第五十七話≪二人が望む永遠≫
戦う事をやめ、弓那と、互いに死ぬまで一緒にいようと決心し、
B-1に位置する地下壕跡に隠れてからと言うもの、
俺と弓那は何度も何度も激しく身体を重ね合い、互いの体温を感じていた。
そして幾度目か分からない行為を終え、お互い息を整えている時、
第一回目の放送が始まった。
放送の声の主は、間違い無く、あの開催式の時の男だった。
『はーい、みなさんお元気ですかー?
お久しぶりでーす。開催式の時以来ですね。俺ですよ。覚えてますかー?
出来れば覚えておいてほしいんですけどねぇ。
じゃないと俺泣くかもしれませんよ』
「明るい口調だなーオイ」
「完全に傍観者の気分でいるよね。腹立つ……」
バトルロワイアルという凄惨な殺人ゲームを運営している者とは思えないぐらい。
軽く明るい妙な抑揚を付けた男の声に不快感を覚えたが、
大人しく放送内容を聞き取る事にした。
そして放送が終わった。
23人も死んだらしいが、ぶっちゃけ言うと弓那以外の有象無象が何人死のうが俺はどうでも良かった。
弓那はやっぱり心苦しいようだから、俺も表面上は悲しい顔をしておく。
しかしそれ以上に最大の関心事だったのが、禁止エリア発表。
何と俺達がいるエリアB-1が、午後3時から禁止エリアになると言うのだ。
「……B-1って、ここ、だよね?」
「ああ……」
俺と弓那は非情な事実に愕然としていた。
このままここに留まっていれば、午後3時に首輪が作動し、死ぬ事になる。
「ずっとここにいようって言ったの私だけど、
首輪で爆死っていうのも嫌よね……」
「そうだね……」
確かにここにずっと留まって愛し合おうみたいな事は話し合ったが、
かと言って首輪爆死などという結末は嫌だ。
弓那も同じ気持ちのようだ。言い出しっぺなんだけど。
「どうする?」
俺は弓那に意見を求める。
「どうするってもねぇ……このままずっとここにいれば、首輪が爆発しちゃうし……。
そんな死に方嫌よ。死ぬなら私は……黒牙に殺されたい」
少し恥ずかし気な感じで弓那が言った。
「弓那……」
そこまで俺の事が……やばい、涙出てきそう。
「……」
「……」
俺と弓那の間を、しばらく沈黙が支配する。
武器やデイパックは捨ててしまったので、移動も戦闘も困難だ。
だが、かと言ってこのままここに居続けても、午後3時になれば二人共首輪が爆発して死ぬだけだ。
しかし、この場を凌いだとしても、結局最後の一人が決まらなければ、
待っているのは「死」……。
……なら……。
俺と弓那は、崖下に広がる海を見つめた。
海までの高さからして、落ちれば衝撃でほぼ間違い無く死ぬ。
この高さから海に落ちれば、恐らくコンクリート並の衝撃だろう。
衝撃で死ななかったとしても、そのまま沈めば溺死出来る。
俺と弓那は、手を繋いだまま、崖っぷちに立った。
「……行こう?」
弓那が決意を促す。
「……ああ」
覚悟は出来た。
俺と弓那は、崖から一歩踏み出した。
何も無い空間に。
急に、何の重力も無くなった。
◆
崖から飛び降りた後、周りの動きがとてもスローモーションに見えた。
よく漫画やテレビなんかで、人は死ぬ時、見ている風景がスローモーションに見えるって言うけど、
あれ本当だったのね。
あれ、頭の中に、何だか色んな想い出が浮かんでくる。
ああ、これがいわゆる「走馬灯」ってヤツ?
「え? え?? アンタ誰!? どっから出てきたの?」
「……俺は……俺の名前は……」
「……? 自分の名前、分からないの?」
これは……私と黒牙が初めて会った時の記憶かな。
昔骨董品屋だったっていう廃屋を興味本位で探検していて、奇妙な籠手を見つけて、
それを装備してみたら、まばゆい光と共に、赤と黒の毛皮を持った人狼が現れた。
最初は凄く驚いた。余りに非現実的な出来事が目の前で起きたんだから。
「名前が無いの? じゃあ、私が付けてあげる。
えーとね……じゃあ、黒いし鋭い牙があるから『黒牙』でいいかな」
「こく、が……」
名前が無いという黒い人狼に名前を付けてあげた時の記憶。
「えーとね、この子、食事代とか全くかからないから!
滅茶苦茶大人しいし! だから家にいさせてもいいでしょ? お願い!」
「う~ん……食費がかからないなら別に良いか……」
「いいの? んー、まあ、よろしくね、黒牙さん」
「は、はい、こちらこそ、宜しくお願いします」
両親に、使い魔となった黒牙を初めて紹介した時の記憶。
案の定、お父さんとお母さんは難色を示したけど、黒牙の「何も食べなくても平気」という特性を強調し、
食費はかからないと両親に訴え、何とか家に住まわせる承諾を得られた。
「ははははは!! 何でそうなるかな~!」
「面白いね、この番組」
これは……何かのバラエティ番組を黒牙と二人で見ていた時かな。
「黒牙! 黒牙!! アンタ冷蔵庫の中にあったケーキ食べたでしょ!!」
「食べてないよ」
「私『弓那の物、食べるな!』って裏に書いておいたんだよ!? 何で無いの!
黒牙アンタしかいないじゃない!! 食べたんでしょ!?」
「なっ……自分の使い魔が信じられないのか!」
「信じられないわよアンタなんか!! いつもいつも後で楽しみに取っておいたスイーツ食べて!!」
「スイーツてwwww」
ああ~これは確か後でゆっくり食べようと思って、裏に注意書きまでしたパック入りのケーキを、
黒牙に食べられて喧嘩した時ね。
っていうか黒牙の奴、絶対に確信犯でしょ。
「弓那……大丈夫? 痛かったらやめるよ?」
「はぁっ……はぁっ……だ、大丈夫だから、一気にっ、来て……!」
「分かった……行くよっ……ウ、ウウウウウッ!」
「ひゃっ、あっ、い、ああああぁああぁぁあああああぁああああああ!!」
これは……もう、アレね。
黒牙との初体験の時の記憶……ね。
思えば自分の純潔、黒牙に捧げたんだったっけ。
最初は痛かったけど、段々凄く気持ち良くなって、その日からもう病み付きになった。
疑似体液だから、子供が出来る心配も無かったし。
……次から次へと色々な思い出が頭の中によぎっては消えていく。
駄目だ、止まらないよ。
◆
海面まで後10メートル。
二人は互いを固く抱き締める。
8メートル。
海面が迫り来る中、二人は互いの顔を見た。
6メートル。
4メートル。
2メートル。
……………………。
(これで、ずっと弓那と一緒にいられる……)
(黒牙と一緒に眠る……幸せ……)
深く、暗い海の底に沈みゆく中、二人は永遠なる愛で結ばれた。
【黒牙 死亡】
【大木弓那 死亡】
【残り19人】
最終更新:2009年11月07日 15:10