『希望』

 学園都市が最強の超能力者・一方通行は焦燥に満ちた思考で考察を続けていた。
 全ての始まりはいつの間にやら渡されていたデイバック、その中に入っていた一枚の紙であった。
 殺し合いの参加者が記載されたその紙は、一方通行から平常心を奪い取るには充分すぎた。
 打ち止め(ラストオーダー)。
 彼が命を賭けて守りたいと思う、大切な大切な少女。
 その名が名簿に記されていた。
 寸前までこの殺し合いを下らないとすら考えていた思考は、一瞬で沸騰し一種のパニック状態にまで陥る。
 打ち止めが、今の自分同様に爆薬の詰まった首輪を装着され、こんな狂った殺し合いに参加させられている。
 そう考えただけで一方通行は安直の選択肢を選び取りそうになっていた。
 安直な選択肢―――すなわち、打ち止めを除いた参加者の排除。
 第一位の能力をもってすれば余りに容易い、だが今の彼には到底選択できない行為。
 『悪党』として戦い続けた一方通行は、その『悪党』という幻想さえも、とある男にぶち殺された。
 その男は先の教室にて自分と同様に拘束されていた。
 男は言った。
 お前が決めろ、と。
 傲慢だろうと何だろうが、お前自身が胸を張れるものを自分で選んでみろ、と。
 男の言葉が一方通行の中で繰り返し響いていた。
 自分は打ち止めを守りたい。
 だが、その為に全ての参加者を惨殺するのか。
 打ち止めのオリジナルたる存在・御坂美琴すらも殺害して、打ち止めを救出するのか。
 それは正しいのか、どうなのか。
 他に何か道はないのか。
 自分はどうしたいのか。
 木霊する男の声に押されるようにして、学園都市第一位の怪物は考える。
 考えて、考えて、考えて―――そして、彼は聞いた。


『あ、あー、ゴホン。えー、えー、ちゃんと動いてるかな、コレ?』


 市街地に響き渡る、その声を。


『えー、では……俺の名はヴァッシュ・ザ・スタンピード! お前らご存知のヒューマノイド・タイフーン様だ! 俺は今、D-8の市民館にいる!
 この俺の首が欲しい奴、腕に自信がある奴は市民館に集まりやがれ! 相手になってやるぜ、ヒャッハー!!』

 おそらくは、有事の際に緊急の放送やサイレンを鳴らす為に使用されるスピーカー。
 市街地の各所に設置されたそれから溢れ出る、馬鹿の声。
 頭のネジでもぶっ飛んじゃないかと思ってしまう、間の抜けた内容の放送であった。

(なンだァ、この放送は)

 ポカンと口を開けた一方通行は、思わず放送の内容を大真面目に再考してしまう。
 だが、結論は変わらず放送の主は馬鹿だという事で考察は終わる。
 ヴァッシュ・ザ・スタンピード?
 ヒューマノイド・タイフーン?
 俺の首が欲しい奴、腕に自信がある奴は集まれ?
 殺し合いという現状を理解しているのかと、問い掛けてしまいたくなる程だ。
 ハァ、と一方通行の口から大きな溜め息が零れる。

「……もののついでだ、一瞬で終わらせてやるよ。ヒューマノイド・タイフーンよォ」

 そして、一方通行は視線を前に向け、歩き始める。
 一方通行の視線の先には、六階建て程の縦長の建物があった。
 外界との仕切りとしてあるガラス戸の横には、木製の板に黒字で市民館と書かれた看板が一つ。
 その建物は偶然にも、先程の放送者が語っていた市民館と呼ばれる建物であった。
 別段、一方通行が開始位置から移動をした訳ではない。
 開始位置の目と鼻の先に、その建物があったのだ。

(打ち止めの害になりそうな奴はひとまず潰す。後の事はその後で考えりゃあ良い)

 先までの苦悩の選択については結論を出さずに保留とする。
 まずは危険人物の排除。それは結果として打ち止めを守護する事にも繋がる。
 そう考えた一方通行は欠片の迷いも見せずに市街地へと踏み込んだ。
 デイバックから取り出すは黒塗りの拳銃。
 一方通行にも見覚えのあるその拳銃は、学園都市の裏にて共闘態勢にあった男が愛用していたもの。
 一方通行は第一位の能力を使用せず、拳銃一つでヒューマノイド・タイフーンを撃退しようとしていた。
 第一位の能力も使用可能ではあるものの、時間制限がある以上無駄遣いはできない。
 何が起きるか、後に自分がどんな選択をするか、一方通行自身も分かっていないのが現状だ。
 慎重すぎる事に不利益は生じない。
 静寂が支配する室内にカツン、カツンと、現代風の杖と床とがぶつかり合う音が響く。
 入って直ぐの所にあった案内板によると、放送室は三階にあるとの事。
 一方通行は其処へ真っ直ぐに向かう。
 上手くいけば放送真っ最中の奴と遭遇できるかもしれない。
 そして、数分ばかりの歩行の末に、一方通行は放送室と看板が備えられた部屋へと辿り着いた。
 僅かに開いた扉から顔を覗かせる一方通行。
 そこには、放送だというのに身振り手振りを交えて演説をする馬鹿がいた。
 ド派手な赤色のコートに身を包み、鮮やかな『黒色』の髪を左右に振って言葉を飛ばす男。
 あれが先の放送者の正体らしい。

(どォやら、マジで頭の弱い奴みたいだな)

 一人で盛り上がる放送者にそんな評価を下して、一方通行は扉の間から拳銃を突き出す。
 銃口が狙う先には放送者の右脚。その脚部へと一方通行は拳銃を向けた。
 冷静に、逡巡もせずに一方通行は引き金を引く。
 オートマチックの拳銃はそれだけで撃鉄を起こし、構造内の銃弾を叩く。
 弾丸が音速を越えて発射された。

「のわぁ!?」

 だが、放送者―――ヴァッシュ・ザ・スタンピードと名乗っていた男は、情けない声を出しながらもその弾丸を回避せしめた。
 弾丸はそのまま直進し、放送機器にめり込み小さな火花を散らせた。
 三下と断じていた男が見せた予想外の回避に、一方通行の眉が上がる。

「お、思ったよりも来るのが早いね。と、えーと……ゴホン、不意打ちとはなかなか味な真似を。だが、その程度でこのヒューマノイドタイフーンが打ち取れると思ったか!
 って、タイムタイム! 決めゼリフを言ってる時は攻撃しないお約束では!?」

 仰々しく言葉を吐くヴァッシュに構わず、一方通行は続けて拳銃を連射する。
 演技くさい態度は何処へやら、涙目で狭い放送室内を逃げ回るヴァッシュ・ザ・スタンピード。
 五発ほど放たれた弾丸は、それでもやはりヴァッシュの身体に命中する事はなかった。
 硝煙漂わせる拳銃を片手に一方通行はヴァッシュを睨む。
 その眉は怪訝に歪んでいた。

「……てめェ、何のつもりだ」

 思わず一方通行は問い詰める。
 この至近距離から銃弾を回避せしめた反射神経、狭い室内で弾丸を避けきった身のこなし、後方からの不意打ちにすら反応した察知力。
 その情けない振る舞いに反して男の対応は異常と評するに値するものであった。
 だが、だからこそ、一方通行は疑問に思う。
 何故、この男は欠片の戦意すら持たないのか。
 あれだけの身のこなしだ。杖付きの男など、拳銃を持っていようと楽に撃退できるだけの実力はあるだろう。
 しかし、眼前のヴァッシュという男は反撃に移ろうとすらしなかった。
 わざわざあんな放送を垂れ流して参加者を呼び寄せたにも関わらず、その行動には戦意すら見えない。
 意図が読めなかった。
 何故、コイツはあんな放送をしてまで参加者を呼び出し、そのくせ戦おうとしないのか。
 参加者の集結が目的?
 それはない。あんな放送を聞いて集まるのは血気盛んな危険人物か、余程の世話好きだけだ。
 参加者を集める事が目的ならば、他の手段を選択した方がマシだ。
 それにあの放送を聞けば、集結した参加者の殆どがヴァッシュを危険な人物だと思うだろう。
 まさに自分がそうだったのだ。
 殺し合いに乗った参加者は当然として、危険人物を排除していこうと行動する世話好きすら、敵に回す。
 そんな事をして、コイツに何のメリットがあるのか。
 自殺願望でも持っているのではないかと、考えてしまう程だ。

「答えろ」

 一方通行の言葉にヴァッシュは薄ら笑みを浮かべていたが、誤魔化しきれないと分かると同時に笑みを引っ込めた。
 変わりに観念したという様子で両手を上げ、話を始める。
 飄々とした振る舞いで、飄々とした口調で、ヴァッシュは一方通行へと語り掛ける。

「うーん、そこまで深く考えてた訳でもないんだけどね。ちょっと参加者の方々を集めたかったんだよ」

 ヴァッシュの返答に一方通行の眉が吊り上がる。
 その動機は自分も考察した。だが明らかに効率的ではない。

「なら、あの放送の内容はなんなんだ。あれじゃあ、てめェの命狙うバカしか集まんねェぞ」

 そう言う一方通行は、やはり眼前の男の真意を計れずにいた。
 先程思った通り本当に頭の足りないバカなのか、それとも―――と、疑惑がよぎる。
 まさか、という予感が一方通行の脳裏をよぎっていた。

「ま、そうだろうね」
「……てめェは自殺志願者か何かか? そんな真似してどォなるっつうんだ」
「いや、俺が危ない人達集めて逃げ回ってれば周りの人も少しは安全になるかなーって思ってさ」

 ヴァッシュの返答に一方通行は今度こそ訳が分からなくなる。
 この男は何を言ってるのだ。全くもって理解できない。
 自分を餌に危険人物を引き付ける?
 危険人物に追われる自分はどうするつもりだ?

「…………ハァ……?」
「もしかしたら俺が逃げ回ってる間に誰かが首輪の解除法を判明させるかもしれないじゃん。そうすれば殺し合いをする理由も無くなるんだしさ。こんな怖い殺し合いなんてしなくて済むでしょ」

 思わず零れた素っ頓狂な声にヴァッシュは尚も理解不能な言葉を返す。
 思わず一方通行は頭を抱える。
 首輪の解除を見ず知らずの他人に任せて、自分は危険人物達から逃げ回る?
 首輪が解除できたら万々歳。なら、解除が出来なかったらどうするつもりなのか。
 タイムリミットの72時間まで逃げ続けて、それで首輪を爆発されて死ぬのか?
 他人に全ての運命を任せて、自分は命懸けの鬼ごっこを行うつもりだったというのか。
 訳が分からない。
 コイツは一体なんなのだ。

「それに―――」

 と、愕然の一方通行へヴァッシュが更なる声を掛けようとした瞬間、事態が変わる。
 放送室の壁が唐突に六つばかりに割れて、細切れの瓦礫となって崩れ落ちる。
 そこから三人目の登場人物が乱入をしてきた。






 その時、佐倉杏子は放送室の隣室に身を置いていた。
 そこは物置のような倉庫で、杏子は扉の側に胡座を欠いて座り込む。
 右手に持った菓子パンをかじりながら、扉から聞こえてくる声に耳を傾けていた。
 直前まで聞こえていた放送は、何発かの銃声の後に途切れてしまった。
 だが、乱入者(おそらくは襲撃者でもあるのだろう)が放送室の扉を開けてくれたお蔭で、防音の筈の部屋から会話を聞く事ができる。
 襲撃者とヴァッシュという男は何かを話していた。
 あれだけの銃撃から生存したという事は悪運が強いのか、それとも単純にそれだけの実力者なのか、はたまた襲撃者が素人だったのか。
 杏子には判断が付かないが、襲撃者が戦闘する気を無くしたというのは確かなようだ。
 余りに乱暴な登場をした襲撃者も、今は大人しくヴァッシュと会話を行っている。

(何だよ、勢い良く入ってきた割には甘い奴だな)

 襲撃者に対してそんな感想を抱きながら、杏子は菓子パンをかじった。
 佐倉杏子は迷っていた。
 突然始まった殺し合い、首輪にて命を握られてる現状。
 自分は生き残る為に殺し合いに乗るべきなのか、否か。
 心の大半は他者を蹴落とし生き残れと叫んでいる。
 でも、心の片隅に残った良心は愛と勇気が勝つハッピーな物語を描けと言っている。
 どちらが自分の本心なのかは、杏子にも分かっていた。
 だが、素直にその道を選択する事ができない。
 彼女はある結末の末にこの殺し合いの場へと辿り着いたからだ。
 愛と勇気が勝つ物語を描こうとして、結局は絶望に満ち満ちた結末を迎えた、その記憶。
 杏子はしっかりと覚えていた。
 あの時の失意を、あの時の諦念を、あの時の絶望を、しっかりと覚えている。
 だから、杏子は安直に自身の道を選択する事ができないでいた。
 居るのが分かっている参加者とも接触せず、隣室の薄暗い部屋で一人様子を伺っていた。

「……てめェは自殺志願者か何かか? そんな真似してどォなるっつうんだ」

 襲撃者の声が聞こえてくる。
 あの放送の目的が何だったのか、ヴァッシュへと問い質してるようだ。
 杏子も襲撃者と同じ疑問を感じていた。
 周囲に自分の存在を知らせて、挑発とも恫喝とも取れる放送を流す。
 放送の主であるヴァッシュにメリットがあるようには思えなかった。

「いや俺が危ない人達集めて逃げ回ってれば、周りの人も少しは安全になるかなーって思ってさ」
「…………ハァ……?」
(…………はあ……?)

 続く言葉に杏子は襲撃者とまるで同じ言葉を胸中で零していた。
 くわえていた菓子パンが床へと転げ落ちる。
 杏子はズイと扉に耳を寄せ、ヴァッシュの言葉が良く聞こえるようにした。
 更に聞こえてきた言葉はとんでもないものであった。

「もしかしたら俺が逃げ回ってる間に誰かが首輪の解除法を判明させるかもしれないじゃん。そうすれば殺し合いをする理由も無くなるんだしさ。こんな怖い殺し合いなんてしなくて済むでしょ」

 聞いて、ああコイツは馬鹿なんだと、断定する。
 この脳内お花畑野郎は何も分かっちゃいない。
 他人の為に動くなんて、馬鹿のする事だ。
 ましてや命懸けで害敵を引きつけて周囲の安全を確保するなんて、狂気の沙汰。
 世の中というものを何も理解していない、まるで子どもの戯言のように中身の無い行動だ。
 人生は自分だけのもの。
 自分の為に生きて自業自得で全てを終わらせれば良い。
 佐倉杏子は他人の為に『力』を振るった結末を、その無残で残酷な結末を、経験し知っている。
 だから無性に腹が立った。
 何時ぞやの新米魔法少女をも遥かに上回る利他的な思考に、憤りを感じる。
 憤りに任せて、杏子は魔法少女へと変身した。
 身体の調子に問題はない。
 ソウルジェムも全くの穢れの無い状態へと戻っている。
 寸前までは瀕死の重体だった筈だが、これもあの兵藤とやらが何かを施したのだろう。
 手に馴染んだ多節槍を構え、暗闇の中で放送室と物置とを隔絶させる壁を睨む。
 スウ、と小さく息を吸い、杏子は得物を振るった。
 防音作用が備わった壁が、まるでケーキか何かのように切り裂かれる。
 崩れ落ちる壁の間から杏子は獲物たる男を見つけ出した。
 放送機器の直ぐ側に立つ男。こいつがおそらくヴァッシュ・ザ・スタンピード。
 標的の発見に、杏子は口角を獰猛に吊り上げて床を蹴った。






 落下する瓦礫の合間から飛び出したのは、フリルの付いたファンシーなドレスに身を包んだ少女であった。
 少女は髪の毛からブーツまで赤色で、ド派手の一言。
 少女の手中には、身の丈と同等の長槍があった。
 壁を細断したのはあの長槍なのだろう。かなりの切れ味を有しているように見える。
 赤色の少女は一方通行に見向きもせず、同様の赤色で全身を染めたヴァッシュへと突っ込んでいく。
 その動作は相当なもの。
 『肉体強化』のレベル4程度の能力者だろうかと考えながら、一方通行は赤色の少女へと銃口を向ける。
 ヴァッシュを助ける為にではない。少女が自分の方へと転進してきた際に対処する為だ。
 一方通行は冷淡の瞳で変転する場を見つめていた。
 アホのような絵空事を口にした男がこの突然の窮地にどう対処するのか、それを一方通行は見極めたかったのだ。
 そして、そんな一方通行の視界の中で、一方的な勝負は開始された。
 瞬く間に距離を詰め、手中の長槍を躊躇いなく振るう少女。
 振るわれた長槍が柄を幾数にも分裂させる。
 鎖により一繋ぎにされたそれは、言うなれば多節槍と呼ぶに相応しい武器であった。
 少女の手の動きに合わせて鎖が動き、ヴァッシュの前方を覆い尽くす。
 点ではなく面単位で殺到する鎖の壁に、さしもの一方通行も打つ手は無いかと予想した。
 レベル4相当の『肉体強化』に加えて、多節棍という見慣れぬ武器を完全に使いこなす技量。
 能力を使用せねば自分も手を焼くだろうと、一方通行は分析していた。

 そんな敵を前に、ヴァッシュは軽い調子で動いた。
 鎖の壁が直撃する寸前で、一歩だけ横に歩く。
 ただ、それだけ。
 ただそれだけで、ヴァッシュは幾重にもなって迫る鎖の全てを回避した。
 銃弾を受けて火花を散らしていた放送機器が、鎖の一撃に今度こそ沈黙する。
 ヴァッシュの近くにあった床や壁が、鎖の乱舞に破砕されていく。
 少女の攻撃は一瞬で放送室を破壊し、だが標的の男は破壊の最中で無傷であった。

「なっ……!?」

 少女とヴァッシュの視線がぶつかる。
 少女は明確な驚きを表情に宿して、ヴァッシュは完全な余裕を表情に宿して、対面した。
 静寂が場を占める。
 少女が驚愕から回復し、武器を振るったのはその一瞬後であった。
 多節を連結させて一本の長槍へと戻し、横薙ぎに振るう。
 その横薙ぎもまた高速の一撃。
 あまりの速度に穂先が欠き消え、狭い室内に烈風を巻き起こす。
 だが、ヴァッシュのを捉えるには至らない。
 上体を沈みこませてその一撃を易々と回避したヴァッシュは少女の後方へと回り込み、羽交い締めにして地面へと組み伏せる。
 悪態を付いてもがく少女だったが、ヴァッシュの固めはビクともしなかった。

「―――それに、君みたいな悪い人を倒そうって人も集まるかと思ってね」

 会話の続きを一方通行へと飛ばしながら、ヴァッシュはにこりと微笑んだ。
 勝負は本当に、一方的に終了した。

「……そォかよ」

 拳銃をズボンと腰の間へと差し込みながら、一方通行は気だるげに頭を掻いた。
 眼前の男が何者なのか、結局のところ一方通行は理解できなかった。
 ただ何となく気付いた。
 コイツは『善人』なんだと。

「ちっ、何なんだよ、お前……」
「何てことはないよ。ただのガンマンさ」

 組み伏せられた少女が、悔し紛れに悪態を吐く。
 そんな少女へと笑顔を向けてヴァッシュが返す。
 ヴァッシュは襲撃してきた少女を殺害しようとしない。
 自分が襲撃した際など戦おうとすらしなかった。
 自分の命を狙った相手であれど決して殺害しようとしない。
 悪人だろうがなんだろうが、全てを救おうとする姿勢。
 一方通行はそんな男の姿を知っている。
 その男とヴァッシュの姿が僅かに重なって見えた。
 少しの間一方通行は、少女とヴァッシュを見つめていた。
 そして、視線を逸らし、二人に背を向けて歩き出す。

「行っちゃうのかい?」
「……あァ、探し出さなくちゃいけねェ奴がいる」
「なら、俺も探すよ。一人より二人、二人より三人だ」
「おい。もしかしてそれアタシも頭数に入ってないか?」
「あ、バレた?」
「ふざけんな!」
「……必要ねェよ。お前はお前でやる事をやれ」

 背中へ投げられる言葉を振り向かずに聞き、振り向かずに返答する。
 一方通行の心に巣喰っていた迷いは、既に何処かへと消えていた。

「そっか。あ、でも名前くらいは教えてくれても良いんじゃない? 探し人と、君のさ」
「……俺は一方通行。探してンのは打ち止め(ラストオーダー)っつうチビのクソガキだ」
「OK。見掛けたら君の事を伝えとくよ。アクセラレータ」

 ヴァッシュの言葉に一方通行は無言で答え、今度こそ二人の前から立ち去った。
 場に残されるのはヴァッシュと、ヴァッシュに組み伏せられている少女―――佐倉杏子のみ。
 立ち去った一方通行を見詰めるヴァッシュを、杏子は首を回して観察する。
 正直、何が起きたのかも分からなかった。
 気付けば男の姿が視界から消え、羽交い締めにされていた。
 幾ら暴れどうんともすんとも言わない。
 魔法少女として遥かに上昇した身体能力をもってしても、まるで動く事ができない。
 これは敗北だった。
 紛れもない敗北。
 どんな強力な魔女が相手でも此処まで一方的に負けた事はない。

「どう、落ち着いた?」
「こんな状態で落ち着くもクソもねぇだろ。早くどきなよ」
「ヤダ。どいたら襲い掛かってきそうだし」

 完全に抑え込まれた状態で、やはり杏子は苛立ちを覚える。
 その軽薄な態度からは想像もできないような実力者。だが、甘ちゃんで夢見がちな希望を追い求めるいけ好かない男。

「こんな時なんだからさ。少しは親睦を深めようよ。ツンツンしてても辛いだけだって」

 ムカつく、と杏子は正直に感じた。
 自らの安全も考えず、危険人物を呼び寄せてそれを一手に引き受けようとした男。
 滅私の行為をまるで躊躇いなく選択した男。
 本気で戦闘を仕掛けた自分に対して、何事もなかったかのように語り掛けてくる男。
 まるで聖人君子を気取っているかのような行動に、杏子は苛立ちを覚える。

「アンタ、うざいよ」
「わお辛辣。ま、よろしくね。槍使いさん」
「……何だよ、よろしくって」

 ヴァッシュの言葉に杏子は嫌な予感を感じた。
 この馬鹿が、また何か馬鹿な事を言い出しそうな、そんな予感。

「え? 一緒に行動しようかと思ったんだけど」

 ヴァッシュは逆に『何でそんな当たり前の事を聞くの?』といった風で杏子へと返答する。

「はあ? ふざけんな、アタシはアンタを襲ったんだぞ! 何でそんな奴と行動しようとすんだよ!」

 ヴァッシュの答えに、思わず杏子は大声を上げていた。

「だって君をほっとく訳にもいかないじゃん。何だかんだで君も悪い子には見えないしさ、一緒に行動しようよ」

 頭が痛くなる。
 この馬鹿は何処までお人好しなんだ。
 襲撃をしてきた当人さえとも手を組もうとする考えの無さ。
 どれだけお気楽な人生を送ればこんな能天気になれるのか、本気で杏子は知りたくなった。

「俺はヴァッシュ。ヴァッシュ・ザ・スタンピードだ。君は?」

 何処までもマイペースにお人好しを貫くヴァッシュへと、杏子は無言を貫いた。
 その様子に、ヴァッシュは苦笑と共に肩をすくめ、そして唐突に杏子の拘束を解く。
 戸惑う杏子の正面へ回り込んで、右手を差し出した。


「……アンタ、やっぱりうざいよ」
「つれないねえ」

 駄々をこねる子どもを見るかのような暖かい表情に、杏子の苛立ちは増加していった。
 差し出された右手を完全に無視して、杏子は大きく溜め息を吐く。
 面倒な奴に捕まってしまったという思いが、知らずの内に溜め息となっていた。
 ヴァッシュへと背中を向け、だが逃げられないだろう事を察知して、床に胡座をかく。
 デイバックから菓子パンを取り出し、苛立たしげにかじりつく。
 そんな杏子にヴァッシュは再び肩をすくめて、次いでその隣へと座り込む。
 両足をのびのびと伸ばして座り、右手をデイバックへと突っ込む。
 数秒後、取りだされたのは一本のホットドッグであった。

「お腹減ってるなら、これも食べる?」

 そう言い差し出された右手を杏子は視界の端で捉える。
 湯気立つホットドッグ。
 とある科学都市の露店にて売られていたそれは、値段は張るがそれに見合うだけの味があり、学生にも定評がある。
 鼻孔をくすぐる香りのみでも、空腹の魔法少女を注目させるには充分だった。 
 数秒の逡巡の末に、杏子はホットドッグを無言で奪い取る。
 ヴァッシュも惚れ惚れするようなハンドスピードに俊敏性であった。
 ヴァッシュは苦笑を浮かべながら、杏子を見詰める。

「……うめぇ」
「そうかい。そりゃ何よりだ」

 魔法少女・佐倉杏子は、ヴァッシュをただの世間知らずの脳内花畑野郎と断定した。
 杏子は知る由もないだろうが、その断定はまるで間違っていた。
 ヴァッシュは誰よりも知っている。
 人間の醜悪さを、人間の残虐性を、人間の利己的な思考を、誰よりも深く理解している。
 知り、理解し、それでも彼は自身の信念を曲げなかったのだ。
 荒廃の砂の惑星を歩き続け、人類と人外の種との間に存在した大きな溝を繋いでいった男。 
 それが、ヴァッシュ・ザ・スタンピード。
 最強のガンマンにして、一世紀半にも及ぶ因縁に終結をもたらした男である。
 魔法少女は知るだろう。
 横に座る男の内面を、陽気な外面の内に潜むほの暗い虚を、この殺し合いを通して知っていくだろう。
 それは何処までも他人を思う男の、だが言ってしまえばそれしか知らない男の、悲しき生き様。
 そんな生き様を垣間見た時、魔法少女は何を思うのか。

「ねえ、名前は」
「教えるかよ、箒頭」

 赤色の男と赤色の少女が並んで座り込む。
 殺し合いの場で、時間は緩やかに流れていく。

 二人のバトルロワイアルが、始まった。



【一日目/深夜/D-8・市街地・市民館】
【ヴァッシュ・ザ・スタンピード@トライガン・マキシマム】
[状態]健康、黒髪化
[装備]なし
[道具]基本支給品一式、ランダム支給品×1~3
[思考]
0:殺し合いを止める。誰も死なせない
1:眼前の少女と行動。ひとまず市民館に集まってきた参加者に対処する
2:打ち止めを探し、一方通行のことを知らせる
[備考]
※原作終了後から参加しています
※参加者名簿を確認していません

【佐倉杏子@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]健康、魔法少女状態
[装備]ソウルジェム(穢れ無し)、杏子の多節槍@魔法少女まどか☆マギカ
[道具]基本支給品一式、ランダム支給品×1~3
[思考]
0:殺し合いに乗る? 乗らない?
1:ヴァッシュがウザい。マジでウザい。
[備考]
※オクタヴィア戦・自爆の直前から参加しています








 学園都市が誇る怪物が夜の市街地を闊歩する。
 ある一人の少女を救う為、ただそれだけの為に不格好な歩みを進める。
 彼は既に決心していた。
 自分はあの胸糞悪いじじいの言いなりにはならない。
 殺し合いになど乗らずに、打ち止めを救ってみせる。
 そう、決心していた。
 其処に大きな理由はない。
 ただ、何となく大丈夫だと感じていた。
 最初の教室にて見掛けた『ヒーロー』。
 自分を二度も打ち破り、その度に大きな切っ掛けを作り出してくれた男。
 そして、先程の『善人』。
 無謀な選択を無謀と思わずに、迷いなく行動できる男。
 この場には『善人』が、『ヒーロー』がいる。
 ならば、絶望なんてしなくても良いのかもしれない。
 一万人の妹達を救い出した『ヒーロー』ならば、あれだけの行動を当然のように行える『善人』ならば、この殺し合いをぶち壊す事だってできるのかもしれない。

(奴らがどう動くかは分からねェし、俺には関係のない事だ。俺は、俺のやるべき事をする)

 一方通行は邪悪な笑みを浮かべて夜空を見上げる。
 真ん丸の満月が空には浮かんでいた。
 何処かでこの殺し合いを観戦しているであろう兵藤へと警告を飛ばしながら、一方通行が道を進む。
 その胸中には、理由も無い自信で溢れていた。
 科学の生み出した怪物が、ただ一人の少女を救う為だけに、バトルロワイアルへと参戦する。



【一日目/深夜/D-8・市街地】
【一方通行@とある魔術の禁書目録】
[状態]健康
[装備]一方通行の杖@とある魔術の禁書目録
[道具]基本支給品一式、ランダム支給品×1~3
[思考]
0:打ち止めを探し、守る。
1:周辺を探索し、打ち止めを探す
[備考]
※原作22巻終了後から参加しています







 誰かが言った。
 希望と絶望は差し引きゼロで成り立っていると。
 一方通行は上条当麻とヴァッシュ・ザ・スタンピードという存在に希望を見て、己の行く道を選択した。
 だが、この希望は果たして真実なのか。
 この希望は一方通行の願望が作り出した幻想ではないのか。
 この希望の果てには―――同等の絶望が待ち受けているのではないか。
 希望。
 それは、絶望と相反の位置に存在する一つの概念。
 それは、人を惑わす魔法の言葉。
 希望の末に待ち受ける未来は如何なるものか。
 それは学園都市最強の怪物にも、希望を追い求めた魔法少女にも、人と人外の種とを繋いだガンマンにも、分からない。
 混沌の殺戮劇は粛々と続いていく。




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最終更新:2011年07月07日 17:27
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