10 閃光

【1日目、早朝、飯塚巌】

 狩りに必要なのは、待つことと集中することだ。
 待てずに気が逸りすぎれば、相手の警戒心を呼び逃げられる。
 そしていざというときに集中力を発揮できなければ、当たるものも当たらなくなる。
 長年の狩猟経験で、イワオはその事を熟知していた。
 だから、彼は待つ。
 あのひらひらとした桃色のワンピースを来た少女が、動きを見せることを。
 或いは、その姿が察知できる程度に周囲が見渡せる様になることを。
 少女。
 月明かり星明かりの下に見たその姿を脳裏に描く。
 イワオの孫とは似ても似つかぬ、美しい少女だった。
 そういう事には頓着しない様な野暮天の彼だが、それでもそのくらいの事は分かる。
 ある種西洋の人形めいたその少女は、しかし肩には自分が持っていたのと同じバッグをかけ、手には草刈り鎌らしきものを持っていた。
 殺し合うのに便利なものが入っている、と言われたこのバッグ。
 イワオのそれに入っていたのは、狩猟用プリチャージ式空気銃であった。
 その鎌も、そうやって渡された「便利なもの」の一つなのであろう。
 それを手に、あの小太りの男を、中年男を追っていた。
 子どもらしい鬼ごっこではあるまい。
 逃げていた2人の慌てようからすれば、殺す気であったのだ。
 イワオは、そう判断している。
 勿論それには、確証など何もない。
 半分は、願望であったかも知れぬ。
 自分が今から殺そうとしている相手が、殺すに値するだけの"人殺し"なのだと思いたいのだ。
 そう。自分と同じ様な。

 老人であっても、自分のように激情に駆られ人を3人も殺める。
 子どもと思っていても、集団で1人の娘を襲い、危うく死に至らしめるほどに暴力を振るう。

 イワオは周囲のあらゆる気配に気をやりつつ、同時に視線は倒れ伏した中年男へと向け続けている。
 周囲より少し高く、それでいて茂みに囲まれたこの位置は、辺りからは見えにくく、それでいて周囲を見渡すのには適していた。
 次第に明けつつある空の元、イワオは何時間も待ち続けていた。

 そのとき、は、間もなく訪れる。
 水平線からくっきりと顔を覗かせた太陽が、それまでうすぼんやりとしていた空間を切り裂いて、色彩と形を明瞭にし始める。
 どこだ。
 空気銃を構えたまま、イワオは周囲を探る。
 日が昇れば、お互いにその姿を、文字通り白日の下にさらすことになる。
 集中して、辺りを見回す。
 茂み、木陰、くぼみ、岩陰…。
 その視界に、イワオは見た。
 確かに、桃色のひらひらとしたワンピースの裾が、そこにあった。
 二発。
 二発、撃った。
 甲高い破裂音と共に、茂みに隠れている姿を捉えた。
 捉えた、はずだった。
 数瞬、待つ。
 反応が無い。声もない。手応えもない。
 しかしあの位置であれば当たっているはずだ。
 あのワンピースの裾は、ひらひらと風に揺れ、そして ―――。

 閃光。

 思っていた以上に自分の気が逸っていたと後悔する間もなく、視界が白熱する。
 目に入ったのは決して強い朝の光ではない。
 人工的で、強烈な光。正しく、閃光である。
 その閃光が、イワオの網膜を焼き尽くさんほどの強さで襲いかかってきた。
 ぐあっ、と、声を出していた。
 声を出し、しっかと握りしめている空気銃にしがみつくかのように、背を丸め蹲ってしまっていた。
 イワオの理解を超えて襲いかかってきたその光に、あらゆる感覚が狂わされている。
 視界は勿論、上も、下も、音も、匂いも、皮膚の感触も、気配も、全て。
 それまで持続させていた集中力の全てが、白紙になった。

 そして、痛みが。

 混乱しつつも、それでもある程度周りの状況が分かる様になったときには、既にイワオは銃を撃てる状態ではなくなっていた。
 腕も、脚も、指も、或いはその他体中の至る所が、深く、浅く、様々に切り刻まれている。
 指が数本無い。足首の腱も切られている。耳が千切れかけている。右目も無い。それ以外にも、数えようとしたらきりがない。
 痛む。痛み以外の感覚が消え去ったかの様に痛む。
 うわごとのように、ああ、とか、うう、とか、そういう声か唸りか分からぬ音が、喉から出ている。
 そして次第に浮かび上がってくるのは、半裸のすらりとした少女の姿だった。
 下着のみを身につけた、黒髪の美しい少女は、しかし体中べったりとした血に塗れている。
 手には、同じく血に塗れた鎌を持っている。
 或いはそれは、鮮血のドレスを身にまとっているかのようであった。
 その足元には、空き缶のようなものが転がっている。
 それが、スタングレネードと呼ばれる、強い閃光を放ち対象を一時的に行動不能状態に陥らせてしまう非殺傷用手榴弾である事も、少女のバッグの中に入っていた「便利なもの」で、先程の閃光の正体であるという事は、イワオには分からぬ事だ。
 また、彼女が隠れる前に身につけていたワンピースを脱ぎ、それを茂みに掛けておくことで囮とし、銃を撃たせることでイワオの居場所を確認し、そこへスタングレネードを投げ込んで来たという事も、イワオの知らぬ事だ。
 見た目では、相手を計ることは出来ぬと、そう考えていた。
 しかしそれでもまだイワオは、この天使のような少女のことを、その見た目で計ってしまっていたのだ。

「赦します」
 涼やかな、慈愛に満ちた声が聞こえてきた。
「あなたの罪を赦します」
 その声は年相応に幼く、しかしどことなく年齢を感じさせない。
「あなたの罪を、浄化します」
 近くはない何処か。しかし遠くもない場所。
「あなたの罪を、私が、浄化します」
 くぐもった呻きのようなものが聞こえた。

 血に塗れた天使は、再びイワオの視界へと舞い降りる。

「あなたの罪を、私が浄化します」
 血に塗れたまま、にっこりと微笑んだその顔は、朝の光を浴びながら、やはり愛らしく美しかった。

 そして、サイレンが鳴り始める。


【参加者資料】 

飯塚厳 (イイヅカ・イワオ)
男・68歳・農家
罪:猟銃による複数人の殺人
備考:改造狩猟用プリチャージ式空気銃、コンバットナイフ
ポイント:200


前へ 目次 次へ
09 懇願 11 穢

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2011年11月10日 06:37
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。