もし最初からやり直すことが出来れば何とかなるのか?

辺り一面真っ白な世界……そんなところで私は目を覚ました。
あたりを見回しても他には何も見えな……いや、何やら人影が見える。
純白のキャンバスに描かれたようにポッカリ浮かびあがったその姿は、私がいつも随行している先生の姿だった。

「……? こんなところでどうしたんですか、先せ……」

私がそこまで言いかけた次の瞬間だった。
どこからともなく飛んできたナイフが、あろうことか先生の眉間に突き刺さったのだ。
呆然としている私をよそに、先生がゆっくりと膝から崩れ落ちていく。
倒れた先生から流れ出た血が、そのまま血だまりとなってあたりを紅に染めていった。

「……せ、先生っ! だっ、大丈夫ですか!? しっかりしてくださいっ!!」

ようやく我に返った私が、先生の所へ駆け寄ってゆすり起こそうとした……のだが。
私が近づくと、まるで蜃気楼のように先生は姿を消してしまったのだ。

「先生……?」

思わずあたりを見回すと、また別の方角に先生が立ってるのが見えた。
さっきのはいったい……? そう思いながらもまた先生に向けて声をかけようとしたその時。
先生の足元にポッカリと穴が開き……そのまま先生はその穴に吸い込まれていってしまった。
その様子に、コンマ数秒呆気に取られた私だったが、すぐに我に返ってその穴へと駆け寄る。

「先生っ! 先生っ!?」

……だが、私が覗き込んだその名はあまりにも深く、底がどこにあるのかさえ推し量れないほどであった。
少なくとも、子供が悪戯で掘るような落とし穴とはレベルが段違いであることは分かった。
この穴がどのくらいの深さなのか、どこに通じているのかは定かではない。
ただ一つだけ分かるのは……この高さから落ちたのでは先生は……

「う……うわああああああああああっっ!!」

私は頭を抱え、悲嘆に暮れ……




 *      *      *




「う……うわああああああああああっっ!! ……って、あれ……?」

悲鳴と共に私はベッドから跳ね起きた。
……そして、先ほどまでの白一色の世界が夢の中のものであったことを自覚し、安堵のため息をつく。
それもそうだ、どこからともなく飛んできたナイフが先生に刺さったり、突如として空いた謎の穴に先生が吸い込まれたり……
それに、見知らぬ人々に囲まれた中で「いきなり殺しあえ」と言われたり……どれもこれも現実にはありえないことだ。
せっかくの休暇に、先生と普段の血生臭い事件から離れてゆっくりと羽を伸ばそうとリバーボートの旅を楽しんでいたのに。
……そんな時に、あんな殺人事件などに遭遇するものだから、あんな悪夢など見てしまったのだろう。

……しかし、どうも様子がおかしい。
ベッドから辺りを見回してみると、その部屋の内装は私と先生にあてがわれていた船室とはずいぶん違っていた。
……いや、事件の聞き込みでデルタ・プリンセス号は隅々まで見回ったが、こんな丸太造りの船室など存在しなかったはずだ。
どういうことだ……? ここはミシシッピーではない? だとすると……まさか……
私が考え得る最悪の可能性に思考を巡らせたその時だった。

「あっ、よかった! 目が覚めたんですね」

声のする方を見てみると、そこには人懐っこい笑顔を見せる、東洋人の少年が一人。
年の頃は……小学生か……いや、東洋人の体格なら中学生くらいだろうか。
いずれにしても、デルタ・プリンセス号の乗客には子供もいなければ、東洋人だっていなかった。

「浜辺を歩いていたらおじさんが倒れていたから……他の誰かに見つかっちゃう前に急いで近くのコテージに運んだんですよ」

浜辺……? コテージ……? いったいどういうことだ……?
この少年が何を知っているのかは分からないが……恥を承知で私は聞いてみることにした。

「……すまないが……いったいここはどこなんだか、教えてくれるかな……?」




 *      *      *




夢だと信じたかった。
だが、そうした幻想を自分の首に嵌められた首輪は易々と打ち砕いてしまった。
……目の前の少年もまた、この場所がどこであるかを知る術は無かったようだった。
ただ、その少年が言う「皆に殺し合いをしてもらう」という、あの闇の中での男の発言。
それはまさに、私が目にし、耳にしたものと寸分違わず一致していたのだった。
少年の発言、そして現に嵌められているこの首輪。
これが現実であると受け入れざるを得ない材料が、一つずつ揃ってきてしまっていた。

戸惑いの表情がありありと浮かんでいたのだろう。
俯き加減の私の顔を覗き込むようにした少年が、さらに言葉を続けた。

「あの……お湯も沸いたみたいなんで、コーヒーでも入れましょうか?
 ひとまず落ち着いて……それからゆっくり考えましょうよ」

お湯が沸いた……?
私が周囲を見回すと、部屋の隅っこにコンセントに繋がれた電気ポットが鎮座していた。
小さく橙色のランプが灯っているのが分かった。恐らく沸騰モードから保温モードへと切り替わっているのだろう。

「ちょっと待っててください、すぐに出来ますから。
 まだ目が覚めたばかりなんですから、無理しないで休んでてくださいよ」

私の返事も聞かずに、少年はポットの下へと駆け寄った。
恐らくはインスタントコーヒーなのだろう、カップにお湯が注がれた瞬間にすぐにコーヒーの香りが部屋に立ち込めた。
少年はたどたどしい足取りで、両手に受け皿に乗せたカップを持って戻ってきた。
欲張ってお湯を注いだのだろう、少年の足取りに合わせるようにカタカタと鳴るカップからは、僅かにコーヒーが零れている。
慎重にベッド脇の小さなテーブルに2つのカップを置いた少年は、ふぅっと一息つくとまた先程の人懐っこい笑顔を私に見せた。

「お待たせしました! さ、これでも飲んで落ち着きましょう」
「……あ、あぁ。すまないね」

私は差し出されたコーヒーカップを受け取った。
少年は猫舌なのか、淹れたてのコーヒーをフーフーと冷ましながら口をつけている。
自分も初めてコーヒーを口にした時はこんな感じだったかな、私がそう回想に耽りながらカップに口をつけようとした時だった。

私はおぞましい――あまりにも恐ろしい想像をしてしまったのだ。

私が聞いたことと、少年の言うことからして、私は何故かは分からぬが殺し合いの渦中に放り込まれたのは確からしい。
それはつまり、私のみならず、このあどけない表情を見せる少年もまた、殺し合いに参加させられているということ。
……だが、その人懐っこい表情、その話しぶりが全て演技だとしたら……?
誰だって殺されるのは真っ平御免だ……ならば、殺される前に――そう考えても不思議ではない。

そう、私は少年がこのコーヒーに毒を仕込んだのではないかと考えてしまったのだ。

ついさっきまで私は眠っていたのだから、銃器や刃物があれば私を殺すことは容易かったはずだ。
だが、闇の中で男たちが言ったところの少年に『適当に与えられた武器』はそうしたものではなかったのだろう。
もし、それが人の命を奪えるほどの毒物だとしたのならば……
そんな想像をした私は、カップを手にしたまま凍りついてしまった。

「……もしかして、疑ってます?」

そんな私の様子に少年が気づいたらしい。
慌てて少年の方を見やると、その顔には寂しげな笑みが貼りついていた。
私が彼を疑っているということがバレてしまったのだろうか。

「仕方ないですよね、状況が状況ですもん。じゃ、一応……」

そう言うと、少年は私の手からカップを取り上げると、一口含んで嚥下してみせた。
そして、また先程のようなケロッとした笑顔をこちらに向けてきた。

「ね? 毒なんか入ってないでしょう?」

私は呆気に取られてしまった。
せいぜい中学生か、どう高く見積もっても高校生程度の子供の振る舞いとは思えなかったのだ。
カップを手に悪しき想像に囚われて固まってしまった私を一瞥し、その意思を読み取るなど……
よほどの観察力と、洞察力が無ければ出来ないことではないか。

「あ、ああ……すまない」

以前として戸惑いを隠せないまま、再び私は少年からカップを受け取り、コーヒーを一口含んだ。
口に広がるその味がいつも以上に苦く感じられたのは、砂糖を入れ忘れたからというだけではないだろう。




 *      *       *




「ところで……」

コーヒーを半分ほど飲んだところで、私は少年に問うてみた。
何故、私が少年を疑っていることが分かったのか、そしてそんな洞察力はどこで身に着けたのか、と。

「……ちょっと前に、教えてもらったんです」
「というと?」
「探偵がさりげなくコーヒーを勧めるのには意味がある、って」

年端もいかない少年の口から"探偵"なる言葉が口を突いたことに私は驚きを禁じ得なかった。
これが、推理小説マニアとでもあれば話は別なのかもしれないが、教えてもらったという言葉に引っ掛かりを感じたのだ。

「出されたコーヒーを飲む時の仕草一つで、その人の性格まで読み取れるって」
「例えば?」
「そうですね……さっき、おじさんがなかなかコーヒーに口をつけなかったでしょう?」
「そうだが……」
「それってつまり、相手が気を許していないってことだそうなんです。
 他にも、急を要する用件があったりすると同じように口をつけないんですけど、あの場合はそうとは思えませんでしたし」

どうしてなかなか実践的だ。
少なくとも、学校では絶対に教えなさそうなことを、この少年はこともなげに口にした。
確かに、事務所でクライアントにコーヒーを出し、その反応をうかがうというようなことはしている。
そんな自分のようなプロが持ち合わせる知識を、どこでこの少年は身に着けたのかと私は気になった。

「……つかぬ事を聞くが、君は……その若さでどうやってそんな知識を身に着けたんだね?
 差支えなければ聞かせてもらいたいものなのだが」

私の問いに、少年は一瞬迷った表情を見せながらも返事をしてきた。

「俺……子供の頃に誘拐されたことがあるんです。
 で、その時に助けてくれた探偵のおじさんに憧れて、今は探偵になるための勉強をしてるんです」
「コーヒーの話は、そのおじさんから?」
「いえ、別の人からですが……その人もおじさんからこの話を聞いたって……」

ふむ、と私は嘆息した。
恐らくは独学で探偵になるための勉強をしているのだろうが、筋は悪くなさそうだ。
かくいう私も探偵の助手として働いているわけだが、その事実を伝えるべきだろうか。

「君は……これからどうするんだね?
 私は殺し合いに乗るつもりは毛頭ないが、かといって首謀者への心当たりもない。
 手がかりもまるでない状況で動かねばならない、正直八方ふさがりなわけだ」
「首謀者……ですか。いや、俺も……よくは……」

再び少年が迷った表情を見せる。先程の質問の時に見せた表情と同じ類のものだった。
恐らくこの少年は何か隠し事をしている……それも首謀者につながる何かを。
少年に殺意が無いことは分かっているだけに、わざわざ手がかりを明かさないとなると何か深い事情があるのだろう。
大人相手ならば、多少厳しく尋問もするところだが、子供相手にそこまでするのは野暮というものか。
いずれ時が来れば話してくれるのではないか、それまでは胸の内に今の考えはしまっておくことにしよう。

「だけど……俺だって人殺しになるつもりはないです……!
 何とかして、その企みを止められないかと思っています……!」

一言一言を噛みしめるように少年が言葉を継ぐ。
その瞳には強い決意を宿したかのような光を湛えていた。
……私が探偵の道を志した頃も、こうした目をしていたのだろうか。

「ふむ。ならば手がかりはないが、何とかしてこの企みを止めようではないか。
 申し遅れたな、私はワトソンというんだが、ええと……君は……」
「キュウです、みんなそう呼んでます……って、ワトソンってホームズの助手とおんなじ名前じゃないですか!」
「はは、よく言われるよ」

私の名前を聞いた少年が素っ頓狂な声を上げる。
探偵に憧れるからには、ホームズは避けては通れないのだろう。
それにしてもQ、か……覚えやすい名前で安心した。

「ではキュウくん、まずはお互いの知り合いについて情報交換といこうじゃないか」
「はいっ! よろしくお願いします!」

普段は先生のサポートをする私だが……
ふふ、こうして将来有る若者を引っ張っていくのも悪くはなさそうだ。



【B-3 コテージ 一日目深夜】

【ワトソン@ミシシッピー殺人事件】
[状態] 健康
[装備] 私服
[所持品] 支給品一式、ランダム支給品

[思考・状況]
1.キュウと情報交換
2.チャールズとの合流を目指す


【連城究@探偵学園Q】
[状態] 健康
[装備] 私服
[所持品] 支給品一式、ランダム支給品

[思考・状況]
1.ワトソンと情報交換
2.Qクラスのみんなや三郎丸と合流を目指す
3.元・冥王星の二人を警戒
4.DDSのことをワトソンに打ち明けたほうがいいかな……?

※島内の各コテージには電気・水道が通っています。ガスは島最大のログハウスにのみプロパンガスが備え付けられています。
※コーヒーや緑茶といった嗜好品のセットが各コテージにあります。ちょっとした茶菓子もついているようです。



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ワトソン Next:[[]]
連城 究 Next:[[]]

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最終更新:2011年09月12日 23:31
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