ】
[状態]:健康、SP消費(小)、手に小さな傷
[装備]:ホッキョクツバメのライフル(弾無し)@ブシドーブレード弐
[道具]:基本支給品一式(アイテム確認済み)、沙夜子の支給品一式、礎の支給品一式(アイテム未確認)、空の注射器@クロックタワーゴーストヘッド
[思考]1:皆殺し。特に兵真、雫、ライゲン、シェリーは自分の手で殺す。
   2:アイテムを集めたい。
   3:全員殺したら『楽園』へと向かう。
[備考]:支給品として毒薬と解毒薬のアンプル@学校であった怖い話が支給されていました。

【礎等@クロックタワーゴーストヘッド】
[状態]:ダメージ(中)、毒に侵されている(数時間後には死ぬ)、絶望
[装備]: ショットガン(残弾3)@クロックタワーゴーストヘッド
[道具]:なし
[思考]1:深い絶望、死にたくない。
   2:できたら首輪は死体から取りたい。
   3:
[備考]:第二章、優を病院に運んだ直後からの参戦。





一方、ヨイチが礎を蹂躙していた頃。
『彼女』は眼を覚ました。
緑色に変色した肌。
溢れ出る、黄色い血液。
その姿を見て誰が正常と言えるだろうか。
HU599菌に汚染されながらも、彼女は歩こうとしていた。
肉体を汚されながらも、彼女の精神まではまだ汚染されてはいない。
彼女を動かすのは本能であり、そして――

「……ア、サミ……」

喉の奥から漏れたその呻きは、愛する娘の名前。
黒崎沙夜子は、ただ歩く。





【黒崎沙夜子@まほらば】
[状態]:HU599菌によるゾンビ化(寄生脳がどこにできたかは不明、少なくとも肩ではない)、後頭部に傷(ほぼ完治)、ダウン中、右肩にアイスピックが突き刺さっている。
[装備]:アイスピック@BATTLE ROYALE
[道具]:なし
[思考]1:朝美……


[備考]:杉村弘樹の支給品の入ったデイバックが放置されています。
中身は不明ですが少なくとも武器になりそうなものは入っていません。



【支給品情報】

【毒薬と解毒薬のアンプル@学校であった怖い話】
高階ヨイチに支給。
元々は殺人クラブが殺人ゲームをやる際に相手に飲ませる毒薬。
遅効性ではあるが猛毒であり、数時間で死に至る。
付属の解毒薬を呑む事によって完全解毒が可能。
一体どんな毒なんだ。





042:無情なる風 投下順 044:侵略する狂気
042:無情なる風 時系列順 044:侵略する狂気
034:『愛』という名の『覚悟』 礎等 :[[]]
034:『愛』という名の『覚悟』 高階ヨイチ :[[]]
034:『愛』という名の『覚悟』 黒崎沙夜子 :[[]]

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最終更新:2011年10月06日 21:51
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