紅(あか)

第五十六話≪紅(あか)≫

高野雅行は、自動車も馬車も人も通行しない市街地の道路を歩いていた。
右手に通称「グリースガン」と呼ばれる短機関銃・GM M3を持ちながら、次の獲物を探していた。

正午12時までに参加者全50人の内、23人が死亡、正午の時点での生存者は27人。
禁止エリアは午後1時から病院のあるG-2、山頂のD-5、特に何も無いB-1。
第一回放送で知った情報である。
参加者の神経を逆撫でするような放送主の男の言葉になどまるで興味は無かった。
残り27人。自分を除けば残り26人。放送から既に40分程経っているので、既に残り人数は更に減っているかもしれない。
自分が殺したのは3人。いずれも獣人の男。
いずれも名前は分からないが、別に問題では無かった。
雅行は満足していない。
まだ殺し足りない。
もっともっと殺したい。
雅行の殺しへの欲求は尽きる事は無い。

獅子獣人の筋肉質な男の頭を撃ち抜いた時。
牛獣人の大柄な男の背中に44マグナム弾を撃ち込み風穴を開けた時。
鹿獣人の痩せ型の男の身体を今手にしているM3で蜂の巣にした時。

命を握り潰した時の、何とも言えない快感が、雅行はたまらなく好きだった。

放送終了後、軽く食事を取り、雅行は駐在所を後にした。
そして現在、雅行はF-2の市街地を歩いている。
手にしたM3――牛獣人から鹵獲した物である――を愛おしそうに見つめながら、
閑静、と言うより静謐と言った方が良い市街地を、新たな獲物を探しながら見渡していた。
そして、何気無く曲がり角を左に曲がった。

「……」

そこで雅行は、木の枝で杖を突きながら、フラフラと歩く、満身創痍といった感じの、
セーラー服を着た水色ショートヘアの少女と鉢合わせとなった。


身体の自由が利かない。
とにかく熱っぽいし、頭がぼーっとする。
喉の渇きも、もう限界に達している。
明らかに病状は悪化の一途を辿っている。
十中八九、銃で撃たれた傷から細菌が侵入したのだろう。

とにかく、病院を目指して歩いていた。
病院なら、きっと何かしら、治療する手立てがあるはず。
医療知識の無い自分が何をする事が出来るかどうかは分からないけど、
何とかしなければ、きっと取り返しの付かない事になる。

放送を聞いた。
死者の数なんてどうでも良かった。問題は死者発表の次の禁止エリア発表。
午後1時から、病院のあるエリアが禁止エリアになってしまう。
そうなったら、もはや一巻の終わりだ。
時計を確認すると、禁止エリアになるまで後20分しか無かった。

「急がなきゃ……」

捻挫した足の痛みも、撃たれた傷の痛みも歯を食い縛って耐え、
混濁しそうになる意識を必死で繋ぎ止める。
地図の通りなら、この道路を道なりに進んで行けば、病院に到着するはずだ。
とにかく、禁止エリアになる前に、病院に……ッ!

「……え?」

数メートル先の右手側の曲がり角から、白いカッターシャツを着た長いモミアゲが特徴の、
若い人間の男性が現れた。
その右手には、黒光りするサブマシンガンのような物が握られていた。

「……」

男性は私の姿を確認するなり、まるで獲物を見付けたとでも言うかのような笑みを浮かべた。
直感で私は思った。

この男は危険だ、と。

すぐに踵を返して逃げ――られなかった。

「きゃあっ!!」

元々足を怪我して満足に動かせなかったのと、謎の感染症により身体の自由が利かなくなっていた事もあり、
私は駆け出そうとしてバランスを崩し、そのまま固いアスファルトの上に転んでしまった。
咄嗟に両手で受け身を取り、両手の平が擦り剥き、痛かった。

「う……!」

すぐに起き上がろうとしたけど、両腕に上手く力が入らない。
早く、早く逃げなきゃ……!

「がっ!?」

私の左脇腹に鋭い衝撃が走り、うつ伏せだった私の身体は強制的に仰向けにさせられた。
左脇腹の痛みに悶える暇も無く、私の胸元に白っぽいスニーカーを履いた男の足が叩き付けられた。

「ぐぁっ! げほっ! げほっ……」

胸に強い衝撃を与えられ、咳き込む私。
涙目になりながら上を見上げると、さっきの男性が私を踏み付けながら、無感動な瞳で見下ろしていた。
そして、何かを考えるかのような素振りを見せると、
持っていたサブマシンガンを左手に持ち替え、空いた右手を私の首元に近付けてきた。

「……な、何? 何をするの?」
「……」

私の問いに男性は何も答えない。まるで意に介していないように見える。
男性は私の首の――首輪を掴んだ。
そしてそれを、思い切り引っ張った。
固い首輪の枠が私の脊椎に食い込む。
な、何? 何でこんな事を――?

ちょっと待って、確かこの首輪、無理矢理外そうとしたら爆発するんじゃ……?

ギチギチッ……。

「あっ、ちょ、待……」

男性は表情一つ変えずに私の首輪を引っ張る力を強めていく。
い、いや、だから待ってって、そんなに引っ張ったら、

ピィ――――――。

バァン!!

桂川八重の視界が、真っ赤に染まった。


高野雅行は、地面で仰向けに倒れ、喉元から鮮血の噴水を噴き出して息絶えている少女を見つめながら、
愉悦の籠った笑みを浮かべていた。

最初、鉢合わせた少女を手に持ったM3で、あの鹿獣人と同じく蜂の巣にしようかと思ったが、
少女が逃げようとした時、思い切り路面に転倒したのを見て、
すぐに殺すのは勿体無い、少し遊んでみようと思った雅行は、
うつ伏せに倒れ、起き上がろうとしている少女に近付き、左脇腹を思い切り蹴り上げた。
呻き声を上げ、少女は強制的に仰向けにさせられる。
すかさず雅行は少女の胸を蹴り上げた右足で思い切り踏み付けた。
苦しそうに少女が咳き込み、涙目になって雅行を見上げる。
無論、そんな事で心を動かされるような雅行では無い。
どうしてやろうかと思案している時、少女の首にはまっている首輪に目が止まった。
自分の首にもはまっているその首輪は、確か禁止エリアに侵入する、主催者に刃向かうの他に、
無理に外そうとすれば爆発する、仕組みだったはず。
雅行の心に、無邪気な子供のような悪戯心が生まれた。
M3を右手から左手に持ち替え、空いた右手をゆっくりと少女の首輪へ近付ける。

「……な、何? 何をするの?」

少女が苦しげな声で尋ねて来たが、雅行はその問いに答えるつもりなど毛頭無かった。
雅行は少女の首輪を掴むと、そのままグイッと引っ張った。
首の骨が圧迫されているためか、少女が苦悶の表情を浮かべる。
別に雅行は少女の苦しむ表情に興奮するような変態では無いので、特にそれに関しては無反応だった。

ギチギチッ……。

首輪から明らかに不穏な音が鳴り始めた。

「あっ、ちょ、待……」

少女が行為の中断を求めるが、完全無視。
尚も首輪を引っ張り続けた。
そして、遂にその時が来た。

ピィ――――――。

首輪から電子音が鳴り、雅行は首輪から手を放し、少女から離れた。
その直後。

バァン!!

少女の首輪の喉元の部分が、爆発音と共に弾け、少女の喉元から大量の鮮血が噴き出した。
少女は大きく目を見開いたまま、ピクピクと痙攣し、やがて噴き出す血の勢いが弱まるのと同じくらいに、
その痙攣も収まり、少女は自分の真っ赤な血溜まりの中で永遠の眠りについた。

美しい、と、雅行は思う。

少女の死に方は、この殺し合いの開催式の時の、見せしめのために首輪を爆破されて殺された男と、寸分違わぬものだった。

血の噴水というものは、雅行は好きだった。
真っ赤な液体が、数メートルに渡り吹き出るという光景は、独特の美しさがあった。
今までも何度も目にしてきたが、何度見ても見過ぎると言う事は無い。
この少女の場合は、何となく生まれた悪戯心からだったが。

血に染まった少女のデイパックから、大型の中折れ式リボルバー拳銃・S&Wスコフィールドと、
その予備弾薬を取り出す。食糧品は十分な数を確保しているので放っておく事にした。

戦利品を入れた自分のデイパックを肩から提げ、胸ポケットに入れたミント味のガムを一枚取り出し、
包みを開け口の中に放り込むと、雅行は再び獲物探しに歩き出した。


【一日目/日中/F-2市街地】

【高野雅行】
[状態]:健康、愉悦、返り血(中)
[装備]:GM M3”グリースガン” (30/30)
[所持品]:基本支給品一式(食糧1/4消費)、M3の予備マガジン(30×9)、
S&W M29(6/6)、44マグナム弾(42)、グロック19(5/15)、 グロック19の予備マガジン(15×8)、
S&Wスコフィールド(1/6)、45LC弾(54)、濃硫酸(2)、ミント味のガム(7)、
藤倉直人の水と食糧、喜連川為郎の水と食糧、 緒方修二の水と食糧
[思考・行動]
基本:殺し合いを楽しむ。
1:他参加者を見つけ次第、殺す。
[備考]
※特に優勝を目指す訳では無く、純粋に殺しを楽しむのが目的のようです。



【桂川八重  死亡】
【残り21人】



※F-2市街地路上に桂川八重の死体、桂川八重のデイパック(基本支給品一式(水を全て消費))
が放置されています。
※F-2一帯に小さな爆発音が響きました。




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最終更新:2009年11月22日 00:50
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