惨劇の引き金はとても軽く

第五十五話≪惨劇の引き金はとても軽く≫

B-3の酒場内。カウンターに座りながら、シェパード種の犬獣人の婦警・一色利香は名簿と地図を眺めていた。
参加者名簿は赤線で23人の名前が消されている。
会場地図には禁止エリアに指定されたエリアに赤い丸、及び禁止エリアになる時刻が書き込まれている。
利香と、同行中のフリーカメラマンの男・富松憲秀は、この酒場で第一回放送を聞いた。
他の第一回放送を聞いた生存者達と同じように、彼女達もまた、
最初の6時間で全参加者の半数近い23人が脱落したと言う事に驚き、愕然とした。
その後、禁止エリアも忘れずに記録し、放送が終了した後、
二人はそれぞれのデイパック内に入っている食糧で昼食を取った。

昼食後、利香は名簿と地図を交互に眺め、これからの行動方針について考えていた。

「やっぱり、ここから一番近い場所は軍事施設だけど……行ってみるべきかしら」

利香は現在位置の酒場からかなり近い場所にある軍事施設跡が気になるようだった。

「一色さん、何か考え事でも?」
「ああ、富松さん。いや、すぐ近くに軍事施設跡があるらしいから、
そこに行ってみようかと思って」
「成程……かなり長い事この酒場にいますし、そろそろ移動するのも良いかと思いますよ」

二人はとある理由でこの酒場に留まっていた。
しかしいつまでも同じ場所に留まっている訳にもいかないと思い立ち、
そろそろ脱出手段模索及び仲間になりそうな生存者捜索に出発した方が良いと判断したのだ。

「そうね。ああ……富松さん、奥に寝ているあの人。
多分そろそろ、さすがにそろそろ、揺さぶれば起きると思うから、起こしてきてくれないかな」
「分かりました。さすがにもう起きますよ、きっと……」

憲秀は酒場奥に向かって行った。奥の部屋に寝ているある人物を起こしにいくためである。

「失礼しま~す……」

白い料理人服を着込んだ中年男性・川田喜雄が眠る和室に、
憲秀が静かな声で断りを入れながら足を踏み入れる。
喜雄は最初の時よりは随分とイビキも収まり、酒臭さも無くなっていた。
一色利香と富松憲秀が酒場に留まっていた理由はこれである。
この酒場にやってきた二人はカウンターで泥酔して爆睡していた川田喜雄を見付け、
イビキがうるさく敵を誘引する危険があるので、二人掛かりで奥の和室まで引き摺り寝かせた。
しかし一人で放っておく訳にもいかず、仕方無く男性が起きるまでこの酒場に留まる事にしたのだ。
ところが致死量一歩手前という大量の酒を飲んだ喜雄は簡単には起きず、
結果、昼の第一回放送を聞くまでに至るようになってしまったのだ。

和室に入った憲秀は畳の上に仰向けに寝かせた中年男性の寝息が、
最初の頃に比べて穏やかになっている事に、安堵の息を漏らす。

「ん……」

憲秀はふと、男性のデイパックから覗いている古めかしいアサルトライフル、ハーネルStG44に目が止まった。

「……」

憲秀にとある衝動が湧き上がってきた。
男という物は大抵、格好良い銃を見ると、構えてみたい、持ってみたいという衝動に駆られる可能性が高い。
憲秀もその例に漏れなかった。

「すぐに戻せば……大丈夫、だよな」

憲秀は唾を飲み込み、ハーネルの銃床を持ち、デイパックから引き出した。
木製の銃床を持った、無骨な外見の長銃が憲秀の手に収まった。
両手に感じる重みに、憲秀は齢40を超えた今、子供のような笑みを浮かべていた。
眠っている喜雄から数歩離れた位置で、ハーネルを肩付けし構えて遊ぶ憲秀。
気分は正に突撃部隊。

まさかそんな軽率な行為が、思わぬ惨劇の引き金となるとは、彼は思いも寄らなかった。

ガサガサッ。

背後から妙な物音がした。

憲秀は驚いて振り向いた。

さっきまで眠っていた中年男性が、凄まじい形相で長剣を自分に向かって振り下ろそうとしていた。

憲秀は反射的にハーネルで振り下ろされる刃を防ごうとした。

だが、男が振り下ろした長剣――ツヴァイハンダーは、
ハーネルの鉄製の機関部をいとも容易く、あっさりと両断し、

額に何かがめり込むような感覚が、憲秀が最期に感じた知覚だった。


「……何?」

部屋の奥、憲秀が中年男性を起こしに向かった和室の方から、妙な物音が聞こえた。

「……富松さーん?」

憲秀の名を呼ぶが、返事が無い。
唐突に、嫌な予感がした。
利香はカウンター横の入口から、酒場奥へと急ぎ足で向かった。

そして中年男性を寝かした和室の手前まで来た時。
寝かせておいたはずの中年男性が、和室から飛び出してきたのだ。
その手には、血で刀身が濡れた長剣が握られていた。

「……ッ!?」

予想外の光景を目の当たりにし、言葉を失う利香。

「うおああああああああああ!!」

中年男性が長剣を構えながら、利香に向かって突進してきた。
利香は呆気に取られ、彼女の脳が逃げるという判断を下した時には、最早、手遅れだった。

グサァッ!!

「がっ、あ゛、あ゛、あ゛っ」

利香の腹から、長剣の刃が生えた。
その刃は、真っ赤に染まっていた。
利香の喉の奥から鉄錆の味のする熱い液体が溢れ出てくる。
身体中の力が抜け、利香の視界が急速に暗くなり、そのまま床にうつ伏せに倒れ込む。
その拍子に刃がズルリと抜けた。

(どう……して……?)

薄れゆく意識の中、その思考を最期に、彼女の意識は途絶え、二度と戻る事は無かった。


長い、長い眠りから覚醒した中年男性――川田喜雄の目に入ったのは、
銃を構えて笑みを浮かべる、見知らぬ男の姿。
一体誰なのかと思案する前に、まず喜雄は今自分が置かれている状況を思い出した。

――殺し合い。

そう、確か自分は殺し合いの場にいるのだ。
つまり、この男は――。

そう思うや否や、喜雄はすぐ脇にあったデイパックから覗くツヴァイハンダーの柄を持ち、
銃を構える男に向かって行った。

眼鏡を掛けたその男はすぐに喜雄に気付き、持っていたアサルトライフルで、
喜雄が思い切り振り下ろした刃を防ごうとした。
だが、ツヴァイハンダーはアサルトライフルをも両断し、刃は男の頭部から頸椎を切り開き、
首輪に引っ掛かって止まった。
頭を縦に真っ二つにされ、生きていられるはずが無い。
男は脳漿と鮮血を和室の畳の上に撒き散らしながら、崩れ落ちた。

喜雄はそのままふらつきながら、和室から飛び出した。
すると、今度はシェパード種犬獣人の婦警が、驚愕といった表情で立ち竦んでいた。
喜雄は最早、正常な判断が付かなくなっていた。

「うおああああああああああ!!」

叫び声を上げながら、ツヴァイハンダーを構えながら婦警に突進していく。
婦警は逃げようとしたが、その背中に長剣の刃は容赦無く突き刺さった。

「がっ、あ゛、あ゛、あ゛っ」

婦警は苦しげな呻き声を上げ、そのまま糸が切れた操り人形のように床に崩れ落ちた。

「……」

喜雄は何も喋らない。ただ呆然と、たった今自分が殺した婦警の死体を見下ろすのみ。
そして、覚束ない足取りで、店舗部分の方へ歩いて行く。

(仕方無かったんだ。俺は殺されかけていた。こいつらは俺を殺そうとしていたんだ。
そうだ。きっとそうだ。殺さなかったら俺が殺されていたんだ)

それは大量に飲酒して長時間爆睡した後、まだ頭がはっきりしない状態で覚醒したために、
自身の脳が誤って下した判断だった。
泥酔して爆睡していた自身を介抱し、一人にせずにずっとこの酒場に留まって様子を見ていてくれたのは、
自身が殺害した二人だと言う事など、彼が気付く由など無い。
長剣の刃を床で引き摺りながら、喜雄は店舗部分の中程まで進んだ時だった。

ガチャ。カラン、コロン……。

酒場に来客が訪れた。
半袖のグリーンのジャケットの黒髪青年と、ツインテールの学生風の少女。
青年の手には、黒光りする、さっきの男が持っていた物とは別のアサルトライフルが。
それを見た瞬間、喜雄の中で何かが壊れた。

「あああぁぁぁああぁああぁああああぁああ!!!」

凄まじい叫び声を上げながら、喜雄は先程の婦警の時のように、
ツヴァイハンダーを振り被りながら、来客の二人に向かって突進した。
だが、その刃は二人に届く事は無かった。

ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!!

青年の持っていたアサルトライフルが火を噴き、
喜雄の身体が弾丸が当たった部分がゴルフボール大の穴が空いた。
真っ赤な肉塊と化した喜雄の身体は、酒場の床の上に崩れ落ち、血溜まりが広がり、
そのまま活動を停止した。


放送を道路の道端で聞いた後、四宮勝憲と金ヶ崎陵華の二人は、
兼ねてから遠くに見えていた酒場にやっとの思いで到着した。
そして扉を開け、中に入った直後、二人の目に飛び込んできたのは、血塗れの食堂のオヤジだった。
右手にはオヤジと同じく血に塗れた長剣が握られている。
余りの異様な容貌に、二人は思わず足を止め、硬直してしまった。

「あああぁぁぁああぁああぁああああぁああ!!!」

しかし、食堂オヤジは二人の姿を確認するや否や、雄叫びを上げ、長剣を振り被って二人に突進してきた。

直後。

勝憲が手にしていたアサルトライフル、FALを構え、
躊躇する事無く引き金を引いた。

強力な7.62㎜×51NATO弾を何発も食らったオヤジは、いとも簡単に物言わぬ肉片と化した。

「うっ、うえ……」

目の前で人間が、しかもほとんど肉片同然になった状態で死亡した様子を目撃し、
陵華は吐き気を覚え、口元を両手で押さえ、床に膝を突いた。
一方、オヤジを射殺した当人である勝憲は、ばつが悪そうな顔をしながらも、
特に気分を悪くしたような様子も見せる事無く、床に膝を突いて嘔吐するのを耐えようとする陵華を、
少し心配そうに見下ろした。


【一日目/日中/B-3酒場】

【四宮勝憲】
[状態]:全身打撲(軽度)、金ヶ崎陵華がちょっと心配
[装備]:FN FAL(9/20)
[所持品]:基本支給品一式、FN FALの予備マガジン(20×10)
[思考・行動]
基本:殺し合いに乗る気は無いが、襲い掛かってくる奴は殺す。
1:おいおい、大丈夫か? 陵華……。
2:陵華と行動する。
3:麗雅と美琴の捜索。
4:あの緑髪の女(新藤真紀)には二度と会いたくない。
[備考]
※支給されたFN FALはセミオート限定モデルです。
※緑髪の女(新藤真紀)の特徴を大まかに把握しました。

【金ヶ崎陵華】
[状態]:足に軽い擦り傷、全身打撲(軽度)、精神的疲労(中)、強烈な吐き気
[装備]:コルトM1908”ベストポケット”(6/6)
[所持品]:基本支給品一式、コルトM1908の予備マガジン(6×10)、カッターナイフ、ニンテンドーDS、
ニンテンドーDS用ゲームソフト(4)、調達した食糧及び飲料、牛刀包丁
[思考・行動]
基本:殺し合いからの脱出。
1:う、うええ……。
2:四宮さんと一緒に行動する。
[備考]
※緑髪の女(新藤真紀)の特徴を大まかに把握しました。



【富松憲秀  死亡】
【一色利香  死亡】
【川田喜雄  死亡】
【残り22人】



※B-3酒場周辺に銃声が響きました。
※B-3酒場内各所に以下のものが放置されています。
酒場店舗部分=川田喜雄の死体、ツヴァイハンダー、富松憲秀のデイパック(基本支給品一式(食糧1/4消費)、
ヨーヨー、セメダイン)、万能包丁、一色利香のデイパック(基本支給品一式(食糧1/4消費)、除草剤)、金槌
酒場奥への通路部分=一色利香の死体
酒場奥の和室=富松憲秀の死体、ハーネルStG44(機関部から両断され使用不可)、
川田喜雄のデイパック(基本支給品一式、ハーネルStG44の予備マガジン(30×10))




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最終更新:2009年11月12日 02:08
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