(ここは……? ワルプルギスの夜は……どこに……?)
気付けば、暁美ほむらは暗闇の中にいた。
一寸の光すらも存在しない本当の暗闇。
自分がどちらを向いているのか、座っているのか、立っているのかすらあやふやになる、そんな暗闇。
暗闇の最中にて暁美ほむらは、困惑を表情に滲ませながら、首を左右へと振った。
視界に映る光景が、唐突に切り替わったのだ。
それはまるでテレビのチャンネルを変えたかのように。
まばたきの間に、世界が一変していた。
状況に対して、理解が追随しない。
暁美ほむらの心中を、混乱が支配していた。
「やぁ、お目覚めかい。暁美ほむら」
そして、混乱の最中にて暁美ほむらはその声を聞く。
もはや聞き慣れたと云っても良い、何処までも何処までも纏わりつく悪魔の声。
声が聞こえたと同時に、闇が切り裂かれ視界を光が占める。
闇に慣れた瞳にとっては、暴力的なまでの光。
ほむらは思わず瞼を閉じ、光から顔を逸らす。
白色に塗り潰された視界が本来の役目を取り戻すまで、たっぷり五秒は必要であった。
段々と色を取り戻していく視界。
元通りとなった視界に、まず最初に飛び込んできたモノは案の定とも云える存在であった。
インキュベーター。通称・キュゥべえ。
白色の獣が何時も通りの無感情な表情で座っていた。
「……キュゥべえ、これはどうなっているの?」
「大した事じゃないよ。君に、一度チャンスを上げようと思ってね」
暁美ほむらの質問に、キュゥべえは簡潔に答えを吐いた。
ほむらの眉根が吊り上がる。
チャンスという言葉は、窮地にある者に対して投げられる言葉だ。
確かにほむらは寸前まで窮地にあった。
心の中にあった唯一の道標すら覆い隠す程の、幾度となく繰り返すと決心した時間のループすら諦め掛けた程の、大きな大きな絶望。
絶望に捕らわれた心は、身体を動かす事すら忘れてしまった。
ただ涙が込み上げ、心に漆黒が流れ込むのを感じる。
覆し得ぬ因果の定めに、暁美ほむらの心は折れ掛けていた。
「君は知った筈だよ。君が時を繰り返す度に、因果はまどかへと集中していく」
時を繰り返せば繰り返す程、その身に因果を背負い込む少女。
ただ救いたいだけなのに、それだけなのに、自分が時を巻き戻す事で少女はより多くの因果を引き寄せる。
引き寄せられた因果は、少女へ更なる資質を与えてしまう。
『魔法少女』としての資質。
絶望が確定付けられた存在としての資質。
絶対的にまで引き上げられた魔法少女としての資質を、眼前の生命体は決して見逃さない。
口八丁で少女達の心の隙へと漬け込み、願いの成就という餌をちらつかせて、魔法少女となる契約を結ばせる。
その勧誘は資質が大きくなる程、執拗さも増していく。
結局は、自分のせいなのだ。
自分が時間を幾度と巻き戻したせいで少女へ因果が集中し、ただの平凡な少女は最強の魔法少女となる力を秘めてしまった。
力を秘めてしまったが故に、眼前の生命体に付きまとわれる。
恐らく見逃しはしない。
これから何度と時間を巻き戻そうと、少女へ因果が集まるだけで結果は変わらない。
自分がしてきた事は、自分が努力してきた事は、結局―――。
「結局、君のしてきた事は無駄以外の何物でもなかった。僕達にとってはラッキーな結果だけどね。まどかが魔女となった時のエネルギーは僕にだって予測がつかない。これで僕達も大分救われると思うよ」
キュゥべえの言葉に、ほむらは心がざわめき立つのを感じていた。
今すぐにでも眼前の存在を消してしまいたい。
それが無駄な行動だと理解して尚、心はそれを求める。
「……そんな分かりきった事をもう一度伝える為だけに、私を此処に連れて来たの? あなたも随分と暇なようね」
「まさか。さっきも言っただろう、チャンスを上げるって」
変わらぬ表情で話を続けるキュゥべえに、ほむらは薄ら寒いものを感じていた。
悪寒といっても良い。
ほむらは嫌悪感を隠す事なく面に出し、キュゥべえを睨み付ける。
「そんな顔をされてもね。本来なら感謝の一つくらいくれても良いくらいだよ」
そんなほむらを尻目に、キュゥべえは言葉を続ける。
「良いかい? 君が一人でワルプルギスの夜に勝つ事は不可能だった。事実、僕が君を此処に連れてくる寸前では既に勝負は付いていたしね。軍事兵器を活用した攻撃も殆どダメージを与えられず、君は足を潰された。
あの状況から勝利するなんて、何をどうしても不可能だよ。それこそ奇跡が起きたって、無理だ」
「そんな事は……!」
事実のみを淡々と並べ立てた、言葉の数々を。
その言葉に対して、ほむらは必死の思いで反論を紡ごうとした。
だが、キュゥべえの話は事実であった。
キュゥべえの語った通り、ほむらはワルプルギスの夜に完敗した。
完敗し、絶望が全てを覆い隠した直後に、この謎の空間に連れられたのだ。
事実であるからこそ、ほむらの言葉は勢い弱く失墜してしまう。
ほむらの反論に被せるように、キュゥべえが声を放つ。
「時を巻き戻したって結果は変わらない。結局はまどかに絡み付く因果が増えるだけさ。そうなれば、僕は何をしてでもまどかを魔法少女へと契約させる。
君自身それを認めているから、直ぐに時を巻き戻そうとしなかったんだろう?」
「それは……」
キュゥべえの語る全てが事実であり、図星であった。
ほむらは遂に言葉を失い、ただ唇を噛む。
唇を噛む力だけが、ただ強まっていった。
ともすれば、悔しさに涙が浮かび出す。
ほむらからすれば、自分の無力感を改めて認識させられたようなものだ。
「君が何をどうしようと、僕はまどかを魔法少女にするよ。時を戻そうと、ワルプルギスの夜を倒そうと、まどかを見逃す事はない。そう、暁美ほむら。君の望みは決して叶う事がないんだ」
「ッ……!」
遂に、ほむらの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。
彼女の魂が内包されている宝石。
まるで彼女の感情を表すかのように、その宝石は急速に濁っていく。
絶望だけが、支配する。
非情な現実に、数多の悲劇を耐え忍んできた不屈の精神が崩壊を始めていた。
「でもね」
そんな中、絶望の化身は変わらぬ様子で口を動かす。
涙で歪む視界で、絶望で歪む世界で、その声だけが響き渡る。
拒絶の意思に反して、言葉は心の深く深くへと突き刺さる。
「一つだけ、鹿目まどかを救う方法があるんだ」
そして、暁美ほむらはそっと……優しく手渡されたのだ。
「ねぇ、暁美ほむら―――」
悪魔のカードを。
「―――僕と契約して、『ジョーカー』になってよ」
死神の手によって。
◇
「どういう、事……?」
「実はね。つい最近の事だけど僕達は新しいエネルギー収集法を考え付いたんだ。魔法少女システムよりも効率的に感情エネルギーを獲得できる、魔法のようなシステムをね」
ほむらの問いに、インキュベーターは回答を紡いでいく。
悪魔のようなシステムの、その概要を。
「システムの名は『バトルロワイアル』―――既に幾つかの並行世界で執り行われたものらしいんだけどね。命を賭けて戦わせるのさ、人間達を」
「命を賭けて……戦わせる……?」
語られる内容は、凄惨な殺し合いについてであった。
数多の並行世界から連れ出した参加者達。
それぞれの首に爆弾型の首輪を付け、命を握った状況で殺し合いを強制する。
8キロ四方の会場にて人々は殺し合い、最後の一人となったものが優勝となる。
優勝者は元の世界に戻る事ができ、無事の生還を果たす。
インキュベーターの説明は、大まかに言えばこのようなものであった。
「この『バトルロワイアル』は素晴らしいよ。人々の感情エネルギーを増幅させ、圧倒的な高みへと押し上げる。そのエネルギーの増幅はエントロピーを容易く覆し、宇宙の存続への大きな躍進となるんだ」
確かに、話を聞いただけでもこの『バトルロワイアル』が絶望と狂気に満ちたゲームだという事は分かる。
参加者として呼ばれた人々の胸中たるや、想像する事も難しい。
「本来ならば世界を救う程の力をもった存在が容易く死亡する事だってある。ただの一般人でしかない存在が最後まで生き残る事がある。死亡したとしても命の最期の瞬間まで抗い続ける者もいた。絶望に精神を壊し、無惨に死亡した者だっていた」
表情を歪めるほむらを前に、インキュベーターの語り口は止まらない。
淡々と、淡々と、語る。
『バトルロワイアル』というゲームの異常性を、語っていく。
「でも、誰もが誰も感情を燃やす。普段の生活じゃ見せない程の、強大で、表裏もない、本物の感情を吐き出す。それが―――最高の感情エネルギーとなる」
改めて、暁美ほむらは理解させられたような気がした。
眼前の存在は、やはり別次元の領域にいる。
倫理や道徳といった概念など知らぬ、ただ効率だけを望む機械のような存在。
信念もなく、感情もなく、ひたすらに効率を求める。
その姿に、暁美ほむらは今更ながらの寒気を感じた。
「だから、僕達は僕達の手で『バトルロワイアル』を開催する事に決定したんだ」
それがさも当然のように、インキュベーターは告げた。
『バトルロワイアル』の異常性を全て把握した上で、微笑みのような表情を浮かべて、眼前の生命体は言い切ったのだ。
凄惨な殺し合いの開催を。
「暁美ほむら。君には、この殺し合いを盛り上げる『ジョーカー』となって欲しいんだ」
そして、白色の悪魔が暁美ほむらに迫る。
絶望に打ち拉がれた心へと、その心の隙間へと滑り込ますように言葉を与える。
絶望に染まった、だが暁美ほむらからすれば唯一の希望。
絶望でありながら唯一の希望である選択肢を、魔法少女へと示す。
「難しい事は何もない。この殺し合いの会場にいる人々を片っ端から殺害していって欲しいんだ。言わば、盛り上げ役さ。そして最後の一人となれば、君の役目も終了。
勿論、殺害するのは君が救いたいと思うまどかを除いての話だ。まどかを除いた全ての参加者を殺害すれば、晴れて君とまどかは自由の身となる」
「ちょっと、待って。まどかも、この、『バトルロワイアル』に……?」
「ああ。他にも数人の魔法少女が参加しているよ」
今度こそ、ほむらは動いていた。
眼前の存在に対する恐怖心も、直前までの絶望感も押しのけて、身体が動く。
インキュベーターの喉元を渾身の力で締め上げ、怒りに染まった瞳を向けた。
「まどかを、参加者から、除外、しなさい!」
「それは無理だよ。君の世界からの参加者は、彼女を中心として選出したものだ。彼女がいなくちゃ、話にならないよ」
それに、と言葉を区切り、インキュベーターは続ける。
「それに、君もやる気が出るというものだろ? まどかが死んでも、ゲームオーバーだ。あの空間で時間の巻き戻しが可能かは僕にも分からないし、ループした先でこんなチャンスがまた訪れるとも限らない。まどかに集まる因果も増大してしまうしね」
一度手に込める力を強めるほむらであったが、数秒後インキュベーターの喉元から手を離す。
結局、自分が何をしようと変わらない。
絶対の優位性は相手が有している。
自分は眼前の存在の言う通りに動くしかない。
「理解できたかい? 君に残された選択肢は二つだけさ。『バトルロワイアル』でまどかを除いた全ての参加者を殺害するか、不毛で無意味なループを続けていくのかの、二つ。そして、君は僕の勧めを断らない。ようやく見えた希望だ。君は、すがらずには、いられない」
激情を宿していたほむらの瞳が、暗く、深く、沈んでいく。
そして―――まるで頭を垂れるように、暁美ほむらは首を縦に振った。
その選択が絶望であると理解しながら、縋らずにはいられなかった。
肯首したまま俯くほむらを、インキュベーターは満足げに見詰めていた。
「おそらく今回の『バトルロワイアル』で徴収できるエネルギーは、まどかが精製するエネルギーをも上回る。そうなればもう、まどかや君に手を出す必要なんてない筈さ。もしかしたら魔法少女というシステムすら無くなるかもしれない」
感情を持たぬ筈のインキュベーターが、ほむらには愉しげに見えた。
感情のない化け物にも達成感というものはあるのだろうかと、ほむらは投げ槍な思考で考える。
「―――やったね、暁美ほむら。君は魔法少女達を救う事ができたんだ」
インキュベーターの言葉に、ほむらは想わずにはいられない。
鹿目まどか。
彼女が何をしてでも救いたいと思う存在。
その名前と姿を想わずにはいられない。
絶望に支配された世界で、ただそれだけが最後に残った道標。
唯一の希望に縋った魔法少女は、絶大な絶望に追いやられながら、少女を想う。
救ってみせると、自身へ言い聞かせるように繰り返し、面を上げる。
造り物の笑顔を浮かべる悪魔と視線がぶつかる。
「……契約は完了ね。なら、私は行くわ。早く『バトルロワイアル』の会場へと連れて行きなさい」
ぶつけた視線に、もう迷いはなかった。
絶望を押しのけて、不屈の精神が復活を果たす。
痛みを無理矢理に塗り潰し、いびつに歪んだ、復活。
それでも彼女は決意を固めていた。
何を犠牲にしてでも、鹿目まどかを救出する決意を。
「分かった。けど、その前に『ジョーカー』としての特典を君に上げるよ」
インキュベーターの一言と同時に、首元からパキンという何かの弾けるような音が聞こえた。
足元に何かが転がり落ちる。
足元へ視線をズラすと、そこには半円状の鉄製の輪が二つあった。
「それが参加者の命を握る首輪さ。『ジョーカー』である君には必要のない代物だろう? 君が裏切るとも思えないしね」
首輪が何時の間に装着されていたのか、インキュベーターとの会話に意識を集中していたほむらには分からない。
ただ足元へ落ちた首輪を見て、自分は既に別の道へと進んでいる事を自覚する。
『バトルロワイアル』の参加者ではなく、主催者陣営の尖兵として動く『ジョーカー』。
自分は既に、ソレなのだろう。
「次にコレさ。このリストの中から君の好きなアイテムを三つ選んでくれ」
次いでインキュベーターは、ほむらの眼前へとモニターを映し出した。
何行にも渡り、何かの名前とその何かについての説明書きが連ねられたモニター。
スクロールは遥か下にまで存在し、百をも越える程の名前と説明書きとがモニターには記されている。
「最初に参加者へ支給品を三つ配るんだけど、『ジョーカー』である君には特別に選定の機会をあげるよ。このモニターにあるのが参加者へと支給される予定のアイテムだ。この中から、好きなアイテムを三つ選んで欲しい」
ほむらはゆったりと時間を掛けて、支給品の選定を行った。
モニターと睨み合う事、数十分。
最後の行に記された支給品と、支給品の説明書きとを読み、ほむらはインキュベーターの方を向く。
退屈気にくつろいでいたインキュベーターが尻尾をなびかせ、立ち上がる。
「決まったかい?」
「ええ。コレとコレとコレを頂戴」
モニターをスクロールさせ、目当ての支給品を示していくほむら。
インキュベーターはその支給品の数々を見て、口を開く。
「ソウルジェムを回復させる為のグリーフシードと、コレとコレか。うん、良い選択だ。コレもコレも、君なら充分に使いこなせると思うよ」
選択された支給品の数々に、インキュベーターも納得したように頷いた。
ほむらの肩に乗り、前足を器用に使用してモニターを弄くる。
「この支給品を見た様子だと、どうやら君もやる気になってくれたみたいだね。嬉しいよ」
「当然よ。もう、迷わない。彼女を救う為なら、私は何もかもを切り捨てる」
モニターを操作しながらの発言に、ほむらは凛とした言葉で返した。
力強い、決意に満ちた言葉は、インキュベーターから笑顔を引き出す。
『主催者』の一人と、『ジョーカー』が其処にいた。
「よし。これで全て終了だ。これから君を『バトルロワイアル』の会場へと送るけど、何か聞きたい事はあるかい?」
インキュベーターの言葉と共に、モニターが消える。
直後として、ほむらの足元に淡い紫色の光が灯った。
その光は魔法陣のような形を描き、ほむらを照らす。
何の感慨もなく開催されようとする『バトルロワイアル』。
それでも決意の瞳は決して揺らがず、ほむらはインキュベーターを正面から見やる。
「最後に一つだけ確認させて」
「何だい?」
再びぶつかり合う『主催者』と『ジョーカー』の視線。
唯一の希望を胸に非情の道を行かんとする少女が、異能の生命体を見据える。
「私とまどかがこの『バトルロワイアル』に勝ち残ったら、まどかにもう手を出さないのね」
「最後まで生き残っていられれば、ね」
「……結構よ。私を、『ジョーカー』を、『バトルロワイアル』に参加させて」
その解答に、暁美ほむらは一度だけ強く強く頷いた。
足元の光が輝きを増していく。
視界が光に包まれ、寸前にいるインキュベーターの姿すらも確認できなくなる。
そして、暁美ほむらの姿が消えてなくなった。
時を掛ける魔法少女は二人目の『ジョーカー』となり、殺し合いの場へと参戦する。
希望に満ちた世界を歩む為に、魔法少女だった少女が、絶望のゲームを駆ける。
歪んだ世界で、彼女の行き着く先は―――。
◇
「よろしくお願いします。えっと……相川、さん?」
「始で良いさ。まどかちゃん」
「はい。よろしくお願いします、始さん!」
殺し合いが開始してから一時間程が経過したその時、鹿目まどかは一人の男と出会っていた。
ベージュのロングコートに身を包んだ男性・相川始。
こんな殺し合いの場だというのに相川は堂々としていた。
その態度からは、恐怖など微塵も感じさせない。
恐怖に心が支配されていたまどかにとって、相川の姿はこれ以上なく心強く見えた。
簡単な自己紹介を終えた二人は、今後の行動方針について話し合おうとしていた。
「まどかちゃんの知り合いは四人だね。皆、君の友だちかい?」
優しげに語りかける相川に、まどかは複雑な表情を浮かべていた。
まどかの記憶では、この参加者名簿に記されている知り合いの殆どは死亡している。
一人は魔女との戦いで、一人は魔女となって、一人もまた魔女との戦いで。
誰もが誰も『魔法少女』として戦い、そして死亡した筈の少女達であった。
「はい、そうです」
心中の疑問をまどかは口にしなかった。
相談してどうこうなる話でもないし、いらぬ懸念を相川に与えるだけだと判断したからだ。
疑問を胸中に仕舞い込み、そしてそれを悟られないよう感情を抑えて、まどかは答えた。
「そうか……。じゃあ、まずはまどかちゃんの友だちを探そう」
「え、でも、始さんの知り合いだって呼ばれてるんじゃ……」
「……大丈夫さ、奴らはこんな殺し合いなんかで死んだりしない。それに……会わない方が良い奴だって、いる」
語る相川の表情は、数瞬前のまどか同様に複雑なものであった。
記されていた名前。
元仮面ライダーの二人に、新たな世界の『神』になろうとし死亡した筈の男。
そして、剣崎一真。
命の恩人にして、親友にして、決して相容れぬ存在。
その男が、この8キロ四方の会場の中に、いる。
心底の衝動が、僅かに強まる。
衝動を抑え込むかのように、相川は胸を抑えていた。
「始さん……?」
「……心配ないよ。さぁ、行こう。取り敢えずこの市街地を探してみよう」
混乱の最中で、相川はまどかへと行動を促す。
心配げにコチラを覗き込むまどかに、相川はとある少女を連想させていた。
まどかは、相川が連想した少女よりも一回りも二回りも年配だ。
だが、二人は何処か似通っていると、相川は思う。
その純真な様子に、心優しい性格。
相川は、知らぬ間に心中の決意が固っていくのを感じていた。
必ずまどかを親友達と再開させ、元の世界へと無事に帰還させる。
アイツのようにやり遂げてみせる。
自己を犠牲にする事で、『世界』と『親友』の両方を救った青年。
この場にいるアイツのように、やり遂げる。
「行こう、まどかちゃん」
「はい、始さん」
決意し、相川始は鹿目まどかへと柔和な微笑みを送る。
相川の気持ちを察知してか、まどかも微笑みを造る。
偶然に出会った二人が並んで歩き始めようとし―――、
「その必要はないわ」
ゴバッ、という音が二人を引き裂いた。
続く音は、もはや音と認識する事すら困難であった。
それはまるで世界から音が消えたかのよう。
絶え間なく続く轟音が、全てを塗り潰し世界から音を奪い取っていた。
「相川さんっ!!」
音ともに吹き飛んだのは、相川始であった。
まどかの視界の中で、突風に舞い散らされた紙切れの如く吹き飛ぶ。
一瞬で視界外へと飛んでいった相川が、闇の中へと消えていく。
轟音が止み音の戻った世界にて、まどかは叫んでいた。
胸中の愕然を吐き出すかのように、声を張り上げる。
届く訳がないと、頭の片隅で理解して尚、声を飛ばす。
「まどか」
そんなまどかに、優しげな口調で声が投げられた。
聞き覚えのある声だ。
声に引き寄せられるように、まどかの視線が動く。
其処にいたのはまどかも良く知る少女で、だけど今までに見た事のない風貌であった。
「ほむら……ちゃん……?」
視界の先に、暁美ほむらが立っていた。
何時も通りに『魔法少女』のコスチュームで身を包んだ姿で、そして未知の『何か』を側に付き添わせ、未知の『何か』で武装した姿で。
暁美ほむらが、立っていた。
「何で……何で、始さんを!」
「まどか。アナタは殺し合いが終わるまで、何処かに隠れていて。アナタが隠れている間に、私が全て終わらせるわ」
まず目を引くのは、ほむらの背後に寄り添う人型の『何か』であった。
逞しい、鋼のような肉体を持った人型の『何か』。
頭髪は燃える炎のように揺らめきを持って天へと昇る。
身体は人間のものでは有り得ない青色に染まっている。
赤色のスカーフと、肩を覆い隠す巨大な肩当て。
ほむらに寄り添う『何か』。
見る人が見れば、驚愕に言葉を失うだろう。
史上最強のスタンド―――『スタープラチナ』を、何故この少女が操っているのかと。
「どういうこと……訳が分からないよ、ほむらちゃん!」
「分からなくても良いわ。アナタは知る必要もないことよ。ただ、今は私の言う事に従ってちょうだい」
次に目を引くのは、『スタープラチナ』が右手に装備する『十字架』か。
十字架の長径が縦に割れ、スライドしている。
スライドした先から覗くは、漆黒の銃口。
銃口から伸びる灰色の煙は、瞬前まで『十字架』が稼働していた証であった。
『スタープラチナ』が『十字架』を容易く振り回し、ほむらの足元へと突き刺す。
揺れる地面に、『十字架』の途方もない重量が理解できる。
『スタープラチナ』が装備する『十字架』。
見る者が見れば、驚愕に言葉を失うだろう。
最強の個人兵装―――『パニッシャー』を此処まで軽々と操る存在がいるのかと。
「お願い、私を信じて」
『最強』のスタンドに、『最強』の個人兵装。
二つの『最強』にて武装した魔法少女が、唯一の道標へと語りかける。
信じて、と。
「……無理、だよ……! ほむらちゃんの事を信じたい……嘘吐きだなんて思いたくない……でも、駄目だよ。信じられない、全然大丈夫だって気になれない!」
返答は、拒絶であった。
事態が理解できないまどかには、ほむらが現在に至る経緯を知らないまどかには、ほむらを受け入れられない。
躊躇いなく相川始を殺害した暁美ほむらを、受け入れられる訳がない。
「……そう……分かったわ」
道標からの拒絶に、ほむらは表情を崩さなかった。
この未来を予見していたのかもしれない。
予見した上で、問い掛けたのだ。
問い掛け、拒絶され、それでも良いのだと感じていた。
もう誰にも頼らない。
遠い過去に、そう決意したからだ。
「最後に一つだけ言わせて。絶対に、生き延びて。私は直ぐに全てを終わらせる。終わらせるから……お願い、生き延びて」
言葉を残して、暁美ほむらは暗闇の市街地に消えていった。
二つの『最強』を携えながら、時を駆ける魔法少女は進んでいく。
不屈の心に、漆黒の決意を灯して―――ひたすらに『バトルロワイアル』の会場を突き進む。
【一日目/深夜/G-8・市街地】
【暁美ほむら@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]健康
[装備]ソウルジェム(穢れ無し)@魔法少女まどか☆マギカ、スタープラチナのDISC@ジョジョの奇妙な冒険、パニッシャー@トライガン・マキシマム
[道具]基本支給品一式、グリーフシード@魔法少女まどか☆マギカ
[思考]
0:まどか以外の参加者を全て殺す
1:『ジョーカー』として参加者を殺害していく。
◇
「ほむらちゃん……何で……」
そして、取り残された鹿目まどかは膝を折って、泣いていた。
相川始の死に、暁美ほむらの行動に、心が追い付かない。
押さえ切れぬ感情が涙となり、両の瞳から零れ落ちていく。
「うっ……!」
泣きじゃくるまどかが、唐突に胸を抑えた。
何故だか痛みが発生したのだ。
何かが突き刺さるような、痛み。
痛みにまどかは胸を抑え、そして聞いたような気がした。
誰かの声を。
声にもならぬ、絶望の声を。
声が、心に直接流れ込んできた。
「な、何……?」
流れ込む声は、一つじゃなかった。
続いて、続いて、次々に流れ込む。
絶望に満ちた、愉悦に満ちた、希望に満ちた、矜持に満ちた、拒絶に満ちた、信頼に満ちた、そんな声達。
それぞれの感情を宿した声は、六つ。
六つの声が、六つの痛みとなりまどかの胸に刺さった。
(天音……ちゃん……)
声の中で、痛みの中で、まどかはもう一つの声を聞いた。
それは、とても近くから聞こえたような声。
声が届いてきたような方向へ、まどかは振り返る。
其処には死体があった。
相川始の、その死体が。
「始……さん……?」
よろよろと立ち上がり、まどかは始の死体の側で屈み込む。
そして、気付いた。
相川始は、死んでいない。
十字架からの銃撃に、胸を潰され、腹を潰され、足を潰され、それでも相川始は生存している。
意識こそないものの呼吸は力強く、胸元に触れれば拍動も感じ取れた。
顔色は悪いが、それも徐々に回復しているように見える。
素人目にも致命的な傷の数々ではあったが、奇跡的に命に別状はないようだ。
ただまどかは気付かなかった。
薄暗に居る事もあってか、相川始の身体から流れる血液の色に気付かない。
緑色の鮮血に、気付かない。
「生きてる……!」
相川の生存を認識し、まどかはその場にへたり込む。
安堵の息を吐くと、身体から力が抜けていくのが分かる。
だが、それも一瞬。
まどかは直ぐに行動を開始した。
相川を引きずり、直ぐ側の民間へと入っていく。
せめて誰の目にもつかなそうな所へ、というのがまどかの考えであった。
入って直ぐの所にあった和室に相川を寝かせ、まどかはデイバックを漁る。
何か治療に使えそうなものはないか、探しているのだ。
暁美ほむらの行動、謎の胸痛、相川始の異常な耐久力……疑問は山のように存在する。
ただ今は、一つの命を救う為だけに。
最強の『魔法少女』と成りうる少女が、慌ただしく行動する。
暁美ほむらの決意も知らずに、鹿目まどかは眼前の命を救う事に集中していた。
【一日目/深夜/G-8・市街地】
【鹿目まどか@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考]
0:殺し合いには乗らない
1:相川の治療。
2:相川と行動し、皆を探す。
3:ほむらちゃん、どうして……?
4:何だったんだろ、さっきの胸の痛み……
【相川始@仮面ライダー剣】
[状態]腹部、胸部、左足にダメージ大(治癒中)、ジョーカー化への欲求(極少)、気絶中
[装備]なし
[道具]基本支給品一式、ラウズカード(ハートの2)@仮面ライダー剣、ランダム支給品×1~3
[思考]
0:殺し合いを止める。兵藤の元へ行き、兵藤をぶっ殺す
1:まどかと共に、他の参加者とまどかの友達を探す
2:ラウズカードの確保
3:橘達とも合流する
4:剣崎……。
※原作終了後から参加させられています
◇
「鹿目まどか」
そして、インキュベーターは暗闇の中でモニターを見詰める。
モニターの中には、相川始を救おうと躍起になる鹿目まどかの姿があった。
「並行世界の因果線をもその身に集めた存在」
モニターを見詰めてインキュベーターは呟く。
たったの一人で。
感情を持たない存在が。
「君の身に更なる因果を集結させたら、どうなるんだろうね?」
それは無邪気な呟きだった。
呟きは、誰の耳に届く事なく、暗闇に消える。
インキュベーターは見続ける。
鹿目まどかの行動を、さも興味深そうに、見つめていた。
異能生命体の思惑をも乗せて『バトルロワイアル』は廻り続ける―――、
最終更新:2011年09月16日 20:47