土方十四郎は、特別武装警察『真選組』の副長、つまり、れっきとした警察官である。
……部下の不始末で、テロリストより民間人に被害を与えることも多々あるのだが。
そんな彼が、殺し合いをしろなどと言われて、はいそうですかと承諾する道理など皆無であった。
しかし、この現状に困惑してもいた。
何故なら彼は、わりあい超展開がまかり通る彼のいた世界でも、
比較的常識人に属する人物だったからだ。
加えて『呪い』や『魔法』などといったオカルト現象への耐性も薄い。
例えば怪談を恐れていたり。
例えば幽霊に恐怖を抱いていたり。
例えばオカルトの類を忌み嫌っていたり。
……あんまり言うと本人がムキになって否定してくるので、この辺でやめておく。
土方十四郎は、気づけば森の中にいた。
腐葉土の土の匂いがした。頬を当たる風が涼しかった。
夢でここまで生々しく嗅覚や触覚が働くことはない。それは分かる。
しかし、現実でここまで不可思議なことが起こるものだろうか。
頬をつねってみる。
確かに、『痛い』という感触はしたように思えた。
だが、なにぶん自分自身で加えた暴力行為だ。
無意識に手加減が入り、どうにもはっきりと痛覚が刺激されない。
両頬をつねってみる。一人でにらめっこに興じるような、無意味な変顔ができあがる。
だが、それでも物足りない。
足元を探し、適当な石ころを拾い上げる。
ひょい、と頭上に投擲。
そして、その石の落下地点へと己のデコをさらけ出す。
ガン
どくどくと、土方の顔を血の太いラインがつたう。
「夢じゃねえな……」
こんな一人芝居を沖田総悟や山崎退らに見られれば、屯所での笑い話のネタにされること請け合いである。
しかし幸いなことに、この殺し合いの会場にいる真選組隊士は彼一人きりであった。
「地愚蔵の陰謀……じゃ、ねーよな。」
以前、悪ノリで拉致監禁され、酷いデスゲームをやらされて死にかけたことが頭をよぎる。
しかし、いくら何でもそれはないだろう。
だいいち、あの事件の黒幕だった部下はこの会場にはいない。
――それに、悪ノリで人の首は吹き飛んだりしない。
刀で人の首を切り落とした経験すらある土方であったが、
それでも民間人の少女が殺されるなど、決して気分の良いものではなかった。
「さて、あの白スーツをぶった斬るのは確定として、まずは刀が欲しいところだな」
支給されたディパックに長刀が収まっていれば、かならずディパックの隙間から鞘がはみ出るだろう。
だから、開けるまでもなく彼が望む武器は支給されていない。
しかし、何らかの装備は必要だ。ディパックの中を探る。
ところが、ディパックからむんずと引き抜かれたのは、立派な日本刀であった。
「おいおい、どこに入ってたんだよ……」
その刃長は70cm程度。二つに折り畳んでコンパクトにまとまるような仕掛けもない。
そして土方は、その刀身を黒鞘から引き抜いて更に驚く。
刃と峰が逆になっていた。つまり、刀の反りの部分に刃があった。
「まぁ、妖刀の類よりはマシか……」
刀らしく機能するのであれば何ら問題はない。土方は逆刃刀を装備する。
しかし、次に取り出された支給品は、流石にスルーすることはできなかった。
パトカーだった。
白と黒の車体に、大きなサイレン。
どこからどう見てもパトカー以外の何物でもなかった。
ただ、窓という窓が黒いスモークで覆われていることだけが通常の車と異なっていた。
どう頑張ってもディパックに入らない代物だ。
開け口の大きさと車体の幅が違いすぎる。
しかし、土方を狼狽させた問題は、別のところにあった。
問題は、土方はディパックから車などが出て来ることを予想だにしていなかったということで。
ディパックの中の手応えを引っ張り出したら、車が勢いよくゴロゴロっと走り出て来たということで。
つまり、
めり、と。
土方の靴の先が、パトカーのタイヤにはさまれていた。
(ぃぃぃいいいいっっっっづっっ…………!!)
右足小指の先端を壮絶な痺れが駆け抜ける。
どうにか足を引き抜こうと四苦八苦するが、靴はみっちりと挟まれており、
かといってタイヤをどかそうにも、下手に動かせばタイヤが前転して、薬指と中指までが二次被害を受ける危険性大。
(冗談じゃねーぞ、こんなん隙だらけじゃねぇか!
車のタイヤに足の指がはさまれたところを撃ち殺されるとか、間抜けってレベルじゃねーぞ!!)
しゃがみこんでパトカーのタイヤを抑えながら土方が格闘していると、
「あの~大丈夫ですか~?」
女性の声が、土方のすぐ背後から聞こえた。
唐突に出現した気配に、土方の防衛本能が即座に反応。
左手にしっかりと持っていた逆刃刀を振り抜き、背後をとった謎の人物へ向けた。
「わわっ。斬らないで。私は殺し合いに乗っていないのですっ」
振り向けば、三つ編みおさげの童顔な少女が、降伏を示すようにぱたぱたと両手を振っていた。
見たところ14、5歳くらい。
焦ったような台詞の割には、あまり怖がっている風でもない。
「私は見てのとおり、ただの恋する女子高生。結崎ひよのです」
胸に手をあて、礼儀正しい自己紹介。
「土方十四郎だ……」
もちろん真選組の副長たるもの、武器も持たない少女相手にいつまでも刀を向けているほど神経質ではない。
ひとまずは刀を降ろしたものの、しかし少女を信頼できるほどお人好しでもなかった。
「アンタ何者だ……? 完全に気配を隠して俺の背後を取るたぁ、ただの学生じゃねえな」
土方が驚き、反射的に剣を向けたのは、気配を完全に遮断して近づかれたからだ。
殺気溢れる修羅場をくぐり抜けた真選組の副長相手に、そこまで気配を隠し通せるとは、とても一般人とは思えない。
「まぁ、これでも警察関係者の知り合いですし、非常時の経験がないとは言いませんけど。
……でも、まずはご自身の身を何とかした方がいいんじゃないですか?」
問われてようやく小指の痛みを思い出した。
痺れを通り越して感覚のなくなってきた小指に危機感を抱きながら、少女に助けを求めるべきか迷う。
しかし、そこで別の疑問が生まれた。
「そう言えば、そういうアンタは何で俺に声をかけたんだ?
俺が殺し合いに乗っていて、この窮地を脱したとたん、襲いかかって来るとは考えなかったのか」
「実のところ、少し前から接触のタイミングを見計らっていたのです。
どうも口ぶりから殺し合いに乗っているようには見えませんでしたし、
それにちょっとユニークな方だったものですから、あまり危険性を感じませんでした」
『ユニーク』という言い回しが引っかかった。
「ちょっと待て、どっから見てた」
「変顔をしていたあたりからです」
「……………………………………ふぅ」
「いくら恥ずかしくて照れ隠しをしたいからって、足をはさまれたまま煙草を吸うのは危ないと思いますよ?」
土方は、直前のやり取りをなかったことにして切り返した。
「分かったように話すんだな。しかし、俺はその直後に背後を取られて、殺気を向けたぞ?
それこそ一般人なら普通はビビるぐらいにな」
「そうですねぇ。……土方さんのプロフィールぐらいなら分かってますよ?」
少女はどこからか小型の冊子を取り出すと、そこに書かれていたことを読み上げ始めた。
「土方十四郎。職業は対テロ対策特別武装警察、真選組の副長。通称鬼の副長。
5月5日生まれ。おうし座のA型。身長177cm、体重64kg。
好きなものはマヨネーズ。嫌いなものは幽霊と歯医者」
少女はぺらぺらと、土方のプロフィールを羅列した。
土方はその正確さと、何よりも初対面の少女がソレを知っていたことに驚く。
確かに真選組の不祥事はたびたび新聞を飾って来たし、鬼の副長土方のことを知っている民間人も少なくはないだろう。
しかしマヨネーズ好きなど、プライベートに関わる人間しか知らない情報まで握られている。
ただ、少しばかり納得できないところが。
「ちょっと待て、幽霊は恐かねぇよ別に。っていうかあれだろ。んなもんいるわけねーだろ?」
「……なるほど、このプロフィール情報は信頼できると分かりました」
「だから違うって言ってんだろ、憐れむような眼でみるなコラ。
……待てよ。
『信頼できると分かった』ってことは、テメーの集めた情報じゃねぇんだな。
そうか、参加者の情報が書かれた支給品があるのか」
「まぁ、そういうことですね。私に支給されたこれは、全参加者の肩書と人間関係、おおざっぱな能力が書かれた詳細名簿なのですが」
話しながら、背負っていたディパックを降ろすと、その口を大きく開いてパトカーにかぶせた。
土方を潰していたパトカーは、ディパックから出て来た時と同じようにして、するするとディパックにしまいこまれた。
なるほどこの方法があったのか、と土方は感心する。
「ありがとよ。…………助かった」
「いえいえ、お礼なんて要りませんよ。
………………………………………………(ボソ)ちゃんと体で払っていただかないと」
「おい、今最後にボソっと何つった?」
「そういうわけで土方さん、ひとまずは私と行動しませんか?
詳細名簿に書かれた内容について、色々と話し合いたいこともありますし」
土方は直感する。
もしかしたら、良くない借りを作ってしまったのかもしれない。
「私はいい情報を持ってますよ」
結崎ひよのは、天使のような笑顔を見せた。
【D-7/車道/一日目 深夜】
【土方十四郎@銀魂】
[状態]額から血、足の小指に痺れ
[装備]逆刃刀@るろうに剣心
[道具]基本支給品一式、不明支給品0~1
[思考]基本:主催者をぶった斬る
1・この笑顔、黒そうな匂いがする……
2・結崎ひよのと情報交換
3・万屋連中については、合流できれば越したことはない。
(簡単には死なないと思っているので、この方針を優先するつもりはない)
【結崎ひよの@スパイラル~推理の絆~】
[状態]健康
[装備]詳細名簿@現実
[道具]基本支給品一式、パトカー@DEATH NOTE不明支給品0~2
[思考]基本:『結崎ひよの』として行動する
1・詳細名簿の件も含めて、土方十四郎と情報交換。可能なら共に行動したい。
2・鳴海歩、ミズシロ火澄、ブレードチルドレンとの合流
(鳴海歩を最優先、火澄とブレチルについては、警戒を持って対応する)
【詳細名簿@現実】
参加者70人の身体的特徴、肩書、プロフィール、簡単な能力などが書かれた名簿。
デスノート対策として、顔写真は載っていない(ただし身体的特徴は書かれている)。
また、書かれているのはあくまで参加者の『肩書き』であり、本来の正体などについては伏せられている。
例、夜神月の正体がキラであることや仮面の男の正体、
結崎ひよのが偽名であることなど。
最終更新:2011年07月24日 22:40