バトルロワイアルは魔法で満ちている

――いかれてやがる。



それが、男子高校生、姉原聡史郎の口癖だった。

例えば、ご近所さんが我が家を『幽霊屋敷だ』と噂していたとしよう。
例えば、近所の子どもから『お化け屋敷に住んでる奴だ』と後ろ指さされて育ったとしよう。
例えば、その『お化け』の正体が、他ならぬ姉のことだったとしよう。
しかも、その姉が本当に『お化け』呼ばわりされても仕方がないような、人間ばなれした女性だったとしよう。
その姉が、突っ込んでくるダンプカーを片手で止めたり、『魔法』と称して法外な値段で大企業の仕事を受けるような女性だったとしよう。


そういう家庭に姉と二人暮らしをしていたら、どういう人間に育つのか。

――決まっている。とても常識的で、現実的な考えを持つ、良識ある人間に育つのだ。

姉がご近所に迷惑をかけるなら、弟が謝らなくてはならない。
姉の精神がずれているようなら、その分だけ自分がしっかりしなくてはならない。
というか、姉のようにはなりたくない。
理解しがたいものは、無視してしまわなければ精神がもたない。

だから姉原聡史郎は、『魔法』というものが大嫌いだ。
『今世紀最強の現代魔法使い』の弟でありながら、
いや『最強の現代魔法使い』の弟だからこそ、魔法というものが大嫌いだ。


そういうことを、小学生だった聡史郎はある女性に話してみた。
そしたら、年上の彼女はこう言って笑った。


――そうだね。世の中っていかれてるよね。
――いかれてる?
――背が高くて目つきが悪いひとの口ぐせなの。

姉とは違って、普通の女性だった。
姉と違って、とくに目立つわけでも美人というわけでもない、普通の女性だった。
でも、笑顔が素敵だった。
ひだまりのような笑顔だった。

ふわりと、心が落ちつくような、きれいになるような、
それでいて左胸が、ざわざわと苦しくなるような、不思議な気持ちのする笑顔だった。

その『いかれている』という言葉を口にするだけで、
彼は世の中の理不尽なことを、少しだけ許せる気がしてしまうのだった。



 ◆

――いかれてやがる。

今度も姉原聡史郎は、そう思った。

まず、『殺し合いをさせる』という大前提からして馬鹿げている。
どこの世界の常識を身に付けた人間が、『殺し合え』と言われて『分かりました』と殺し合うというのか。

そして、その命令に反逆した暁には、首の『呪い』とやらで殺されるという。
その無茶苦茶な要求もさることながら、『呪い』などという手段もおかしい。

藁人形に釘を打つだけで人を殺せるはずがないように、爆薬も何もなしに人の首が爆発するはずがない。
それが聡史郎の知る常識であり、つまりこの事件は『常識』の埒外の事件ということになってしまう。
そういう事件は聡史郎ではなく、聡史郎の姉の姉原美鎖の管轄であるはずだ。
だが、参加者名簿を見る限り、この姉は、この『実験』とやらの現場にいない。
頭の痛い話であった。

もっとも、身内が巻き込まれていないなら、それはそれで喜ばしいことであったが。
その代わりなのかは知らないが、姉の同業者である女子高生が数名、参加者として呼ばれていた。

一ノ瀬弓子クリスティーナに関しては、あまり心配いらない。
少々精神面でムラがあるものの、聡史郎の知り合いの中では最も強い人材だろう。
あの『不死身』という言葉が似合う姉と、ガチで戦闘することができるらしいので、少なくとも聡史郎よりは強いと言い切れる。
何より、『魔法』方面の専門家だ。
『死んだりしない』とまでは保証できないが、聡史郎よりはよほど楽に生き延びることができるだろう。

坂崎嘉穂も、どちらかと言えば聡史郎よりの一般高校生だが、頭は良い。
戦闘力がない者なりの立ちまわり方を、きちんと心得ているだろう。

ゲーリー・ホアンに関しては、謎だ。
聡史郎の記憶が確かならば、奴は秋葉原事件で、謎の四次元空間みたいな穴に吸われて退治されたはずだ。
姉の発言によると、異世界にふっとばしたのでもう帰って来られなのだそうな。
しかし、お世辞にも友好的な関係と言えないことは確かだ。
何せ彼は姉原家に泥棒に押し入り、間接的に聡史郎の姉を半殺しにした前科を持っている。


そして、森下こよみ。
彼女は問題だ。
そのスペックたるや、運動神経ゼロ。
走れば転ぶという、漫画に出てきそうなレベルのドジっ娘。
頭は典型的な『あほの子』で、簡単に騙される。
電話をかけることすらできない、最悪の機械オンチ。
使用技は、空からたらいを降らすのみ。

人格、とても善良。
人を殺す可能性。ゼロ。


……うん、ヤバい。極めてヤバい。



彼女だけは、一般人の聡史郎でも最優先で心配すべき対象だ。


一般人だの魔法使いだのに関係なく、彼女が『死にやすい』ことぐらい、誰にでも火を見るより明らかだ。

それ以前に、『殺し合い』と言葉だけで真っ青になって、いつものようにぶるぶる震えているかもしれない。

魔法を使えない聡史郎といい、空からたらいを降らす以外はまるきり平均以下な森下こよみといい、主催者は人選を間違えているようにしか思えない。



「――いかれてやがる」



聡史郎は怒りをこめて、その口癖を吐いた。

ちくり、と。

なぜだか、気がとがめた。
きれいな絵画に傷をつけてしまったような、後味の悪さ。
彼はその心境について考える。

違うな、と思った。

――世の中っていかれてるよね。

聡史郎に、その言葉を教えた女性は、笑っていたのだ。

『いかれている』という言葉は聡史郎にとって『許し』みたいなもので、
例えば、姉とその弟子が不祥事を起こして巨大ワニを呼び出した時に、溜息と共に使う言葉であって、
ぜんぜん反省せずに笑顔を浮かべている魔女たちに『やれやれ』と悪態をつく時の言葉であって

つまり、聡史郎の周りにいる連中から、笑顔を奪うような『殺し合い』などに対して、使う言葉ではないのだ。

だから聡史郎は、言いなおした。



「――狂ってやがる」



そう、『殺し合い』などに対して、使う言葉はそれだろう。

姉原聡史郎は、『魔法』というものが大嫌いだ。
――しかし、『魔法がある世界』は、決して嫌いじゃない。

生身でトラックを跳ね飛ばしたり、家にワニを呼んだり、人の頭にたらいを降らして痛い思いをさせるような魔女たちが、
幸せそうに笑いながら聡史郎の作ったシュークリームを美味しそうに食べる『日常』が、決して嫌いじゃない。

よって、姉原聡史郎は、『魔法を利用した殺し合いの実験』を否定する。




よって、姉原聡史郎は、考えるのだ。

一般人である聡史郎に何ができるとも思えないが、何もできないならせめて『考え抜く』ぐらいはしておこう。



主催者が『魔法の力』を持っていたとして、姉原聡史郎には何ができるのか。



姉原聡史郎は、『魔法』を黙殺している。
しかし、ここにひとつの仮定として『魔法は存在する』としてみる。
あくまで仮定として『魔法は存在する』と考えよう。
秋葉原の事件の時と同じだ。
姉原聡史郎が『魔法』を否定していたところで、現実は『魔法』を否定するように動いてくれない。
たとえ仮定でも、そう認めなければ思考が始まらない。
姉原聡史郎は、常識的だが現実的な考えをしていた。
周囲が『魔法は存在するもの』として話しを進めるなら、空気を読むぐらいはする。



仮定1・魔法は存在する
仮定2・この殺し合いの主催者は『魔法』の力を持っている。
仮定3・姉原聡史郎には、全ての魔法が通用しない。



(2と3が思いっきり矛盾するじゃねえか……)

姉原聡史郎は、『魔法使い殺し』という稀有な体質を持っている、らしい。
否、聡史郎は魔法を信じていないのだから、姉たちの言うことを信じるなら、という条件つきだが。
ともかく、姉原聡史郎は、『全ての魔法が通用しない』『全ての魔法を感知することができない』という体質を持っていた。

魔法が存在するとするなら、これは間違いない。
聡史郎は、己の『魔法使い殺し』という体質を利用して、『魔法』絡みの事件解決に一役買ったことがある、らしい。
(もちろん、聡史郎には例によって肝心の魔法が見えなかったので、『どうもそうらしい』という伝聞で理解していたのだが)
よって、聡史郎の『魔法使い殺し』という体質には、ある程度の信頼性がある。

なので、仮定2と仮定3を補正する仮定を打ち立てなければならない。



仮定4・この『実験』の場に存在する『魔法』は、(少なくともその一部は)姉原聡史郎にも通用する。



こう考えれば矛盾点は解決する。
しかし、あまり喜ばしい仮定ではない。

聞くところによれば、聡史郎の姉は現代で最強の魔法使いらしい。
だからといって少しも敬意などは湧かないが、だとすれば姉の『魔法』に対する発言にはかなりの信憑性があるということだ。
その姉が、『聡史郎には全ての魔法が通用しない』と断言したのだ。
その発言を覆したということは、つまりあの主催者は、姉を上回る『魔法』の使い手か、あるいは姉の知らない魔法技術を知っていることになってしまう。
つまり、一ノ瀬弓子たちにとっても、この事件の解決は難しいということだ。

そしてそれ以前に、聡史郎が殺される危険性も、ぐっと高まってしまう。
あの主催者は『魔法』を使う。
一ノ瀬弓子たち、聡史郎の知る参加者も『魔法』を使う。
つまり、『実験』には『魔法』を使える参加者が相当数いると考えた方が自然なのだ。
その魔法が通用するかしないかで、聡史郎の生存できる確率はぐらぐらと上下してしまう。

さらに、聡史郎に支給された肝心の支給品は、あまり当たり武器とは言えなかった。
聡史郎が自衛できる手段は限られている。


その支給品のうちの一つは、学生服のベルトにささっている。
小さくてまるい拳銃だった。そして軽い。
銀色の銃身はまぶしいほどにぴかぴかしていて、玩具ではないかと疑いたくなった。
ハイスタンダード22口径2連発デリンジャー。名前だけならば聞いたことがある。
ポケットに入れて持ち運べる拳銃、と言えば便利そうに聞こえるが、つまり装備としては貧弱だった。


二つ目の支給品は、棍棒だった。
漆黒の鉄棒で、引っ張ると伸びる。長さは60センチほど。
いわゆる特殊警棒だった。
そして、セロテープで密封式のビニール袋が貼り付けてあった。
小さなコルク瓶だった。“特別付録”とラベルが貼られていた。
白い粉だった。
説明書には、“シアン化カリウム”と書かれていた。

「付録の方がぶっそうじゃねえか」

思わず、そう呟いていた。

まぁ、実際に活用できそうという点では、警棒の方がまだ頼りになりそうだ。
自衛の為に相手に毒物を盛れる機会なんていうのは限定されている。
それこそ、『ゲームに乗っていない振りをして、対主催派を皆殺しにしよう』というステルス思考の野郎にしか活用できないだろう。


三つ目の支給品は、ますます用途に困るものだった。


透明なテープでびっちりとめばりされた、ダンボール箱だった。

どこかで見たような気がしないでもなかった。
姉が通販でこんな感じのものを頼んでいた気がする。それとも仕事相手から押し付けられたのだったか。
ダンボールを開けると、バッテリー付きの携帯電話が出て来た。
何故だ。
電源は入っていた。
待ちうけ画面に、マーブル模様をした卵がひとつ、浮んでいる。
何年か前にはやった、育成ゲームを思い出した。

説明書は、簡潔だった。

『グレムリン。生まれてみてのお楽しみ』

姉といい殺し合いの主催者といい、魔法に関わる人間とは総じて説明不足な習性でもあるのだろうか。
確かに、『魔法』を使う参加者がいるのだから、いかれた物品が出て来ることは覚悟していた。
姉原家の物置に隠されている、何かの標本とか、人の体の一部みたいな。
しかし、それでもおおいに脱力した。
人の眼球のホルマリン漬けとかよりはずっとマシとはいえ、やはり『いかれた』関係のものを目にすると萎える。
たとえ、何らかの用法を持った有用な道具だとしても、十七年の経験で培われた『見なかったことにするのが一番』という経験則は消えてくれないのだ。 

電話帳を調べる。一件だけ登録されていた。

『携帯電話 F』

なるほど、と察する。
つまり、携帯電話は複数が支給されているのだ。
そして、他の参加者が持っている携帯電話と、連絡が取れる仕組みなのだろう。

ただ、ある一点で聡史郎は迷っていた。
すなわち、電話先の相手が、友好的な相手かどうか分からないという、微かな躊躇い。
そして、その相手が何らかの『魔法』めいた能力を持っていた場合、聡史郎には対処が分からないという迷い。

そんな風に迷いながら、聡史郎は歩いていた。
夜の工場地帯は、くたびれた街頭で、ぼんやりと明るかった。



ギュン、と夜空を光のラインが走った。



流れ星ではない。
金色の光は、星よりもずっと低い高度で流れて消えた。

また光った。

しかも、今度は爆発した。

爆炎があがった。
煙の量に比べて、爆発の音は小さかった。

爆炎に照らされて、一瞬だけ人間が見えた。
宙に浮いていた。



「おいおい……」

流石にこれだけおかしなものを見て、人が宙に浮くぐらいで驚いたりはしない。
というか、以前にも見たことがある。
自称魔法使いの一ノ瀬弓子が空を飛びながら戦っていたのを。

問題は、それが、この状況で、殺し合いの真っ最中に見えたことだ。



さて。
姉原聡史郎の眼の前には、二つの道があった。

1.あの爆発から遠ざかる。
2.あの爆発へと近づく。

2を選んだ方が賢いぐらいは分かる。
こんな殺し合いの最中に、大きな爆発音を立てる人間。
殺し合いに乗っているか、あるいは殺し合いに乗っていなくとも、反撃で人を殺すことに躊躇がないのか。
どちらにせよ、危険人物である可能性の方が高い。
仮にあの近辺で戦闘行為が行われ、襲われた人間が助けを求めていたのだとしても、ろくに装備も整っていない聡史郎にできることは限られているだろう。

それでも1の選択肢を無視しきれないのは、ある『if』が聡史郎の中に存在するからだ。

それは、探し人である森下こよみがこの近辺にいて、今の爆発を目撃していたというケース。

決して可能性は高くない『if』だが、無視するにはあまりにもリスクが大きすぎる。
森下こよみという少女は、怖がりでどんくさいが、意外と行動力が強い。また、かなりのお人好しでもある。
あんな爆発を目撃すれば、間違いなく駈けつけようとするだろう。
あの場所にいる、殺し合いに乗ったかもしれない人間を、止めようとする為に。
あるいは、あの場所にいるかもしれない、友人を危機から遠ざける為に。
なんせ、十万人を殺した大量殺人鬼と友達になろうとする女だ。
『あの場所に近づくのは危険かもしれない』という現実的思考など、平然と無視するか、気づかないに違いない。

近づくのは得策ではない。
しかし、『森下こよみを見捨てるかもしれない』選択肢を、選びたくはない。
何より聡史郎自身も、本音では『争いごとから逃げる』ことを、潔しとしない。


現実というのは、いつだってじっくり考える時間を与えてはくれない。
決断を要す為の時間は、限られている。


考えろ。
考えろ。
考えろ。


姉原聡史郎は、考えた。

そして、走り出した。

爆発の起こった、F-8エリアへ向かって。


【G-8/工業地帯/一日目 深夜】

【姉原聡史郎@よくわかる現代魔法】
[状態]健康
[装備]デリンジャー@バトルロワイアル
特殊警棒@バトルロワイアル
[道具]シアン化カリウム@バトルロワイアル
卵のコード(in携帯電話)@よくわかる現代魔法
[思考]基本・殺し合いは否定
1・爆発の起こった近辺に行き、何が起こったのかを確認
2・森下こよみ、一ノ瀬弓子、坂崎嘉穂と合流(森下こよみを最優先)

【デリンジャー@バトルロワイアル】
本家バトルロワイアルで月岡彰に支給された。
2発しか撃てない、超小型拳銃。
破壊力も低く、暗殺より護身目的で携行されることが多い。

【特殊警棒とシアン化カリウムのセット@バトルロワイアル】
本家バトルロワイアルで榊祐子に支給された。
警棒は普通に通販で手に入る警棒(伸縮式)。
シアン化カリウムは、あの『カレーの悲劇』の引き金になった危険薬物。

【卵のコード(in携帯電話)@よくわかる現代魔法】
携帯のアプリケーションに飼育できる魔法生物。
何が生まれるかは……。

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最終更新:2011年11月18日 09:32
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