これより先怪物領域

非常灯で仄かに照らされた、病院の廊下。
その通路の真ん中に、少女は立っていた。

手のひらに、黄金の宝石がひとつ。
大きさは、ウズラの卵より大きく、ニワトリの卵よりやや小さい。
卵型の器の中で、金に近い黄色の輝きが灯火のように揺れていた。

魂の宝石、ソウルジェム。
その石の名の由来は、まさに『言葉通り』の意味、魂そのものである宝石。
もっとも、その事実を彼女は知らない。
しかし、その宝石を手にする意味と、その重圧なら知っている。
彼女――巴マミは、一度死ぬはずだった運命を覆すことで、その石を手に入れたのだから。

「状況は分からないけれど……『魔法少女』として対応すべき事件なのは間違いなさそうね」

ソウルジェムを空中でくるんと放り投げ、キャッチすると同時に変身。
ジェムが黄金の輝きを放ち、その光は足先から少女の体を包む。
姿が変じるのは一瞬。
丈の短いフレアスカートに、リボンとコルセットで過剰に装飾されたブラウス。羽根飾りのついた貴族風帽子。
お伽噺の住人のように華やかな衣装は、巴マミが“魔女を狩る者”である証。

しかしその表情は、決して明るいとは言えない。

「あの男は間違いなく人間だった……ソウルジェムが何の反応もしなかったから、魔法の力は持っていないはず。
それなのに、“結界”の中に立てこもった上に“魔女”の力を使って見せるなんて……
それとも、単に“ソウルジェム”の調子がおかしいだけかしら?
テレパシーも使えなくなっているようだし」

巴マミの常識では、一般人を苦しめる存在が『魔女』であり、その魔女を狩る異能が『魔法少女』だ。

一般人を、魔女が食う。
その魔女を、魔法少女が狩る。
魔女を狩る過程で、一般人を助ける者と見殺しにする者がいる。
巴マミは前者だ。
魔法少女にとって、この構図は大前提。
魔女の形態が特殊だったり、魔法少女同士で対立するようなイレギュラーこそあれ、
“一般人が魔女を使役して魔法少女を拉致する”ような状況はあり得ない。

「キュゥべえがいれば心強いんだけど……テレパシーで居場所が分からないのは痛いわね。
これじゃあ、鹿目さんや美樹さんと合流することもままならない……」

これがいつもの魔法少女体験コースなら、テレパシーで二人の場所を補足して、すぐ助けに向かえる。
そう、彼女達は、マミの未来の後輩だ。
それに――数少ない、友人だ。
魔法少女稼業の為に、友達づきあいもままならず、また家族もいないマミにとって、とても大切な人間だ。
この殺し合いの現場にもしキュゥべえがいれば、最悪契約させてでも自衛させることはできるが、そんな都合よくはいかないだろう。
やはり、一般人の彼女らは一刻も早く合流して保護しなければ。

「あの子たち……特に美樹さんは、『私ならきっと何とかしてくれる』とか買いかぶってくれているかもね。
パニックになってるよりはマシな判断だけど……そんなこと無いのになぁ……」

いや。
そもそも、彼女たちを保護できたとして、それからどうすればいいのか。
魔法少女同士の間での縄張り抗争があることは知っているし、あまり縄張りに拘らないタイプのマミも、襲われた場合に備えて人を傷つける覚悟はある。
しかし、襲われた人間を殺すだけでは、事態は解決しない。
最後の一人しか生き残れないと、提示されてしまったのだから。

「……私、何も知らないんだわ。
この『魔女の口づけ』が、どういう仕組みなのかも。
そもそもコレが、『魔女』以外にどうにかなるモノなのかも。
キュゥべえが教えてくれたことしか知らない。ダメね」

心細さ、そして何より、莫大なプレッシャーがマミという少女にのしかかる。

そもそも、殺し合いに乗っている人間を殺せばいいという問題ではないのだ。
決して悪人ではなくとも、『殺し合い』という状況で我を失って、襲いかかってくる人もいるかもしれないのだから。
そういう相手を収めるにはどうすればよいか。
それは『呪い』を解いて、死の恐怖から解き放ってやるしかない。
それでなくとも、この実験自体を潰さなければ、複数人で生き残ることはできない。

そうなると、これはマミの力で解決できる範疇を、完全に越えている。
巴マミは、魔女の倒し方を知っている。
けれど、それ以外のことは、全く、何にも、全然、知らない。

魔法少女は、『魔女の口づけ』をなされた一般人を、助けなければいけない。
しかし、巴マミは、この状況を打開する方法がまるで分からない。


「まずは……この病院で誰か探しましょうか」


ぽつりと呟いて、マミは歩きだした。



コツン、コツン



ブーツのかかとが、リノリウムの床と足音を鳴らす。

その手には、ソウルジェムではなく懐中電灯。

ソウルジェムは魔女探しには必要だが、灯りとしての役割ならば電灯の方がはるかに上だ。

灯りを左右に揺らしてルームプレートを確認し、そこが小児科の待合廊下なのだと確認。

しかし、それを確認したところで、次にどこに向かおうという案が浮かぶわけでない。

何とかしなければ、と思うから、足は動く。

しかし、何をすべきか分からないから、方向は定まらない。

(私は、どこへ行こうとしているのかしら……)

動かないわけにはいかない。魔法少女なのだから。
しかし動けない。どうしたらいいのか、分からないのだから。

それはある意味で逃避であったが、それを自覚するつもりはない。
逃避とは、直視すれば現実と向き合わされるからこその、逃避なのだ。
そして、現実と向き合う力がないからこその、逃避なのだ。


ゴポッ


雑音が耳を濁した。

ジジッ、と電気が繋がるような音と、ゴポ、とマイクを叩くような音。

中学校でも、校内放送の前兆として流れる、独特の音。

マミは、思わず周囲を見回す。

『小児科前にいらしゃるそこの貴女。至急、四階の放送室へとお越し願います。
繰り返します。至急、放送室へとお越し願います』

低く、ぼそぼそとした声の男性だった。

ガシャコン、と独特の電子音を残して、放送は途切れる。

「どうして私がいるって……いや、放送室なら、セキュリティカメラぐらいはありそうね」

放送から得られた情報は少なく不親切。
あまりコミュニケーション能力に長けた人物とは言い難い。
しかし、殺し合いに乗っている人間なら、こんな放送をしたりしないだろう。
こちらの居場所を一方的に把握しているのなら、待ち伏せした方が確実だ。どんな馬鹿でも、それぐらい分かる。

「行ってみましょうか……一般人男性が相手なら、遅れを取るはずもないし」
銃を向けられたらリボンで拘束しても良し。負傷してもある程度なら自力で治癒できる。
殺し合いに乗った人間を説得する言葉は持たないが、単に生き延びる為の方法ならいくらでも知っている。



☆   ☆   ☆

放送室を見つけるのに、しばらく手間がかかった。
院内案内図を見る限り、この病院の放送室はナースステーションとセキュリティルームの二か所に設置されているようだ。男が呼びつけたのは後者だ。

解錠されていたドアを開け、まず視界を圧倒したのは、大量のビデオ画面。
しかし、今のところ画面は暗いままで、監視映像のスイッチは入っていなかった。
そして、それら全てを眺望できる回転椅子の上に、体育座りで丸くなる男が一人。

「ご足労いただき、ありがとうございます」

きぃ、と回転椅子が周り、椅子ごと男が振り向く。
眼の下に大きな隈。
落ちくぼんだ瞳と痩せた体は、不健康を通り越して、逆に強い生命力を感じさせた。

「私はL。探偵です」

L。
あまりにも名前らしくない名前だが、しかし確かに名簿に書かれていた名前だ、
アルファベット一文字だったものだから、印象に残っていた。

「巴マミと言います」

礼儀として名乗り返すが、しかし油断は解かない。
瞬時にマスケット銃を精製して、男の頭に照準。
狙いは違わない。何十回何百回と手慣れた動作だ。
男は、空中から出現したマスケット銃に軽く目を見開いた。

「私は、殺し合いに乗るつもりはありません。その上で、あなたに聞きます。
あなたは、この殺し合いでどう行動するつもりですか。
そして、私をここに呼び出した意図は?」

Lはさしたる動揺も見せずに答えた。

「順番に答えますと……まず、巴さんを呼び出した理由は、仲間を求めていたからです。
お互いに協力関係を築ける仲間を」
「私が、あなたに危害を加えないと判断した理由は?」
「カメラに映った挙動から、貴女が殺し合いに乗っていない可能性は99%と推測しました。
しかし、もしもの時はこれを」

「お札……?」

男が手渡したのは、黄色みがかった古い符だった。
梵字というのだろうか。判読不能な行書の字が書かれている。

「私の支給品の一つです。他にも数種類、各二枚ずつのセットになっていました。
特定の呪文を読み上げることで、符に書かれた効果、その札の場合は、雷撃が発生するそうです。
実際に一枚で試してみましたが、効果は確かなものでした」

魔法のお札。魔法少女であるマミが言うのも何だが、信じがたい効果だ。
しかし、何より、
「今、私が銃を出すところを見たでしょう? 私は、そんなお札でも倒せないぐらいの強敵かもしれませんよ?」
実際、その通りなのだ。
その札の威力は分からないが、少なくともマミが大量に出現させたマスケットの一斉射撃には火力で劣るだろう。
「貴女は病院内を探索する際に、懐中電灯を使っていました」
「……それが?」

「つまり、少なくとも貴女の視力は普通の人間と同程度のものだということです。
加えて、あなたの視界は病院の暗さに慣れきっている」

「あ……」
ようやくマミにも合点がいった。
この闇の中で雷の閃光がさく裂すれば、いくら魔法少女でも視界を塞がれるだろう。
Lが監視映像を切っていた理由も、これで判明した。
どうやらこの男、正体の不明瞭なところはあるものの、確実に頭の切れる人物だと理解する。

「よって、私は貴女との接触を試みました。
そして、私のこの殺し合いに対するスタンスはというと『この殺し合いを停止させ、主催者を捕まえる』ということになります」

殺し合いの停止。

顔をはたかれたような気がした。
マミとて、それをしなければと思ってきたのだ。
しかし、見た所一般人に過ぎない青年のLが、それを言い出したことがマミを驚かせた。

魔女を狩り、多くの人間を魔女の手から助けてきたマミにとって、魔法少女でない一般人は、魔法の戦いにおいて全く無力な、戦う手段を持たない存在だった。
マミの豊富な戦闘経験の中では、そうだった。
魔法少女でなければ、魔女には勝てない。
魔法少女が勝てなければ、魔女を止められる者はいない。
それがマミにとっての常識だった。
それ故に、この「呪いを解いてみせる」と言い切る一般人――あまり一般的とは言えない容貌だが――は、ガリバーに突進する小人のように奇異に映った。

「あなたは――あんな訳の分からない力を持った主催者に、勝てると思っているんですか?」

思わず、そう聞いてしまった。


「はい、必ず勝てます」


即答だった。
ハッタリでも虚勢でもない、揺るぎの無い確信があった。

「この『儀式』を計画したキヨタカという男は、私たちと同じ人間であるからです」

「あの男は、大勢の人を突然拉致したり、『魔女の口づけ』を使ったりするんですよ。
そんな相手が、ただの人間だと思っているんですか?」

「ええ、思います。何故ならあの男は、この企画を『実験』と称したからです」

Lは計器盤の上に置かれた薬品つぼから、薬さじで白い粉をすくいとり、口に運んだ。
よく見ればそれは、砂糖壺だった。

「あの主催者は、神と名乗りました。
主催者がその言葉通りに『何でも願いを叶えることができる』ならば、そもそも『実験』など行う必要はない。
『実験』とは、『予測が困難な対象を測定する』ということなのですから。
あの男は確かに“神”と称するに足る、人知を超えた能力を有しているのかもしれない。
しかし、少なくともあの男は全知全能ではない。
そして、『実験』を開こうとするからには、何か彼一人の力では解決困難な問題を抱えている」

こじつけだと切り捨てることもできる、漠然とした考察だ。
しかし、そこにあるのは確かな確信と、論理だった。

「そして、全知全能でない人間のなすことには必ず綻びが生まれます。
ですから、この状況を打開する手段もどこかにあるということです」

Lの隈のできた瞳が、食い入るようにマミの眼を見た。

「そして巴さん、貴女も本当は信じたいのではないですか?
だからこそ貴女は、大きな戦力を持ちながら、殺し合いに乗っていないのではないですか?」

この時、彼女は理解した。

マミがいなかったとしても、この男は一人で主催者と戦えるだけの力を持っている。
しかし、その事実が虚しいかというと、『否』だ。

この男は、偶像としての“正義の味方”ではなく、対等な“協力者”として、マミの力を要求している。

「私に、力を貸してくれるんですか?」

「私が、力を貸してほしいと言っています」



その瞬間、芽生えた感情は何だったのか。

(私は、人に頼ってもいいの? もう独りで戦わなくてもいいの――?)

“安堵”と呼ぶには、まだあまりにも小さい、しかし確かな“希望”だった。


【D-2/病院/一日目深夜】

【L@DEATH NOTE】
[状態]健康
[装備]小狼の符(雷帝×2、火神×2、風華×1)@カードキャプターさくら
[道具]基本支給品一式、不明支給品0~2、砂糖つぼ@現地調達
[思考]基本:実験の停止
1・巴マミに協力してもらう。情報交換。
2・夜神月は最大限に警戒
※参戦時期は、少なくとも夜神月と知り合って以降。

【巴マミ@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]健康、ソウルジェム魔力満タン
[装備]変身済み、マスケット銃一丁
[道具]基本支給品一式、不明支給品1~2
[思考]基本:『魔法少女』としてこの事態を解決する。
1・Lと情報交換。協力する。
2・Lを信じてみてもいいかもしれない…
※3話、病院へと向かう以前からの参戦です。
※魔法で出現させた銃器は、巴マミ以外の人間が持つと30秒以内に消滅する仕様になっています。


【小狼の符@カードキャプターさくら】
李小狼が作中で仕様していた符。
火神、雷帝、風華など、特定の自然物を召喚する。
小狼の魔力が込められているので、一般人にも使用可能。

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最終更新:2011年07月30日 17:43
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