二つの黒い焔

人を動かすのはなんだろうか。
それは、一言で言ってしまえば『感情』。
人間が、いや生物が持っている言うなれば本能。
ましてや人間は他の生物に比べて非常に感情が豊かである。

感情にも様々なものがある。
喜び、悲しみ、怒り、楽しみ。
俗に言う喜怒哀楽と呼ばれる感情は、人間の感情を端的に、そして完璧に言い表している。だがそこにもう一つ加わってしかるべき感情がある。
それは――



森の中を疾風の如き速度で駆け抜ける、一つの影があった。
端麗なその顔は涙と汗でぐじゃぐじゃになり、見るに堪えない。
腹部から溢れる血は、制服を汚す。
千草貴子は、恐怖していた。
先程受けた襲撃と、死んだはずの自分が生きているという奇妙な現実に。
そして、襲撃を受け思い出してしまった、自分の死の瞬間に。
それを恐れるのはもはや、人間のではなく生物の本能。
本能の前に理性など、塵芥の如きもの。
死を恐れる本能は、まだ中学生である千草貴子の未成熟な精神を侵すのには十分すぎる。
だから彼女は行くあてもなく、ただ肉体が動くがままに壊れて暴走した機械のようにただただ走っていた。
それゆえに、見えなかった。
すぐそこに、見知らぬ少女がいた事に。

どかん、と千草は少女に強烈な体当たりをぶちかましてしまった。
ごろん、と少女はもんどり打った。
そして千草も衝撃を受け止めきれずに派手に転んでしまった。
転んだ際に盛大に打ち付けた足が切れ、血が溢れる。

紅い。
ただ、紅い。
その色は、自分が死んだ時――否、殺された時に嫌というほど見た、あの色。
「うあっ……あ……」
嗚咽ともつかぬ声が、喉の奥から絞り出される。
血を流し続ける傷口に空気がふれ、焼けるような痛みが千草の頭脳を蹂躙する。

――嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

死にたくない――



遠くで、何かがはじけるような音が

聞こえた気がした。



―――殺せ。

それは、悪魔のささやきか。

千草は持っていたダーツをぎゅっと握りしめていた。
もう彼女に理性は一片も残っていない。
死の恐怖という本能から逃れるために、千草は武器を手に取った。

――そうだ、殺せ。
みんな殺せばいい。
そうすればお前は、生き延びる。
生きる為に、殺すんだ。
さあ――やれ。



その囁きは誰が言ったわけでもない。
千草以外の人間には、誰にも聞こえない言うなれば千草自身の声。
普段の千草であれば、決して流れる事のなかった声が千草に殺人という禁忌を犯させようとしている。
目の前で倒れている少女に一歩、一歩と近づいていく。
そしてついに制空権へと入った。

――さあ、その矢を突き刺せ!

刺せ!
刺せ!
刺せ!

シュプレヒコールのように、声が脳内に反響していく。
汗と泥が混じって汚れた手で、もう一度ダーツをしっかり握りしめ、千草は少女にダーツを振りおろし――



その鏃は少女に刺さる事はなかった。
突き刺すより早く、少女の前蹴りが千草の腹部に深く入っていたためだった。
ただでさえ負傷していた個所を強烈に蹴られ、千草の内臓が悲鳴を上げる。

「…ガ、ガァッ……!」
野獣のような呻き声をあげ、千草の喉の奥から胃液が溢れだす。
それと同時に蹴られた腹部から血が噴き出し、壮絶な痛みが――それこそ悲鳴もあげられなくなるほどの痛みが、千草の全身を電流のように駆け巡った。

「…テメエ、何しやがる。」
ひ弱そうな見た目からは想像もできない、ドスの利いた声が千草の耳に届いた。
一瞬第三者が現れたのか、と思ったのだがその声を発したのは他でもない、先ほど自分が殺そうとしていた少女自身だった。
涙と汗で滲む目でその方を確認すると、なにやら禍々しいオーラが少女を包んでいた。
悪魔にも似たその雰囲気に、千草の脳内を再び恐怖が占拠する。
それも先ほどの比ではない。
文字通り動くことすらできなくなるほどの恐怖だった。

「……テメエが今何したか、分かってんのか?」
純粋な怒りを、言葉の一語一語から感じる。
それは千草の心を抉り、さらなる恐怖を生み出す。
恐怖はついに、肉体の抑制すらも弛緩させる。
涙はとめどなく流れ、鼻水も溢れだす。
嗚咽を漏らす口からは、だらしなく涎が垂れだしていた。

「情けねえな、本当に情けねえ。そんなんでこの俺様を殺そうとしていたのか?」
目の前の少女は、純粋な怒りをこちらに余すことなくぶつけていた。
そこに存在するのは絶対的な自信。
唯我独尊。
その四文字が浮かび上がるほどの圧倒的な自信と怒りが、少女の実に溢れ出ているオーラであった。
「…オイテメエ。」
「ヒッ?!」
地の底からにじみ出るような声は、千草の精神を容赦なく穿つ。
逃げたくとも、全身を駆け巡る激痛と恐怖は千草の身体をピクリとも動かさない。
ただ出てくるのは涙と鼻水、そして脂汗だけだった。

「…『殺す』ってのがどういうことか、教えてやるよ……」
その言葉を言い放ち、少女は持っていたデイパックに手を突っ込んだ。
そして出てきたそれを見た時――千草の精神は完全に壊れた。



鎌だった。
否、それは鎌と呼ぶにはあまりにも大きすぎた。
人の背丈ほどあるその鎌の名は、桜舞。
戦国時代に、殺戮と阿鼻叫喚を至上の愉しみとしていた男――明智光秀の、呪われた武器。
数々の血と命を吸いとり続けてきたその鎌を、少女はいともたやすく千草に向けた。
その切っ先の鋭さが、反射された木漏れ日の光が、千草の恐怖を加速させる。
じりじりと、じわじわと、その刃が千草の肉体に迫る。
「イ゛ッ、嫌ア゛……」
ついに千草は、人間としての尊厳すらも放棄し始めていた。
しゃがみ込んでいた地面に水たまりができる。
圧倒的恐怖から、千草はついに失禁してしまったのだ。
溢れ出て、止まらない尿に少女は顔をしかめた。
「ケッ、ほんと情けねえな……オラ!」

凍るような冷たい感覚が、太ももに走る。
そして間髪入れずに焼けるような感覚が、太ももに走る。
それとほぼ同時に襲いかかったのは、激烈な痛みだった。
深々と、鎌の刃が太ももに刺さっていた。
「アアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!」
無惨な悲鳴が、木霊した。
ざく、と刃が肉を斬りながら動く。
斬られた肉は熱を帯び、外気に触れた先から新たな痛みを生み出す。
やがてその痛みは千草の全てを奪って行く。
痛みは力を奪い、奪われた力は肉体の尊厳を保てなくなる。
尿の次に溢れだしたのは、大便だった。
辺りに先ほどよりも強烈な異臭がまき散らされる。

「おーおーきたねえな、全く、クソ漏らしやがって。」
「ガ……ア゛ァ……」
ぱくぱくと、空気を求め魚のようにただ漫然と動かすだけの口から声にならない声が漏れた。
もうこいつはダメだな、と少女は確信した。



「……お前さ。」
「…ェ」
「死ねよ。」
ぽつりと、少女が告げた。
太ももから引き抜かれた刃が千草の喉笛にあてがわれた。
刃は、血でまみれていたにもかかわらずなぜか千草には異様に冷たく感じられた。
「…オイ、何か言う事はあるか?」
「…………ァ」
「ん?」

蝋燭の炎というものは、消える直前が一番激しく燃えると言う。
それは、命の炎もまた、同じだったのかもしれない。
全ての力を使い果たしていたはずの千草の喉から、これまでの責め苦を受けていたとは思えないぐらい力強い、悲しい叫びが溢れ出た。



「死゛に゛だぐ……無゛い゛っ!!助げで!!死゛に゛だぐ」
「だが死ね。」



蝋燭の炎を吹き消すよりたやすく

刃は深々と千草の喉を突き刺した。



千草が最後に見せた炎の揺らめきは、呆気なく非情な刃にかき消された。



「…ケッ、クソが。」
少女は鎌の血を拭いながら、汚物を見るかのように変わり果てた千草を見下ろしていた。
辺りに血と尿と大便をぶちまけたそこに、人間としての尊厳は一片も存在していない。
そしてそれを見る少女の眼も、人間としての優しさや愛情といった感情は全くなかった。

彼女――否、『彼』の名は翔。

御堂島優という少女の自己防衛から生み出された、もう一つの人格だった。
御堂島優は、心優しき少女だった。
だがそれゆえに、傷つきやすいガラス細工のような繊細な心を持っていた。
だからだろうか。
彼女自身の身を守るために、翔は生まれた。
優という存在を守るために生まれた『彼』は、幽からは考えられないほどに残虐で狡猾で冷徹だった。
そんな『彼』は、ただただ怒っていた。
この殺し合いというもの自体が。
状況に流され自分を殺そうとしてきた愚かな少女が。
何もかもが気に入らなかった。

「……ぶっ壊してやるよ。」
鎌を、ヒュンとふるった。
拭いきれていなかった千草の血が、ピッと飛び散った。
その瞳には、メラメラと燃える、どす黒い炎があるかのようだった。

「…すぐ終わらせてやるよ、優……」



翔の持つデイバックの中に、『それ』は存在した。
まるで紫水晶のような『それ』は、異様な雰囲気と存在感を醸し出している。
それは『黒ノ焔』というものだった。
第六天魔王を自称し、恐怖と覇道にて日本を統一しようとしていた男、織田信長の切り札とも言うべきその焔は、冷たく熱く燃え滾っていた。
その焔を手にしたものは、圧倒的力を得る代わりに、守る事を失う。
否、守るに使う力さえも、破壊へと昇華する、恐るべき焔だった。
その焔と同調するかのように、翔もまた、メラメラと燃え滾っていた――





【千草貴子@BATTLE ROYALE 死亡】

【B-2河川敷/1日目午前】
【御堂島優@クロックタワーゴーストヘッド】
[状態]:『翔』の人格、肉体疲労(中)
[装備]:桜舞@戦国BASARA
[道具]:基本支給品一式、黒ノ焔@戦国BASARA、タチバナのダーツ@まほらば(5本)、千草の支給品(アイテム未確認)
[思考]1:優を守る。邪魔する奴は殺す。
   2:ミコシサマは見つけたくない。
[備考]:この思考は翔の人格の思考です。



【支給品情報】

【桜舞@戦国BASARA】
御堂島優に支給。
元々は明智光秀愛用の大鎌。
鋭利な弧状の刃の他に、柄の先端に鋭い穂先がある。

【黒ノ焔@戦国BASARA】
御堂島優に支給。
本来は織田信長の専用装備アイテム。
防御力の全てを攻撃力に変える力を持つ焔。
防御力の全てを攻撃力に変える為、防御力はゼロとなる欠点がある。




036:剣と鎌と 前編 投下順 038:トラブル・イン・ホスピタル
036:剣と鎌と 前編 時系列順 038:トラブル・イン・ホスピタル
021:神様、あなたってとっても残酷 千草貴子 GAME OVER
GAME START 御堂島優 :[[]]

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最終更新:2011年08月15日 00:04
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