壊れた心、壊れぬ心

殺し合いという狂気の沙汰が行われている会場の片隅、G-7に彼女――黒崎沙夜子はいた。
沙夜子の目の前に広がるのは大きな海。
その果ては視力の悪くない沙夜子でも見えない。
そして、沙夜子の目の前の波打ち際にはぷかぷかとボート――船首にアヒルの頭を設えた、傍から見れば滑稽に見えるボートが浮かんでいた。

沙夜子には、何ものにも代えがたい大事な娘がいる。
その娘さえ無事でいてくれるのであれば、自分はどうなっても構わない。
それだけの覚悟と愛情を、沙夜子は兼ねそろえていた。(尤も、家事能力や職業能力はてんでだめだが)
そんな彼女はこの殺し合いという場でどう動こうとしているのか。
それは――脱出。
初期位置が浜辺だった沙夜子に支給されたのは先述したようにボートである。
沙夜子はそのボートに乗って脱出しよう、とそう思っていた。
だが沙夜子はすぐにボートに乗る事をよしとしなかった。
その理由は、基本支給品にあった名簿。
その名簿の中にあった5つの名前。
白鳥隆士、蒼葉梢、茶ノ畑珠美、灰原由起夫、そして――最愛の娘、黒崎朝美。
朝美たちを置いて、一人で脱出することなど沙夜子にはとてもできない。
それにこの場は殺し合いの場なのだ。
いま自分がこうしている間にも襲われているかもしれない。
沙夜子の脳内に、メガネの男に反抗して首輪を爆破された桃乃の姿が浮かび、肌が泡立つ。
「…朝美、今、行くからね……」
ぐっと、拳を握りしめ沙夜子は歩き出そうとした。
その瞬間、何者かに後頭部を思いっきり殴られ沙夜子の意識は闇へと落ちていった。





その男は、ただ生きたかった。
生きて、生きて、生きたかった。
そのためにはどんな事でもやろうと、そう思っていた。
たとえ何人の命を踏み越えても、生きたかった。
そう思っていた。
そうまでして生きたいと思っていた理由はただ一つ。
『姫』とともに、『楽園』へと向かうため。
そう、『楽園』。
ただそれだけを目標に働いてきた。

だが、それは叶わなかった。
日下兵真。
自分の前に立ちはだかったあの男と戦い、自分は負けた。
徹底的に、完膚なきまでに負けた。
無念だった。
何も考えたくなるほどに、無念だった。

死ぬその瞬間のあの浮遊感。
自分が自分でなくなって行くあの感覚の中、あとコンマ一秒で自分の精神が自分のものでなくなる瞬間に、突然呼びもどされた。

――見たこともない、小さな部屋に。



「やぁ、高階ヨイチくん。気分はどうだい?早速だけど君に見て欲しいものがあるんだ。」

その特徴的なシルエットと声に、男――高階ヨイチは唖然とすることしかできなかった。



事実は、時に何よりもえげつなく人の精神を穿つ。
例えば、過去が。
例えば、現在が。
例えば、未来が。

目の前にいる謎の男から突き付けられた現実は、ヨイチの心を踏みにじった。
自分の身体の欠陥も、それから来る寿命の短さも、全てをライゲンは知っていた。
それどころかその事実はシェリーには隠し、端から勝てる勝負ではないと分かっていながら兵真たちナイツと自分を戦わせていた。
許せない、とただその感情だけが黒く醜くヨイチの心を汚していく。
そして――兵真と共に戦うシェリーの姿――未来のそれを見たとき、ヨイチの心は完全に崩壊した。



「…さぁ、どうだったかね、ヨイチくん?君の未来と過去と現在。素晴らしかっただろう?」
「……ふ、ふふふふ………ふざけるなよ……」
「さて、ヨイチくん、今度はこれを見てくれないかな?」
ヨイチの目の前に広がる、新たな映像。
そこに映っていた大広間には多くの人間がひとまとめにされていた。
「ちょっとズームするよ。」
ズームされた先にいた顔を見てヨイチは驚いた。
そこに映っていた顔――因縁深い、自分を倒した少年。
日下兵真。
その横には兵真の仲間の環樹雫もいた。

「ちょっと動かすよ。」
「あ、おい!」
もっと見ていたい。そう思っていたヨイチの心を無視するかのように映像が動く。
文句を言おうとしたヨイチだったが止まった先にあった顔をみてその感情が爆発しそうになった。
ライゲン・ボルティアーノ。
シェルトラン・ボルティアーノ。
憎むべき、二人の人間。
感情がわき出るより先に、ヨイチはモニターをブン殴り破壊してしまっていた。

「おやおや、随分乱暴な事をするじゃないか。」
「…うるさい。」
「まぁ、あのまま見せ続ける気もこっちには無かったからよしとするか、本題に入ろうか。」
そう言うと謎の男は衝撃の事実を口にした。



これから、70名の参加者による殺し合いが行われる事を。
その中に、兵真、雫、ライゲン、シェリーの4人が入っている事を。

「で、だヨイチくん。僕は君をスカウトしたいんだよ。」
「スカウト…だと?」
「ああ、実は集めた70人の人間はこちらの手違いで、殺し合いに乗りそうな人間がやや少なめになっていたんだ。そして殺し合いを止めようと動く人間の中にはこちらの手にあまりそうな強力な力をもった奴もいる。」
「…何が言いたいんだい?」
「簡単なことさ。君に70人全員を殺して貰いたい。」
ビリ、と空気が揺れたような気がした。
「僕としてもこの殺し合いがうまくいかなくなるのは不本意でね、そこでヨイチくんの存在を知ったんだ。勿論それ相応の報酬も用意してあるよ?」
「報酬?」
「ああ……君の望む世界を作ってあげるよ。君は体を蝕まれる事もなく、邪魔をする者もいない。君の望む『楽園』へと行く事は70人の死をもって約束される。悪い話じゃあないと思うけど?」



心を壊したヨイチに、これを拒絶する選択肢ははじめから存在していなかった。
ヨイチは力強くうなずいた……

「実にすばらしいよ、ヨイチくん。それじゃあ君には特別ボーナスをあげようかな…とはいってもあまり露骨なものはあげられないけど。」
その声と同時に、ヨイチの手元にデイバックが握られた。
「おっと、まだ中身は見ちゃ駄目だよ、会場に行ってからのお楽しみってやつだからね。」
「……一つだけ、良いか?」
「なんだい?」
「あんたは…一体何者なんだ?」
「ふふふ、僕はね……」





ヨイチの目の前に倒れる、黒髪の女性。
後頭部に先ほど強烈にライフルの銃身を叩きつけてやったが、まだ息があるようだ。
ヨイチは何も言わずに、女性のデイバックを開く。
その中にあったものを見て、ヨイチは黒く微笑んだ。
中に入っていたもの――注射器と、その中に入った謎の液体。
説明書を読むとそれはどうやらHU599菌という細菌兵器であるらしい。
それを人間に投与するとどうなるのか……
そこまでは書いていなかったがヨイチは何の躊躇いもなく女性の腕に注射器の針を刺し、菌を注入した。



どろり、と沙夜子の肌が崩れていく。
みずみずしかった肌は張りを失い、やがて肌色だった色が緑色に醜く変色していく。
弱弱しい鼓動を刻んでいた心臓は、やがて鼓動を強くしていく。
むくり、とその原形をとどめていない沙夜子が起き上がった。
そしてそのままゆっくりと、どこかへと歩いて行ってしまった。

「…そうか、ゾンビか……くくく…」
ヨイチは、嗤う。
自分より弱い沙夜子を、自分より弱いという理由だけで。
醜い緑色のゾンビになったと言う現実だけで。
その表情はひどく醜悪で――





【G-7海・浜辺/1日目朝】
【高階ヨイチ@カオスウォーズ】
[状態]:健康、テンション高め
[装備]:ホッキョクツバメのライフル(弾無し)@ブシドーブレード弐
[道具]:基本支給品一式(アイテム確認済み)、沙夜子の支給品一式、空の注射器@クロックタワーゴーストヘッド
[思考]1:皆殺し。特に兵真、雫、ライゲン、シェリーは自分の手で殺す。
   2:全員殺したら『楽園』へと向かう。





これは、ヨイチにも知りえない事であったが…
HU599菌は確かに人間の中に寄生脳という新しい器官を作り意のままに動かす作用をもたらす。
だが、菌を投与する前に投与される側が何かを強く願っていたとしたら?

――鷹野秋代という少女がいた。
彼は殺人鬼、才堂不志人によりHU599菌を投与され、緑色のゾンビと化してしまった。
だが彼女は投与される前に、『家に帰りたい』と、強く願っていた。
その結果、彼女は自宅まで帰る事が出来たのだった……

だが、帰ったその先で何が起こったかは…?
それは悲劇以外の何物でもなかった。



さて、ここでこの黒崎沙夜子という女性の事をもう一度思い出していただきたい。
彼女は強く願っていた。
最愛の娘、黒崎朝美を守る事を。
たとえわが身を犠牲にしてでも、沙夜子は朝美を守りたいとそう願い続けていた。
そんな時に、彼女は菌を投与されてしまった。

沙夜子はどう動くのか?
何を目標に動くのか?

勿論それは、娘…黒崎朝美のために。



乗るべき人を乗せず、アヒルさんボートは波間に漂う。
ちゃぷちゃぷと穏やかな波が、ボートを揺さぶる。
やがて、やや強い波が来た。
乗る人のいないボートは波をかぶり……





【黒崎沙夜子@まほらば】
[状態]:HU599菌によるゾンビ化(寄生脳がどこにできたかは不明)、後頭部に傷(ほぼ完治)
[装備]:なし
[道具]:なし
[思考]1:朝美……
[備考]:原作8巻、白鳥と梢が恋人同士になった以降からの参戦。
沙夜子の支給品はHU599菌の入った注射器@クロックタワーゴーストヘッド、アヒルさんボート@忍たま乱太郎でした。



【支給品情報】

【HU599菌の入った注射器@クロックタワーゴーストヘッド】
黒崎沙夜子に支給。
人間に投与するとゾンビ化する細菌、HU599菌の入った注射器。
感染した人間は寄生脳という器官ができ、人間を襲うようになるが、投与される前に何かを強く願っているとその行動をかなえようと動く。

【ホッキョクツバメのライフル@ブシドーブレード弐】
高階ヨイチに支給。
鳴鏡館の助っ人、ホッキョクツバメが愛用しているライフル銃。
銃の中では極めて実戦的なタイプのもので、長めの銃身に似合わず軽量で扱いやすい。
だがこのロワにおいては主催者の計らいにより弾丸が支給されていないので鈍器にしかならない。

【アヒルさんボート@忍たま乱太郎】
黒崎沙夜子に支給。
船首部分にアヒルの丸い顔がとりつけられた忍術学園備品のボート。
5人乗りの大きめサイズ。



028:初対面の相手には、言葉遣いを気をつけよう 投下順 030:誤解が生んだ爆炎
028:初対面の相手には、言葉遣いを気をつけよう 時系列順 030:誤解が生んだ爆炎
GAME START 黒崎沙夜子 034:『愛』という名の『覚悟』
GAME START 高階ヨイチ 034:『愛』という名の『覚悟』

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最終更新:2011年07月24日 01:49
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