超高校級の『絶望』が見せた自殺。
この八十を越える人物が参加する殺し合いの中で、およそ七人目の死亡者。
その実力、性格、残虐性、そのどれをとっても人間離れの、まさに超高校級の存在。
確かにこの殺し合いには江ノ島をも越える実力者は存在しただろう。
だがそれでも、その知力戦略と異常な精神思想をもってすれば、おそらく優勝にも迫る結果は訪れたかもしれない。
それが、殺し合いが開催されて一時間と経過せずの、死。
しかも、自殺。
彼女には釣り合わぬ謎の死亡法。
確かに江ノ島盾子は死亡した。
彼女を知る者であれば、誰もが疑問を感じざるを得ない死亡劇。
そして、江ノ島の死亡劇を、間近でしかも全ての一部始終を見ているものがいた。
その人物は冷静な鉄仮面に僅かな困惑を混じえて、思考を回す。
超高校生級の『絶望』が見せた自殺に、唯一の観覧者はまず最初にこう思った。
ありえない、と。
あの江ノ島盾子が何をするでもなく自害する―――そんな事が有り得るはずがない、と。
そう思った。
いや、思わざるを得なかった。
(……どういう事……)
その観察者は知っているからだ。
江ノ島盾子の残虐性を、観覧者は理解できねど知っていた。
他に絶望を与え、絶望に苦しむ人々を見て、愉悦に浸る。
それどころか自己に降り掛かる絶望すらも享受し、愉悦へと変化させ、悦楽とする。
理解できないし、恐らくこれから先にどんなことがあっても、理解する気にもならないだろう。
狂人の考えを深く追求して得をする事などないからだ。
だから江ノ島の性格を知っているとはいえ、それは目撃した表面的なものだけだ。
その性格の全てを熟知している訳ではない。
だが、それでも分かる。
江ノ島盾子とは、超高校級の『絶望』とは、自殺をするような存在ではない。
最期の最期まで他者に対して絶望を振り撒き、自分もまた絶望の中で死んでいく。
死にいく様子を見る限り、後者の状況には一致していたのかもしれない。
だが、あの江ノ島盾子が、他者を絶望に陥れることもなく自殺する?
このような、数多の『絶望』が産まれそうな殺戮遊戯の渦中にいて、何をすることもなく死亡する?
有り得ない。
そんな事が有り得る筈がない。
観察者は困惑の思いを抱いたまま、物陰から歩き出す。
観察者の姿が月明かりに照らされ、闇のなかにボンヤリと浮かび上がった。
腰まで伸びた薄い紫色の髪。
身に纏う服装は、これまた紫のジャケットと太腿までしか下りていない紫色のミニスカート。
顔立ちは整っていて、キリと釣り上がった瞳と、人形のような白色の皮膚が特徴的だ。
観察者の名は霧切響子。
とある出来事を経て江ノ島盾子という人物を知り、江ノ島盾子にこれ以上はないと思える『絶望』を与えられた人物の一人である。
霧切は、まだ温もりの残る江ノ島の死体を、慣れた手つきで触れていく。
灰色の地面へと流れる血液は致死量を明らかに致死量を越えている。
脈も触れなければ、呼吸を行う様子もない。
江ノ島盾子は、完全に死亡していた。
「―――ッ!」
と、死体を観察していた霧切が、唐突に息を呑んで、身体を浮かせる。
眉間にしわを寄せ、両手を胸の前へ引き寄せて、若干青ざめた表情を浮かべる霧切。
滅多に表情を崩すことのない霧切が、目に見えて動揺していた。
霧切の視線はある箇所に固定され、動くことがない。
視線の先には、江ノ島の死体。より具体的に言うならば、その顔面部であった。
笑っていた。
今にも笑い声でもあげてきそうな満面の笑顔が、死に顔だというのに異様なまでに生き生きとした笑顔が、そこにあった。
死後それなりの時間は経過しているというのに、その笑顔は全く崩れることがない。
死体のものとは思えない、異様なまでに明るい心底からの笑顔。
何十と死体を観てきた霧切でさえ思わず距離を空けてしまいたくなるような、不快感や薄気味悪さというものがとことん凝縮された笑顔であった。
そのインパクトは、霧切の強靭な理性をもってしても、落ち着きを取り戻すまでに数秒の時間が必要なほどであった。
「……流石は超高校級の『絶望』といったところかしら」
死んで尚も異様さを見せつける江ノ島に、驚嘆にも似た感情を思わず感じてしまう。
動揺と不快感を何とか抑え込みながら霧切は、再び死体を調べ始める。
数分に渡る死体の観察。
簡単な調査であったものの、霧切は断定する。
この死体はやはり江ノ島盾子のものである、と。
江ノ島盾子は死亡している。
詳しい鑑定はできないので完全に断定することはできないが、だが顔などに整形の後がある訳でもない。
戦刃骸のような入れ替えとは考えにくいし、何よりこの死体であってさえも感じ取れる異様な雰囲気。
別人のものとは考えにくかった。
(江ノ島が生きていた事に関しては、どうとでも説明はできる。あの『オシオキ』に使用する装置を作ったのは江ノ島自身……私達に死んだよう見せかけて抜け出す事は可能なはず。
つまり、江ノ島はあの『オシオキ』から生き延びていて、この殺し合いに参加させられ―――そして、この場にて自殺した)
つまりは、そういう事だ。
江ノ島盾子は、死亡した。
しかも自殺という、超高校級の『絶望』には相応しくない手段によって。
(……腑に落ちないわね)
どうにも引っかかる。
超高校級の『絶望』という二つ名を持つ、『絶望』のカリスマ的存在。
そんな江ノ島が、何をするでもなく死を選ぶなんて、そんな訳がない。
眼前に浮かび上がった『謎』に対して、霧切が熟考を始める。
視線は江ノ島の死体を上から下に観察を続け、『謎』を打開する材料を探す。
そして、あらゆる事件を解決へと導いてきた観察眼が、獲物を捉える。
江ノ島盾子が身に付けているスカートの、そのポケットが膨らんでいた。
何かが入っている。
霧切は躊躇いなくポケットに手を伸ばし、その物体を掴み出した。
「これは……」
見たこともない物体であった。
Tのような形に象られた、白銀の金属体。
ただの鉄塊とは違い、研磨され洗練されているのが一目で分かる。
自身が持つ知識の棚をひっくり返して検索するも、その金属体が何なのかは分からない。
(何か文字が掘られてるわね。……『NO.2』と彫られているみたいだけど)
NO.2とはどういう事なのだろうか。
もう一つ同じような物体があるとでも言うのか。
(……情報が少なすぎる、か。あの江ノ島盾子が持っていた以上、何らかの意味はある筈だけど……)
この物体の正体が分からない以上、何を考えようと答えが出る筈がない。
とりあえずT字型の金属体はデイバックの中へと放り込んでおき、再度江ノ島の死体へと視線を向ける。
自害に使用された凶器はナイフ。
こちらは何ら変哲もない、通販にでも出回ってそうな安物のナイフだ。
こんなお粗末なナイフでも、あの人外の怪物を殺害することはできるものなのだ。
(あとは、特に手掛かりになりそうなものはないか……)
霧切の観察眼は凡そ推理の手助けとなりそうなものを全て(全て……といっても謎の金属体が一つだけだが)発見した。
だが、胸のもやもやが晴れることはない。
ただ江ノ島盾子が自殺したという事実だけが目の前に存在する。
数多の事件を解決に導いた超高校級の『探偵』であっても、今の段階でその謎を解くことはできなかった。
「江ノ島盾子、あなたは一体……」
小さな呟きは誰に届くでもなく、暗闇へと消える。
その謎に対する答えはついぞ見つからず、宙ぶらりんの状態で霧切の心中を漂っていた。
革の手袋に覆われた右手を顎にあて、霧切は長考の姿勢へと入りかける。
「一つ、質問をする。この女を殺したのはお前か?」
だが、結果として霧切が長考へと至る事はなかった。
喉元に冷えた感触が現れたからだ。
それも唐突に。
江ノ島の自害に気を捕われていた霧切の、その心の隙を完全に突いた一手であった。
霧切は顔を動かさず、瞳だけを下へと向けた。
後方から手が回され、その手中にある石造りのナイフが突き付けられている。
らしくもないミスをした、と霧切は正直に思った。
余りに注意を江ノ島へと向けすぎていた。
これは余りに拙く危険な所作であった。
「その質問をするという事は、あなたも私が殺していないことくらい分かっているのでしょう?」
冷静に思考を組み立て、霧切は言葉を返す。
背後にある気配が僅かに動いたのを、霧切は感じた。
「……どういう事だ」
「簡単よ。声色や雰囲気で分かる。あなたはいざとなれば人を殺す人間よ。そんな人間が、隙だらけの殺人鬼を見逃すとは思えない。
私が殺し合いに乗っていると思い、そして無条件に殺せるチャンスが目の前に転がっていたとすれば、あなたは私を殺していたわ。躊躇いもなく、ね」
正直に言ってしまえば、ブラフも混じった弁論であった。
いくら霧切と言えど、声色などで人物の心理など判明できる筈がない。
自分の隙を完全に付いた事から予測をたてたに過ぎない
幾ら思考に集中していたとはいえ、そう無警戒に隙だらけの状態をさらしていた訳ではない。
物心のついた頃から探偵業を行なってきているのだ。
推理一辺倒で周囲に隙を見せていれば、今頃自分をやっかむ殺人犯達に殺害されている。
つまり、背後の男は、薄くなっていたとはいえ自分の警戒網をすり抜けたのだ。
おそらく相当な手練。争い事になれている人物なのだろう。
ならばこそ、先の推論が成り立つ。
危険人物にはおそらく容赦をしない人物。
だがそれ故に、脅しまがいとはいえ自分へ声を掛けたということは、自分を危険人物だと断定していないことの証拠となる。
「中々に頭が回るようだな。確かにお前の言うとおりだ。だが、それでお前がコイツを殺した犯人ではないと証明された訳じゃあない」
「確かにね。でも、私が犯人だとして、殺害現場で隙だらけに立ち尽くしているものかしら?」
「さぁな。そんな気まぐれな殺人犯もいるかもしれない」
疑るような言葉とは裏腹に、詰問の声からは既に鋭さがとれていた。
首筋の刃物に加わる力も抜けていた。
どうやら自分の推論は当たっていたのだろう。
背後の人物も、自分が殺人鬼ではないと判断したようであった。
「俺の名前は土御門だ。お前は?」
「あら、あなたは殺人犯に名前を教えてしまうの?」
「分かった分かった。お前はこの女を殺していない。悪かったな、手荒な真似をして」
大した悪びれもない謝罪であったが、霧切は別段気にもしない。
振り返り、自身に刃を突き付けてきた男を視界に捉える。
そこには石造りのナイフを握った、金髪サングラスのアロハシャツ男がいた。
そして、もう一人、もの憂い気な瞳を江ノ島の死体へと向けている男がいる。
「私は霧切響子。そこの彼は?」
「こいつはキラ・ヤマト。心配するな、こいつも殺し合いには乗っちゃいない」
茶色がかった頭髪に、明るい紫色の瞳。
まるで造られたかのように整った顔立ちは、美少年という言葉がこれ以上なく当て嵌るであろう。
キラは無言で死体を見詰め、悲しげな表情を浮かべていた。
霧切もまた、そんなキラを無言で見詰める。
霧切の視線に気付いたのか、キラは顔を上げると霧切へと薄い笑みを作った。
「ごめん、挨拶が遅れたね。僕はキラ・ヤマトです。よろしく」
「ええ、よろしく」
土御門とキラを観察しながら、霧切は思う。
やはり場馴れしている、と。
土御門は予想通りとしても、キラという青年も死体を見たことによる動揺は見られない。
キラは悲しみの伴った顔で江ノ島盾子の亡骸を見詰めているが、そこに動揺は存在しない。
恐らくは知っているのだ。
命賭けの世界を、平穏な日常とはかけ離れた争乱の世界を、知っている。
(……これは想像以上に厄介な事になりそうね)
現在、霧切が遭遇した人物は、死亡した江ノ島を含めて3人。
その3人全てが人死に動じることのない、異常といえば異常な人物たち。
しかも、その異常な人物達には、超高校級の『探偵』たる自分も含まれる。
この殺し合いの趣旨は、そういう事なのかもしれない。
あの絶望の学園と同様の、常人離れした人物を集めての陰惨な殺し合い。
そんな光景を他に見せ付けて、より一層の『絶望』を与えつける、そんなゲーム。
あの悪夢が再び始まろうとしているのかもしれない。
(でも……もう絶対に諦めない)
しかし、それでも霧切の闘志に陰りはない。
霧切は、知っている。
この殺し合いには、彼がいる。
超高校級の『希望』―――苗木誠が。
(彼がいる限り、『希望』は終い得ない)
あの超高校級の『絶望』を正面から打ち破った少年。
『絶望』に陥りかけた超高校級の面々を、弾丸のような言霊で論破していった少年。
特別に秀でたところがある訳ではない。
霧切のように知力がある訳でもなければ、体力も、財力もない。
容姿だって平凡なものだ。
唯一の取り柄とされた運についても、もはや超高校級の『不幸』と茶化されるレベルのものである。
だが、それでも、彼は折れない。
折れず、愚直に前へ進もうとする。
その姿こそが『希望』。
『絶望』という深淵の中で、唯一の光明として人々を引っ張ていく存在だ。
「どう? まずは簡単に情報交換でもしない?」
霧切は土御門とキラへと真っ直ぐな視線を向けて、口を開く。
江ノ島の自害の真意。
江ノ島が残した謎の金属体。
手練の集められた殺し合い。
爆薬入りの首輪に、脱出の方法。
数多の懸念材料が立ち塞がるバトルロワイアルの場にて。超高校級の『探偵』は確かな希望を抱いて、打開への道を探し始めた。
【一日目/深夜/F-3・市街地・デパート屋上】
【霧切響子@ダンガンロンパ 希望の学園と絶望の高校生】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]基本支給品一式、ランダム支給品×1~3、T字型の金属体@???
[思考]
0:殺し合いを打開する
1:土御門、キラと情報を交換する
2:金属体の正体を掴む
3:首輪の解除法を探す
4:江ノ島の死の理由を推理する
5:苗木君とも合流したい
[備考]
※原作終了後からの参戦です
【土御門元春@とある魔術の禁書目録】
[状態]健康
[装備]トラウィスカルパンテクウトリの槍@とある魔術の禁書目録
[道具]基本支給品一式、堕天使エロメイド@とある魔術の禁書目録、大精霊チラメイド@とある魔術の禁書目録、小悪魔ベタメイド@とある魔術の禁書目録、ランダム支給品×1~3(武器はない)
[思考]
0:殺し合いを止める
1:霧切と情報交換
2:首輪の解除。他の参加者と会い、手を組む。
3:ひとまずはキラと行動。
4:一方通行、上条当麻と合流する。
【キラ・ヤマト@機動戦士ガンダムSEED DESTINY】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]基本支給品一式、ランダム支給品×1~3
[思考]
0:殺し合いを止める
1:霧切と情報交換
2:土御門と行動する。
最終更新:2011年09月20日 21:35