憎まれっ子世にはばかる

島の南端に一本の桟橋が伸びていた。
時折台風の進路にぶつかる為か、こんな小さな島とはいえしっかりとしたコンクリート製の桟橋である。
その先端に、一人の西洋人男性が腰かけていた。
苦虫を噛み潰すような顔をしながら、男はいつの間にか傍らに置かれていたバッグから取り出した名簿を見ていた。

「クソッ、燈馬に可奈ちゃんまでいるじゃないか……!
 この"水原 幸太郎"ってのは可奈ちゃんの親父さんか……?」

自らの最愛のパートナーの名前が無いことだけが彼――シド・グリーンの心の救いであった。
数学の天才であり、無類の悪戯好きである彼には、北欧神話における悪戯の神の名が、渾名として与えられていた。
人は彼をこう呼ぶ……"ロキ"、と。



大抵の事なら茶化してしまえるお調子者のロキではあったが、この事態にはさすがに真剣にならざるを得なかった。
見ず知らずの連中に殺し合えと言われたうえに、目の前で誰かの命が喪われた。
おまけに、自分ばかりではなく知己である人物まで巻き込まれてしまっている。
これで焦燥感を感じない方がどうかしているのだろう。

「モタモタしてる場合じゃないか……ともかく、早いとこ燈馬たちを探さないと……?」

名簿をバッグに押し込んでロキが立ち上がろうとした時だった。
フラフラと覚束ない足取りでこちらに近づいてくる人影が見えた。
月明かりしかない真夜中で、相手の顔を判別するのは困難である。

(誰だ……いったい……?)

まさか殺し合いに乗った参加者ではないのか、ロキは一瞬そう考えた。
傍らのバッグを握りしめ、隙あらば眼前の海に飛び込んでこの場から逃げることも選択肢の一つに加える。
銃社会のアメリカであっても、人を平気で殺せるのはやはりある種のタガが外れた人間だけである。
ロキは悪戯好きではあったが、当然そういったタガはしっかりとかかっている。
襲われれば抵抗するのはやぶさかではないが、極力争いは避けようとしているのだった。

人影は桟橋の入口に差し掛かってきた。
明らかにこちらに人がいると分かっているらしく、フラフラとはしているがその足取りに迷いはない。

(どうする……しかし、敵か味方かも分からないこの現状では……)

数学の分野において卓越した頭脳を持つロキとて、人の心理を読み解くの数式を解き明かすのとでは訳が違う。
まして、見ず知らずの、表情もろくに読み取れない相手の心理など、心を読む力でもない限りは知りうることは出来ない。
ロキはジッと、近づいてくる人影から視線を外さずに有事の事態に備えていた。

すると、近づいてくる人影の膝がいきなりガクッと折れ、その場に崩れ落ちた。
何かに躓いたのかとロキは考えたが、その人影は立ち上がる素振りが無い。

(どういうことだ……まさか……誰かにやられたんじゃ……?)

確証はなかったが、その可能性に思い至ってしまった以上、ロキはもうその人影を見過ごすことが出来なかった。
小脇にバッグを抱え、倒れ伏すその人影のもとへと駆け寄った。

「おいっ、大丈夫かっ!? ……うっ!?」

倒れ伏す人物のところへたどり着いたロキは思わず顔をしかめた。
……何しろ、その人物は全身火傷だらけで、身に着けた服のあちこちに血を滲ませていたのだから。
あまりの惨状に一瞬たじろいだが、放っておくことは出来ない。

「おいっ! しっかりしろっ! おいっ!」

ロキはうつぶせに倒れたままの男――これは近づいてみて分かった事なのだが――を揺すり起こそうとする。

「う……」

男は辛うじて意識を保っているらしく、反応があったことにロキは胸をなでおろす。
……とはいえ、外傷からして生きているのが不思議なほどであることに変わりはない。
ロキは男を引き起こし、意識を失わせないように声をかけ続けた。

「どうしたんだ一体……? 誰だ、誰にやられたんだ?」

"殺し合いをしてもらう"、見知らぬ空間での見知らぬ男の言葉がロキの脳裏には焼き付いていた。
その殺し合いに乗っかった者が、早速出会ったこの男に危害を加えたのではないか、ロキはそう推理する。
だが、男からの反応はロキの期待するものではなかった。

「……知らねぇ」

思わず舌打ちをしそうになるのをロキは辛うじてこらえた。
無理もない、さっき見た名簿の中じゃ、俺だって知り合いは少なかったんだ。
目の前の男が見ず知らずの誰かに襲われた可能性の方が大なんだ、そうロキは考える。

「……なぁ」
「……なんだ?」

ロキは息も絶え絶えになっている男を抱き寄せた。
可哀想にな……コイツだって死ぬ間際ぐらいいい女に抱かれて死にたかっただろうに……
そうした情が、この見ず知らずの男に湧いてくるのをロキは感じていた。

「……俺の望みを……聞いてくれないか……」

ロキはこくりと頷いた。
これが末期の頼みというものなのかと憐れみと、そしてこの男を傷つけたであろう誰かに対する怒りも感じていた。

「あぁ……聞いてやるよ……言ってみろ」

ふっ、と腕の中の男が笑ったように、ロキには見えた。
男が口を開く。

「望みったって……まぁちっぽけなもんだ……そこらにいる大多数の人間とおんなじだ……」

ロキは黙って聞くことしか出来なかった。
最期なのだから、思う存分喋らせてやろう、そうした思いである。

「長生き……したいんだ……コンマ1秒でも長く……」

今わの際に、おおよそ叶えられないであろう望みを打ち明けられ、ロキは空しさを感じずにはいられなかった。
こうなったのも何かの縁だ、俺が最期を看取ってやる、そうまでにロキはこの男に同情していたのだった。




「……だからよ」

その一言をきっかけに、男の眼光が明らかに変わった。
喩えて言うなれば……まるで"火"を宿したかのように。
男の豹変に戸惑うロキが、どうした、と言葉を紡ぐその前だった。

「悪いが、死んでくれや」

ロキの目の前にいつの間に取りだしたのか、男の手に握られた拳銃が突きつけられていた。
あまりの急展開に、その知力を除けば一介のアメリカ人と変わらぬロキは反応しきれない。
パン、という乾いた音が一発聞こえた。
それが、シド・グリーンがこの世で最期に感じたものであった。




 *      *      *





頭を撃ち抜かれた西洋人はそのまま後ろに倒れ、ザプンと音を立てながら海中へと没していった。
コンクリートの桟橋には、点々と血の跡が遺された。
その桟橋で、一人の男が悶絶している。

事実、男が負った傷はかなりのものである。
日本の警察官に、強酸を仕込んだ特製の弾丸を無数に浴びせられた。
それでも、一流の犯罪者としてのプライドにかけてその場を耐え忍び、渾身のバックドラフトで一矢を報いた。
とは言っても、逃げるだけの力は残っておらず、そのまま崩れゆく建物と運命を共にした……はずだった。

……だが、男は生き延びていた。
憎まれっ子世にはばかるとでも言うべきか、男の生に対する執着が運命を乗り越えたとでも言うべきか。
いずれにしても、瀕死の重傷を負ったとはいえ、男は生還した……その刹那であった。

傷もロクに癒えない状況で、いきなり意識がブラックアウトしたかと思うと、次に目が覚めたのは見知らぬ空間。
そこには、自分が忠誠を誓ったあのシックスが、自分を含む全員に殺し合いをするよう命じる姿があった。

絶体絶命の状況下にあって、なお己が美学を捨てないその姿勢を評価されたのか。
それとも、シックスが執り行おうとしている壮大な実験の、駒の一つに過ぎないと評価されたのか。
どちらが正しいのか男には分からなかったが、男の望みが絶たれていないということだけは間違いないらしい。

男は、負ったばかりの傷はそのままという、ある種のハンディを背負わされる形で放逐された。
自らの身体に仕込んだ小細工とて、その燃料が空っぽの状態では機能不全である。
しかし、幸運の女神とやらは男を見捨てなかったらしい。
森の中で男が意識を取り戻し、傍らに転がっていたバッグの中には銃器が仕込まれていたのだから。
すぐ傍から漂う磯の匂いに誘われて歩いてみれば、さっそくそこに佇む獲物を見つけた、事の次第はそういうことである。

傷だらけの体で拳銃を扱ったがために、その反動で男の体に痛みが走っていた。
ひとしきり悶えた後で、男はのっそりと立ち上がった。
足取りが覚束ないのは演技ではなかったらしく、ふらついた男は危うく桟橋から足を踏み外しそうになるのをどうにかこらえた。
そして、夜空を仰ぎ見るとその表情にシックスと同質の歪な笑みを貼り付けた。

――"長生き"の秘訣は、玩具の歯車に徹すること。
この催しもあの方の玩具だとするならば、俺の役割はその歯車として為すべきことを為す。
殺せと命を受けたのなら――殺すまで。

「……火火火」

独特の笑い声が男の――葛西善二郎の口から漏れ出す。
そして、いつぞや呟いた言葉を再び口にするのだった。

「おじちゃんは、いっちょ長生きしちゃうぞぉ」


【シド・グリーン@Q.E.D. -証明終了- 死亡】
【残り63人】


【C-6 桟橋 一日目深夜】

【葛西善二郎@魔人探偵脳噛ネウロ】
[状態] 全身傷だらけ、あちこちに火傷、小細工の燃料0
[装備] FNブローニング・ハイパワー(12/13)
[所持品] 支給品一式、ブローニング・ハイパワー予備マガジン×1、ロキのデイパック(支給品一式、ランダム支給品)

[思考・状況]
1."長生き"するために、"玩具の歯車"となる


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最終更新:2011年11月10日 02:00
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