マーメイド・ダンス

 浜面は森林と市街地との境界に沿って続く道路を走っていた。
 自分の足ではなく、街中の有料駐車場に泊めてあった車で、もっと言えば持ち前のピッキング技術で盗難せしめた車で。
 浜面は片側一車線の道路を猛スピードで駆け抜けていた。
 車種はライトバン。白色の車体から重低音のエンジン音を唸らせて、人間では到底追い付けない速度で道を進む。
 その速度は浜面の焦燥感を表しているようであった。

(ちくしょう、人っ子一人見当たらねえぞ!)

 周囲が暗闇だという事も影響しているのだろうか、幾ら車を走らせど参加者を発見する事はできない。
 焦燥感が浜面の心中に募っていく。
 『原子崩し』麦野沈利。
 『AIMストーカー』滝壺理后。
 どちらも暗部組織の一員として学園都市の裏側で生きてきた少女達である。
 片や学園都市に七人しかいない超能力者、片や学園都市の上層部にすら重宝される大能力者。
 レベル0の浜面如きが心配するような少女達ではないのかもしれない。
 だが、浜面は知っている。
 軍隊を相手取れる超能力者であろうと、将来的に学園都市最強の能力者に成りうる大能力者であろうと、その能力を振るう彼女達は少女だ。
 まだ酒も飲めない、煙草だって吸えない、成人すらしてない少女。
 分かっている。
 彼女達だって人並みに悩み、人並みに笑い、人並みに後悔だってする。
 そんな少女達がこんな殺し合いに参加させられている。
 そう思うだけでペダルを踏み込む右足に力が籠もった。
 呻りを上げるライトバン。
 法定速度をぶっちぎりで超過して、白色の車両が道を進む。
 そして数分後、浜面はとある少女と遭遇する事となる。
 その出会いは浜面からすれば青天の霹靂で、シチュエーションなどまさに空から降ってきた系のヒロインであった。
 いきなり空から降ってきて浜面の前へと現れた少女。
 少女の名前は美樹さやか。
 空から降ってきた系のヒロインであり、魔法少女でもあり、そして―――ヤンデル属性も持ったスーパー多ジャンルヒロイン。
 確認しておく。
 ヤンデ『レ』ではなく、ヤンデ『ル』のだ。
 もう半端ないくらい、それこそ浜面が和解を果たした超能力者の全盛期と同等か、それ以上のヤンデル具合を見せつけている。
 そんな少女との出会いを露とも知らず、レベル0の無能力者はライトバンを走らせる。
 彼が、空から降ってきた系のヤンデル魔法少女と出会うまで、あと一分を切っていた。






 そして将来の空から降ってくる系のヒロインにして、現ヤンデル魔法少女・美樹さやかは暗闇の森林を歩いていた。
 時間にして浜面と遭遇する30分程前。まだ彼が車を探し歩いている時間だ。
 何処か覚束ない足取りで森林を進むさやか。
 その表情は無表情で、瞳にも何の感情も宿していない。
 何も映さず、何も感じさせないその瞳は、言うなれば虚無。
 感情を何処かに忘れてしまったかのような、そんな虚無の表情。
 少なくとも、ただの少女が見せるような表情ではなかった。
 さやかは、思う。
 もうどうでも良い、と。
 気付かぬ間に拉致されていた事。
 爆薬の詰まった首輪により命を握られている事。
 殺し合いを強制させられているという事。
 その全てが、どうでも良い。
 彼女はもう分からなくなっていた。
 結局自分は一体何が大切で、何を守ろうとしていたのか。
 自分は何で命懸けの戦いを続ける魔法少女になったのか。
 自分は何で命懸けの戦いを続けていたのか。
 何もかもが分からなくなってしまった。
 命は、魂は、手中の小さな宝具にある。
 肉体はもう、命を動かす為だけに存在する入れ物となってしまった。
 もはや自分は動く死体で、まるでゾンビのようなものだ。
 そんな身体になってまで、何を守りたかったのか。
 そんな身体になってまで、自分はどんな願いを叶えたかったのか。
 何で、戦い続けるのか。
 何で、どうして、その全てが分からない。
 分からないから、別にもう全部がどうだっていい。
 死人のような瞳で、死人のような表情で、死人のような足取りで、さやかは道無き森林を進んでいた。
 全てが全てに興味をなくした魔法少女が、死人のような容貌で進んでいく。
 彼女の手中にある宝具が、見る見る内に色を変化させていく。
 やはり魔法少女は殺戮の場であろうと、変わらない。
 変わらずに破滅への未来へと突き進んでいく。


「あ~腹へった~。飯~、肉~。なのは、何か食い物持ってねえのか?」
「ルフィ君。ついさっき、食べちゃたじゃない。それも全部。分けるつもりで上げた、私の食料も全部」
「??? あれは繋ぎだろ?」
「あれで全部だよ。もう食料なんて何もないよ」
「えええええええ! どうすんだよ、なのは!!」
「それは私の台詞なんだけど……」
「くっそー、こうしちゃいらんねえ。早く飯屋を探さそう!」


 そして、破滅の寸前にてさやかは見た。
 暗闇の森林を歩く二人組の男女。
 麦わら帽子を被った快活な青年と、茶色のスーツに身を包んだ女性。
 こんな殺し合いの場だと言うのに、二人はギャアギャアと騒ぎ合って道を進んでいた。
 愉しげに会話をする男女。
 その光景を見て、何故だかさやかの胸中にある感情が沸き上がる。
 理性では醜いと感じていても、どうしようもなく沸き上がってしまう感情。
 その醜悪な感情は、嫉妬と呼ばれる感情であった。
 さやかの表情に色が灯る。
 この殺し合いに連れて来られて、初めて浮かべた感情。
 冷徹な瞳で二人組を見詰め、さやかは手中の宝石を胸元へと掲げる。
 さやかの身体が光に包まれ、一瞬にしてその姿を変えた。
 白色の外套に、太腿まで伸びる白色のロングブーツ。
 上半身は青と白の二色を基調にしたボンテージのような服。
 腰回りもまた青色のミニスカートで覆われている。
 先程までの学生服とは別次元にかけ離れた服装。
 ファッションセンスとかそういう言葉を遥かにぶっちぎった恰好であったが、そんな服装のインパクトすらも霞む程のものを美樹さやかは右手に持っていた。
 彼女の上半身よりも少し長い位のサーベル。
 まるで中世の騎士が装備していそうなサーベルを、さやかはそのまんま右手に握っていた。

 サーベルをクルリと一回転させ、そのまま中段の構えを取る。
 その構えの先には、並んで歩く二人組がいる。
 自分は何をやっているのかと、構えを取りつつもさやかは思った。
 こんな事をしてもどうにもならないのに、そんな事分かっているのに。
 さやか自身、自分を突き動かす感情の正体に気が付いていた。
 醜悪な嫉妬。
 おそらくは恋人同士ですらない、二人組。
 そんな二人組を見て、自分はこんな醜い感情を沸き上がらせている。
 醜い。
 気持ち悪い。
 さやかは、自分の事を心の底から、そう思った。
 だが、そう自身を断じて尚も、身体は動き出そうとしていた。
 心中に沸き上がる感情に任せて、身体が動く。
 自己嫌悪の最中にて、絶望の魔法少女は動いていた。
 渾身の力で地面を蹴り、最高の加速とスピードをもって視線の先の二人組へと迫る。
 標的は二人組の片割れ、麦わら帽子の青年。
 青年との間にあった三十メートル程の距離が一瞬で消失し、サーベルが暗闇で煌めきの軌跡を描く。
 横一閃にその頸部へと。
 木々の間から降り注ぐ月光に照らされながら、サーベルが振るわれた。


「うおっ!?」


 が、サーベルは青年の薄皮を切り裂くに終わった。
 魔法少女として強化された肉体による高速移動に、高速の一閃。
 常人では反応すら出来ないであろう一撃に、青年は易々と対応せしめた。
 上半身を弓のように反らし、ブリッヂのような体勢を楽々と取って回避する。
 加えて、青年の行動はそれで終わらない。
 上半身を倒したまま右手を振るい、返しの右拳をさやかの顔面へとぶちかました。
 シフトウェートも型すらもない、右腕の力のみで放たれた一撃は、だがしかし強烈であった。
 拳の刺さった右頬を中心としてさやかの身体を吹き飛ばし、再び三十メートル程の距離を造る。
 地面を三回程バウンドし、木々に激突する事でようやく勢いが止まる。

「あーびっくりした。何すんだよ、いきなり」

 額に小さく冷や汗をかきながら、青年は吹っ飛んでいったさやかを見詰めていた。
 回避の際に頭から外れた麦わら帽子を、右手で掴む。
 殺され掛けたというのに、その表情には純粋な驚きしかなかった。

「大丈夫、ルフィ君!」
「ああ。平気だ。何ともねえ」

 唐突な事態に慌てたのはスーツ姿の女性であった。
 焦燥を宿した表情で青年へと近寄り、安否の確認をする。
 僅かな傷を負っただけの青年に、女性は安堵の息を吐き、自身の臨戦態勢を整えた。
 青年と吹き飛んでいったさやかとの間に身を起き、右手を掲げる。

「私は、時空管理局機動六課スターズ分隊隊長・高町なのはです。現在が異常事態にあるのは確かですが、どうか落ち着いて下さい。でないと事態は悪い方にしか―――」
「おれはルフィ、よろしくな!」
「……ルフィ君、少し静かにしてて欲しいんだけど」
「へ? 何で?」
「今から彼女を説得するの。この状況で正常な判断力が低下しているかもしれないでしょ」
「ああ、たしかに」

 と、何とも引き締まらない会話を続ける二人―――なのはとルフィであったが、さやかは構わず動いていた。

「ッ!」

 再度の急加速をもって、今度はなのはの元へと急迫する。
 その速度はやはり人間離れしたもの。
 だが、歴然の魔導師を、管理局が誇るエース・オブ・エースを捉えるには余りに未熟。
 技巧も、威力も、速度ですらも、まだ足りない。
 少なくとも馬鹿正直に突撃するだけでは、エース・オブ・エースを切り裂くには至らない。
 掲げられた右手を中心にして、桜色の模様が浮かび上がる。
 円や三角形が組み合わさって構成された模様は、まさに御伽噺にでてくる魔法陣であった。
 魔法陣が、さやかの一撃を易々と食い止める。
 サーベルと魔法陣が火花を散らす。
 陣が破れる様子は、ない。
 均衡する魔法陣とサーベルを挟んで、二人の魔法少女の視線が交差した。
 少女の瞳を見て、なのはは思った。
 この瞳は、何処かで見た事のある瞳だと。
 思い、直ぐに思い出した。
 そう、この瞳は『あの時』親友が浮かべていた瞳だ。
 現在からもう十年程も前の事。
 母と信じていた女性から、全てを否定された親友。
 その時、親友が浮かべていた瞳と酷似している。


「君は……?」


 なのはの呆けたような声がさやかの鼓膜を叩くが、生憎としてさやかに会話に付き合うつもりはない。
 ただ今は、胸にたぎる感情に任せて、身体を動かす。それだけであった。
 一旦、さやかは大きく後ろに後退する。
 一跳びで距離を離したさやかが、再度の加速で襲撃する。
 今度は正面からではなく、木々の間を駆け抜けて攪乱を混ぜながら。
 さやかが月光に照らされた暗闇の中を、走る。

「話を聞いて! 今のこの状況は悪意ある人達によって造り上げられたもの、その人達の言いなりになっては事態は悪い方に転がるだけだよ!」

 必死の言葉がさやかに届く。
 だが、瞳に映る虚無に変化は見られず、疾走の速度にも変化はない。
 なのはとルフィを中心にして、円を描くように駆けながら、剣を構える。
 転調は唐突であった。
 円の動作から、一直線の突進へ。
 その急転も常人には、いや熟練の戦士であっても対処は困難であろう。

「盾!」

 だが、やはりエース・オブ・エース。
 熟練という肩書きすらも超越したなのはには、決して命中しない。
 背後からの穿突へ、なのはは振り向きざまにシールドを形成した。
 さやかの攻撃が、再び止められる。
 そして、今回の魔法は防御だけに終わらない。
 盾から伸びた桜色に輝く鎖が、さやかのサーベルに絡み付く。
 押せども引けども鎖はびくともしない。
 さやかの動きが、止まる。

「話を聞いてもらうよ。そして、アナタの話も聞かせてもらう。力づくでも」

 同時に、視界の端にて光が走る。
 桜色の何かが走ったと思いきや、瞬後、衝撃がさやかの頬を叩いていた。
 横からの衝撃にさやかの身体が横倒しに弾け飛ぶ。
 揺れる視界でさやかは見た。
 上下左右から迫る桜色の光球。
 四発の光る球体は、まるで意志を持つかのようにそれぞれが別々の軌道を描いて、飛行する。
 そのどれもがさやかを標的として動いていた。
 なのはが発動させた誘導型の射撃魔法である。
 並みの魔導師ならば一撃で昏倒させる事のできる射撃魔法が、四発。
 それら魔弾を前にして、だがしかし、さやかは怯まない。
 着地と共に態勢を整え、地面を蹴り抜いた。
 最短距離をひたすらに真っ直ぐ。
 サーベルの切っ先を、高町なのはへと向けて。
 三度の突撃を開始する。

「アクセル」

 その突進を阻止すべく桜色の魔弾が稼動する。
 迫るさやかへと、上下左右から動く魔弾。

「アクセル!」

 加速に次ぐ加速の末に、魔弾がさやかの身体に直撃した。
 四発の射撃魔法が全て直撃した事に、なのははさやかの撃墜を確信し―――だが、その確信は覆される。
 直撃の射撃魔法に、さやかは微塵の怯みすら見せなかったのだ。
 想定外の事態になのはの反応が僅かばかりに遅れる。
 その僅かな隙に、さやかは変わらぬ体勢と変わらぬ速度でエース・オブ・エースへと接近した。
 選択された攻撃は刺突であった。
 接近の速度そのままに、なのはの顔面へと刃を直線に走らせる。

(マズい……!)

 一瞬の隙が、なのはを窮地へ追い込んでいた。
 アクセルシューターが直撃して尚、怯みすらしない少女。
 非殺傷設定とはいえ、直撃すれば痛いですまない攻撃だ。
 先のルフィの一撃を喰らった際もそうだった。
 十数メートルと宙を飛ぶ程の勢いで顔面を殴られ、それでいて易々と戦線へと復帰してきた。
 その外見に反して相当な防御力を有しているようだと、なのはは考察する。。

(完全に隙を取られた。レイジングハートがいれば何とでもなる状況だけど……)

 刃が近付く刹那の間に、なのはの思考が急速の回転を見せた。
 この状況にあって、未だに余裕がある証拠であった。
 生半可な攻撃では動きの阻害すら困難な少女。
 速度も一級品で、生身でありながらなのはの愛弟子たる蒼きストライカーに迫るレベルだ。
 剣戟の技巧や戦闘の駆け引きなど、未熟な点も多々見えるが、それ補い得る長所を有している。
 難敵だと、なのはは素直に感じた。
 少なくとも相棒の居ない現状であるとはいえ、此処まで追い込まれてしまった。

(やるしかない……ね!)

 迫る切っ先に対して、なのはは右手を突き出した。
 瞬く間に迫る刃が右手に触れる。
 皮膚の裂ける感覚があったが、なのはは構わず魔力の操作に意識を集中させる。
 刃が徐々に肉へと食い込んでいく感触。
 皮膚どころか肉にまで刃が到達し―――そこで刃の侵攻が止まる。
 なのはが発動させた魔法にて、魔法少女の動きを封じ込めたからだ。
 『フープバインド』
 高速の剣戟を前にしての、超高速のバインド魔法発動。
 エース・オブ・エースの所以たる技量が、窮地において活路を開いた。
 桜色の光輪に拘束されたさやかの身体が、宙に漂うような形で静止する。
 虚無の瞳に僅かばかりの驚愕が見えるが、それも感情と云える程のものではない。

「ちょっとだけ、痛いの我慢してね」

 スタスタと歩いて距離を離しながら、なのはは声を飛ばす。
 右手に集まる桜色の淡い光。
 掌の裂傷から鮮血を滴らせながら、なのはは魔力のコントロールを行っていく。
 臨界に至るには五秒と掛からなかった。

「ディバインバスター」

 発動されるは小規模の砲撃魔法。
 桜色の光が一筋の線となって闇の中を突き進み、宙に拘束されるさやかに命中する。
 爆音と爆煙が巻き上がり、さやかの姿を呑み込んでいく。

「バスター、バスター」

 そして、駄目押しの追撃を二発。
 先までの防御力を見越しての砲撃三連発。
 相棒のデバイスが存在しない今、威力としては本来の半分程度しかないだろう。
 それでもなのはの砲撃は必殺と呼べるもの。
 どんなに防御力の高い魔導師であろうと、直撃を三発もくらえば撃墜は必至だ。
 それは驕りでもない事実。
 その筈だったのだが―――

(ッ! まさか!)

 ―――爆煙を切り裂いて現れたのは白銀の刃であった。
 砲撃の三連発を直撃し、それでもノータイムで突撃してくる少女。

(防御力じゃ……ない!)

 どれだけ堅牢なバリアジャケットといっても、エース・オブ・エースの砲撃を三発も直撃して無事な訳がない。
 ましてやノータイムでの突撃など現実問題として有り得ない。
 別の要因がある。
 防御力とはまた別種の何かを、この少女は持っている。
 ルフィに殴り飛ばされ、射撃魔法を喰らい、砲撃魔法すら直撃して尚、容易く行動する力。
 なのはの表情が、歪む。
 顔面へと迫る刃を、なのはは首を傾ける事で回避する。
 だが、踏み込まれた。
 完全なクロスレンジへと引き込まれた事に、なのはは幾分の焦燥を覚える。
 デバイスがある状況ならまだしも、現状では敵の速度故に距離を離す事は難しい。
 術の強度や発動速度も著しく低下している。
 さしものなのはも、事態に全力の集中を来さねばならないだろう。

(くっ!)

 顔の直ぐ横を通り過ぎた刃が軌道を変え、その首を刈り取らんと横に動く。
 それを上体を屈める事で避け、なのはは大きく後ろへとステップを踏む。
 なのはの後退に、さやかは一瞬と距離を離す事なく追いすがった。
 距離を離せないと思いつつ、射撃魔法を一発だけ放つなのは。
 射撃魔法は直撃するも、やはり怯みすら引き出せない。
 接近され、刃が振るわれた。
 直後、


「―――銃(ピストル)!!」


 なのはの顔の直ぐ横を何かが通り過ぎていった。
 ゴウと風を切り裂く音が耳を叩き、続いてグシャと何かのひしゃげるような鈍い音が聞こえた。
 なのはの知覚した光景は、何とも不可思議なものであった。
 後方から呻りを上げて直進してきた肌色の『何か』が、剣を振るう少女を吹き飛ばしたのだ。
 そりゃあもう、物凄い勢いであった。
 高速で近付いたさやかが、それ以上の速度にて遠ざかっていく。
 斜め上へ、斜め上へと、木々を突き破って闇の彼方へと吹き飛んでいく。
 何が起きたのかと、なのはは後方へと視線を移した。
 そこには、モンキー・D・ルフィが拳を振り抜いた体勢で、ピクリとも動かずに立っていた。
 ただ、その右腕だけが伸びていた。
 動かない体勢で、ゴムの右腕だけが前へ前へと突き進む。
 襲撃者を吹き飛ばす為に、その右腕が伸び続けていた。

「……ルフィ、君……?」

 なのはが呆然と声を掛けたその時、限界まで伸びたゴムの腕がようやく戻って来る。
 二秒程の時間を掛けて引き戻された右腕が、弾けるような音を経て元通りとなる。

「大丈夫か、なのは?」
「あ、ありがとう」
「しつこいから、殴っといた」
「う、うん……って、えぇ!?」

 ニッと、口角を吊り上げるルフィにお礼を零すなのはであったが、次いでの発言に愕然とする。
 殴っといたって、あの勢いで?
 襲撃者の少女はヤード単位で吹き飛び、夜空の彼方へと消えていた。
 馬鹿力とかそういうレベルの話ではない。
 下手すれば、というか常人であれば確実に死ぬレベルだ。
 なのはの仲間たる鉄槌の騎士であっても、あれだけの打撃を放てるかどうか。
 ルフィの持つ剛力に、なのはは正直に驚いていた。
 ……まあ、それでもあれだけのタフネスを見せ付けた少女ならばピンピンしているだろうが。

「ん? どうしたんだ、なのは?」
「……スゴいんだね、ルフィ君」
「まあな! 海賊になる為に鍛えたんだ」

 少女が吹っ飛んでいった方角へと視線を送りながら、なのはは思考する。
 この場には、生半可な力では通用しない猛者が集結している。
 先の襲撃者も、ルフィも、相当な強者だ。
 魔導師であるなしなど関係の無いところで、段違いに実力が高い。
 自分も相棒が居ない状況とはいえ、もしやと云うところまで追い詰められた。
 気を引き締めねばと思う一方で、仲間達の無事が心配になる。
 状況は予想以上に悪いのかもしれないと、なのはは眉を潜めて思った。




【一日目/深夜/E-5・森林】
【高町なのは@リリカルなのはStrikerS】
[状態]疲労(小)
[装備]なし
[道具]基本支給品一式、ランダム支給品×1~3(食糧なし)
[思考]
1:殺し合いを止める
2:ルフィと行動しながらルフィの仲間達や他の参加者達を探す
3:皆なら大丈夫だと思うけど……

【モンキー・D・ルフィ@ONE PIECE】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]基本支給品一式、ランダム支給品×1~3(食糧なし)
[思考]
1:なのはと一緒に食糧を探しにいく
2:仲間とも合流したい








 頬を殴り抜ける感覚に視界を揺らしながら、さやかは空を飛んでいた。
 いや、飛んでいたというよりは、飛ばされているという表現の方が正しいか。
 頬に突き刺さる拳が、墜落を許してくれない。
 何がどうなっているのか、何処まで飛ばされど右拳が頬から離れる事はない。
 伸びる右腕に伴って、さやかの身体も飛んでいく。

(……何やってんだろ、私……)

 ただ、痛覚は存在しなかった。
 魔法少女である美樹さやかは痛覚を完全に遮断する事ができる。
 加えて、さやか固有の能力である超常の回復能力もある。
 だからこそ、エース・オブ・エースの大魔導師を相手にあそこまで立ち回る事ができた。

(……何もしていない人達を相手に魔法少女の力を使って……)

 流れていく視界の中で、遂に頬を殴る右拳が離れていった。
 それでも勢いは止まらない。
 さやかの痩躯が何処までも何処までも吹き飛んでいく。

(……剣を振るって……殺そうとして……)

 虚無の瞳に何か暖かいものが込み上げる。
 瞳に込み上げる『それ』が何なのか、さやかには分からない。
 何もかもが、分からない。
 もうどうでも良くなってしまったからだ。

(……そうだ……確かまどかにも酷いこと言っちゃって……)

 ごちゃごちゃとなった思考に、ごちゃごちゃとなった記憶が流れ込む。
 流れ込み、流れ込み、流れ込み……やっぱり何もかもが分からない。
 浮遊感に包まれた身体が段々と落下していく。
 地上から数十メートルの高さにあるというのに、美樹さやかは何の抵抗もしようとしない。
 やっぱり、何もかもがどうでも良くなってしまったからだ。

(……ああ……)

 落下の最中で、さやかは空を見ていた。
 淡い光で輝く満月が、さやかを見下ろす。
 さやかの身体(からだ)が、墜ちていく。
 さやかの精神(こころ)が、堕ちていく。
 墜ちていく中で、堕ちていく中で、さやかの瞳から『何かが』溢れ出した。
 暖かい、暖かい、『何か』。
 それが何なのか、やっぱりさやかには分からない。


(……あたしって、ほんと―――)


 思考が紡ぎ終える寸前で、さやかの意識は漆黒の中へと消えていった。
 その身体が地上へと墜落し、意識を喪失させたのだ。
 さて、全てがどうでも良くなった最中で、最後にさやかが思った感情とは何なのだろう。
 それは誰にも分からない。
 ただ一つだけ彼女が幸運だったのは、何もかもが破滅に向かう寸前で、その意識を途切れさせた事かもしれない。
 意識の喪失により、来るべき破滅への進行も一時的に中断されたからだ。
 穢れに染まり掛けたソウルジェムが、彼女の腹部を飾る。
 そして、



「うおおおおおおおおおお!?」



 そして、甲高いブレーキ音が鳴り響く。
 こうして空から落ちてきた系のヤンデル魔法少女となった美樹さやかは、本人の預かり知らぬ所で出会いを経験する事となった。








「うおおおおおおおおおおお!?」

 こうして空から落ちてきたヤンデル系魔法少女に対して、浜面は全力でブレーキペダルを踏みしめた。
 甲高いブレーキ音が響き渡り、ライトバンは魔法少女にぶつかる寸前で停止した。

「な、何だ……空から女の子が……!?」

 ヘッドライトで照射される先には、地面に横たわる少女が一人。
 空から落ちて現れた少女である。
 何がどうなっているのか、と浜面は少女が現れた空へと視線を送るが、そこにはまん丸の満月と綺麗な星々深があるだけであった。
 視線を右に左に落ち着かない様子で動かす浜面。
 浜面は、少女が誰かに襲撃されたのだろうと考えていた。
 簡単に周囲を見た感じでは、人の姿はない。
 決断は直ぐであった。
 車から飛び出し、倒れ伏す少女の側に屈み込む。
 口元に手を伸ばすと、生暖かい吐息の感触があった。
 手首を触ると拍動を感じ取れる。
 目立った傷も見えない。
 派手に飛んできた少女であったが、奇跡的にも殆ど無傷で済んだらしい。
 浜面はホッと息を吐く。

(取り敢えずココから離れよう。こいつを襲った奴が近くにいる筈だ)

 しかしその安堵も束の間、浜面は気絶中の少女を抱きかかえて、ライトバンへと乗り込む。
 少女を後部座席へ押し込み、自分は運転席へ。
 乗車と同時に、ライトバンがフルスロットルで走り出す。
 人間一人をあれだけ吹き飛ばす能力だ。おそらく大能力以上の能力者だろう。
 武器も持たない無能力者が敵う道理などない。
 逃げるが勝ち。
 これを、この車を何の為に調達したと思っていやがる。
 こんな時の為、化け物から逃亡する為だ。

(フゥーハハー! ざまぁ見やがれ能力者! てめぇの好きにはさせねーぞ!)

 少女の救出に舞い上がりながら、浜面は車を走らせる。
 不幸な事に彼は気付いていない。
 少女が空から落ちてきた経緯を、本当の襲撃者が誰なのかを、実は今拾った少女こそが完全なる厄ネタだという事を、
 浜面仕上は知らない。
 不幸な無能力者が、物凄い速度で走り去っていった。




【一日目/深夜/F-5・森林】
【浜面仕上@とある魔術の禁書目録】
[状態]健康
[装備]白色のライトバン@現実
[道具]基本支給品一式、煙草@現実、ブレイバックル(ブレイド)@仮面ライダー剣、ウォルターのワイヤー@ヘルシング
[思考]
0:殺し合いには乗らない。滝壺と麦野と合流する
1:少女を襲った能力者(?)から逃亡する。
2:滝壺と麦野を探す
[備考]
※原作22巻終了後から参加しています

【美樹さやか@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]疲労(中)、気絶中
[装備]ソウルジェム(穢れ九割)@魔法少女まどか☆マギカ
[道具]基本支給品一式、ランダム支給品×1~3
[思考]
0:気絶中
1:あたしって、ほんと……
[備考]
※魔女化直前・電車から下車した辺りから参加しています




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最終更新:2011年08月26日 00:00
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