『愛』という名の『覚悟』

『愛』というものは、明確な形を持たない。
それゆえに、様々な形を持つ。
異性に向けられる愛もある。
同性に向けられる愛もある。
親に向けられる愛もある。
子に向けられる愛もある。
無機物に向けられる愛もある。
人外に向けられる愛もある。
向けられる愛もまた、様々だ。
心を求める愛もある。
肉体を求める愛もある。
嗜虐を求める愛もある。
被虐を求める愛もある。
殺意を持った愛もある。
殺されることを求める愛もある。



愛の形とは、人それぞれなのだ。



杉村弘樹、中学三年生。
彼は、ごくごく普通の中学生だった。
ごく普通に学校で学業を修め、拳法道場で汗を流す、ごく普通の中学生だった。
ただ『普通』と違うところは、この殺し合いに参加させられる直前にも別の殺し合いに参加していた事くらいか。

北川理央、高校二年生。
彼女もごくごく普通の高校生だった。
ごく普通に学校で学業を修め、友人たちと共に様々な活動に精を出す、ごく普通の高校二年生だった。
ただ『普通』と違うところは、彼女は同性愛者――というよりはっきり言ってしまえばロリコンであり、所属する二年A組の担任である教師鈴木みかを深く愛している事くらいか。

そんな『普通』で『普通』じゃない二人は、どちらもこの殺し合いに乗る気はなく、また互いに探している人物もいたため共に行動していた。
杉村は、クラスメイトである七原秋也と滝口優一郎、そして死んだはずの千草貴子を。
北川は、最愛の人である鈴木みか、そしてクラスメイトの小林あかね、工藤雄一、中村元をそれぞれ探していた。
「北川さん、これからどこへ向かうべきだと思う?」
「そうね……ここは人の集まるところに行くべきね……」
「というと、病院か学校、ホテルあたりですかね。」
「ただ…」
「ただ?」
「この殺し合いに『乗った』人もこの中には確実にいるはずよ。その人も同じ事を考えたら、ちょっとまずいわね…今の私達には武器がなさすぎる。」
今二人の手元にある武器と呼べるものは、一本のアイスピックと二個のかんしゃく玉のみ。
それだけしかなかった。
仕方ないので、アイスピックは接近戦の心得がある杉村が、かんしゃく玉は北川がもっていた。
「…隠れながら、こっそり進みましょうか。」
「そうね…」

その時、爆音が二人の耳を貫き、火薬の匂いが風に乗って二人の鼻腔を駆け巡った。

「…北川さん、今のは!?」
「向こうから聞こえたわ!」
二人とも危険は重々承知していたが、もしあの爆発に知り合いが関わっていたら、と二人とも想像してしまっていた。
そして二人ともそちらの方へと駆けだしていた。



そして、その爆発が起こった地点より手前の地で、二人は出会ってしまった。

緑色の肌をした、この世のものとは思えない異形の存在に。



「な、何なのあれ?!」
「そんなのこっちが聞きたいですよ…」
二人は、前述したように『普通』の中学三年生と高校二年生だった。
彼らがいた世界には、目の前にいるような異形など存在するはずもない。
それゆえに、二人は一歩も動けなかった。

一歩、目の前の異形が踏み込んだ。
力なく突き出された両の腕が、二人にじりじりと近づいていく。
杉村も北川も、武器を構えることはできるのだが、脚が泥沼に埋まったかのように動かない。
そしてのばされた腕と二人の身の距離があと数センチまで迫った。

「…北川さん、逃げて!!」
そう叫ぶと、杉村はありったけの力を振り絞り、手にしたアイスピックを構え目の前の異形に突貫した。
がしり、と異形の細い腕が杉村の身体を引き寄せた。
それに構う事無く、杉村は異形の右の肩口にアイスピックをざくり、と突き刺した。

杉村は、殺し合いには乗りたくなかった。
たとえそれが、自分の命を狙っているような相手に対しても、杉村はその力を奪う事には使いたくなかった。

それは、状況が状況ならば賛美される事かも知れない。
だが、それはこの現状においては決して正しい事ではない。
今杉村に求められていたのは、『覚悟』だった。
自分と、同行している北川の命を守るためには襲い来る敵に対してそれ相応の『覚悟』を持たねばならない。
かつて杉村が体験した殺し合いにおいて、杉村は好意を寄せていたクラスメイトを探すために遁走していた。
そこには、なんとしてでも彼女に会いたいと言う『覚悟』を持っていた。
だが、今の彼にはその『覚悟』は無かった。



一方、肩口を突き刺されたその異形――HU599菌に感染した黒崎沙夜子には、『覚悟』があった。
それは、『娘である黒崎朝美を守る』という、まぎれもない『覚悟』。
自分が愛し、自分を愛してくれた夫の遺した、最愛の娘。
彼女を守ることができるのならば、自分はどうなっても構わない、そういう『覚悟』を常に抱いていた。
いや、『覚悟』と呼ぶには少し言葉が違う。
それは……『愛』。

(朝美……!)
HU599菌に感染し、その機能を失ったはずの大脳が動き出す。
走馬灯のように、朝美の笑顔が、朝美と過ごした長い日々が駆け巡る。
それだけで、沙夜子は強くいられる。
どんな苦境に立たされようとも……



「ぐあっ……!」

牙が、爪が、杉村の肉体に食い込む。
杉村の視界が、朱墨を垂らしたように紅く染まっていく。
抵抗しようにも突き刺したアイスピックを抜き取る力すら失われていった杉村に、もう助かる術は残されていなかった。
どろり、と肉体に何かが注ぎ込まれたような感覚を、杉村は覚えた。



それが、杉村弘樹が『杉村弘樹』として生きてきて最後に感じる感覚だった。



「……嘘。」
北川は、呆然としていた。
目の前で起きた惨劇。
遭遇してしまった異形に噛みつかれた杉村が、噛みついた偉業と同じような偉業へと変貌してしまう様は、普通の高校生だった北川にはショックが大きすぎた。
だが、ショックを感じさせる暇すら与えないと言うかのように、二人の異形が北川に迫りくる。


――来る?

――私を、殺しに来る?

――私も、ああいう風になってしまうの?



「い、嫌あああああああああああああああ!!」

錯乱しながらも、北川は唯一の武器であるかんしゃく玉を二人に投げつけた。
ただ、北川は生きたいとしか考えられなかった。
その本能的な思考の末の行動を、誰が責められようか。
そして投げられたかんしゃく玉は――奇跡かもしれない確率の末、二つのかんしゃく玉は両方とも命中した。

一つは、杉村弘樹だった異形の顔面に。
もう一つは黒崎沙夜子だった異形の方に刺さったアイスピックに。



――HU599菌は、人体に入る事により新たな『寄生脳』という器官を作り出す。
その器官ができる事によって、感染した人間は理性を失い、肌は緑色に、血液は黄色になり、本能のままに人を襲う異形と化す。
そして感染前よりはるかに強靭な耐久性を肉体に付与させる。
だが、感染した人間は『寄生脳』を物理的に消されると――その肉体が崩壊して、死に至る。
そしてその『寄生脳』はどこにできるかは誰にもわからない。
大脳と同じように頭部にできる場合もあるし、腹部にできる場合もある。
中にはつま先にできた場合も存在する。



どろり、と杉村弘樹だった異形の肉体が溶けていく。
杉村弘樹の『寄生脳』は頭部にできており、その『寄生脳』はかんしゃく玉の一撃を受け致命的な損傷を負った……

そして――『寄生脳』を破壊された肉体はスライムのようにどろりと溶け……そこに生命があった事すら感じさせないくらいに溶けてなくなった。



「あ、ああ……」
北川の前でドロドロに溶けてなくなった、さっきまで同行していた杉村弘樹。
彼の来ていた服だけが、彼がそこにいた事を示していた。

――死んだ?
死んでしまったの?
…否。
死んだんじゃない。
殺されたんだ。

誰に?
私に。
誰に?
私に。
誰に?
私に。
誰に?
私に。
誰に?
私に。



私が



殺した。





「――――――ッ!」



声にならない叫びをあげ、北川は走り出す。
ただ、自分のしたことの重さから逃げ出すために。
自分が犯した罪から眼をそむけるために。


北川理央は走る。
その先に何があるのかを、彼女は知らない。
いや
知ってはいけない。





【杉村弘樹@BATTLE ROYALE 死亡】

【F-7岩場/1日目午前】
【北川理央@せんせいのお時間】
[状態]:精神疲労(極大)、錯乱、肉体疲労(中)
[装備]:なし
[道具]:基本支給品一式(アイテム確認済み、武器になるものはなかった)
[思考]1:何も考えられない
   2:みかセンセに会いたい。





「…ク、ククククク…実にすばらしいものが見れたよ…」
この惨劇を、高階ヨイチは高みの見物を決め込んでいた。
その結果、非常に有益な情報を得る事が出来た。
HU599菌のもたらす人体への影響と感染経路、そして感染した場合の弱点。
ヨイチは目の前で起きた戦闘からデータを得てほくほくとなっていた。

「さて、それじゃああの男のバックでも貰うとするかね…?」
そう呟き、踏み出そうとした瞬間だった。
「動くな。」

後ろから、声をかけられた。
ゆっくりと振り返ると、そこにはショットガンを構えた男の姿があった。
その姿を見ても、ヨイチは眉一つ動かすこともなかった。

「警察だ。お前に聞きたい事がある。」
「フン。」
とるに足らない男だ、とヨイチは思った。
ヨイチは自分の力を重々理解している。
更には、目の前の男はただショットガンを装備していると言うそれだけで、自分より優位に立っていると誤解している。
そう言う相手を、ヨイチは何人も見てきた。
数の上で勝っていると高をくくった軍団も、装備品が良いとそれに頼りきりだった大隊も、この目の前の男と同じような顔をしていた。
そして、その相手がどうなったかは――ヨイチ自身が、一番良く理解していた。





【高階ヨイチ@カオスウォーズ】
[状態]:健康
[装備]:ホッキョクツバメのライフル(弾無し)@ブシドーブレード弐
[道具]:基本支給品一式(アイテム確認済み)、沙夜子の支給品一式、空の注射器@クロックタワーゴーストヘッド
[思考]1:皆殺し。特に兵真、雫、ライゲン、シェリーは自分の手で殺す。
   2:目の前の男をどう相手するか考える。
   3:全員殺したら『楽園』へと向かう。

【礎等@クロックタワーゴーストヘッド】
[状態]:健康、怒り
[装備]:ショットガン(残弾4)@クロックタワーゴーストヘッド
[道具]:基本支給品一式(アイテム確認済み)
[思考]1:目の前の男に対処、場合によっては発砲も辞さない。
   2:優を見つけたら保護する。
[備考]:第二章、優を病院に運んだ直後からの参戦。

【黒崎沙夜子@まほらば】
[状態]:HU599菌によるゾンビ化(寄生脳がどこにできたかは不明、少なくとも肩ではない)、後頭部に傷(ほぼ完治)、ダウン中、右肩にアイスピックが突き刺さっている。
[装備]:アイスピック@BATTLE ROYALE
[道具]:なし
[思考]1:朝美……

[備考]:杉村弘樹の支給品の入ったデイバックが放置されています。
中身は不明ですが少なくとも武器になりそうなものは入っていません。



【支給品情報】

【アイスピック@BATTLE ROYALE】
北川理央に支給。
原作では千草貴子に支給された。
元々氷を砕くための道具だが、原作では作中随一の惨い死の立役者となった。

【かんしゃく玉@ブシドーブレード弐】
杉村弘樹に支給。
元々は鳴鏡の剣士、墨流のサブウェポン。
異国の火薬技術を駆使して作られた対人の火薬兵器。
爆風でひるませるのが目的だが、破壊力もある。

【ショットガン@クロックタワーゴーストヘッド】
礎等に支給。
原作では第二章以降で手に入る強力な武器。
散弾を発射するため、標準をいちいち合わせることなく寄生脳を撃ち抜けるすぐれもの。
だがその分弾数も4と少ない。
ちなみに、第二章の最後での病院脱出の時に礎が使っているショットガンとは別物。



033:Princess and Knight 投下順 035:Shooting arrow
033:Princess and Knight 時系列順 035:Shooting arrow
GAME START 杉村弘樹 GAME OVER
GAME START 北川理央 049:Lilium
029:壊れた心、壊れぬ心 黒崎沙夜子 043:蟷螂の正義
029:壊れた心、壊れぬ心 高階ヨイチ 043:蟷螂の正義
GAME START 礎等 043:蟷螂の正義

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最終更新:2012年02月10日 22:40
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