さよなら絶望病院

第五十一話≪さよなら絶望病院≫

「嘘、一時間後にG-2、って……この病院じゃない!」

病院三階の病室に隠れていた狼娘・島川奈織が信じられないといった様子で言う。
つい今しがた、運営側からの放送があった。
23人も死んでいる事に奈織は当然ショックを受けたが、
それよりも奈織は禁止エリアの場所を聞いて絶望していた。
今から一時間後の午後1時に、この病院のあるエリアG-2が禁止エリアになると言うのだ。
侵入すると、首にはめられている首輪が作動し、爆発するという禁止エリア。
奈織はゲーム開始直後からこの病院に隠れて難を逃れていたが、遂に安息は終焉を迎えようとしていた。

「移動しなきゃ……このままここに隠れていても、どっちみち死んじゃう……」

奈織の脳裏に、教室で首輪を爆破されて殺された男の姿が蘇る。
このままここに居続ければ、自分もあの男のように、首輪が爆発し、
大きな穴が空いた喉元から大量に赤い噴水を噴き出して死ぬ事になる。
それは絶対に嫌だった。
最もエリアG-2から離れた所で身の安全の保証などどこにもありはしないが、かと言って、このままだと自殺行為になる。
奈織はとても怖かったが、意を決し、ゲーム開始直後以来、初めて病院の外に出る事を決意した。
病室の扉を開け、廊下の左右を見回し、誰もいない事を確認すると、
肩からデイパックを提げた獣寄りの身体付きの狼娘は階下へ行くための階段を目指す。
エレベーターもあるのだが、なぜかどのボタンを押しても何の反応も無いのだ。
壊れている訳では無さそうだが……。
何の理由にしろ、エレベーターが使用不能なのははっきりしているので、
奈織はこの三階に上ってきた時も使った階段で一階まで下りようとしたのだ。
そして二階フロアに下りてきた時だった。

「おい」

突然背後から声を掛けられ、奈織の身体がビクッと震えた。
恐る恐る振り向いてみれば、そこには濃い茶色の憲兵の制服に身を包んだ、
紫色の長い髪が特徴の人間の女性が立っているではないか。
自分と同じように肩からデイパックを提げ、腰には鞘に収められた長剣がベルトに差し込まれている。

「ひっ……!?」

思いも寄らなかった、この病院内での他参加者との遭遇、
そしてその他参加者の容貌と所持している長剣に、奈織の思考は一瞬で恐怖に凍り付く。
よくよく考えてみれば、彼女にとってはゲーム開始後以来初の他参加者とのコンタクトである。
もしそれがセーラー服を着た少女だとか、スーツ姿の中年だとか、
そういったどこにでもいそうな感じの身なりの者であればさしもの奈織もここまで恐れたりはしなかっただろう。
しかし今奈織の目の前にいるのは鋭い目付きをした、憲兵の女性。
参加者達が日常で生きる国で、憲兵という存在は畏怖の対象でもあった。
政治犯(と認定された者)に対するゲリラ的な拘束、裁判抜きの拷問、処刑など、恐ろしい事を平気でやってのける集団。
多くの国民は憲兵部隊をそう言った目で捉えていた。
この島川奈織もその例に漏れない。

「そんなに怖がらなくても良い。私は殺し合いをするつもりなど無い」
「……え?」

しかし、女性憲兵から出た発言は、奈織の脳内にある憲兵のイメージからは到底予想出来ないものだった。

「私は松宮深澄。第六女性憲兵部隊二四分隊の隊長を務めている。
こんな馬鹿げたゲームから脱出する方法を探っている所だ。お前の名前は何だ?」

松宮深澄と名乗った女性憲兵は男っぽい、冷厳な口調で自分の身上、行動方針を言い、
奈織に名前を尋ねてきた。
奈織は一瞬どうしようか迷ったが……。

「わ、私、島川奈織、です。その……看護師をやっています」

まだ震えた声で、奈織は深澄に自己紹介した。

「看護師? ……その獣足で看護師の制服を着れるのか?」
「あ、いえ、仕事の時は普通の獣人形態に変身するんです。いつもはこの形態なんです」
「ふうん……まあ良いが……二、三、質問して良いか? 時間も無いから手短に済ます」
「はい……?」

深澄は改まって奈織に質問をし始めた。
奈織は少々不審に思ったが、やはり相手が憲兵である事に委縮していたのか、素直に質問に答えた。

「お前はここで何をやっていた?」
「ずっと隠れてました」
「他に仲間はいないんだな?」
「はい」
「支給品は何だ?」
「あの……このレーダーです。首輪を探知出来るみたいです」
「何か機械知識やコンピューター知識のようなものは持っているか?」
「いいえ……全く」
「襲われた時、戦える自信はあるか?」
「えー、と……」
「……もういい。質問は以上だ。悪かったな」
「はあ……」

一体なぜこのような質問をするのだろうと、奈織は少々疑問に思っていた。
この疑問を感じていた時点で、何か理由を付けて全速力で深澄から逃げていれば良かったのだが。
奈織はそこまで頭が回っていなかったのだろうか。
しばらく何かを考えるように黙り込む深澄。奈織は一時間後に迫った禁止エリアの事を思い出した。
質問をする前「手短に」と言っていたので、この深澄という女性憲兵も禁止エリアの事は頭に入っているのだろう。
とにかく早くこの病院があるエリアから逃げた方が良い。

「あの、この病院があるエリア、午後1時から禁止エリアになっちゃうんですよ。
早く出ないと大変な事に……」
「大丈夫だ。お前はもうそんな事心配する必要は無い」

エリアG-2からの退避を提案する奈織の言葉を遮り、深澄は不可解な事を言った。
心配する必要が無い、とはどういう事なのだろうか。

ザシュッ

つい数秒前まで深澄の腰の鞘に収められていたはずの長剣が、なぜか抜刀され、深澄の右手に握られていた。

「あ」

奈織の腹に、真一文字の傷が出来ていた。
そこから赤い鮮血が噴き出し、次に、ズタズタになった、ピンク色のソーセージのような何かがびゅるっと飛び出してきた。

「ア゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ア゛!!!?」

気が狂わんばかりの苦痛、自分の身に起こっている非現実的な現象。
奈織は凄まじい悲鳴をあげてその場に膝を付いた。
膝を付いた途端、腹から飛び出した腸がボタボタと生々しい音を立てながら、病院の白い床を赤く染めて零れ落ちる。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛!!! 痛い痛い痛い痛い痛い痛いいいいいいい!!! わっわだし゛の腸がっ!! があああ゛あ゛あぁ!! 嫌あぁァ゛アア゛アア゛ァああ゛」

半狂乱になり、泣き叫びながら、零れ落ちた自分のはらわたを拾い集めようとする奈織。
しかし、一度飛び出た臓物はもう二度と元に戻る事は無かった。
そして次の瞬間、奈織の首が宙を舞った。
ゴトンッ、と嫌な音を立て、灰色の狼の首が床に転がった。そして奈織の身体も全ての力が抜け、床に倒れ、もう二度と動かなくなった。
奈織の首から滑り落ちた首輪が床に落ち、金属音を発しながら廊下の壁際に転がっていった。
右手に刀身にべっとりと血が付着した長剣――ダマスカスソードを持った深澄は、
壁際に転がっている奈織の首輪を拾い上げて、デイパックの中に入れた。

「……これで、首輪のサンプルは手に入ったな」

深澄が先程、奈織に幾つかの質問をしたのは、島川奈織という人物が役に立つか、
足手纏いにならないかを見極めるためのものだった。
もし、ある程度の機械知識やコンピューター関連の知識を持っていたり、
そうで無くともある程度、自衛出来る程度の力があれば、同行させてやっても良いと考えていたのだ。
しかし、幾つかの質問の末に深澄が出した結果は「不合格」。
連れて行けば確実に足手纏いになると判断したのである。
そこで深澄は奈織の首輪を頂戴する事にしたのだ。
首輪の解除のために、首輪のサンプルが必要だと考えていたためである。

「すまないな、島川奈織とやら。もっと苦しませずに殺すべきだった」

首輪を奪うだけならば、わざわざ腹を切り裂いて余計な苦痛を与えるべきでは無かった。
ただ単に首を切り落とせば済む話だったのであるが、ただ、ついついいつもの癖でやってしまった。

「簡易レーダー、貰っていくぞ」

深澄は奈織のデイパック内に入っている簡易レーダーを取り出し、自分のデイパックに突っ込んだ。
説明書があるので、使用方法などは後で読んで覚える事にした。

「さて、長居は無用だな。禁止エリアになる前に他のエリアへ退避するとしよう」

ダマスカスソードに付着した血糊を奈織の身に付けている腰布で拭き取ると、
それを鞘に収め、深澄は階段を下りて行った。
二階階段前に、臓物を床一杯にぶち撒けた雌の人狼の胴体と、涙と鼻水を流し、
口から血を吐き、恐怖と苦痛と絶望で染まった表情を浮かべた雌の狼の生首が無残に転がっていた。


【一日目/日中/G-2病院】

【松宮深澄】
[状態]:右腕上腕部に掠り傷(応急処置済)、返り血(少)
[装備]:ダマスカスソード、防弾チョッキ
[所持品]:基本支給品一式、ノートパソコン、ハッキングソフト制作用のツール、
雑貨店より調達した食糧、簡易レーダー、島川奈織の首輪
[思考・行動]
基本:殺し合いからの脱出。首輪の解除。
1:まずはエリアG-2からの退避。
2:仲間になりそうな他参加者を探す。但し足手纏いは切り捨てる。
3:殺し合いに乗っている者には容赦しない。



【島川奈織  死亡】
【残り26人】



※G-2病院二階階段前に島川奈織の死体(首と胴体が離れている)、島川奈織のデイパックが放置されています。
※島川奈織の首輪は松宮深澄が回収しました。




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最終更新:2009年11月15日 02:14
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